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510 認識論と矛盾論(1)
レーニンの神格化
2006年5月26日(金)


 吉本さんがレーニンのマルクス曲解を2点あげていた。(第502回、第503回)そして、レーニンのロシア革命が反ユートピアに終わるほかなかったのは、レーニンをはじめロシア共産党の成員に人間としての弱点があったからではなく、理念とその遂行にはじめから誤りがあったからだ、と言っていた。
 ソ連におけるスターリンによる「粛清」という惨劇は、スターリンが冷酷無比で残虐な性格をしていたからではない。日本赤軍による「総括」という惨劇も、彼らの性格に重大な欠陥があったからではない。いずれもその思想を支えている「理論」あるいは「理念」にその淵源を求めなければならない。
 重大な誤謬を含んだ「理論」はさほどに恐ろしい。こうした事件に対して当事者たちの性格のせいにして済ます論者ばかりがマスコミをにぎわすが、全く浅薄としか言いようがない。そのような浅薄な理論からは未来への希望は何にも生まれない。

 ここで「第489回」で書いたことにつながる。
『ロシア革命がスターリン主義へと堕落していく根源的な要因はレーニンにあった。一つは理論上の誤謬である。「レーニン矛盾論の誤謬」が「欠落の理論」を生み、「粛清の論理」へとつながる。これは三浦つとむさんが「レーニンから疑え」でつとに指摘していることだ。この問題は稿を改めて取り上げたい。』

というわけで、今回から三浦つとむ著「レーニンから疑え」(芳賀書店1964年 なんと 42年も前の本だ!)所収の同名の章を読んでいくことにする。

 レーニンが1909年に公刊した「唯物論と経験批判論」に対する三浦さんの評価から入ろう。


当時のレーニンの哲学研究はまだ十分ではなかった。ゴリキーあての手紙にも、「私たちは単純なマルクス主義者です。哲学はよく読んでいません。」とのべられているが、マルクスおよびエンゲルスの著作にもられた哲学思想を十分にくみとるだけの条件を持っていなかったにももかかわらず、同志たちが観念論にまどわされているのを知って、マルクス主義擁護のために立ち上ったのである。ところが官許マルクス主義にあっては、レーニンのこの本はマルクスおよびエンゲルスをさらに前進させたものとして聖書あつかいされている。ソ連の哲学者はつぎのようにのべている。

「レーニンは、客観的に存在する世界の反映論としての弁証法的唯物論の認識論を全面的にしあげた。彼は、認識の歴史的発展過程の複雑な弁証法的性格を示し、絶対的真理と相対的真理の弁証法の基礎をきづいた。」(『哲学教程』)

 事実はこのような信仰的解釈とまったく反対なのである。レーニンは決して「全面的」にしあげていないばかりでなく、後退させているのであり、絶対的真理と相対的真理の弁証法の基礎をきづいたのもエンゲルスであって、レーニンはそれを修正してしまっているのである。



 三浦さんはソ連で体系化されていったマルクス主義を「官許マルクス主義」と呼んで、マルクスとエンゲルスの思想を正しく継承発展させた思想と区別している。
 ここでは2点のことが問題にされている。一つはレーニンの認識論がエンゲルスのそれを修正(後退)させたものであることであり、もう一つは、それにもかかわらずレーニンの理論が聖書扱いされ、そのレーニンその人を神格化してしまったことである。
 第2点については、スターリンがレーニンの神格化に果たした役割とその手法を、三浦さんは次のように記述している。


 このレーニンの神格化には、スターリンが一役買っていた。彼は自分が「レーニンの弟子」であることを、そのもっともすぐれた弟子であることを、一枚看板にしたのである。革命運動におけるレーニンの同志たちが、哲学的論文を書いたとき、レーニンと肩をならべるだけのものを書けなかったことは事実であるが、彼らがレーニンを神格化しなかったこともまた事実である。スターリンは、彼らの哲学的論文にあやまりがあったことと、彼らがレーニンを神格化しなかったことを意識的にむすびつけ、彼らは「反レーニン的」だと攻撃した。レーニンの哲学活動を過大評価しないことと、彼の革命運動への功績を高く評価することとは別の問題である。けれどもソ連の国民が革命の指導者としてのレーニンを崇拝している中で、この「反レーニン的」というレッテルをはることは、「反革命的」ないし「反ソ的」と受けとられるようなムードを生み出していく。スターリンは、かつてのレーニンの同志たちを「反レーニン的」だとよぶ一方、自らを「レーニンの弟子」だとよぶことによって、国民が一方を「反革命的」分子、他方を「革命的」指導者だと拡大解釈するようにしむけ、そこから粛清へと持っていったように思われる。



 「レーニンの弟子」を自認するスターリンは誤謬に満ちたレーニンの認識論をそのまま受け継ぎ、それが粛清を遂行する理論的支柱の役割を果たした。
第1点目の問題、粛清の論理的支柱となったレーニンの認識論がこの稿のテーマであり、それをこれから詳しく読み解いていくことになる。
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