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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
523 「良心の自由」とは何か(17)
マルクスとシュタイン(2)
2006年6月13日(火)

マルクス シュタイン
1818~1883 1815~1890
ボン大学でヘーゲル法哲学を学ぶ。 キール大学でヘーゲル法哲学を学ぶ。
1840年代、フランスの社会運動・無神論を研究対象にパリで学ぶ。 同時期、マルクスと同じ研究対象でパリで学ぶ。
資本主義の病弊を論理的に解明し、人間の解放を目指すための理論を構築していく。 国家学、特に行政学者として名をなす。「行政」を「社会における階級対立を緩和するもの」と規定している。社会の矛盾の根源的な解決ではなく、矛盾を隠蔽するための統治者のための国家学を構築する。
ロンドンの陋巷で「かつてなかった困窮、救いのない悲しみ!」(妻イェンニーの手紙)」の中で生涯を閉じる。 ウイーン大学の「財政学・行政学・法哲学」担当の教授に出世している。

 氏(シュタイン)はヘーゲルの弟子(マルクスの兄弟弟子)として、国家と社会を区別し、すべての歴史および政治現象を〝人格としての国家″と〝階級的社会″との対立抗争の過程と見る立場に立っていたので、だからこそその「国家」の「行政」に、「社会における階級対立の矛盾」への緩和剤を発見していたのです。
 そしてその階級対立緩和剤(=行政)の根本原理がヘーゲル流の絶対精神を享けた国家精神、つまりヨーロッパ単性社会のキリスト教であることを氏は明確に意識していたわけです。
 ここでは単性キリスト教的国家精神を階級矛盾の、強力な観念的緩和剤と見る認識が成立しています。
 それは氏の兄弟弟子マルクスが宗教を、階級対立を観念的に忘却させ緩和させる作用をなすアへンと見なした認識と完全に合致しています。ただ差異はわずかな一点のみと言えるでしょう。曰く、「緩和させる側からリアルに見るか、緩和させられる側からリアルに見るか。」
 ――このわずかな一点がかつての両青年をウィーンの快適さとロンドンの窮乏に峻別したのです。……

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