2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(91)

東大闘争(8)


 今回は、「大学立法」をめぐって行われた東大教授たちの発言に対する吉本さんの批判です。

 いずれも東大教授の発言だけをひろつた。そしていずれもこれ以上のレベルはかんがえられないほどハレンチな発言である。なぜならば、わたしが知っているかぎり、数多くの紛争大学のうち、大学による自主的な解決ができたところは皆無であり、ただ〈機動隊的・暴圧的解決〉いがいの例は、ほとんどひとつもみつけられないといっても過言でないからである。

 ことに〈東大〉は典型的にそうである。かれらはじぶんの無能さを度忘れして、おおきな口をきくべきではない。「大学人の多くが反対しているこの法案」とのべている加藤一郎は、いったいどのようにこの「法案」に反対であるのか? 加藤らの起草にかかる「大学法案反対 東大の見解」は、反対の根拠をつぎのようにのべている。

 たしかに、大学はおよそ暴力と相容れない場であり、手段を選ばずに自己の主張を貫こうとすることは、動機の如何を問わず許されるべきことではない。しかし、教育の場としての大学においては、そういう学生の逸脱した行動に対しても、ただちに力をもって対処するのではなく、できるかぎりの手段を尽くして、学生の自覚と反省を促す必要がある。われわれが理性的討議によって問題を解決しようと努めてきたのも、そのためである。

 これに対して、なお不法な行為がくりかえされたり、緊急の危険が生じたりした場合には、東京大学はこれまでも十分な決意をもってそれに対処してきた。このような暴力の排除は、現行法のもとでも大学の自主的判断によって十分対処しうることであって、政府が教育の場の実情を十分顧みることなく力による介入をはかっても、事態はけっして解決されるものではない。


 これはいったいなんのことだ。学生たちが集団的な〈暴力〉をふるつたら、現行法でも機動隊をよんで排除できるのだから、大学法案はいらないといっているだけではないか。しかもそれよりもひどいのは、「大学はおよそ暴力と相容れない場であり、手段を選ばずに自己の主張を貫こうとすることは、動機の如何を問わず許されるべきことではない。」などと鉄面皮なことを臆面もなくのべていることである。

 加藤一郎は、そして〈東大〉は、自衛隊をのぞけば最大の武装力をもった機動隊・八千五百人の「暴力」を「手段を選ばずに自己の主張を貫こうとする」ために大学構内に導入し、それによって学生たちを傷害し、不具にし、拘置所におくつて排除した最悪の〈元兇〉だということを度忘れしてしまったというのか?

 もちろんわたしは、アメリカ法的なプラグマチズムの立場にたつ不法行為法の研究者である加藤に、ほんとうの〈暴力〉というものは、現在の世界ではさまざまな政治体制をもった(つまり社会主義とか資本主義とかいう体制をもった)〈国家〉の暴力のことだけを指す、という見解に同意すべきだなどという野暮なことをいわない。法家としての加藤にとって、現在のわが法的国家は、そのまま法的な先験性であるから、この先験性を擁護するための〈暴力〉(機動隊などの)は暴力とみなさないとかんがえられているとしても、それはこの際それでいい。大多数の大衆もまたそうかんがえているのだから。

 しかし、よりによって、じぶんが最高責任を負っている大学の構内に、圧倒的な武装力をもつ圧倒的な多数の機動隊の〈暴力〉を導入して、ほんらい教え子であるはずの学生たちを負傷させ、不具にし、身柄を拘置所におくつた自分のすがたを鏡にうつしたことはないというのか? 〈東大〉なるものは、それでもなお、「大学法案反対」の「見解」をのべる資格があるとおもっているのか?

 加藤や〈東大〉 は、じぶんたちが戦争責任を不問にして滑りこんだ戦後の白っ茶けた「デモクラシー」とやらを擁護するためには、「手段を選ば」ない暴力を学生に行使しながら、政府・保守党にたいしてはルールとおりの〈話し合い〉や〈対話〉をつくしてくれることを期待しているのである。

しかも、じぶんたち教授・職員層の自己暴力によって、直接身をもって学生たちをなぐり倒したというならまだ〈可愛い気〉があるが、国家の暴力をつかい、じぶんたちはおどおどしなおらも、指ひとつ動かそうとはしなかったのである。

 加藤のブレインとして、近代史上最大の国内武装力を大学構内に導入して、学生を弾圧した篠原一は、政府が「大学立法」を強引に成立させた日に「デモクラシーにとって戦後もっとも暗い日曜日 ― 国民は忘れてはならない」などと「国民」にお説教をたれている。ふざけるなとはこのことだ。

 ひとりひとりの「国民」にあたったわけではないが、篠原のように気易く「国民」という言葉をつかわしてもらえば、「国民」は東大教授として篠原が演じた役割を断じて忘れはしない。すくなくとも、わたしにとって、戦後もっとも暗い日曜日は、1月18・19日加藤・篠原たちが安田講堂にこもる学生たちを弾圧するために機動隊八千余を東大構内に導入して、しゃにむに学生たちを排除したあの「日曜日」である。

 その〈暗さ〉は、保守政府の政治委員会が、じぶんたちに都合のいい「大学立法」を多数をたのんで議会でごりおしに成立させた、ということと同日にくらべられないほどの深い〈暗さ〉である。なぜなら、だいいちに、その日、戦後の「デモクラシー」なるものが、篠原のような戦後デモクラート自身によってかなぐりすてられ、ふみにじられたからである。このことの絶望的な〈暗さ〉は、ほとんどどんなものともくらべることはできない。

 もうひとつの〈暗さ〉は、〈ひとはじぶん自身がなしえない他者にたいする行為を、別のものに依存して為してはならない〉という加藤や篠原ら戦後デモクラートの思想のうち唯一の取柄である〈自己責任〉の論理を、かれらがみずから放棄したということである。

 もうひとつの〈暗さ〉は、かれらのように〈異なれる立場からの協力〉を理念上のうたい文句として、柔軟な思考を誇示してきたものでさえも、地金をだしてしまえば、スターリンまがいの人間〈抹殺〉の論理を行使できるものだ、ということが露呈されたことである。かれらがスターリンや毛沢東とちがうところは、スターリンや毛ならば、じかに公然とじぶんの手を汚してやれることを、卑怯だから権力の手を借りなければできないという点だけである。

 こういうかれらの人格的な破産さえも勘定にいれなければ理解できないような、深い〈暗さ〉にくらべれば、大学紛争にたいする政府の介入権を確保しようとする「大学立法」のほうがはるかに〈暗さ〉はすくないといってよい。なぜならば、保安隊・自衛隊のなしくずし創設と拡大のときのように、新憲法の範囲でふるまっているようなオブラートにつつみながら、悪政策をやってのけることを常套としてきた保守的な政治委員会が、こんどの「大学立法」では、いわば素面の論理を公然と行使しているからである。

「大学立法」というのは、つまるところ政府の大学にたいする介入権をみとめさせるために、大学の〈紛争〉について広範であいまいに定義し、大学当局が〈紛争〉経過を報告すべき義務を規定し、〈紛争〉が未解決のまま長びいたときには、政府による停校、休校の指令権と勧告権を認めさせようとするものである。

 これにたいする加藤らの反撥は、この法案の〈紛争〉の定義が、大学の施設の〈占拠〉や〈封鎖〉だけではなく〈授業放棄〉をふくめて正常教育、研究その他の運営の阻害もふくまれているために暖味なものになり、〈紛争〉の解釈いかんでは、ほとんど任意の学内のもめごとに政府が介入できることになり、大学の自治や学問研究の自由という原則が侵犯されるおそれがある、という点にある。

 これにたいする保守政府のかんがえは、自力では自治能力もなければ、〈紛争〉をじぶんたちだけで解決する能力のない大学教授や管理者を、必要に応じて援助するだけのもので、弾圧したり大学の運営に介入したりするつもりはすこしもないという弁明につきている。

 いずれの言い方にも半分くらいは真実がふくまれているだろう。そしてただそれだけである。

 加藤や篠原ら東大執行部が、手段を選ばぬ暴力を大学構内に導入して〈全共闘〉の学生たちに傷害をくわえ、拘置所におくつて東大紛争にけりをつけようとしたとき、すでにこの程度の〈大学立法〉が立案されることは当然予測できたことである。そんなことがわからなかったのは、鈍感というか非常識といおうか、じぶんたちの思想的な外濠を、あたかもいいことでもしているかのように錯覚して、みずからの手で嬉々として埋めておきながら、いまさらのように保守政府の「大学立法」を憤ってみせているこの連中だけである。やるこということが、頓馬でカマトトで救いようがないのだ。

 それにこの「大学立法」というのは、よくよむと加藤、篠原のような〈大学人〉から日共までの全政党が、学生を弾圧するためにやった行為を、明文化しただけのもので、かれらには反対する理由はないはずである。加藤らは口を開けば、「学問と教育の荒廃」などと大きなことをいうが、〈東大〉などがつぶれたくらいで、学問や教育が荒廃するなどとかんがえるのは、とんだ自惚れというものだ。大学などがぜんぶつぶれたって学問や教育は荒廃などしないのだ。



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