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《真説古代史・近畿王朝草創期編》(141)

「天武紀・持統紀」(56)


人麿が「壬申の乱」を詠った?(9)
「和蹔が原」(1)


(4)
高麗剱<和蹔が原〈狛劔 和射見我原〉
高麗剣「枕詞。わざみが原のワにかかる。高麗の剣は、柄頭に鐶(わ)があるので、ワにかかる。
和蹔が原「岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原。一説に、同郡青野が原(同郡赤坂町青野のあたり)」。

 『万葉集』の原文では「和射見」を「和蹔」と訓読した理由ははっきりしている。「天武紀(上)」で使われているからだ。672(天武元)年6月条に4回出てくる。

丁亥(ひのとのゐのひ 27日)に、・・・(天武が)野上(のがみ)に到りたまふに。高市皇子和蹔より参迎(まうむか)へて、便(すまは)ちに奏(まう)して言(まう)さく、・・・皇子、和蹔に還る。天皇、茲に、行宮(かりみや)を野上に興して居(ま)します。
戊子(つちのえねのひ 28日)、天皇、和蹔に往(い)でまして、軍事(いくさのこと)檢校(かむが)へて還りたまふ。
己丑(つちのとのうしのひ 29日)に、天皇、和蹔に往でまして、高市皇子に命(みことのり)して、軍衆(いくさのひとども)号令に號令(のりごと)したまふ。天皇、亦(また)野上に還りて居します。


 これを〈大系〉の頭注は、次のように解説している。

「万葉集199、高市皇子の殯宮の時の柿本人麻呂の挽歌に壬申の乱のことを叙して、「狛劔(こまつるぎ)和射見が原の行宮にあもりいまして・・・」とあり、以下、和蹔での出来事を述べている。和射見(和蹔)が原はいわゆる関ヶ原一帯の地、行宮とは下文にみえる野上の行宮であろう。」

 当然のことながら、『万葉集』の頭注と呼応している。この地名こそ「高市皇子の殯宮の時の」歌という『万葉集』の題詞の疑うべからざる証拠と、誰もが思うことだろう。

 しかし、この論理は逆である。『万葉集』には「和蹔」という語はない。『万葉集』の「和射見」に「和蹔」という語を当てたのは題詞を鵜呑みにしている結果なのだ。「和蹔」というこの印象的な語を人麿は用いていない。しかも「和蹔」の比定はキチンとはできていない。


 (『万葉集』には)狛釼和射見我原乃とある。それを万葉学者が、日本書紀の天武紀中の「印象的な用字」を以て、「代置」したのである。

 通例、「訓み下し文」が原文の用字を、現代の読者に〝分りやすい文字″で「代置」するのが一般であろうけれど、ここではわざわざ「原文よりむずかしい文字」そして一般には「用いられない文字」で「代置」しているのである。珍しい例だ。

 その目的は、いかに。もちろん読者をして「壬申の乱のイメージ」を喚起するためだ。言うなれば、「意図ある、代置」なのである。

 では、その実体は、いかに。

 この問題を解くカギは「狛劔」という句にある。

 全体の文脈の中では「狛劔」は唐突と思える詩句である。学者たちは「狛=高麗」と解釈をして、この詩句を「ワ」にかかる枕詞とした。つまり、全体の文意とは関わりのない句として処理している。

 では、この句は正しくはどう解釈すべきなのだろうか。この問題の解明に、まさに古田さんはその真骨頂を発揮する。その分析を直接引用しよう。

 だが、「こま(狛)」は決して「高句麗」を指すだけではない。三国史記の巻第37(雑志第6)の「地理4、百済」の項に次の一文がある。

百済
 後漢書云、三韓凡七十八國。百済是其一國焉。北史云。百済東極新羅。西南倶限大海。北際漢江。其都曰居抜城。又云固麻城。
(380ページ)

 百済が高句麗の一分派であることは著名だ。高句麗の鄒牟王(朱蒙)の第二夫人が二子(長男、沸流と次男、温祚)を伴って南下し、弟の温祚が慰禮城にあって「十済」を号し、やがて国号を「百済」と号するに至った。その経緯は、三国史記の百済本紀第一にも、詳述されている。

 従って彼等がみずからの都城を「固麻城」と称したのは、偶然ではない。「我こそ『固麻』(高句麗)の本流」という、己が〝自負″を表現したものであろう。

 従ってわたしたちは「こま」とあった場合、速断する前に、「この『こま』はいずれの呼び名か。」という問いを先ず立て、それを〝通過″すべきものである。

 今の問題に入ろう。

 ここでは、人麿は指示している。「この『こま』 は、百済である。」と。なぜなら、先述のように、印象深き「百濟の原ゆ」の一節と〝併置″しているからである。すなわち、この「狛釼」は「高麗剣」ではなく、「百済剣」を意味する言葉だったのである。

 もちろんこれは、「わ」という一語を引き出すための〝言葉遊び″ではない。次の「和射見我原」が、通例、日本列島側の人々の聞き馴れた「美濃国のわざみ」ではないことをしめしているのだ。

 では、百済に「わざみ」という地名があるのだろうか。これが次の問題である。
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