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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(113)

抵抗権行使運動の未来(3)


 記紀が描く擬装古代史の真相を究明することは天皇制の呪縛を解くための重要な要件の一つである。それが私が古田史学を紹介してきたモチーフであった。吉本さんの共同幻想論や南島論はヤポネシア列島の文化の古層を発掘すること(琉球やアイヌや東北などの文化を読み解くこと)によって、文化としての天皇制を相対化あるいは無化する道筋を示している。このテーマは以前に『日本とは何か』で取り上げた。 『日本とは何か(19)』 から吉本さんの発言を再録する。


 制度的というか、政治的というか、そういうところから考えると、日本人の歴史と、日本国家、つまり初期の大和朝廷成立以降の国家らしい国家が農耕を基礎にしてできあがったことは同じではありません。つまり日本国の歴史と日本人の歴史は違って日本人の歴史の方がずっと古いわけです。それこそ縄文早期、あるいはもっと前から始まっているかもしれませんから。日本人の歴史と日本国の歴史――もっといえば天皇家の歴史とを全部同じものとして見るのは不当ではないかという感じ方はあったのです。

 だから、天皇家の始まりが日本国の始まりというのはまだいいとしても、天皇家の始まりが日本人の始まりだ、というのは少なくとも違うから、日本人の歴史というところを掘り起こしていけば、天皇家を中心にしてできた日本国家の歴史のあり方を相対化することができるのではないかということが問題意識の一番初めにあったわけです。



 ここで吉本さんが「日本人の歴史」と言っているのは「ヤポネシアの歴史」と言い替えてよいだろう。(ヤポネシアについては 『日本とは何か(9)』 を参照してください。)

 それでは現在の問題として、制度としての天皇制を無化していく道筋(政治戦略)はあるのだろうか。天皇制が法制の中枢を占めてはいない現在、「政治的な反天皇制という運動は無意味」だと、三上さんは言う。

 例えば、政治的に反天皇制を掲げる運動がある。この政治的な反天皇制運動は、天皇制が国家の法制の中心にある場合は意味をもつ。天皇制を法制の中枢にもつ宗教的な国家であれば、それを中枢から排除するという政治運動は意味をもつのである。しかし、天皇制が法制の中枢から排除されていれば、この政治的な反天皇制という運動は無意味になる。天皇制が法的な中枢から排除され、文化概念として存続するとき、左翼的な反天皇制というイデオロギーは政治戦略にはならない。文化概念としての天皇制に向き合う政治戦略にはならないからである。別のことが考えられなければならない。

 天皇制は共同幻想としてあるが、法制の中枢ではないということはどう理解したらよいのか。それは政治国家領域の政治的課題ではなく、幻想国家の領域の課題となる。政治国家的な領域ではなく、幻想的な国家領域の政治戦略として出てくる。



 現在では天皇制の制度的な課題は憲法から天皇条項を削除することにつきるが、それがなったとしても、それは天皇制の無化に直ちにつながるわけではない。天皇制は制度の問題ではなく、すぐれて文化の問題なのだ。だから逆に、文化としての天皇制が無化されたとき、制度としての天皇制は自然消滅するだろう。


 日本文化という概念は日本列島の住民の文化という意味であり、個別的で、雑多な存在をそのまま認めればよい。それはエスニシティーとよばれる伝統的な文化的・宗教的共同意識を評価することであり、天皇という包括的言葉(民族的文化としての天皇という概念)で包括する必要はない。天皇に帰一するというのではなく、文化を生の根拠としている人に帰一すればよい。こうした包括概念として日本文化という概念を解体し、排除していけばよい。それは文化概念を基盤とするナショナリズムの解体である。

(管理人注)
エスニシティー(ethnicity 民族性、民族的背景、文化圏)
 共通の出自・慣習・言語・地域・宗教・身体特徴などによって個人が特定の集団に帰属していること。


 ナショナリズムは対抗的な関係のなかで形成されるが、民族的な対立意識の根底には文化の制度化(民族化)がある。中華思想にしても、朝鮮半島の住民の自尊心(恨の思想)にしても、また日本の国学的な思想も地域文化としてあるものを制度化し、包括化したものだ。それは近代国家によって対抗的に組織されてきた。

 日本は第二次世界大戦にいたる近代の過程で展開した中国や韓国などへの振る舞いは、処理してクリアしていかなければならない問題だが、文化とナショナリズムの問題はもつと長い歴史的なスパンをもつ問題である。この文化とナショナリズムの問題は、日本の韓国や中国への差別意識に還元されてはならない。これらは第二次世界大戦や近代化の過程での日本のナシヨナリズムが、中国や朝鮮半島の住民への対応として出てきた範囲の問題であるに過ぎないからだ。中国も韓国も北朝鮮も国民国家化した段階で、ナショナリズムと文化のことを考えるならば、もつと長い射程として考える必要があるのだ。

 かつての日本帝国主義の振る舞いということの批判もその中に含まれるが、文化を基盤にしたナショナリズムの対立を超えて行くのは単なる差別主義批判では不可能である。それぞれ国民国家化した段階でのナショナリズム解体論は、帝国主義と植民地主義という思想的枠組みを超えて可能となる。

 文化は人々の生を根拠づけるものであり、価値観である。それは文化を生きる人々の実存そのものにあり、個別的なものだ。そして文化は個別的なままに、国家を超え横に広がる。民族文化という包括的概念はいらない。ナショナリズムにとってそれは必要なだけだ。

 これに対抗するのはインターナショナリズムということではない。住民の文化が、民族的な文化概念で切断されることなく、その個別的なまま横に超えて交流していけばよいのだ。そのときこれはナショナリズムへの強力な抑止力となる。政治的なナショナリズム批判はさして力にならないが、この文化の広がりはナショナリズムの抑止力として働く。近代国家とは逆のイメージを、文化にたいする政治戦略として考えれはよいのだ。中国大陸や朝鮮半島、日本列島の中での文化がナショナリズムへ転化されることを防ぐ戦略はここにしかない。そのとき中国・韓国・北朝鮮・日本のナショナリズムを媒介にした政治的対立は機能しなくなる。

 歴史的に中華思想、恨の思想、天皇という思想で相互対立を生み出してきた歴史関係を、国民国家という段階を経て解体していく戦略がここにはある。南島論で吉本が提起したものはそこまで広げられる。

 沖縄問題についてネット検索していたら、次のような文章に出会った。三上さんと同じ論旨である。(執筆者が記録されていないが、たぶん谷川健一さん?)

 日本にあってしかもインターナショナルな視点をとることが可能なのは、外国直輸入の思想を手段とすることによってではない。ナショナルなもののなかにナショナリズムを破裂させる因子を発見することである。それはどうして可能か。日本列島社会に対する認識を、同質均等の歴史的空間である日本から、異質不均等の歴史空間であるヤポネシアへの転換させることによって、つまり『日本』をヤポネシア化することで、それは可能なのだ。(「日本読書新聞」1970年1月1日号)



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