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《真説古代史・近畿王朝草創期編》(116)

「天武紀・持統紀」(32)


飛鳥浄御原宮の謎(7)
「飛鳥浄御原宮治天下天皇」とは誰か(2)


 「小野毛人墓誌」を古田さんは次のように読み下している。

(表)
飛鳥の浄御原の宮に天の下を治らしし天皇、朝に御(ぎよ)し、太政官、兼刑部大卿位、大錦上に任ぜらる。
(裏)
小野の毛人(けひと)朝臣之墓。營造、歳次丁丑年十二月上旬、即(そく)葬る。

 「定説」の読みと違う点が二つある。「毛人」を「えみし」と読むのは後世の解釈であると却けて、古田さんは素直に「けひと」と読んでいる。二点目、「即」を「すなわち」ではなく「そく」と読んでいる。古田さんは『「即(そく)」という字は非常に大事だ』と述べているが、講演ではそのことについての詳述がない。思うに、墓誌の銘文の矛盾を「後世に息子が追葬したものだ」ということで解決をはかることの不当性を指摘したかったのだろう。

 さて、「飛鳥浄御原宮治天下天皇」とは誰なのだろうか。古田さんは『万葉集』167番・168番・169番を取り上げている。これからの古田さんの重要論点には原文も関係するので、岩波大系版から、読み下し文と原文の両方を転載する。なお、重要論点として取り上げられている語句を赤字で示しておく。

巻2 167番・168番・169番 原文
日並皇子尊殯宮之時、柿本朝臣人麿作歌一首并短哥

天地之 初時 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 々座而 神分 々之時尓 天照 日女之命 一云、指上日女之命 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重掻別而 一云、天雲之 八重雲別而下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神随 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神上 々座一云、神登 座尓之可婆 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 天下 一云、食國 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 眞弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人 行方不知毛 一云、刺竹之 皇子宮人 歸邊不知尓為


反歌二首
久堅乃 天見如久 仰見之 皇子乃御門之 荒巻惜毛
茜刺 日者雖照者 烏玉之 夜渡月之 隠良久惜毛
或本、以件歌爲後皇子尊殯宮之時歌反也


巻2 167番・168番・169番 訓読
日並皇子尊の殯宮の時、柿本朝臣人麿の作る歌一首并短歌

天地の 初めの時 ひさかたの 天の河原に 八百万 千万神の 神集ひ 集ひ座して 神分(はか)り 分りし時に 天照らす 日女(ひるめ)の尊 一に云ふ、さしのぼる日女の命 天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の國を 天地の 寄り合ひの極み 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別きて 一に云ふ、天雲の八重雲別きて 神下し座(いま)せまつりし 高照らす 日の皇子は 飛ぶ鳥の 浄(きよみ)の宮に 神ながら 太敷きまして 天皇(すめろき)の 敷きます國と 天の原 石門(いはと)を開き 神あがり あがり座しぬ 一に云ふ、神登りいましにしかば] わが王 皇子の命の 天の下 知らしめしせば 春花の 貴からむと 望月の 満(たたは)しけむと 天の下一に云ふ、食(を)す國 四方(よも)の人の 大船の 思ひ憑(たの)みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか 由緒(つれ)もなき 眞弓の岡に 宮柱 太敷き座し 御殿(みあらか)を 高知りまして 朝ごとに 御言(みこと)問はさぬ 日月の 數多(まね)くなりぬる そこゆゑに 皇子の宮人 行方知らずも 一に云ふ、さす竹の 皇子の宮人ゆくへ知らにす

反歌二首
ひさかたの天見るごとく仰ぎ見し皇子の御門の荒れまく惜しも
あかねさす日は照らせれどぬばたまの夜渡る月の隠らく惜しも
或る本、件の歌を以ちて後皇子尊の殯宮の時の歌の反と爲せり


 これらの歌を解読する上でのかなめとなる問題点を、古田さんは四点挙げている。

(1)「神話特記」問題
 日並皇子尊の死を悼む歌で、なぜ「天孫降臨」などの神話を特記するのか。他の皇子・皇女の挽歌にはその例がない。

(2)「日女之命」問題
 「天照大神」を「日女之命(ひるめのみこと)」と表記している。これも異例だ。記紀にもない。

(3)「天皇」問題
 「天皇の敷きます國と 天の原石門を開き」の「と」を「として」という意とすると、この「天皇の敷きます國」は、この地上ではなく、「天上」を指しているのではないか。

 従来の説は次のようである。

「(御母、持統)天皇がお治めになる国であるとて、」(岩波日本古典文学大系)
「この国は代々の天皇がお治めになる国であるとして、」(岩波新日本古典文学大系、小学館日本古典文学全集)

 これらは通例の「天皇」の意に解している。この説とは異なる解釈もある。

「やがて天上を、天皇のお治めになる永生の国として、」(中西進、講談社文庫本)

 中西説では「天皇」は通例の用法の「天皇」ではなく、「あまつ、すめろぎ」という意としている。中西氏の論拠は分からないが、古田さんは中西説と同じ結論を得ている。古田さんは人麿の「皇」の使い方の分析を通して読解をしている。

 人麿の「皇」の使い方は
「地名奪還大作戦(20)」
「地名奪還大作戦(21)」
「地名奪還大作戦(22)」
で学習済みだが、簡単に復習しておこう。

「皇者 神二四座者(すめろぎは神にしませば)」(235番)
「皇者 神尒之坐者(すめろぎは神にしませば)」(241番)
というように、人麿は「皇」を”代々の王者”の意で用いる。そして「皇」は死者として「神」になっているとしている。

 このように「皇」を用いている人麿が「天皇」と言うとき、それは「天つ皇」つまり「天上の皇(すめろぎ)」と解すべきである。

(4)「浄之宮」問題
 周知のように、天武天皇から持統天皇にかけてのヤマト王権の宮殿名は「浄御原宮」だ。万葉集では、題詞に使われている例が4例あり、「明日香清御原宮」と表記されている。本文中に使われている例は1例(162番)あり、「明日香能 清御原乃宮尓(明日香の 清御原の宮に)」と表記されている。つまりいずれも「きよみはらのみや」である。

 これに対して人麿の167番歌では「浄之宮(きよみのはら)」であって「御原」がない。定説は論証抜き「浄之宮=浄(清)御原之宮」と断じている。「皇」の例にも見られるように、人麿は文字使用に慎重である。果して「浄之宮=浄(清)御原之宮」という断定は正当だろうか。
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