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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《真説古代史・近畿王朝草創期編》(96)

「天武紀・持統紀」(12)


前期難波京の謎(1)
 『日本書紀』の難波宮


 後期難波京(宮)とともに扱う場合を除いて、前期難波京(宮)を単に難波京(宮)と書くことにする。

 難波京は孝徳が造営し、その孝徳は難波宮で亡くなったことになっている。「孝徳紀」の難波京については、後ほど詳しく取り上げることになるだろう。

 孝徳を継いで王位に就いた斉明は655(斉明元)年に飛鳥板蓋宮で即位している。その年の冬に飛鳥板蓋宮は焼失する。斉明は飛鳥川原宮に遷った。その翌年、飛鳥岡本に新宮を建て、そこ(後飛鳥岡本宮)に遷る。その年に「岡本宮に災(ひつ)けり」とあるが、今度は火災があったけど宮は焼失しなかったようだ。その後に遷宮記事はない。斉明はその後は後岡本宮を宮居としていた。だからこそ『続日本紀』や『万葉集』では「後岡本宮御宇天皇」と呼ばれている。

 では難波宮はどうなったのだろうか。

 斉明紀には難波宮が2回出てくる。第1回目は『「持統紀」の蝦夷朝貢記事(1)』で掲載した655(斉明元)年7月11日の蝦夷饗応記事である。
「難波の朝にして、・・・饗たまふ」。

 2回目は660(斉明6)年12月24日の筑紫派遣軍の準備記事である。
天皇難波宮に幸(おはしま)す。天皇、方(まさ)に福信が乞(まう)す意(こころ)に随ひて、筑紫に幸して、救軍(すくひのいくさ)を遣(や)らむと思ひて、初(ま)づ斯(ここ)に幸して、諸(もろもろ)の軍器(つはもの)を備ふ。

 このあと「天智紀」には難波宮はまったく現れない。そして筑紫派遣軍の準備記事の19年後、「天武紀」に忽然と現れる。

579(天武8)年11月
是の月に、初めて關を龍田山・大坂山に置く。仍りて難波に羅城を築く。

 「天武紀」にはあと2回出てくる。

683(天武12)年12月17日
 庚午(かのえうまのひ)に・・・又(また)詔して曰く、「凡そ都城(みやこ)・宮室(おおみや)、一處(ひとところ)に非ず、必ず両(ふたところ)参(みところ)造らむ。故、先ず難波に都(みやこ)造らむと欲(おも)ふ。是を以て、百寮の者、各(おのおの)往(まか)りて家地(いへどころ)を請(たま)はれ。」とのたまふ。

686(朱鳥元)年正月14日
 酉の時に、難波の大蔵省(おほくらのつかさ)に失火(みづながれ)して、宮室悉(ことごとく)に焚(や)けぬ。或(あるひと)曰はく、「阿斗連藥が家の失火、引(ほびこ)りて、宮室に及べり」といふ。唯し兵庫職(つはもののつかさ)にみは焚けず。

 このあと「持統紀」には2回出てくるが、難波「宮」と言う表記はない。

692年(持統6)年4月21日
 有位(くらいあるひと)、親王(みこ)より以下、進廣肆に至るまでに、難波の大蔵の鍫(すき)賜うこと、各差(おのおのしな)有り。

692(持統6)年11月11日
 新羅の朴憶徳に難波館(なにわのむろつみ)に饗禄(あへ)たまふ。

 聖武天皇が前期難波宮跡に後期難波宮(744年に遷都)を造営するまで、前期難波宮は行宮あるいは外国使節の接待所として使われていたようだ。『続日本紀』の難波宮関係記事も調べてみた。

 難波宮の『続日本紀』での初出は699(文武3)年正月27日である。ただ
「是の日に、難波宮に幸す」
と書かれているだけである。そして2月22日には帰還している。何のための行幸か分からない。次は703(大宝3)年閏4月1日で「新羅の客を難波館で饗たまふ。」 とある。文武天皇はもう一回、706(慶雲3)年9月25日~10月12日に難波に行幸している。

 次は元正天皇で、717(養老元)年22月11日~2月15日に一回だけ行幸している。

 この後はずっととんで聖武天皇である。725(神亀2)10月10日~726(神亀3)10月19日の約1年間、難波宮で政務を執っている。そして10月26日に藤原宇合(うまかい)を知造難波宮事(難波宮造営の長官)に任命している。後期難波京の造営が始まる。

 以上、『日本書紀』・『続日本紀』に記録されている難波京関係記事を並べてみたが、いくつもの疑念が浮かんでくる。幸いなことに、難波京跡は相当に詳しく発掘調査されている。文献上の疑問点を検討するために、難波京の考古学的事実をも調べておこう。
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