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521 詩をどうぞ(26)
追悼・清岡卓行さん
2006年6月11日(日)


 6月5日、若い頃になじんでいた詩人がまたお一人亡くなられました。清岡卓行さん、享年83歳。
 セントラルリーグの日程表作成という、詩人たちの中にあってはとてもユニークな仕事をされていたことがすぐ思い出されます。野球ファンおなじみの「猛打賞」は清岡さんのアイデアでした。
 その後、大学でフランス語の教師を勤められました。その時の作品でしょうか、チョッと長いのですが「大学の庭で」を選びました。
 「大学の庭で」は大学生に呼びかける形で書かれています。20歳前後という年齢はともすると死の方へ傾斜しがちな年頃です。私にも思い当たることがあります。清岡さんはそれに対して穏やかで端正な口調で、積極的に選び取るべき「生への意志」を対置します。それはお説教では全くありません。生命への慈しみに満ちた生の賛歌になっています。私の大学時代はもうはるか彼方の昔ですが、この詩からは今でも静かな深い感銘を受けます。


大学の庭で  清岡卓行

きみは 父や母を
また この細長い幾つかの列島に溢れて
愛着と反発をともに感じさせる
湿潤な民族や
その粘着し 屈折する
ふしぎに優しい影のような言葉を
あるいは その米と畳の生活をいろどる
四季の情緒のあわれさなどを
避けようもなく
歴史の重い歯車と歯車のきしみから
おびただしく苛酷な宿題のように
強いられたのだと
かたく信じている。

そして きみは
古代に栄えたあのオリーヴと大理石の国の
華やかな悲劇作者が歌わせた
年老いた合唱のともがらのように
この世に生を享けないことこそ
最大の幸福ではないかと
奇妙な洞窟への論理を追いながら
うつろな眼差しを
近くの親しい濠の水の上に遊ばせるのだ。

季節の移ろいははやく
濁った濠の水には
もう 桜の花びらは散らない。
なまあたたかい水の中には
おたまじゃくしなど可憐な生命がうごめき
恋人たちが戯れている 貸ボートの
忘れられた二本の櫂は
緑を増した水藻に
ねっとり捉えられたりしている。
夜がくれば その水面は
さざなみが立つ暗い鏡。
周囲のネオンサインが そこに
色とりどりに映り
その涼しい模様の上に
傍の道路を通過する自動車の群の
一様に近視のようなヘッドライトが
さびしい光の列を走らせるだろう。
ここは
思いがけなく静かな都心。
きみの人知れぬ悩みにふさわしい
繁華からは最も遠いささやかな場所だ。

ところで きみが
耐えられぬ空腹におそわれるようなとき
あるいは 抑えられぬ愛欲に盲いるようなとき
きみはやはり同じように悩むだろうか?
現実こそは残忍な教師なのだ。
きみが憎悪し軽蔑した欲望そのものの蛇に
きみは自ら知らず化身するかもしれない。
そうした仮定と推測が
今はむなしいことのように思われるとしても
きみの予想もしない地獄が どこかで
とにかくそのときは生命に
どこまでも本能的に執着させようと
きみを待伏せしているのではないかと
そのような状況の極限の可能を
まるで 他人のことのように
思い描くことはいいことなのだ。
そのように
追いつめられた生存の苦悩への敬虔な優しさを
一方において心の隅に保ちながら
次のような言葉に耳を傾けてみないか?

この祖国の土の上で
あるいは どこかの他国の空の下で
かつてどのようにも きみに
父や母は
また 民族やその慣わしは
外側だけから 力ずくで
あたえられたものではない。
むしろ こう言ったほうがいいのだ。
きみの最も遠い日に
いや 生命というものの
途絶えぬふしぎさを思うならば
どこまでも過去に溯ることができる
きみの輝やかしい
また 惨めな分身たちのうちの
誰が知っているよりも新しい日に
きみは選んだのだ
内側から ひそかに
きみ自身を。

そうでなくて どうして今
きみ自身が
太陽を受けた一枚の鏡のように
まぶしい自由でありうるだろうか?

きみはふたたび 全身のカで
しかし今は 暗く乱れ咲く 青春の
死の花々の色感のさなかで
生きることを選ぶのだ。
そして 生きるとは
屈することなく選びつづけること。
死ぬことをも含めて。

これは 論理の戯れ
抽象の言葉の遊びではない。
きみが酔い痴れた死への夢とは 遂に
世界のすべてを照しだそうとする
逆光の灯台への憧れ
よりよき生への クレシェンドの悲しみ
存在の自由の全きあかしではなかったか?
そうではないか?
きみは空気を食べて生きたいと思い
位置のない視点でありたいと望んだ。
まるで この世界への
最後の愛を告白するかのように。

そこで若し きみに
死への夢から生の建設へ向う意志が可能ならば
そして若し きみに
なんらかの好ましい学問がありうるならば
それこそは
きみの純潔を裏切ることが最も少く
世界へのより豊かな愛をいつもかたどる
試みにほかならぬのではないだろうか?
なぜなら きみの純潔は
どのような憤怒の極北にあっても
きみ自身にとって美しいものだけは
どうしても拒むことができなかったからだ。

つまり
美しいものにおいて自己を実現すること
そのきびしく結晶されるかたちこそ
学問と呼ばれるわざくれに
きみの魂の血液を
惜しみなくめぐらせることではないのか?
その拠点からきみは さらに
美しいものすべてを眺めることができる。
それはきみの微かな不死だ!
きみは選ばなければならない
きみのたどるひとつのさびしい学問を。
なかば 偶然のように。
そして なにものかに 深く羞じるように。
 (おそらく きみの見知らぬ
  この世の悲惨な現実に
  直観的に
  無意識的に羞じらって。)

他のさまざまな可能性を捨てることは
いかにもさびしいことなのだ。
きみが読みふけった
あのアカシアと社交界(サロン)の町の
病床の作家が若い頃しるしたように
どのように大きな一輪の現実の花も
空想の花束にはおよばないかもしれない。
少なくとも 無為のためには!
しかし やがて
きみの恋人の懐かしい個別性の中にしか
人類の温い深みがないように
きみの学問と創造の特殊性の中にしか
世界の美しい真実は
ありえないはずなのだ。




 第2連の古代の悲劇作者とはソポクレスです。「コロノスのオイディプス」の中のコロスの合唱に次の詩句があります。

この世に生を享けないのが、
すべてにまして、いちばんよいこと、
生まれたからには、来たところ、
そこへ速やかに赴くのが、次にいちばんよいことだ。
(筑摩書房「世界古典文学全集」 高津春繁訳)

 この詩句に共感を示してニーチェがどこかで引用していたのを覚えていました

。しかしニーチェも、このニヒリズムにもかかわらず、運命の全てを引き受けて生を選び取ることを説きます。それをニーチェは「運命愛」と呼んでいます。
 「アカシアと社交界(サロン)の町の病床の作家」も気になるのですが、私にはわかりません。どなたかご存知ありませんか。
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