2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題

抵抗権行使運動の今


 安保闘争や学園闘争のような激しく大規模な闘争は影を潜めてしまいましたが、それらの闘争とは全く異なる形態で、力強く着実に抵抗権行使運動は続いています。

 最近ニュースや雑誌でよく取り上げられているものでは、さまざまな「ユニオン」の新しい労働運動、「舫(もやい)」に代表される反貧困運動、京品ホテルの自主管理闘争などがすぐに思い出されます。

 また、司法の場で闘われているさまざまな裁判闘争も抵抗権行使運動と考えられます。あるいは日常の労働現場や生活の場で人間としての良心に従う生き方を貫くことも抵抗権行使運動と言ってよいと思います。今日、このような観点から強く感銘を受けた文章にであいました。昨日届いた『「日の丸・君が代」強制反対予防訴訟をすすめる会』の機関誌「おしつけないで No.46」の中の二記事です。一人でも多くの人に紹介したいと思い、さっそく転載します。(無断での転載、ごめんなさい。)

 一つは、「予防訴訟」の弁護団長・尾山宏弁護士の『私たちの裁判の意義と展望』という論説です。

 第一次懲戒処分取消訴訟の判決日が迫ってきましたが、この機会にこの裁判を含む私たちの君が代訴訟の意義を、もう一度確認しておきたいと思います。

 これらの訴訟は、日の丸・君が代の強制が子どもと教師の思想・良心の自由、信教の自由を侵害するものとして、その違憲性を追及する裁判です。この裁判も教育裁判の歴史の重要な一環をなすものですが、学テ裁判、教科書裁判などの一連の教育裁判の流れの中で、初めて教育内容統制が教育の自由のみならず思想・良心の自由、信教の自由(以下、これらの自由を単に「良心の自由」という)の侵害にほかならないことを問うているところに教育裁判史上の新しい特徴があります。

 このことは裏を返せば教育に対する権力的統制がそこまで深化していることを示しています。つまり権力の側が個人の内面の最奥まで侵すようになったということであり、子どもの教育に携わる教師としては、これ以上譲ることのできないぎりぎりの線まで権力的介入が進んでいるということです。

 このように君が代訴訟は教育裁判の中でも画期的な意義を有するに止まらず、日本社会に対する社会的、歴史的な意義を有しています。日本の社会では明治維新以後、近代化が進められ、とくに戦後は自由と民主主義の時代を迎えましたが、良心の自由が正面から問題にされた例はきわめて稀です。戦前戦後を通じてみても、明治期の内村鑑三事件、戦後のレッドパージ事件、靖国神社をめぐる事件などわずかしかありません。そのため戦後60年以上を経過した現在も、良心の自由がこの国に定着していると言える状況にはないのです。

 君が代訴訟は、訴訟の提起それ自体によって、国民に改めて良心の自由を意識させ、それがどのようなものかを考えさせ、訴訟の継続中、訴訟とそれを支える運動によってそのような作用を与え続けるのです。つまりそれは、良心の自由を日本の社会に定着させる一つの大きな契機となっているのです。

 良心とは、どのように自分自身の行為や発言を決定し、また事後に自分自身の言動を裁く、その人にとってはかけがえのない、国家をも超える心のもっとも内奥にある決定者であり審判者であるのです。「良心の命ずるところに従い」人は時として自らの生命をも賭けるものなのです。だからそれは、その人の人格の核をなすものです。また良心は、その人の人生経験のただなかから生まれ育つものです。したがって人に対してその人の良心に反することを強制することは、その人の人生とその人格の核心を破壊するものにほかならないのです。

 公立学校の教師も、公務員の勤務関係にあるとはいえ、自らの良心に反することを強制されない自由を有しています。いかに公務員だからといって、その人の人間の尊厳まで侵してもいいとは言えません。良心の自由に反することを強制することは、人間の尊厳を蹂躙するものです。さらに教師は、教師としての良心の自由を有しています。

 この裁判の展望も、実は以上に述べたことと大きくかかわっています。この裁判の展望は既に「あるもの」ではなく、私たちが主体的に「創りだすもの」なのです。私たちは、この訴訟を基盤として自覚的に国民に広く訴え、国民の意識を前進させ、この国を、良心の自由を大切にする国になるように変えてゆかなければなりません。そのことが他にならぬこの裁判の展望を切り拓いてゆくことになるのです。



 もう一つは「内山」という方の寄稿文です。機関誌「おしつけないで」で新しく始まった<シリーズ今学校は>のトップバッターで、『格差の中での学校』と題するレポートです。私はそこで、「日常の労働現場や生活の場で人間としての良心に従」って、真摯で自己に厳しい生き方を貫く姿に感動しました。

 暮れから正月、日比谷の「年越しテント村」のニュースが駆け抜けた。このことについては今更述べるまでもないが、実は、暮れに「テント村」村長の湯浅誠氏が事務局長を務めるNPO「舫(もやい)」の事務所に出向き、冬休みの間「舫」の活動で何か手伝えることはないか訪ねたところ、新宿中央公園の「新宿連絡会」が主催する「越冬テント村」を紹介された。暮れから正月にかけて、新宿周辺のホームレス支援活動である。日比谷の件は知っていたが、かなりのボランティアが行くだろうと想像し、紹介されるまま新宿を選んだ。

 主な仕事は、一日二回の炊き出しと衣料品配布、それに夜のパトロールや細々した手伝いである。知人友人にも声をかけ、時間の長短はあるが何人かが参加した(「被処分者の会」の大能さんも参加し、元旦の「東京新聞」26面で記事になっている)。

 大晦日のコンサートには、かつての教え子のバンドや、タイ関係で知り合った(先方は忘れていたが)世界の梅津和時(知る人ぞ知るサックスプレイヤーである)の出演があり、年明け3日には、やはり旧知の「水族館劇場」のユニット芝居「さすらい姉妹路上劇」が行われ、自分がこの場にいることをユングの予定調和的な「偶然」に感じられたのである。そしてまた、自分の仕事を投影しながら、いくつものことを考えさせられた。

 一昨年、初めて定時制に異動した。それまで「困難校」と呼ばれる職場は充分経験したつもりだつたが、また自分の経験則に新たな「修正」を加える必要に迫られた。どこまで彼らの生活に手を突っ込めばいいのか、底なしの 感触に珍しく戸惑いを覚えた。

 実に様々な生徒が在籍する。何度も高校生活を失敗している生徒、小学校以来ほとんど学校には通っていなかった子、発達障害をはじめ心身のハンデを抱える子。人生に一区切りついて70才を過ぎてから入学をした生徒には、その生きるエネルギーの強さに圧倒されるし、生育歴を聞いて心の中で深々と頭を下げたくなる生徒もいる。また幾度となく警察のご厄介になった子も数多く在籍することは言うまでもないか。

 彼らが不登校になったり、高校生活に失敗したのがちょっとしたボタンの掛け違いが数度続いたのと同様、新宿で出会いわずかな時間会話を持ったホームレスの人たちも、ちょっとしたことで帰るべき家を失っているように感じた。

 必要なとき、きちんとした相談をできる相手がいなかつたこと。売り言葉に買い言葉が続いてしまったこと。忙しかつたり面倒なことを口実に、つい延ばし延ばしにしていたことの締め切りが来てしまったこと。そんな日々の生活にはつきものの「失敗」が、ある日偶然彼らを襲ったように思えてならない。それは目の前の生徒たちにも当てはまるし、その意図とは関係なく、結果的に「悪い偶然」に教師自らが加担してしまうこともあるだろう。そこでは、改めて自己を省みることに迫られた。

 そしてまた、生徒たちを取り巻く環境は厳しい。都の推進する競争原理は教員や生徒、さらにこの国の未来を蝕んでいる。そこで成果を上げるものが、わずかばかりの「おこぼれ」をいただける仕組みになっている。すでに教師たち自身が、その渦中に置かれてしまった。

 競争原理そのものを否定する気はないが、競争が苦手だったり、それによって大きく傷ついた子どもたちに対して、一律の価値観で臨むことが教育だろうか。多様性の容認と「チームプレー」こそが、この国の未来を支えられると信じている。



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