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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《「真説・古代史拾遺編》(119) 東京新聞連載
「東アジア流2」をネタに(12)


王維の詩『送晁監帰日本』について(3)


 今回は『送晁監帰日本』→『送秘書晁監帰日本国』という表題の原文改訂の問題です。

 表題の原文改定のうち「秘書」の追加は、「監(長官)」だけでは何の「監」だか分からないからという親切心によるもので罪は軽い。しかし、意味変更を意図したものはもちろんのこと、たとえ善意や親切心によるものであっても、誤植などの明らかな間違い以外の原文改定はすべきではない。

 もう一つの改定「日本→日本国」にも悪意はないのだろうが大きな問題が含まれている。その意味を古田さんは講演『独創古代』の聴講者の質問に対する回答の中で指摘している。他にも興味深い話題が含まれているので、全文転載しておこう。

質問
「則天武后が、日本国(近畿天皇家)という名を承認した」と先生は言われたが、承認したという事は、その前に日本という名前を使っていた人がいたから承認したと理解して良いのか、それともう一つ、それ以降日本という名前を、時の権力者が使ったのかどうか。確認したい。

(回答)
 最初の点、「日本国」が公式の称号になったのは701年以後である。701年以後から使った名前であることは中国側の歴史書が示すところである。それ以前はどうだったかというのは、わたしにとっては非常にありがたい質問です。

 ここで王維の詩を見て下さい。阿倍仲麻呂と別れる詩です。その表題、極玄集では「送晁監帰日本」とあり、「日本」と書いてある。「日本に帰る」と書いてある。「日本国」ではない。これが後世の本、たとえば『唐詩選』や『須渓先生校本・唐王右丞集』という改訂した本は「日本国」となっている。私は、これをはじめ見たとき、気が付いたけれどもあまり大したこととは思わなかった。「日本」と書いてあっても「日本国」のことだと考えていた。しかし良く考えてみると、どうも簡単ではないという問題にぶち当たってきた。

 「日本国」が正しい。つまり後になって正確に「日本国」と直しただけだと考えた場合、なぜ王維が日本国の、「国」を付けなかったかという問題を考えなければならない。忘れたのか。うっかりミスで日本国の「国」を付けなかったのかとなる。この場合、王維がうっかりミスで「国」を付け忘れたという考えは採りにくい。一番古い版本である極玄集に「国」がないのだから、そういう考えは採りにくい。

ここにとんでもない問題がある。

 ごぞんじ博多湾福岡市板付遺跡(博多空港近く)、ここに最古の縄文水田があることはご存じだとおもいます。その板付の字地名が「日本(ヒノモト)」。又もうひとつ「日本(ヒノモト)」がありまして、吉武高木遺跡のある室見川の下流にある。中間に樋井(ひい)川をはさんで両岸にも「日本(ヒノモト)」がある。

 『明治前期、全国村名小字調査書、第四巻<内務省地理局編纂善本叢書33>(ゆまに書房刊)』という書物がある。この調査書は第二次世界大戦の空襲でほとんど消失したが、北部九州と青森のが残った。古田さんはこれを用いて調べたと言う。それによると、福岡県には「ヒノモト」という字名が全部で5ヵ所ある。

筑前国那珂郡屋形原村日本(ヒノモト)
筑前国那珂郡板付村日ノ本(ヒノモト)
筑前国早良郡石丸村日ノ本(ヒノモト)
筑後国生葉郡干潟村日本(ヒノモト)
筑後国竹野郡殖木村日本(ヒノモト)


(中略)

 話をもとにもどして、つまり博多湾岸は日本(ヒノモト)の地である。そうなると阿倍仲麻呂は、日本(にほん)に帰ると言わずに、日本(ヒノモト)へ帰ると言ったのでないか。王維と阿倍仲麻呂は関係が深いので、あえて日本国と言わずに日本(ヒノモト)へ帰ると言ったのではないか。これは断言は出来ないが、そう考えることが出来るという面白い問題がある。

 そのように理解すると、今まで解けなかった問題が、解けてくるというおもしろい発見がある。

 『失われた九州王朝』で取り上げてあるが、『三国遣事』の六世紀の新羅の記事の中に、星が不思議な輝きを見せた。今までにない、きらきら輝いているのを見た。いったい何だと、新羅の国王がおいている卜者(占い官僚)に占わせた。すると「日本の兵、故郷に帰る。」という良い知らせ・前兆だと言った。それで喜んでいたら、はたして日本兵は引き揚げていった。これは6世紀に、詩の形で出てくる。

 1世紀後半から7世紀にかけて、倭国は頻繁に新羅を侵していた。『三国史記倭人伝』では倭人侵略の初出記事は72年(脱解尼師今17年)である。その倭人の長期侵略によって、新羅王も一般民衆もたいへんな辛苦をなめされてきた。上の説話の背後にはそういう事情がある。

 その説話は「融天師彗星歌」と呼ばれている。新羅・真平王(579~631)の時代である。岩波文庫『三国史記倭人伝』から引用する。

第五の居烈郎、第六の実処郎〈一に突処郎に作る〉、第七の宝同郎等、三花の徒、楓岳に遊ばんと欲す。彗星有りて心大星(しんだいせい)を犯さんとす。郎徒、之を疑いて、其の行を罷(や)めんと欲す。時に天師、歌を作りて歌うに、
「星の恠(かい)、即ち滅し、日本の兵、国に還り、反(かえ)りて福慶を成(な)せり。」
大王、歓喜して、郎を遣わして岳に遊ばしむ。(『三国遺事』より)


 「花の徒」という言葉が出てくる。以前にこれを読んだ時、一体この人たちは何者なのか、疑問を持った。それを韓国風歴史ドラマに教えられた。十分に鍛錬された貴族の子弟からなる新羅の最強軍団を「花郎」(ファラン)と呼んでいる。皆名前に「郎」が付いているのは、そういう訳かと納得できた。

 その6世紀という倭のまっただ中、倭国が当たり前のさなかに、詩の形で「日本兵故郷に還る」と書いてある。国号として日本国になったのは701年であるが、倭国段階で「日本(兵)」を使っている証拠としてあげた。

 しかしそれは、その詩を理解する上で、そう理解しなければならないというだけであって、なぜ6世紀に「日本兵)」が出てくるのかは分からない。

 ところが今王維の詩を「日本(ヒノモト)へ帰る博多へ帰る」という意味で、8世紀段階で使っていると考えれば、6世紀段階でも「日本(ヒノモト)の兵故郷に還る」を「博多湾岸に帰る。」と考えれば、意味がつながってくる。

 それからあとのほうは、日本という言葉は後の段階でも、たとえば豊臣秀吉の段階でも思い出したように使われる。それと「日の丸」も、けっこう古いみたいですね。福岡県朝倉の方でも筑紫舞というおもしろい舞がありまして、神社の奉献額の絵馬の中に、それを舞っている人の扇に「日の丸」がある。その額は最近のものではない。ですからわたしの想像ですが「日本(ヒノモト)」という言い方と「日の丸」は、何らかの関わりがあるのではないか。いまのところ、そう思っています。これもいまは単なる作業仮説であって、途中をつなぐつなぎ目がないので今後の課題にしたい。

(王さんの論文を読んでいて頭によぎった古代史の話題はこれでおしまいですが、ついでなので王さんの論文の続きをおしまいまで掲載しておきます。王さんは次のように締めくくっています。)

 東アジア諸国の間に、政治外交が時にギクシャクし、経済貿易摩擦も後を絶たないのに、なぜ鳩山由紀夫首相の提唱した東アジア共同体構想に、中国も韓国もそれぞれの利害関係をさておき、すばやく賛同を示したのか。その理由は、ふたつ考えられる。つまり、伝統ある東アジア文化圏の継承と、新しい国際関係の再構築への創造とであろう。継承と創造は自然界にあっても人間界にあっても、生命あるものの本能にほかならない。

 はるか奈良時代に、鑑真は長屋王から送られてきた袈裟に「山川域を異にすれど、風月天を同じくす」と刺繍された偈(げ)句に感銘をうけ、風俗も言語も政治も異なる日本へわたった。また今や村上春樹の小説や宮崎駿のアニメなど日本の大衆文化は違和感なく中国の若者を引きつけている。価値観を共有する若者こそ、斬新なる東アジア共同体の担い手になると確信する。

 つまり、それぞれの個性ある風土や伝統を超越して、より大きな地域共同体を築きあげるためには、シルクのような物流だけでは足りない。ブックに代表される精神文明の交流が何よりも重要ではないか。

 王さんは未来の「東アジア共同体の担い手」として若者に大きな期待を掛けている。この事に関連して、1月8日付東京新聞の次の記事が目に付いたので記録しておいた。

15~20歳の中国人
 『最も好きな国』は日本

【北京=安藤淳】
 中国紙のア、と答えた人が、15~20歳で一位になった。中国でも、アニメを筆頭に、日本のファッションや歌が、インターネットや雑誌などを通じて深く浸透していることが、主な理由とみられる。

 調査によると、15~20歳で「最も好きな国は」との質問に、「日本」とした回答者は12.3%だった。二位はフランスと米国で、それぞれ11.8%、韓国が10.9%、英国が7.7%とつづいた。全年代では、日本は米国、フランス、オーストラリア、シンガポールに次いで27ヵ国中5位だった。

 一方、30~40歳で「最も好きな国は日本」と答えたのは2.5%にとどまった。1990年代、抗日戦争を教材にした愛国教育が強化された際に、10~20歳代だった世代だ。

 反日デモで対日関係が悪化した2005年の別の調査では、日本の好感度は15ヵ国の中で最下位だった。

 今回の調査は、共産党機関紙・人民日報系の環球時報が昨年12月、北京など5都市の居住者計1350人を対象に実施した。

 どこの国でも、支配階級は教育を支配と抑圧を貫徹するために、被支配者を従順で実直な人間にしようと常にもくろんでいる。時には「日の丸・君が代の強制」のように、あからさまな恫喝で屈服させようとする。

 支配階級がもくろむ教育は学校教育にかぎらない。テレビ・新聞など、あらゆる情報手段を用いて洗脳しようとしている。情報を正しく取捨選択するため、お仕着せのではなく、自前の正しい知識と思考力を身につける必要を、改めて強く感じさせる記事でした。そのために、情報を上手に取捨選択できれば、インターネットは強力な教材となるだろう。
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