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《「真説・古代史」拾遺編》(88)

地名奪還大作戦(16):天香具山=大分県鶴見岳(3)


 長~い寄り道から本道に戻ろう。改めて問題の歌を読んでおこう。

大和(やまと)には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原(くにはら)は 煙(けぶり)立ち立つ 海原(うなはら)は 鴎(かまめ)立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は

 この歌の天香具山の原文は「天乃香具山」であり、原文改定は行われていないので、ここには問題はない。しかし「海原は鴎(かまめ)立ちたつ」の部分が大問題。天香具山から海原が見え、そこには鴎(カモメ)が飛んでいると詠っている。

 飛鳥三山の香久山は決して高山ではなく低山である。香久山の標高は163メートル。奈良盆地自身が海抜100メートルぐらいだから、香具山の奈良盆地での実質的な高さは50メートル位である。古田さんは「私でも頂上までさっと十分ぐらいで上がって行けた」と言っている。前々回の飛鳥三山の写真と、前回の大和三山の地図を眺めながら、香具山からの国見を想像してみてください。海が見えますか。鴎が飛んでいるのが見えますか。とても見えるわけがない。

 「岩波」の頭注では「鴎」については「かまめ―水鳥の一種」とあるが、誰もが知っている「かもめ」にわざわざ注はいらない。この注は言外に「鴎とはかぎらない。他の水鳥かも知れない。」ということを匂わせている、と勘ぐるのはひが目だろうか。

 それに対して「海原」については、訓読の仕方を注しているだけで、あとは知らんふりで、なんだかそっと避けているようだ。この問題について、「歌というのは、目に見えるものを詠うだけではない。頭の中のイメージで詠うことが本領である。」と、苦しい注釈している「偉い先生方」がいるそうだ。

 また、「海原」とは香具山の側にあったと伝えられている「埴安(はにやす)の池」という説があり、現在ではこれが「定説」になっているようだ。ネットで検索したら、「万葉散歩」というサイトに出会った。「定説」の代表として、利用させていただく。そこでは第2番歌の大意を次のように述べている。(「岩波」はこの歌には大意を添えていない。)

大意
 大和には多くの美しい山々があるけれど、中でも都に寄りそっている天の香具山。その香具山に登り立って国見をすれば国原には炊事の煙があちこちから立ち昇り、海のように広い水沼には水鳥が盛んに飛びかっている。よい国だ!大和の国は!!

 そして次の写真を掲示している。

埴安の池

 いま「埴安の池」跡とされているのは小さな校庭程度のため池がある。実際現場に行った古田さんも「ここ(講演会場)の2,3倍ぐらい」と言っている。そのあたりの地形から見て、当時(7,8世紀頃)でも大きくともせいぜい野球場程度の池だったと思われる。それにここが「海原」では歌の調子ともマッチしない。「国原は 煙立ち立つ」と、遠く国中(高さ50メートルの丘ではたいして遠くまで見えないが)を見晴るかしている視線が、いきなり足下に移り、「海原は 鴎立ち立つ」という、全くさえない歌になってしまう。

 万葉散歩さんは「当時、天の香具山周辺には埴安の池や磐余(いわれ)の池など多くの池や沼があったようで、香具山の南麓にある南浦町(橿原市)・・・の地名からも推測されます。」と言っているが、池がいくつあっても、「海原」=「海のように広い」とは大げさ過ぎる表現だ。この歌を詠んだ人の言語感覚がよっぽどおかしかったことになってしまう。
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