2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
「財源=税」問題を考える。(5)
財界・自民党の「消費税導入」の執念


(今回からは、『消費税によらない豊かな国ニッポンへの道』の第3章が教科書です。)

 「経済財政諮問会議」の実態は、はからずも、ウソの言説にまみれた国家権力の裏面を白日の下に晒す役割を果たしている。私は『統治形態論・「民主主義」とは何か』で引用した秋山清さんの次の文章のリアルさを改めて確認したと思った。

「われわれは国家というものが、大衆の意志などとまるでまったく無関係な政府によって、政府をつくる政党によって、政府をバックアップする階級によって、資本家によって、官僚によって、あるいは地主らの総合的利益のためによって、つくられて運営されて、下級民衆にはそのための必要によってのみ支配の手が緩急されるという事実をあまりにも痛切に経験しつつある。」

 国家権力がリークする情報をただ垂れ流すだけのマスゴミ報道を鵜呑みにしている人たちは、日本は成熟した民主主義国家であり、上記のような認識は間違いだとのたまう。では、今度は税制という面から、ブルジョア民主主義のカラクリを見てみよう。

一般消費税導入までの経緯

 一般消費税が導入されたのは1989年(竹下内閣)だが、政府の消費税導入の動きは、それより10数年ほど前にさかのぼる。政府はヨーロッパモデルの付加価値税に着目し、それの日本への導入を策動し始めた。最初の具体的な動きは1978年にあった。

1978年 第1次大平内閣
 大蔵大臣金子一平が率いる視察団がヨーロッパ5カ国を訪問し、「ヨーロッパはうまくいっている」との報告書を出す。

1979年
 1月に、「一般消費税」導入を閣議決定するが、9月には遊説先で撤回する。(たぶんに総選挙対策)

1987年 中曽根内閣
2月に「売上税」法案を国会に提出。これまたその年の5月には廃案となる。(国民の大反発で、一応後退)

1988年 竹下内閣
 消費税法が成立(もちろん強行採決)、12月30日公布、翌年4月1日、消費税法(税率3%)施行

 強行採決されたのは「税制改革関連6法案」で、消費税法はその中の一つである。つまり消費税導入は単なる間接税体系の変革だけでなく、経済構造改革の1つとして、それまでの税制に対する基本理念そのものを変える税制全体の変革であった。

 それまでは曲がりなりにも能力に応じた負担(応能負担原則)を公平と位置づけて、税体系を形作ってきたのですが、それを壊していくのですから、別な理論づけをしなければならない必要が政府にはあったわけです。

 「明治以来の大改革」といわれる抜本改革の切り口として消費税が選択され、その後の直接税の大改革への道へとつながったのです。

 「応能負担原則」とは「別な理論づけ」作業の推進役を果たした諸団体は次のようである。

1985年10月
 財団法人「総合研究開発機構(NIRA)」が「21世紀に向けての公平・簡素・中立な税制の再構築」を報告。税負担のあり方の根本原則の変質化の指標を打ち出したもので、これが「別な理論づけ」の理論的支柱となった。石弘光元政府税制調査会会長がこの機構のメンバーであった。

 同じ年、自民党の要請を受けて「村山調査会」(自民党からは小泉純一郎・自民党税制調査会会長津島雄二などがメンバーになっている。)が「構造改革のための経済社会計画」を答申。

1986年
 日本租税研究協会税制基本問題研究会の「わが国の税制改革の基本的方向 ― 民間の自主性と活力ある税制のあり方を求めて ―」(橋本・吉牟田試案)を報告。

 以下列挙すると
●現代総合研究集団租税政策部門「経済政策への提言」
●経済団体連合会「行財政改革と税制の根本改革について」
●日本経済研究センター「税制改革への提言」(1986.4)
●日本租税研究協会「わが国の税制改革の基本的方向(1986.5)
●経済団体連合会「税制根本改革と62年度税制に関する意見」(1986.9.24)
●経済同友会「税制の抜本的改革について」(1986.9.19)
●政権構想フォーラム「税制改革案のシミュレーション」(1986.9)
●不公平な税制をただす会「国民のための税制改革」(1986.9)
● 関西経済連合会「税制改革のマクロ経済分析」(1986.10)

 これらを受けて、政府の消費税導入は性急かつ強引に進められた。

1988年3月28日
 政府税制調査会「中間答申」
同年6月15日
 「税制改革についての答申」
同年6月28日
 「税制改革要項」を閣議決定

 また、この間に自民党も「税制改革の基本方針」、6月28日には「税制の抜本改革要綱」を並行して出している。

 自民党・財界・御用学者が一丸となって、すさまじいまでの答申・報告の嵐である。これらを大義名分として、1988年の「税制改革関連6法案」強行採決であった。

 一連の答申・報告の底流にある基本的な狙いを、富山さんは次のように鋭くえぐり出している。


 税制(負担)に対する国民の考え方を変える。

 審議会、民間団体を隠れ蓑に答申や提言という形をとって国民の意見を取りまとめたように体裁を整える。

 業界団体や納税協力団体を巧妙に取り込む。

 もちろん、この消費税導入の動きに対して、すぐさま国民の大反対の声が上がった。それに対応するため政府は修正の手を打たざるを得なくなっている。しかしそれは単なる目くらましであり、政府は長い時間をかけて初志を貫徹していく。
 1988年6月28日閣議決定の「税制改革要項」の試算では、消費税創設により、4兆3540億円の税収増となり、既存間接税の廃止による減収は2兆3300億円で、その差は2兆240億円の増税になるとの試算結果を出しました。しかも、その増税の大半を中低所得階層が新たにかぶることになることは、当時の筆者の試算でも明らかでした。

 そこで政府は、レベニューニュートラル(増減税ゼロ論)での調整を図り、消費税増税に対する負担調整策として出されたのが、所得税率の引き下げ(最高税率の引き下げ)、税率適用区分緩和(最低税率10%適用所得階層の範囲拡大)、課税最低限引き上げ(諸控除の拡大・創設)などでした。

 この消費税増税に対する負担緩和調整のための措置について、後年「不合理」としてそれらの大半を改廃し、さらに課税強化していますが、それは消費税創設当時の公約を反故にしたものであり、明らかな公約違反です。消費税導入時の中小事業者に対する負担緩和措置を廃止に追い込んでいるのも諸控除同様「不合理性」をあげており、政府の租税政策は力のあるもののみ優遇し、一般国民を欺く「税制改悪」の歴史をたどっているといえます。

 政府・税制調査会の税負担配分に対する「考え方」は、景気対策と結合した大企業擁護の企業活性化論、市場原理に基づく受益者負担論の強調、公平・中立(活力)・簡素化論を軸として、すべての負担(税・社会保障)体系を中低所得階層に重く、大企業・高額所得者・資産家に軽いものに変えようとするものです。

 これまでの租税民主主義における公平原則の応能負担原則から国・地方自治体から受けるサービスへの受益者負担・応益負担原則へとの大転換であり、それら反国民的税負担配分論議の発生源は財界であり、それを受けて政治方向を変えた自民党政権の本質がこれほど明確に出ているのも歴史的にみて特筆すべきものです。

 元政府税制調査会会長の加藤寛氏は週刊誌で、「(消費税導入時は)高齢化社会のためといわれ、われわれ税調もそう説明したが、本当はああいえば一般の人に分かりやすいから」とホンネを語っています。政府は「将来国民2人で1人の老人を養わなければならない」と増税の口実にあげて宣伝していましたが、それが理由ではなかったことを明言しています。「小さく生んで大きく育てる」ともいっていた消費税が今また同じことを繰り返させられようしています。

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この記事へのコメント
そうですか? なるほど、はい、わかりました。
>政府は「将来国民2人で1人の老人を養わなければならない」と増税の口実にあげて宣伝していましたが、それが理由ではなかったことを明言しています。「小さく生んで大きく育てる」ともいっていた消費税が今また同じことを繰り返させられようしています。




ふうん、そうですかねえ……。

まあ、わかりました。
2009/09/06(日) 18:04 | URL | ウェルダン穂積 #mQop/nM.[ 編集]
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