2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
権力と反権力の現在(8)

「連帯」が目指したもの


(以下、当時のポーランドと「連帯」運動の掲げた要求について、の吉本さんの解説を少し書き換えながら転載する。)

 当時のポーランドでは、各企業レベルから農村レベルにいたるまで、生産社会機構に党と国家官僚の専制が貫かれていた。労働者・農民は、官僚専制の強固な枠の中にとじこめられ、どんな無理な要求にも批判や論議なしに服従しなければならなかった。ただ官僚が善良な好人物か有能な人材であることを期待するほかなかった。

 「連帯」運動が要求していたことは、少なくとも各企業・各農村のレベルで官僚専制を切断して、党・国家官僚を含まない自主的な労働組合や、自主的な農民組織を認めよということであった。各企業レベルで自主的な労働組合がつくられれば、このレベルで国家の要求と労働者の生活利害が矛盾するときは、国家の要求を修正したり変更させたりする権利を、労働者が確保できることになる。もうひとつはこの要求によって、各企業の労働者は、職場の利害のレベルでは、国家の官僚的な専制をチェックし、合議様式に組みかえができることになる。

 社会主義は、なによりもまず生産社会機構での賃労働者と農民の問題だから、「連帯」の要求は最低限の権利としてまったく当然のことだった。

 前回に掲載したグダンスク連合ストライキ委員会のあげた21項目要求のうち、生産社会機構の外部にある日常の消費社会の問題としてただひとつ、注目すべき条項があった。12番目の項目がそれである。党機関の官僚、警察、国家保安警察の役人たちは、一般の労働者の4~5倍の家族手当をうけ、「販売店」と呼ばれた特権的な官僚用の店で、一般には手に入れられないような消費物質を手に入れることができた。12番の項目はこの家族手当の平準化と、消費物質の特権的な分配制度の廃止を要求するものであった。

 これらの特権を与えられた階層は「ノメンタラトゥラ」と呼ばれており、当時、ソ連、東欧圏、アジアの「社会主義」諸国では普遍的な存在であった。これは「ノミネートされた人々」という意味であり、政治社会史的な概念でいえば、これらの諸国における〈支配共同体の成員〉に相当し、社会的な特権層をつくっている。

 もちろん資本主義国でも、閏閥や交際圏や相互扶助圏として「ノメンタラトゥラ」と名づけたいような、漠然とした支配共同体的な特権的意識層の枠組を想定することができる。これらは古代的またはアジア的な共同体意識の遺構のようなものの度合に依存している。ポーランドの「連帯」運動は「社会主義」国ではじめて名ざしでこの廃止を要求したのであった。

 以上のように、「連帯」の運動は個々の企業や地域の企業の労働組合連合が発端となり、生産社会機構を上から一貫してつきとおしている党・官僚の専制を、すくなくとも企業内の労働組合の共通の地平では排除し、生産機構内部での労働者の利益を防衛する自主的な組織をつくろうとする欲求からはじまっている。労働組合の中で個々の労働者が党(国家権力を掌握している統一労働者党)のメンバーであることは自由だが、労働組合を機構的に国家権力のもとに統制することを排除しようとした。

 この要求はふたつのことを意味している、と吉本さんは言っている。このくだりは、「国家を開く」という吉本さん独特の言説なのでそのまま引用する。

 ひとつは「党および雇用主から独立した自由な労働組合」をつくることによって、企業の労働組合の地平で、国家官僚の支配はハサミで切断されて、縫目をつけられることになる。すると縫目があるという意味で、国家は〈開かれる〉ことになる。だがこの〈開かれる〉というのは、国家権力が切りとられた個所に切口が開いてまた、縫いつけられるという意味であり、国家の本質が社会主義的な原則によって〈開かれる〉ということとははるかにちがっている。

 〈連帯〉のこの要求が、政府委員にしぶしぶ承諾されたあとで、すぐにつぎの問題があらわれた。〈連帯〉によって組織され、はじめて国家から自立した労働組合の連合体は、どんな機関と形式と目的意識で国家権力に対して〈開かれた截断面〉を維持しつづけるかということである。これは不安定な均衡みたいなもので、党・国家権力と〈連帯〉の労働組合の連合体の力関係によって、たえず流動することになった。勢いとして〈連帯〉による国家権力の掌握に行きつくかもしれないし、国家の弾圧によって〈連帯〉の自主性は、実質的に圧殺されるかもしれない。あるいは、調停者としてのカトリック教会が、うまくふたつの勢力の均衡を定着させるかもしれない。

 またこの均衡の自主形式と機関は、生産社会機構のすべてにわたって形成されるかもしれないし、たんに企業内の自主的な労働組合の連合体の次元にとどまるかもしれない。あるいはまた、日常の消費生活の社会、芸術、文化、宗教のすべての領域にわたるかもしれない。このことは〈連帯〉の指導者や理論家たちの構想と党・国家権力の対応によって決まるはずの問題であった。



 苦しい闘いを闘い抜いて、この7年後に「連帯」は政治的な民主化をも勝ち取り、さらに「連帯」委員長であったワレサ氏が民主化国家の第一代大統領に選ばれたことを、すでに私たちは知っている。

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