2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
詩をどうぞ
心優しい人の受難


 品川に用があって、久しぶりに京浜東北線に乗った。それこそ「何年ぶりだろうか」と考え込んでしまうくらい久しぶりだった。

 座席はちょうど全部がふさがる程度の混み具合だった。私は腰の具合が悪いので、立っていくのはつらいなと思っていたが、幸いすぐ座ることができた。

 優先席に大きな楽器(チェロだろうか)のケースともう一つ大きな肩掛け荷物を持った二十歳前後の知的でしとやかな娘さんが座っていた。その娘さんは反対側に背を向けて立っている60歳半ばぐらいの女性に気づいて、声をかけて席を譲った。声をかけられた女性は辞退したが、再度勧められて今度はお礼を述べて坐った。娘さんは、大きな荷物を置くのに都合がよいからだろう、入り口の近くに移動した。そして一般席が空いた時に再び腰を下ろした。

 だいぶ混んできた。西日暮里で乗車してきた人たちの中からブレザーの制服を着た中学生らしい少年がいち早く乗り込んできて、ちょうど空いた優先席に飛び込んだ。たいていは寝たふりをするものだが、この少年は周りの誰にも聞こえるようにふてぶてしい態度でわめいた。
「これは俺が取った席だ。誰にも譲るものか。」
まだ声変わりしていない細い声で、言っていることと声とが何ともチグハグだ。遅れて乗ってきて前に立った初老の女性を上目遣いに睨んで再び言う。
「譲らないぞ」
 その初老の女性は旅行からの帰りらしい。幸い立っていることを苦にしていないようだ。旅行用のケースを足もとに置て、少年を無視してしっかりと立っていた。私の隣の人が「あの子、頭がおかしいのかしら」と言ったが、頭はとびきりいいに違いない。おかしいのは心だ。

 その少年は身体は小さいが端整な顔立ちで、ネクタイをキチンと結んで身だしなみもよい。いかにも良家のお坊ちゃんという感じだ。西日暮里からの乗車だから、たぶんあの超有名学園の生徒だろう。将来は東大に進み、高級官僚にでもなるだろうか。総武線に乗り換えるのだろう、何か捨て台詞のようなことをつぶやきながら秋葉原で降りていった。毎日このように突っ張って電車を乗り降りしているのだろうか。心が疲れるだろうに、「くそガキ」と呼びたいところだが、気の毒にも思った。

 私は 「夜間中学(2)」 で引用した文章を思い出していた。

「私は、高校生活を、こう送ろうと思う。まず受験の科目以外は、テストの時以外、絶対に勉強しない。クラブも、生徒会も参加しない。H・Rの時は、絶対発言しない。指名されても『どうでもいい』という。………どうでもいいから、三年間を無事に送って、希望の大学へ行けたらそれでいい。(都立目黒高校生)」(白鳥元雄「十代との対話」)

「…‥ぼく個人のもつ教育の理想ですが、それは、ぼく以外の人間が、ぼくより劣った環境で、ぼくより能力が高くならないように教育されること、つまりぼくだけが甘い汁を吸えることが理想です。(日比谷高校生)」(村田栄一「闇への越境」)

「そこで提案する。普通科高校を減らせと。普通科が減ったぶんだけ、職業高校や専門高校をつくる。大学へ行っても意味のない人はそちらへまわすだけだ。」(1966年9月1日付「日比谷高校新聞」)

 このようなエリートたちの心の荒廃ぶりを書物を通して知ってはいたが、実際に目撃したのは初めてだった。しかし、上記の少年のような事例はよっぽどの例外と思いたい。

 さて先の楽器を持った娘さんは上野で乗ってきて前に立ったかなりの老婦人に再び席を譲った。その老婦人は丁寧にお礼を述べて坐った。娘さんはさりげなく位置を数人分ずらして立った。有楽町で降りていった。もしかして何かのコンサートにでも出演する予定なのだろうか。私はこの心優しい女性の振る舞いから、吉野弘さんの詩に登場する心優しい娘さんを思い出していた。

  夕焼け   吉野弘

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて――。
ぼくは電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

トップへ戻る   目次へ戻る
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1369-3e7c31d3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック