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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(104)

日大闘争(12)


1968年9月30日の「大衆団交」で日大全共闘に全面屈服した大学当局は、その後、佐藤栄作のお墨付きを押し戴いて、学生たちとの合意を反故にした。以来、古田会頭以下の理事会は居直り、機動隊をふる活用して、なりふりかまわぬ弾圧を繰り返した。

1969年3月4日、ホテルニューオークラで「古田重二良先生激励会」なる茶番が開かれている。主催者には「社団法人日本会総裁・佐藤栄作」と「日本会調和連盟会長・中原夷」とあり、発起人には賀屋興宣・田中角栄・山岡壮八などが名を連ねている。

 日大闘争の発端の一つであった「背任横領」事件は、例のごとく、事務次長の逮捕というトカゲのしっぽ切りで終息させられた。

 その同じ時期(6月2日)、古田会頭は会長となり、日大は名実ともに〝正常化″した。
6月14日(土)

 日本大学に再び〝正常化″がやってきた。すべての門は閉ざされ、人が一人入れる位の臨時の門が施設され、昨年の4月頃から騒がれた34億円事件は、1年と数ヵ月で1人の経済学部事務局次長を逮捕するに終った。この間、学生は一万人近い負傷者と一千人近い逮捕者を出した。バリケードの中で授業が行われる。ヤクザ、職員、ボデーガードの見守る中で屈辱と怒りを、ふつふつと、心の中で煮えたぎらせながら、前に立つ教授の顔を軽蔑のまなこで見ながらも。

 私の何かが、こらえられない衝動にかりたたせる。社会は、われわれに黙れといった。諸君達は、真面目に大学を卒業し、就職するのが一番すばらしい生き方であると。ノーノーと叫ぶ私の人間性を自ら圧殺して何がすばらしい人生だ。日大全共闘の某君のアジ演説の中に、僕たちは、生きるか、死ぬかしかないのだと言っていた事を思い出す。日大の正常化? を認める事は、まさに、私の「死」を意味するのである。私の人間性を完全に圧殺する事になるのだ。私は闘う。日大支配体制に。一人-でもかまわない。外にいる学友と共に、討論、オルグ、資料作成etc……。

 自己の感情をおさえるのが何か知的作業とでも思っている人達がいる。そのような人達の行為には虚偽とイヤラしい装飾がある。私は叫ぶ。何度でも。ここから早く出たいのだと。海や山や野を見たいと。人間は自由であり、そうでなければならないと思う。私は、それ故、捕われの身となった。何度でも叫ぶ。自由の叫びを。再び灼熱の闘いを闘い抜くために。

清宮さんへ

 週刊・月刊誌等の重要な論文、ないし日大関係の文書がのっていたら保管しておいてほしいのですが。よろしいでしょうか。
 (理由)この中(東拘)では、資料・週刊誌・日刊紙等は読んだら廃棄処分しなければいけない事になっています。シャバに出た時闘争の事実を早くつかむ為と資料にする為。

 次の日記では6月15日の「反戦,反安保,沖縄闘争勝利集会」を取り上げているので、この集会について、少し詳しく記録しておこう。(「新左翼運動全史」より)



『6月15日の日比谷野音の内外は万余の大衆で埋めつくされ、60年安保闘争以来の最大のカンパニア集会となった。362団体、3万余名の労農学市民は「反戦、反安保、沖繩闘争勝利6・15実行委員会」の呼びかけにこたえて総結集した。この日の中央集会には、既成左翼と革マル派を除いた全左翼勢力が、とりわけ全共闘、大学べ平連、市民団体などの広範な無党派活動家が総結集して圧倒的な盛上りを示し、全国29都道府県72ヵ所、総数5万名は、70年安保―沖繩闘争勝利を固く誓いあった。』

6月17日(火)朝から小雨

やり直そう

 もう一度やり直そう。初めから。君は君の立場がそうさせたと外に半分責任を転嫁させた。しかしそうであっただろうか。君自身象徴化は間違いだといいつつも、責任を転嫁させたところに、すでに自己の問題があったのではないか。それは自己に対するいつわりの心と自己満足が存在していたのではないだろうか。

 君に今、必要な事は、君自身の中をじっくりと見つめる事だ。そしてすべての心の中にあるものを洗いだし、捨て去る事だ。そこがどこであろうとかまわないじゃないか。そして、そこから新しく出発しょう。一歩一歩大地を踏んで。

 6月15日反戦反安保6・15統一集会に東京3万6千、全国6万(16日朝、『読売新聞』)集る。逮捕者220人、福富節男農工大助教授が一週間位前に密出国の幇助の容疑で参考人として警視庁に呼ばれ、6・15では吉川勇一べ平連事務局長がフランスデモを扇動したという理由で逮捕された。警察の手口、あまりにみえすぎている。第一に、70年を前にし、大衆運動で頭角を表わしてきたべ平連に対する ― 反体制運動すべてに言える事であるが ― 先制攻撃である。そして一連の逃亡・脱出の。

 6・15集会、こういう言い方はまずいのかも知れないがハナヤカなる戦いである。単にマスコミは表面の現象 ― その現象も最近は相当曲っているが ― だけしかとらえない。マスコミだけでなく、われわれにもその傾向がある。たとえば東大闘争と言ったら何を頭に浮べるか。安田講堂、1月18、19日の戦いであろう。しかしその中に何があるというのだ。全国から集って来、安田講堂で集った多くの学友の経緯を、その安田までの戦いのドラマを誰が知っているであろうか。そして、まだ東拘の独房の中で誰も会いに来てくれる人のない安田で闘った地方大学の無名の戦士の闘いを、また、それよりも18、19日は、ほとんどの人が知っていても東大闘争の一年間の苦難の闘いのドラマを誰が知っているだろうか。その中にこそ、その小さな歴史の流れの中に、闘いの真実がかくされているのに。

 われわれはマスコミ的人間に毒されているのではないだろうか。自ら毒しているのか、毒されているのかは別にして。6・15でも、そうではないだろうか。基地闘争、大学闘争、反戦闘争、労働運動・差別etc・・・いろいろな、そして、マスコミ的に比べたら、日大・東大闘争とは比較にならないほど小さな戦いが、そしてある小さな職場の闘いの蓄積総体が6・15を作り出したという事を。

 3万のデモが行われた現実そのものの意義は大であろうが、その事実に、どれだけの真実がかくされているだろうか。われわれはその真実を追求する必要があるのではないだろうか。現代を追求し、そこで生きていく為には。

 われわれはよくいう。「10・8以降の闘いが日大・東大闘争の闘いが、現在の闘いを作り出したのだ」と。単にしゃべる事によって、闘いの重みを理解したと思ったらおおまちがいである。

 女の人が面会に来た。職員が名前を言った時、誰かと思ったら、姉の義妹だった。苗字が結婚している為変ったので知らなかった。姉に手紙を出してやってくれとの事である。そういえば、まだ姉の所はさておき、家にさえ一度も手紙を出した事がない。すでに一年半位になるか。戸川さんにも言われた。何も書く事ないのだが……。

 闘いの中では体制内化するおそれはないと思っていた。しかし、君はこの一年間で、その危険性がある事を知ったではないか。君には、君ではないものが常につきまとっている事を。そしてそれが君を常に体制内化させる危険性を有している事を。

 これは、誰しも大なり小なり持っている事であるが。では、君はどうすればよいのか。ただ捨てるだけでいいのだ。どうせ君のものでないのだから、君は今、考える時間が有り、そして空間を遮断させられる事によって、そのチャンスをつかんだのだ。君にとって、この時間、ここのような状況は二度と訪れはしない。君が、ここから出たら、その時、君の持った自由のない生活が、どうであったかがきまるのだ。そして、長い人生の一道程が……。

 だから、君の出たい気持は、よく判るが、その気持とは関係ない。今の君の時間は、戸川さんが言ったように、一秒一秒が君の長い人生にとって重要な時間なのだ。ここに幾月いようと関係なしに。

 弁護士が来る。田賀さん、前から比べると(12月頃より)顔の色がよくなっていた。言っている事もさえている。心と体は一心同体か。9・4の件で分裂裁判をやった八木君、実刑(1年何ヵ月といつたと思う)を食らったそうだ。権力もずいぶん卑劣な事をやるものだ。9・4は明らかに権力の側が、もし法によって集約するのであるなら - そんな事不可能だが ― 裁かれるべきである。


6月19日(木)

お馬鹿さん

 二重の苦しみだ。そこには、二つの問題がある。自己の未熟さと、他人様を公有物だと考えているお馬鹿さんとの。多分このお馬鹿さん、客観的には他人様を、公有物でなくして、意識しようが、しまいが自己の私有物としている。

 その人が公のものとなる、あるいはなりつつあるのを、期待するのはかまわないけど、その人を尊重してあげるべきではないだろうか。そうでなければ、その人は、自分の未熱さを知りつつも、いつもせいいっぱい生きているのだから、あまり苦しみを与えない方がいいんじゃないでしょうか。

 お馬鹿さんをせめるつもりはない(その資格を永遠に放棄しなければいけないような気が最近している。 - 人間全般にいえる事だ―)。だけどイヤな事だ(なぜなら自己の問題だけで解決しないからだ)。

 私は両親と、思想的問題に関して、ほとんど話合った事がない。また、私は親が私の問題に乗出してくるような場合があれば絶対反対する。というのは、いささか観念的になるが、親子の関係は現実に不可解の要素がいっぱいある。たとえば、子供のやっている事を、この事柄が何であるかは別にして、正当化したい、理解したいという気持、あるいは、子供のやっている事を真向から反対しつつも、心の奥底では認めている。

 この場合など現実には、その親が反対しているのだからと安心して、他人様がその息子の行動・思想を批判すると、その親は、いい気持はしない。かえって批判した人に腹を立てる場合などが多いのではないだろうか。親馬鹿という言葉もこのような事から生れてきたのだろうが、このような関係があるが故に、双方の思想が違っていた場合など悲劇を起すことなどが考えられる。

 親子の関係を維持するには、やはり、単純な親と子という関係でなくして、一人の人格者として双方が尊重するしかない。それがあるべき親子関係なのかも知れないが。こんな所でいう事は簡単だが、実際は非常にむずかしいと思う。私も、その自信がないから、「ほとんど話合った事がない」というふうになってしまっているのだが。

 今もつて自分の問題を親に伝えるのがイヤであるし、自分の事を少しでも知らないでほしい。なぜかそれでも、親子の関係が保てるような気がする。というのは、切つても切れない関係が、そこにあるという確信のもとでだが。



 学生運動の本質についての秋田さんの自問自答が続いているが、朝日ジャーナルに掲載された秋田さんの「獄中記」はここで終わっている。

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