2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
507 吉本隆明の「ユートピア論」(6)
山岸会
2006年5月22日(月)


(今回から使用する資料は、再び「中学生のための社会科」です。)
 「第461 自由社会(3月26日)」の最後の文を次のように結んだ。

 アナーキズムはヒエラルキー型の政府を否定する。しかし政府に替わる管理システムは必要だ。その管理システムは、「政府レベル」に限らずいろいろなレベルの組織に必要とされるし、現行の政府とは全く異なる性質のシステムだから「政府」と呼ぶのはよそう。端的に「管理システム」と呼ぶことにする。

 今回からこれを引き継いだテーマに移る。上記のことを吉本さんの言葉を借りて言うと次のようになる。


 管理システム・装置は不要なのではない。管理されている者の優先性に反しない限り(つまり使用することか便利な限り)、使用すべきものとおもえる。素朴な原始帰りは、個人としての個人の好みの問題に帰着してしまう。それは個人にとっては自由なものだが、社会としての個人の問題とはなり得ない。


 さすがに、言及すべきことに遺漏がない。
 人間のあり方を「個人としての個人」「性としての個人」「社会としての個人」(観念の問題としては「個人幻想」「対幻想」「共同幻想」と言っていることに対応する)という三つの基軸で考えていく吉本理論からは当然のことだが、管理システムを全く不要とするような考え(通俗的な意味でのアナーキーな状態)は、「素朴な原始帰り」でしかなく、「個人の好みの問題」としての意味しかない。「管理システム」の問題はあくまで「社会としての個人」の問題である。

 「(管理システムは)使用することか便利な限り使用すべきもの」だということを「国家」に敷衍して言えば、『事務的にあったほうがいいんだという限りにおいて、国家はあったほうがいい』(「社会主義国家体制の崩壊と一般大衆の理念」より)ということになる。

 理想の管理システムのあり方を探っていくことが今回からのテーマだが、その場合、産業経済構成の変化のほかにマルクスの時代にはなかったもう一つ重要な無視できない要素がある。『専門的な情報科学者、電子的な交通装置の技術、装置の進歩』による「管理システムの高度化」である。この現状を踏まえて、現在の社会を「高度管理社会」と、吉本さんは呼んでいる。この高度管理社会が人間の精神に及ぼしている弊害と実際に起こっている精神上の障害について吉本さんは言及しているが、今はそれは割愛する。(いつか稿を改めて取り上げたい。)  さて、吉本さんは、ユートピアと喧伝されている「山岸会」の管理システムを検討することから論述を始めている。


 数年前、偶然に伝説されていたユートピア山岸会の会員と出会って話を聞く機会があった。これはいい機会だとおもって、聞いてみたい関心のあるところをたずねてみた。その肝要なところを記してみる。わたしが知っているのは山岸会がまわりを一般社会に囲まれたユートピアだということだけだった。
質問(吉本)
 もし会員のなかの若い女性が現在の優れた流行の服装(例えばそれしか知らないからコム・デ・ギャルソン)を着てみたいと望んだらどうするのか。

答(山岸会の会員)
 もちろん係りが望み通りのものを求めて着てもらう。欲求はすべて叶えられる。

(わたしはゼイタグ品だからダメという答えを予想していた。)

質問(吉本)
 それぞれの会員はユートピアに叶うためにどんな等価労働をしているのか。

答(山岸会の会員)
 自分の得意な労働をすればよい。掃除が得意な者は掃除、洗濯の好きな者は洗濯、大工仕事の得意な者は大工といった具合だ。

(それでは等価労働にならないのではないか。たぶん経済的に成り立つには主催者は別の等価源が要るはずだ。)

質問(吉本)
 もし会員の子弟が特殊な分野の勉強がしたくて一般社会にしか教えてくれる先生や専門家がいないので、そこで勉強したいといったらどうするのか。

答(山岸会の会員)
 そんな子はいませんよ。

(なぜという疑問を感じたが、会員も反対の意味で疑問を感じたらしい。)

質問(吉本)
 自分の欲しいものは自身で購入したいからその額のお金を渡してもらって買いに行きたいと求められたらそうしていいのか。

答(山岸会の会員)
 係りがいて要求通りのものを必ず購入してくれるのだから不必要です。

(わたしは一般社会に囲まれたユートピアにとってこれは重大なカギだなと感じた。)



 余分な感想を一つ。
 (例えばそれしか知らないからコム・デ・ギャルソン)のくだりに私はチョッとニヤッとしてしまった。理由は二つある。
 一つは私も「コム・デ・ギャルソン」しか知らないこと。私の場合はその言葉を知っているだけで、その中身は知らない。しかもその言葉を知ったのは吉本さんの文章からだった。
 その文章が理由の二つ目である。それは「反核運動」(19842年)をめぐって行われた埴谷雄高さんとの論争であった。その論争の中の一つのエピソード。吉本さんが「コム・デ・ギャルソン」を着て「ノンノ」という雑誌(この雑誌の存在も私は知らなかった)の表紙に載ったことを埴谷さんが非難したのだった。面白い論争(野次馬的面白さだけではなく、本質的な問題を含んでいるという意味でも面白い)だったのを思い出した。
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