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《「真説・古代史」拾遺編》(63)

「邪馬台国」論争は終わっている。(2)


 『魏志倭人伝』(岩波文庫新訂版)を読み直してみた。前回は本文を通読しただけで、「注」を読み飛ばしたが、今回は「定説」がどうなっているのかに関心を持ち、「注」にも目を通した。編訳者・石原道博氏の現代語訳は「倭人伝」原本に従って、「壹」を常用漢字の「壱」に変えているが、「邪馬壱国」と表記している(以下、この表記を用いることにする)。そして次のような注を付けている。

 邪馬台の誤とするのが定説であったが、ちかごろ邪馬壱(ヤマイ)説もでた。九州説でも日向・大隅の一角にあてるものと、肥後または筑後の山門とするものや、薩摩・豊前とするものもある。大和説でも瀬戸内海航行説と日本海航行説がある。

一、九州説では熊襲(本居・鶴峯)、北九州(藤井)、大隅薩摩(菅)、筑後山門郡(那珂・星野・橋本)、肥後菊池郡山門郷(久米・白鳥)などがあり、豊前山戸、宇佐説もでた。

二、大和説では『日本書紀』をはじめ、親房・松下これをうけつぎ、内藤・三宅・山田・高橋・梅原諸博士が賛成しているが、日本海航行説をたてているのが笠井氏である。

 諸説紛々、「邪馬台国」論争の混迷の深さが伺われる。ところで、私が注意を惹かれたのは「ちかごろ邪馬壱説もでた。」という一文である。厳密な論証をした上で、この説を提示しているのは古田さんだけだ。私が読んでいる本は1985年に新訂されたものだから、そのときは既に古田さんの「邪馬壹国」についての各種論文が発表されていた。石原氏は古田さんの論文を読んでいたのだ。試みに巻末の参考文献を調べたら、古田さんの論文も挙げられている。しかし、一応公平に古田説(邪馬壹説)を注記していが、九州説の中に古田の名前がないのはどうしたことだろう?

 なお、石原氏は「邪馬壱」を「ヤマイ」と読んでいるが、「邪馬壱」の読み方について古田さんの見解は次の通りである。

 本来ならヤマイじゃなくて、ヤマウィ(邪馬倭)ということになりますが・・・かりにヤマウィ(倭)国と発音されるとしても、またヤマイッ(壹)国と発音されるとしても、本当に“魏の時代通りの発音”となるとなかなか面倒です。ですから発音しやすいようにヤマイチ国でいいではないか、と思ったのです。・・・要するに発音の便宜上の問題です。

 さて、邪馬壱国をどこに比定するかという問題と密接に絡まった問題として里数問題がある。自説の「邪馬台国」に合うようにするため、この問題でも勝手な原文改訂や原文無視が行われている。石原氏の解説から該当部分を引用しよう。

 帯方郡と邪馬台国とのあいだの里数については、『魏志』に「郡より女王国に至る万二千余里」とあり、これについていろいろの解釈がある。

三宅米吉博士は
 帯方郡から末盧国(まつろこく)までの海路合計一万二千余里と、末盧国から伊都国・奴国をへて不弥国(ふみこく)にいたる陸路合計七百里とを通計したもの(海路の里数はいずれも余里がついているから、その余里をくわえて約一万二千余里とした。不弥国から邪馬台国までは水行三十日・陸行一月と日数でしるされ、これは里数に換算しがたいので除外した。すなわち帯方郡・不弥国間が一万二千余里)、

山田孝雄(よしお)博士は、
 万二千余里は帯方郡から女王国までの実際の距離とはべつに関係なく、ただ郡から狗邪韓国(くやかんこく)までの七千余里と、『魏志』に倭の地は「周旋五千余里ばかり」とあるのをくわえたもの、

橋本増吉博士は、
 帯方郡から不弥国までは一万七百余里、邪馬台国までは一万二千余里であるから、不弥国から邪馬台国まではその差の一千三百余里であることはあきらかである。しかるに『魏略』ないし『魏志』の編者は、邪馬台までをできるだけ絶遠の国としようとするかんがえから、里数記事とはべつにえた知識の水行三十日・陸行一月(これは千三百余里よりはるかに大である)を採用して、不弥国より邪馬台国までの里数を曖昧にした。九州北岸から水行三十日で達するところは、畿内の大和であろうから、『魏志』の記事には、伝聞による畿内大和(途中イツモ=出雲という地に寄泊する)と、じつさいの見聞による筑後山門(やまと)郡(途中ツマ=妻という地をとおる)との記事が混同しているとするもの、

また志田不動麿氏は
 問題の投馬国から邪馬台国までの「水行十日陸行一月」を、本居宣長以来の陸行一月を一日のあやまりとするのにたいし、水行すれば十日、陸行すれば一月かかるという新釈をくだした。

また榎一雄博士の新説があり、それを要約表示するとつぎのごとくである。

里程榎説

 邪馬壱国問題がかくも絶望的に混迷しているのは、各学者が、「倭人伝」の記述のルールに従って読むべきところを、それぞれ自説に都合のよいように勝手に読んでいる(あるいは読んでいない)からにほかならない。次回は古田さんの里程解読を紹介しよう。

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