2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《「真説・古代史拾遺編》(98)
「倭の五王」補論(1)


「倭の五王」とはだれか:珍説編


「真説・古代史(2)・(60)~(63):倭の五王」の補充です。

 先日「珍説愚説辞典」という表題にひかれて、約750ページの分厚い本を買ってしまった。著者はフランス人で、「珍説愚説」渉猟の対象は、もちろんのこと、フランス語による言説にかぎられている。気分が向いた時に少しずつ読んでいる。共有したいようなためになる?「珍説愚説」を発見したら紹介しようと思う。

 ところで、この本の表題からすぐに連想したことがある。日本における「珍説愚説辞典」を編集するとしたら、古代史が「珍説愚説」の宝庫になるだろう。そして最も笑える「珍説」は、さしずめ「倭の五王」の人物比定であろう。『真説・古代史(2)「倭の五王」とはだれか』では「倭王讃」の珍説だけを紹介したが、改めて「五王」全部の定説を記載しておこう。(以下は『失われた九州王朝』による。)

 「倭の五王」の人名比定の珍説を生み出す方法を編み出したのは江戸中期の国学者・松下見林である。その後の学者たちもその方法に準拠した。

 松下は「宋書」の記録が示す倭王武の年代とおおよそ同じ年代の雄略天皇を取り出し、雄略の諱(いみな)は大泊瀬幼武(オホハツセワカタケ)の中に「武」の一字があるから「武=雄略」は間違いなしとした。(この説には異論がなく、従来の全ての学者が賛同している。)そこで歴代の天皇をさかのぼって、次のように比定した。

(1)讃―履中(第17代)
(2)珍―反正(第18代)
(3)済―允恭(第19代)
(4)興―安康(第20代)
(5)武―雄略(第21代〉

しかし(5)以外は諱に一致する一字がない。ここから珍説が始まる。

「今按、……讃、履中天皇の諱(いみな)、去来穂別(イサホワケ)の訓を略す。珍、反正天皇の諱。瑞歯別(ミズハワケ)、瑞・珍の字形似る。故に訛りて珍と曰ふ。済、允恭天皇の諱、雄朝津間稚子(オアサマワクコ)。津・済の字形似る。故に訛りて之を称す。…興、安康天皇の諱。穴穂(アナホ)訛りて興と書く。武、雄略天皇の諱、大泊瀬幼武、之を略するなり」(『異称日本伝』)

 ところで、この比定では(1)において在位年数が「宋書」の記録と著しく合わない。(詳細は略す。)そこで一代飛ばして「(1)讃―仁徳(第16代)」説が生まれる。しかしこの説にも大きな矛盾がある。「宋書」では「讃―珍」は兄弟となっているが、「仁徳―反正」は親子なのだった。この矛盾については、例によって『「宋書」が間違ったのだ』ということで切り抜けている。ではその後の学者たちの説も含めて諸珍説をまとめてみよう。

(1)讃
 ①履中説
   去来穂別の第二音「サ」を「讃」と表記した。(見林)(賛同者:志村幹・新井白石・白鳥清・藤間生大・島礼二)
 ②仁徳説
   大鷦鷯の第三、四音の「サ」(または「ササ」)を「讃」と表記した。(吉田東伍)(賛同者:星野恒・菅政友・久米邦武・那珂通世・岩大慧・池内宏・原勝郎・太田亮・坂本太郎・水野裕)

 ③履中もしくは仁徳説(賛同者:津田左右吉・井上光貞・上田正昭(やや②に近い))
 ④応神(第十五代)説(前田直典)

(2)珍
 ①瑞歯別(反正)説
 第一字「瑞」を中国側がまちがえて「珍」と書いてしまった。(見林)(前田直典以外全員)
 ②仁徳説(前田直典)

(3)済―雄朝津間稚子(允恭)(異説なし)
 理屈1
  第三字「津」を中国側でまちがえて「済」と書いてしまった。(見林)
 理屈2説
  第三、四音の「津間」は「妻(ツマ)」であり、この音「サイ」が「済」と記せられた。(志水正司)

(4)興
 ①穴穂(安康)説(水野裕以外全員)
 理屈1
  穴穂がまちがえられて「興」と記せられた。(見林)〈この理屈は私には理解できない〉
 理屈2
  「穂」を「興」(ホン)とあやまった。(新井白石)〈中国では「興」に「ホン」という読みがあるのだろうか? この理屈も私には理解できない。近現代の学者による理屈がないようだが、お手上げなんだろうな。〉
 ②木梨軽皇子説(水野裕)

(5)武―大泊瀬幼武(雄略)(異説なし)
 第五字(最終字)「武」をとった。(見林)

 諱の第一字をとったり、第二字をとったり、第三字をとったり、第五字をとったり、「字」ではなく「音」をとったり、「宋書」の編者間違いにしたり、まったく一貫したルールのない恣意的な説で、とても「学説」とは言えない。「珍説」がふさわしい。

 どうしてこんな混乱が起きるのか。大和王権一元主義という頑迷なイデオロギーのなせるわざだが、その淵源は大和朝廷による九州王朝の史書抹殺にある。九州王朝の史書が残されていれば、そうそうたる学者たちがこのような珍説をひねり出す必要はなかった。そういう意味では学者さんたちも被害者なわけだ。お気の毒に。
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