2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(100)

日大闘争(8)


5月24日(土)

 起訴されて今日で2ヵ月目だ。昨日、39番から34番室に変った。23番新宿、24番東大、岡山大の学生、いずれも闘士である長期拘留者の間にはさまれると、おれももう2、3ヵ月は覚悟しなければならないと思う。

 組織と個人 ― 組織じたい本来的に矛盾物であり、これ自体が矛盾するものであり相互に補足し合うものであろう。そしていかなる組織にせよ、ある場合、人間の成長をさまたげるし、自由を拘束する。

 私は、この1年間何を学んだろうか、2、3年前までの私が培ってきた思想を燃焼させたに過ぎないのではないだろうか? こういう疑問は常に私の心の中にあった。だが現実の闘い ― この一年間の ― があまりにも大きいがゆえに、それを断言する事ができなかった。この1年間の闘いは私にいろんな教訓を与えたはずだと。しかし、その教訓を私は見出す事が出来ない ― これは、単なる組織に原因があるのではない。

 ただいえるのは、私の立場が私の頭に自由を与え、自由な思考判断を妨げていた事を ― これは自身のり越えなければいけなかったんだろうが ― 学園闘争、政治闘争結合上からの理論体系から解明するより現実の闘いの中から総括的に解明していったほうが良い方法だと思う。

  組織・セクト  ⇔  個人
         矛 盾

  方法      ⇔  ?
         矛 盾




 同じ拘置所に拘置されていた「新宿」というのは、たぶん、1968年10月21日の国際反戦デーのときの逮捕者だろう。騒擾罪が適用され、約450人が逮捕されている。東大生は東大闘争のときの逮捕者だろう。・岡山大生は東大闘争の応援学生だろうか。

 ここで秋田さんは「組織と個人」の問題を考察している。いま中断している『「独立左翼論」を読む』は、この問題を取り扱こうとするところであった。とりあえず学園闘争の全共闘組織について述べておく。

 全共闘組織と政治的党派(セクト)との違いは、その組織が「開かれている」かどうかにあると思う。全共闘を担った主体は、いわゆるノンセクトラジカルであり、闘争への参加・不参加はあくまで個人の判断に任せられていた。東大闘争で安田講堂に残った東大生は自分の自由意志で残った。最終段階で退所した人たちが非難されるようなことはなかったと思われる。私はこのようなあり方こそ理想と考えているが、これが政治的党派においても可能であろうか。秋田さんの悩みも、たぶん、そのようなことであったろう。

 全共闘は、結局は「セクトの論理」に浸食されていき、そのラジカル性と大衆性を失っていったのではないかと思う。

 もう少し付け加えると、「閉じられた」組織は、そのタガが強固になればなるほど、内ゲバや内部粛清の危険性が大きくなる。「集団と個人」の問題を思想的に解くことは重要事である。

 「日の丸君が代の強制」による処分者の闘いにはさまざなな市民団体・個人が支援に参加している。あるいは政治党派の人たちもいるかもしれない。その闘いの集会では次のような取り決めを共通理解としている。

 本集会は、下記の「申し合わせ事項」にもとずいて運営されています。

1.集会タイトルに示された一致点で、協力・協同する
2.非暴力であること。
3.互いに誹謗、中傷、攻撃を行わないこと。
4.意見の相違を認め合い、一致点を大事にすること。
5.組織、個人にかかわらず、互いに対等・平等であること。


 これまでのさまざまな闘争であらわになった弱点を克服する道筋、「開かれた組織」のあり方を示していると思う。


5月27日(火)

 この1年間の闘いは、私の思想を燃焼させたが、その中から得られた教訓は、現実的に何もないのではないかと前に書いた。そして何かがあるはずだとも書いた。それはあまりに現実になしえた事が偉大であったから。しかし、偉大な闘いを思想化する事をこの1年間おこたっていたのである。

 私の頭には未整理な状態である ― この間題を考えてみたのだが、一つに理論と思想というものを便宜上区別して考えてみると、私の思想過程の中でこの大闘争が始る時にはすでに、一応の思想的確立がなされていたのではないかと ― もちろん人間は一生自己変革をなすものであるが―。そして 日大闘争が顕在化した時に、ある一定の思想をもって戦って来たともいえる。

 私がこの闘争が起きて何か思想的に(=理論的に)獲得したと言えるものがあったかと言われたら、自分の思想 ― 根本的 ― に確信を持ったというのが正直な答えである。しかしながら1年間の教訓(あくまでも1年前の私の思想と相対的な関係においてである)が現実に存在しないと思われるのは、一つにあまりに急激に闘いが進行したが故に、理論的 ― 思想的 ― 飛躍を要請され、その結果理論的迷いが生じた事によるのだろう。この間題には、私の立場、組織的問題があった事をつけ加えておいて良いであろう。

 この文書を見て解るように、結論は、私の頭の中が未整理であるという事である ― 試行錯誤する事は良い事である。なぜなら、新たな思想の芽生えであり、自己変革の一過程であるから―。



 日大闘争という「偉大な闘争」が,当事者たちの思惑をはるかに超えて「あまりに急激に・・・進行し」ていったことに対する戸惑いが率直に語られている。このような「偉大な闘争」を思想的に総括することは大変な難問であろう。

スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
こんにちは
頑張って下さい!!
応援、ポチ、ポチ。
また来ますね!!!
2009/02/11(水) 08:27 | URL | 元塾講師中里によるアフィリで楽しく毎日が給料日 #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1213-dfe4eac0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック