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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《真説古代史・近畿王朝草創期編》(12)
「天智紀」(1)
「天命開別天皇」の意味

 「下手な考え休むに似たり」をまたまたやってしまい、十日間をむなしく費やしてしまった。「ともかく『日本書紀』を順番に読みながら問題を拾っていく」ことに落ち着いた。

(以下は、中村幸雄さんの論文「誤読されていた日本書紀」を教科書にしています。)

 さて、近畿王朝で大嘗祭を始めて執り行ったのは持統であった。持統以後いまに至るまで、歴代の天皇は必ず大嘗祭を執り行ってきている。つまり近畿王朝において名実共に天皇と呼んでよい最初の大王は持統ということになる。しかし実質的な近畿王朝の皇祖は天智である。「天智紀」は次のように始まる。

 天命開別天皇 天智天皇
天命開別天皇は息長足日広額天皇の太子なり。


 「天命開別」天皇を岩波大系では「あめのみことひらかすわけ」天皇と、ずいぶんと凝った訓み方をしている。この読みでは意味が全く分からない。素直に読めば「天命を受けて別の国を開いた」天皇と意になる。天智が即位した天智7年の条に次の一文がある。

秋七月に、高麗、越の路より、使を遣して調進る。風浪高し。故に歸ること得ず。栗前王を以て、筑紫率に拜(め)す。時に、近江國、武(つはもの)を講(なら)ふ。又多(さわ)に牧を置きて馬を放つ。又越國、燃土(もゆるつち)と燃水(もゆるみづ)とを獻る。又濱臺(はまのうてな)の下に、諸の魚、水を覆ひて至 る。又蝦夷に饗(あえ)たまふ。又舎人等に命して、宴を所所にせしむ。時の人の曰はく、「天皇、天命将及乎」といふ。

 「天命将及乎」を岩波大系では、頭注で「中国で王朝交代の意」と言いながら、「みいのちをはりなむとするか」と訓じている。文庫本(講談社現代語訳)では「天皇は位を去られるのだろうか」と訳している。天智が亡くなるのは3年後である。前文の賑わいぶりに全く合わない読みであり、訳である。「てんめいまさにおよばんか」と、どうして素直に読まないのか。いや、読めないのだ。「定説」では王朝交代などあってはならないのだから。

 中国における王朝成立は例外なく「天帝─天命─天子─高祖」という図式で表わされる。『九州王朝(天孫降臨)にこれを当てはめると
天帝→天照大神
天命→天壌無窮の神勅(神命)
天子→天孫ニニギ尊
となる。神命(天壌無窮の神勅)を受けた天孫ニニギこそ、中国史書が示す「天命を受けた高祖」に相当する。つまり「天照大神─神命─天孫─皇祖」という図式になる。ちなみに、ニニギが天孫降臨した「竺紫の日向(ひなた)の高千穂の久士布流多気(くしふるたけ)」を含む地は高祖(たかす)山と呼ばれている。

 さて、『日本書紀』には「皇祖」がもう一人いる。「孝徳紀」大化2年3月20日の皇太子の上奏文中の次のくだりに出てくる。

現爲明神御八嶋國天皇(あきつみかみとやしまぐにしらすすめらみこと)が臣(やつかれ)に問ひて曰(のたま)はく、『其れ群(もろもろ)の臣・連及び伴造・國造の所有(たもて)る、昔在(むかし)の天皇の日に置(お)ける子代入(こしろのいり)部、皇子等の私に有てる御名入部、皇祖大兄の御名入部及び其の屯倉、猶古代(むかし)の如くにして、置かむや不や』とのたまふ。

 かつて皇族領であったが、いまは民間領となっている「部」 ― 代々の天皇の子代入部・代々の皇子らの御名入部・皇祖大兄の御名入部 ― とその中にある「屯倉」をそのままにしてよいのであろうか(朝廷の用に資するので、献上させよ)といっている。

「皇祖大兄」には「彦人大兄を謂ふ。」という原注がついている。岩波大系ではこの原注に忠実に「皇の祖」=「孝徳の祖父」の意としている。従来のこの解読は果して正しいか。中村さんはこれを次のように解読している。

(1)
 皇祖を皇ノ祖父と解釈するならば、『記紀』全体を通じ無数の皇祖がなければならないのに、「皇祖」と表現されているのは、ニニギ尊とこの「皇祖大兄」のみである。

(2)
 彦人大兄は皇位にも就かず(敏達の後を継がなかったのは敏達より早世であったとも考えられる)、
 (イ)代々の天皇
 (ロ)代々の皇子ら
に匹敵する程の領地を持っていたとは思えない。

 故に、この註は『日本書紀』成立当時の註ではなく後で入れられた註であると解釈すべきである。


 『偽装「大化の改新」』) で明らかになったように、「孝徳紀」の「大化の改新」記事は持統~文武の頃のはめ込みである。

 上の引用文は皇太子の上奏文である。これが本当に「孝徳紀」の記事であるのなら、「皇太子=中大兄=天智」であるから、「皇祖大兄=中大兄=天智」ではおかしな文章になってしまう。このことに気づいた『日本書紀』の編集者がこのとってつけたような注を残したのだと、私は考えている。

 しからば「皇祖大兄」は誰であろうか。

 私見を述べると、この場合戦後の歴史学の成果である「大化改新はなかった」の立場を導入すると、この問題は解決するのである。

 「郡評論争」により、既に大化改新の詔に文武の詔が混入されていることは明らかであり、この大化2年の記事も、天皇を持統、皇太子を文武に比定するならば、「皇祖大兄」は中大兄即ち天智であるといえるのである。

 何となれば、天智を皇祖に比定することにより、次の問題が解決するからである。

 『日本書紀』を読まれた方は、斉明が皇祖母尊・斉明の母吉備姫、欽明の母糠手姫が皇祖母命と諡名されている事実をご存知であろう。通説的には『古事記』成立時の元明の祖母が斉明であるから、「皇の祖母」の意味であろうと解釈されているが、その誤解は明らかであり、皇祖=天智が基準であり、一親等の母である斉明に皇祖母尊、二親等の祖母である糠手姫吉備姫が皇祖母命であり、「尊」の方が「命」より上位であることが理解されるであろう。

 天智が皇祖である証拠は「懐風藻序文」の中にもある。

淡海先帝の命を受けたまふに及びて、帝業恢開……

 懐風藻が孝謙の時代に編集された詩集である。その序文に淡海先帝(天智)「受命」と明記されている。中国史書においては「受命の君」とは高祖に該当する。天智が皇祖であった事実の明白な証明である。

 まだある。『続日本紀』孝謙天平宝字元年の藤原仲麻呂の上奏文。

淡海大津宮御字皇帝は天縦聖君なり………」

 「天の縦せし聖君」が天命を受けた天子であり、天智以外にこのような敬称を受けた天皇はいない。初めて天命を受けた皇祖にふさわしい敬称であるといえる。

 中村さんはもう一つ証拠を挙げている。延喜式(十世紀前半成立)にある国忌の規定。その内容は各省より出席すべき定員、参加者への記念品、無断欠席者の罰則等明細に定められている。ここで肝心の被祭祀者であるが、『日本書紀』『続日本紀』に出現する天皇全員ではなく極めて限定されている。(以下のとおりだが、桓武以後の天皇皇后は除く。それ等の天皇皇后は延喜式成立直前の天皇であり、近親祭祀に当り、祭られて当然である。)

国忌
イ、天智天皇 12月3日 崇福寺
ロ、天宗高紹(光仁)天皇 12月23日 東寺
ハ、桓武天皇 3月17日 西寺

 桓武忌は桓武が平安京に都を遷した天皇なのであるから、平安時代の朝廷にとっては最も重要な天皇であったはずであるから国家の記念日である国忌に登場するのは当然であろう。

 光仁忌は桓武の父であり、平安朝の国忌は桓武より始り継承されたはずであるので桓武が父親である光仁の忌日を国忌としたのも当然である。

 光仁以前の天皇達のうち、国忌として定められている天皇は天智のみである事実を何と理解すべきであろうか。官撰の歴史である『日本書紀』には堂々と神武以下の天皇が継続しているのである。

(1)  或は次のようにいわれるかもしれない。
 「国忌は仏式で施行されるから、仏教伝来以前の天皇を祭るはずはない。」と。

 しかし仏教伝来以後の天皇でも天智しか祭られていないのである。

(2)
 また、次のようにいわれる方もいるであろう。
 「壬申の乱で近江朝を倒し皇位に就いた天武系の皇統は孝謙で絶え、天智の孫である光仁以後平安朝の皇統は天智系であるから、直系の祖先である天智を敬慕するため国忌に入れた。」と。

 現在の歴史家は壬申の乱に勝った天武に大きな評価を与えられているようである。論文の量がそのことを物語っているのである。しかし、私見を述べると、壬申の乱は大友皇子(弘文)に対する天武の私怨であり、単なるクーデターに過ぎず、コップの中の嵐であるとの評価を下し得るのではなかろうか。なぜなれば乱後も天武の天智の他の皇子達に対する待遇は公正であり、また、天武系の天皇である元明・聖武・孝謙の即位の詔においては天智を「大倭根子天皇」と礼賛し、反対に天武に対しては全く何も言及していないのである。

 また、もし平安朝の朝廷に天智系・天武系を区別する考えがあったとしても、両者に共通する斉明以前の天皇を国忌より省くのは不自然である。

 となると結論は一つしかないのである。 「延喜式成立時代の朝廷は、元明・聖武・孝謙・桓武の各天皇が即位の詔において云っている天智が定め賜える不改常典が、前に説明したように天壌無窮の神勅であり、天智が大和朝廷の皇祖である事実を正確に知っていたからである。」と。

 「不改常典」については後ほど詳しく取り上げよう。
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