2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
525 「良心の自由」とは何か(19)
近代日本での異端狩り
2006年6月15日(木)

 続けて古田さんの論述を引用する。
 こうしてみると、シュタイン氏が東洋の秀才に「神道」を「非宗教」(=諸 宗教以上の宗教)として国家精神にせよと指示した意味合いも明白です。やが て近代国家の道をたどる日本が当然赤裸々な挑戦に会う筈の、階級対立に対し、 あらかじめ強力緩和剤(=アへン)を設定せよ、というのです。決して「信教 の自由」を単なる「自由」として「過信」するなというのです。

 ここで目立っているのは、氏にとって緩和剤の役割が〝自らの信仰″とは切 りはなして完全に「醒めた」目で、分析・摘出せられていることです(それで なければ、紳士としての表面、キリスト教徒である筈の氏が、「神道」を国家 精神にせよと明快に言い放てないはずです)。

 つまり、氏自身の本質(内心)は完全に無神論者(ヽヽヽヽ) である点が重要なのです。
 だからこそ、階級対立に目覚めがちな民衆の前に、地上における絶対精神 (=国家精神)を提示せよ、目を覚まして彼等が不幸にならないように、民衆 に対して「宗教の自由」など以上の、いかにしてもそのわく(ヽヽ) から出られないような、崇拝の対象「神」(=原理としての緩和剤=アへン)を 与えてやれと、処方箋を書くのです。

 ここに統治者としての国家学の秘密、「教唆煽動家」封じ込めの秘法があり ます。一言にして言えば、「自不信教入信」(自ら信ぜずして人に信ぜしめる) の立場に尽きるのです。


 「自不信教入信」――靖国神社参拝に執拗にこだわっているコイズミ・イシハラ をはじめとする政治たちのほとんどは神道への信仰心など皆無であろう。靖国参 拝が政教分離に違反しているとの裁判所判断(2004年4月7日、福岡靖国訴訟の判 決)にチョッとひるんだのか、コイズミの昨年のおざなりな参拝(本殿に上ら ず、記帳もせず、賽銭を無造作に投げ込んでいた。)がこのことをよく物語って いる。あの姿には崇敬の念のひとかけらも見られなかった。
 さらにまた、梅原猛さんが機会あるごとに言うように、靖国神社はこの国の 縄文時代から連綿と続く伝統文化としての神道とは異質の、いわば、新興宗教 である。教祖は明治政府の為政者であり、それは信仰心なき教祖である。
 憲法で天皇を神と規定したうえで、天皇教を布教するための装置を用意して いった。教育勅語・君が代・日の丸に靖国神社を加えて天皇教布教のための 4点セットが完成した。

 その後、日本の為政者たちはキリスト教が異端狩りによってヨーロッパ社会を キリスト教単性社会に作り上げていったように、社会主義・共産主義・自由主義 などの「自由過激」な思想の苛烈な弾圧をほしいままにしていった。その第一の 大弾圧が「大逆事件」だった。この事件の位置づけを、古田さんは次のように述べ ている。

 明治という時代が無神論者(ヽヽヽヽ)にして、「自由過激」の社会運動家、幸徳秋水への 裁判(大逆事件)を以てその終幕(1911年)を飾るのは、まことにこの時代にふ さわしい幕切れと思われます。

 それは第一に、この裁判がシュタイン氏の敵視した「教唆煽動」者への 武器(ヽヽ)の批判であること。
 第二に、この裁判が(審間者自身の心の深処は別として)審問によって 「異端者達(ヽヽヽヽ)」(犠牲者)を造出して、 同じくシュタイン氏の指示に力づけられた、「国家教」たる天皇信仰を 明確(クリアー)にし、 純粋(ピユアー)にするための粛清裁判の性格を になうものに他ならなかったからです。


 明治憲法の「信仰の自由」規定はほとんど死文であった(第470回 参照)。 当然、異端狩りは宗教にも及んだ。「国家教」のわくをこえる宗教は弾圧された。 創価学会もそのひとつだった。コイズミの靖国参拝に強く反対できない公明党は いったいどういう了見なのだ。もっとも公明党も政教分離に違反している疑い があるから同罪か。






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