2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
「財源=税」問題を考える。(15)
消費税導入後の税制改悪(9)


 今回は話題を二つ取り上げよう。一つは「新政権に戸惑う財界の思惑」、他の一つは「もう一つの庶民負担増―低金利政策」です。

新政権に戸惑う財界の思惑

 ポチ・小泉は「私の任期中は消費税を上げ ません」とのたまっていた。この発言の裏には次のような思惑が隠されていた。

 ポチ・小泉は経済財政諮問会議(2006年6月22日)で次のような発言をしている。
「歳出をどんどん切り詰めていけば、やめてほしいという声が出てくる。増税してもいいから必要な施策をやってくれという状況になるまで、歳出を徹底的にカットしないとい けない」

 財界の財界による財界のための「経済財政諮問会議」はこのような魂胆をもとに諸政策を提言してきた。「広く痛みを分かち合う」との言い分で、必要な予算までカットし、中低所得階級(庶民)にだけ税・社会保障負担を負わせてきた。その施策は、まさに「社会保障充実のための財源に消費税を」という声を大きく揚げさせるための仕掛けの役割を果たしている。

 新政権(民社国連立政権)は新しい司令塔として「国家戦略室」の設置を決めた。それに伴って「経済財政諮問会議」は廃止となった。財界は「国家戦略室」にも財界人を送り込みたくて大いに気をもんでいるようだが、参加できたとしても「経済財政諮問会議」の時のような好き放題はできまい。まずはめでたいと言っておこう。

 さて、財界は新政権に戸惑いつつも、じわりじわりと新政権にすり寄り始めている。9月15日、経団連は「新内閣に望む」を発表した。今テーマにしていることと関連した事項をを抜き出してみる。

「特に、国民の将来不安を払拭し消費を拡大するためにも、税・財政・社会保障制度の一体改革が急務であり、年金をはじめとする諸制度に関する超党派の取り組みが俟たれている。」
とし、次の「課題に積極果敢に取り組むことを強く望む」と言っている。
「安心で持続可能な社会保障制度の確立、社会保障番号の早期導入、抜本的な少子化対策の推進、消費税を含む税制抜本改革・財政健全化」

 大企業・高額所得者・資産家の大減税については正面切ってはふれようとせず、こっそりと隠している。その一方で暗に「消費税」増税をちらつかせている。実に姑息だ。だいたい「税・財政・社会保障制度」を改悪し、「国民の将来不安」を増大させ、消費を冷え込ませたのは誰なのだ。ここ10年間、庶民には「広く痛みを分かち合」わせる一方、「大企業・高額所得者・資産家は何の「痛み」もなく、あまり必要でないものまで財政出動で手当されてきたのは誰なのか。自公政権と同様、自らがしでかしてきた悪政を反省することなく、偉そうにご託を並べている。

 本来、大企業の儲けは、その多くの部分を賃金や下請け単価の引き上げなどに資することが重要である。これによって、消費支出が上がり、景気を高揚する。資本主義社会を維持・発展させるための鉄則である。むしろ資本主義経済下の資本家・経営者の堅持すべきモラルと言うべきだろう。

 大企業などに対する減税による厖大な利益もそのように使われるべきである。しかし実際は、大企業はその儲けを取締役などの役員報酬や株主への配当、その残りは内部留保となし、景気の底あげを阻害している。景気高揚に対しては無策であり、景気も財政も悪化させている。大企業の資本家・経営者たちは自らの首を自ら絞めていることに早く気づくべきだ。

もう一つの庶民負担源―低金利政策
(『消費税によらない豊かな国ニッポンへの道』の第2章からでです。)

 富山さんはまず、岩波一寛中央大学名誉教授の論文「日本の財政危機とは何か」(『経済』2006年5月号)を紹介している。

 岩波さんは「(財政破綻が顕在化しないのは)財政破綻の露呈を政策的に抑えて先送りする大掛かりな財政・金融措置が稼働されているからである。しかも、それは、結局国民の極めて大きな負担で辻褄が合わされているのである」と指摘し、問題点を四つあげている。

① 日銀の低金利政策
② 日銀の超量的資金緩和政策
③ 公的資金による隔離市場
 財政破綻先送り要因は、市中金融市場とは別に大量の公債を引き受けかつ保有し続ける「公的資金による隔離市場」がなお保持されている。
④ 間違った外為管理
 大規模な日銀の信用創造に助けられた外為管理によって、輸出主導の日本経済と円の対外価値を支え、それが財政破綻の顕在化を防いでいる。

 このうちの①について、富山さんは以下のように論じている。

 日銀の低金利政策(ゼロ金利)による国民の逸失利得(利益)は莫大な額である。日銀の白川理事(当時=現総裁)は、ゼロ金利の期間に預金者が失った利益(逸失利益)について、国会で次のように証言している。

「1991年の利子収入が続いていたと想定し、推計すると、2004年までに国民が失った利子は304兆円になる。」

 福井総裁(当時)もこれを認めているという。(『経済』2006年5月号・金融評論家桜田氾氏「日銀の量的緩和策解除」)

 これに対して、小泉首相(当時)は
「ゼロ金利は悪いことばかりではない。住宅ローンが低く抑えられているという利点もある」
と国会で答弁している。

富山さんはこの小泉の発言を
「まさに一般国民とはかなりかけ離れているリッチな者の思い込みとしか言いようがありません」
と批判しているが、むしろこれは小泉が好んで使う詭弁の一つである。ここで使われているのは「部分より全体に及ぼす」詭弁である。その詭弁の正体を三菱総合研究所が数字ではっきりと示している。同研究所は「国民経済計算に基づき計算した結果」を次のように報告している。

「1991年に家計が得た利子所得は35兆円で、以後利子所得は減り続け、1991年当時の金利水準に戻した場合と比較すると、住宅ローンの支払い利子を差し引いて、2005年までの家計部門の損失の累計額は283兆円になり、一方企業の方は利子負担を260兆円減らし、金融機関は95兆円利子所得を増やしている。」

「家計から企業、金融機関への所得移転により経済危機は教われたのである」と桜田氾氏(前出)は述べています。

 多くの国民は預貯金などの利息をもらわないという形で「税金」を取られ、その税金が国家の手で銀行や大企業に「補助金」として配分されたものといえます。なぜならその施策を選び実行したのは政府だからです。

スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1357-d99ee305
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック