FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
詩をどうぞ

分割されたショパン


 「権力と反権力の現在」でポーランド「連帯」運動の記事を書いているとき、いつも頭の片隅に詩「ショパン」のことが思い浮かんでいた。  「詩をどうぞ(23)」 で、岩田宏さんの詩を2編(「動物の受難」と「住所とギョウザ」)紹介しましたが、「ショパン」はその岩田宏さん作の長詩です。

 ポーランドは10世紀後半に国家(ピヤスト朝)として歴史に初めて登場した。そのあとのヤギェウォ朝時代(1386~1572)は中世の大国として黄金時代が約200年続いたが、ヤギェウォ朝の断絶以後は、幾たびも大国に翻弄されて、悲劇的な歴史を歩むこととなった。周知のように、第2次世界大戦の時には、ナチスドイツによる虐殺と徹底的な破壊に見舞われている。また、ドイツに替わってポーランドを占領したソ連によっても多くのポーランド人が虐殺されている。カチンの森事件は、スターリンの命令でポーランド人が8千人も虐殺された事件である。そしてその先に「連帯」運動があった。「連帯」運動はポーランドの、いや人類の希望を担っていた。

 詩「ショパン」は、ポーランドの長い悲劇的な歴史と、ショパンの故国ポーランドへの望郷の思いを重ねて描いたものである。ショパンは1810年に生まれ、1849年に亡くなっている。いわゆるワルシャワ蜂起は1830年・1846年・1848年・1863年と繰り返し続いたが、いずれも大国ロシアの干渉により失敗し、ポーランドはロシアの強い支配下に置かれた。ショパンの 「革命のエチュード」 は1830年の蜂起失敗の報に接したとき時に作曲されたと言われている。シューマンがショパンの音楽を「美しい花畑の中に大砲が隠されている音楽」と評したと伝えられているが、「革命のエチュード」はまさにその評を思い出させる典型的な作品だと思う。



ショパン  岩田 宏


第一部

1 ふえる岩

ひとつの
巨大な岩が
すこしずつこわれて
たくさんのちいさな岩がうまれた
どの岩にもひとつの顔が描いてある
ひとみを守るために垂れ下ったまぶた
充分に空気を吸いこむための二つの鼻の穴
噛みくだくための歯 聴くための耳
割るための額
これはだれだろう
これはどこの人だろう
焼き払われた初めての森に
初めての麦のたねをそっと埋めた
これはひとりの農民の顔だ
かれには名前がない かれには妻がない
かれには鋤も鎌もない かれにはたべものがない
かれはただの顔だ 岩のなかの顔だ
この岩は雲母のように剥がれる
方解石のように割れる ふしぎなふえる岩だ
けれども朝から昼まで 昼から夕暮まで
あなたがその岩のかたわらにうずくまっても
岩はそのままだ 変化なし 異常なし
あなたが監視に疲れてうつらうつらする
岩はもうふえている! 初めに女の顔
それから子供の顔 それから犬の顔
羊や牛はもう岩のなかで啼いている
岩のなかから牛乳の汗が滲み出てくる
やがてあなたはだしぬけに肩を叩かれ
おどろいてふりかえる
とりいれをすませた農民が
酒を一ばいあなたに差し出す
かれの顔は焚火よりも赤い
岩には踊りの絵が刻まれた
ふとかれがゆびさす
遠くに雲が見える
かれのゆびがふるえる
遠くの雲がひろがる
雲ではない 埃
埃ではない ときの声
ときの声ではない 蹄
四つの蹄 八つの蹄 四八・三十二の蹄
四百の 四千の 四万の蹄
蹄には罪がない 罪は乗り手にある
乗り手は蹄の四分の一 蹄は乗り手の四倍
それでも馬は走らねばならない
罪がない罪がないとつぶやきながら
美しい畑を踏みにじらねばならない
もうあたまの上はどこまでも馬の腹だ
そして乗り手のよごれた足の裏
意味の分らぬことばの鞭

蹄たちが通りすぎると
農民はのろのろ起きあがった
女は恐ろしさに鬼子を生んだ
それでもあしたは結婚記念日だ
何はともあれ踊りをおどろう
あさっては子供の誕生日だ
何はともあれ踊りをおどろう
子供に名前をつけるように
ここの土地にも名前をつけよう
蹄と年貢に荒された農民の土地に
ポーランドと名前をつけよう
ほとんど無意味なこの名前も
とりいれと踊りが度重なるにつれて
馬の腹の下で意味を獲得するだろう



2 オイコフの洞窟

ワルシャワの南南西二五〇キロ
古い都クラカウ
そこから程遠からぬオイコフには
無数の洞窟がある
十八才のフレデリック・ショパンは
三人の友人と連れ立って
岩壁と
岩壁のあいだを
馬車で進んだ ところが
馭者は道をまちがえたらしい
どこまで進んでも両側は岩壁
足もとには銀色の川が流れる
どこまで進んでもこだまと川ばかり
向うからふらふらやってくるのは
あれは二人の森の精ではないのか
「ちょっとお頼み申しますが
わたしたちの行く所はどこでしょう」
「おめえさん方 ワルシャワの人だな
こっちだ こっちだ ついて来なせえ」
馬車は川の浅瀬を渡り
ショパンの腰まで水が来た
目指す別荘はすぐに見つかり
玄関まで女あるじが迎え出た
童話作家の
クレメンチナ・タンスカ女史
指輪をはめたほそい指で
葡萄酒のグラスをもてあそび
赤い火の燃えるストーブの前
青い青い目でわらつて語る
「お若いあなた方
ポーランドとは一体何なのか
あなた方は御存知ですか
もっともっとポーランドを
愛して下さい学んで下さい
それがあなた方を倖せにする
ただひとつの路」

次の日は朝早くから
洞窟を探険した
さまざまなかたちの水成岩を
ローソクの光は照らし出した
ウサギがいる
トカゲがいる
花が咲いている
蛇が眠っている
巨人が立っている
パンの神が倒れている
そして曲り角をまわったとき
仲間にはぐれたショパンの肩を
ひとつの冷たい手が軽く叩いた
「あなたはどなたですか」
「わたしは十三世紀の王ロキエーテックだ
よく来たね フレデリック・ショパン!
わたしの先祖が蒙古人に襲われたときも
これほどの苦労はしなかっただろうよ
だがプロシアの騎士どもも
よもやここまでは来られまい
このあたりには岩塩が豊富なので
人はずいぶん長生きできる
この骨を知っているかい?
有史以前のマンモスだぞ」
くらいくらい洞窟のなか
ショパンはしずかに王と語る



3 ふつうの食パン

ひとつの国があり
ひとりの芸術家がいる
その国は分割された
一七七二年
ロシア オーストリア プロシア
による第一次の分割
一七九三年
ロシア プロシア
による第二次の分割
一八〇七年
ロシア オーストリア プロシア
による第三次の分割
その国の王様は
いつもほかの国と兼任の王様だった
あるときはハンガリーの
あるときはフランスの
あるときほスエーデンの王様が
まるで出張でもするように
お供をつれて ラッパを吹いて
ポーランドの玉座へ行進した
背のひくい男が
王様の耳に口を寄せて
ポーランド語を通訳した
「ふむ……ふむ……」
と王様はうなずいた

その芸術家は分割された
ちょうど人間が二つの性にわけられるように
夢みるショパンと 怒るショパン
恍惚たるショパンと 憤然たるショパン
銀色のショパンと 鋼いろのショパン
小春日和のショパンと 嵐のショパン
客間のショパンと 軍隊のショパン
ウエファスのショパンと 乾パンのショパン
まるでショパンはふつうの食パンを
一度もたべたことがないみたいだ

ポーランドに出張した王様たちにとって
ポーランドはいわば本社にたいする支店であり
ポーランドという名前なぞどうでもよかった
ショパンを心から愛していない人にとって
ショパンという名前なぞどうでもいいのだ
ショパンは一人で手紙を書いている
一八三〇年九月四日付
友人ティッスへの手紙から
「ああ!
生れた土地以外の場所で死ぬことは
どんなに辛いだろう
ぼくの臨終の床のまわりに
愛する家族の顔ではなくて
事務的な医者や
金で雇われた召使の顔を見るとしたら
ぼくはとうてい我慢できないだろう……」



4 さようならのバラード

さようなら ポーランドの地主よ
あなたは買い上げる 小麦を 大麦を
ライ麦を ハダカ麦を カラス麦を

さようなら ポーランドのユダヤ人よ
あなたは売りに行く 小麦を 大麦を
ライ麦を ハダカ麦を カラス麦を

さようなら ポーランドの商人よ
あなたは売りに出る 広場へ 横丁へ
市場へ 交差点へ 袋小路へ

さようなら ポーランドのおかみさんよ
あなたは買いに出る 広場へ 横丁へ
市場へ 交差点へ 袋小路へ

さようなら ポーランドのインテリよ
あなたは食事する 食堂で 二階で
レストランで ビヤホールで一膳めし屋で

さようなら ポーランドの若い娘よ
あなたは給仕する 食堂で 二階で
レストランで ビヤホールで一膳めし屋で

さようなら ポーランドの兵隊よ
あなたは恋をする 納屋で 兵営で
公園で 河のほとりで 営倉で

さようなら ポーランドの将校よ
あなたは唾を吐く 納屋で 兵営で
公園で 河のほとりで 営倉で
さようなら ポーランドの政治家よ
あなたは演説する 議会で 劇場で
音楽会で 市役所で 夢のなかで

さようなら ポーランドの俗物よ
あなたはあくびする 議会で 劇場で
音楽会で 市役所で 夢のなかで

さようなら ポーランドの
そのほかのすべての人たちよ
あなた方は踊る 復活祭に メーデーに
クリスマスに 新年に あなた方の
生れた日と 死んだ日に。



第二部

5 北の国

ショパンは一生のあいだ
イタリアを夢みていた
そこではオリーブの木と
オレンジの木のあいだで
人々が唄うかもしれない
そこには火を噴く山があり
おだやかな地中海があり
人々はマカロニをたべるかもしれない
けれどもショパンは遂に
イタリアへ行けなかった
おなじオレンジの木が育つ
マジョルカ島へ行った
そこには修道院があり
山があり 沢があり
悲しげな民謡が歌われた
ジョルジュ・サンドは長靴をはき
こどもの手を引いて
沢から沢へ渡り歩いた
留守居するショパンの
ピアノの蓋の上を
悪魔が通りすぎた
ショパンは目を見ひらいて
悪魔に語りかけた
「きみたちの手から
人間はただ一つの方法で
逃れる それは音楽だ
まずわたしはテーマを発見する
テーマはどこにでもある
早い話が きみでもいい
百の悪魔から百のプレリュードを
わたしは時間と健康にさからい
創り出してみせよう テーマだ
次にこのテーマをどうするか
わたしはここでイタリアの歌い手たちに
学びたい かれらの装飾音
微妙な節まわし 変奏と
即興の能力をきみはどう見るか
わたしは決してテーマを展開しない
人間は繰返すことしかできないが
繰返しの限りない豊かさと
エネルギーをわたしは信じたい」
すると悪魔は
たいそう悪魔的な微笑を浮かべて
ただひとこと
「北の国」と言った
北の国がどうしたのだ
かれはショパンの未来を
予言するつもりなのか
一八四八年 死の一年前に
ショパンはイギリスへ行くだろう
ロンドンからスコットランドへ
そこには郵便もなければ鉄道もない
馬車もなければ舟もない
道を行く人もない
犬一匹通らない
すべては冷えたスープの霧に包まれて
その霧の未来のなかから
背の高い 足の長い
イギリスの女たちがあらわれるだろう
とても親切な公爵夫人や伯爵夫人
だがショパンは手紙に書くだろう
「わたしはポーランド語を忘れかけている
イギリス人のようにフランス語を話し
スコットランド人のように英語を喋る
わたしは生きているのではない
居食いしているのだ」
悪魔はここでふたたび微笑を浮かべ
泣き出したショパンにかがみこみ
きわめて悪魔的な声で語った
「きみはここにいない
イタリアにもいない
スコットランドにもいない
ましてパリにも マジョルカにも
きみはポーランドに帰れない」



6 鋼鉄の編針

パリの
貴族の屋敷の
客間の敷居をまたいで
若いショパンはおどろいた おおぜいの貴婦人が
光る巨大な鋼鉄の編針を動かしている!
あれに襲われたら一たまりもないな
紳士の武器はせいぜい鼻眼鏡だな
ぼくはポーランドをなくしそうだな

パリの
若者が巧みなテクニックで
ショパンのポロネーズを弾き終えた
ショパン先生はひどく口早に言った
「非常に上手だ しかしポーランド人の本質を
ポーランド人の情熱を全然つかんでいない
この批評をわたしは断乎として適用したい
マズルカやポロネーズだけではなく
コンチェルト ノクターン
バラード エチュードにも」

わたしはポーランドをなくしそうだ
それをなくすまいとショパンは書きつづけ
どの曲にもポーランドをすこしずつ籠めた
だからショパンのなかのふるさとは確実に
すこしずつ減っていった そして死ぬとき
「とても痛い」とショパンはつぶやいた



7 革命

一八三〇年
十一月二十九日
ワルシャワは武器を取った
ロシアではツァーリと呼ばれ
ドイツではカイゼルと呼ばれる
冠や椅子に挟まれた権力が
武器を取ったワルシャワを締め殺した
こときれる瞬間ワルシャワは思い出した
三回の分割を 貴族たちの裏切りを
三十六年前のプラガ大虐殺を
ひとりの口髭の濃い軍人が
目を吊りあげて命令を下したのだ
プラガを殺せ!
プラガをみなごろしにしろ!
おれには罪がない罪がないとつぶやきながら
兵士たちはおのれのつぶやきに逆上して
男を
女を
老人を
少女を
こどもを殺した
生き残ったカラスどもはそのするどいくちばしで
一万二千の死者をかぞえた
裏切った貴族と
逼迫した王様は
なにがしかの年金をもらって
敵の都にほそぼそと余生を楽しむだろう
一八三〇年 十一月 十二月
ワルシャワの武器は破壊された 義勇軍は解散だ
大学も中学も閉鎖だ 難民は扉を叩く
あけてくれ! あけてくれ!
フランスの国境よ!
イギリスの国境よ! あけてくれ!
その自由平等博愛を そのマグナカルタを
ほんのすこしでも隙間からこぼしてくれ
そして一八三一年元旦
ショパンは友人に手紙を書く
「ぼくにとっては
なんという悲しい年の初めだろう!
ぼくはきみたちを熱愛している
きみはバリケードをつくったか
ぼくの両親はどうしている
ぼくの友だちはどうしている
きみたちの誰かのためにぼくは死にたい
何の因果でこんなところに
ぼくは一人ばっちでいるのだろう
これほど恐ろしい時勢でも
一緒にいるきみたちは慰め合える
きみのフリュートは涙を流せるか
ぼくのピアノは思うぞんぶん泣いている!」
やさしい目をしたフランス人が
遠慮がちにショパンの肩を叩いた
「芸術家はいわば世界人です ですから
芸術家の祖国は全世界であるべきです」

「ほんとうに
ゆりかごのなかから死ぬときまで
わたしは芸術家であり しかも
ありふれたただの人間です ありふれたただの!
ごらんなさい フランスもイギリスも
わたしの祖国に力を貸そうとはしない
ワルシャワの革命家たちは国のなかでも
国の外でも死ぬでしょう 孤独にさいなまれて
わたしはもう信じません 貴族たちのまつりごとを
わたしは死者をとむらいます 不信と絶望をこめて」



8 モスクワの雪とエジプトの砂

どんなにあなたが絶望をかさねても
どんなに尨大な希望がきらめいても
死んだ人は生き返らない 死んだ人は……
どんな小鳥が どんなトカゲや鳩が
廃墟にささやかな住居をつくっても
どんな旗が俄かに高々とひるがえっても
死んだ人は生き返らない 死んだ人は…・・・
あやまちを物指としてあやまちを測る
それが人間ひとりひとりの あなたの智恵だ
モスクワには雪がふる エジプトの砂が焼ける
港を出る船はふたたび港に入るだろうか
船は積荷をおろす ボーキサイトを
硫黄を ウラニウムを ミサイルを
仲仕たちは風の匂いと貸金を受け取る
港から空へ 空から山へ 地下鉄へ 湖へ
生き残った人たちの悲しい報告が伝わる
死んだ人は生き返らない 死んだ人は!
ふたたび戦争 かさねて戦争 又しても戦争
この火事と憲法 拡声器と権力の長さを
あなたはどんな方法で測るのですか
銀行家は分厚い刷りもののページを繰る
経営者はふるえる指で電話のダイヤルをまわす
警官はやにわに駆け寄り棍棒をふりおろす
政治家は車を下りて灰皿に灰をおとす
そのときあなたは裏町を歩いているだろう
天気はきのうのつづき あなたの心もきのうそのまま
俄かに晴れもせず 雨もふらないだろう
恋人たちは相変らず人目を避け
白い商売人や黒い野心家が
せわしげに行き来するだろう
そのときピアノの
音が流れてくるのを
あなたはふしぎに思いますか
裏庭の
瓦礫のなかに
だれかが捨てていったピアノ
そのまわりをかこむ若者たち
かれらの髪はよごれ 頬骨は高く
肘には擦り傷 靴には泥
わずかに耳だけが寒さに赤い
あなたはかれらに近寄り
とつぜん親しい顔を見分けるだろう
死んだ人は生き返らない 死んだ人は
けれどもかれらが耳かたむける音楽は
百五十年の昔に生れた男がつくった
その男同様 かれらの血管には紛れもない血が流れ
モスクワの雪と
エジプトの砂が
かれらの夢なのだ そしてほかならぬその夢のために
かれらは不信と絶望と倦怠の世界をこわそうとする
してみればあなたはかれらの友だちではないのですか
街角を誰かが走って行く
いちばん若い伝令がわたしたちに伝える
この世界はすこしもすこしも変っていないと
だが
みじかい音楽のために
わたしたちの心は鼓動をとりもどすと
この地球では
足よりも手よりも先に
心が踊り始めるのがならわしだ
伝令は走り去った
過去の軍勢が押し寄せてくる
いっぽんの
攻撃の指が
ピアノの鍵盤にふれ
あなたはピアノを囲む円陣に加わる。



スポンサーサイト



 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1248-7ea0c142
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック