2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(88)

東大闘争(5)


 今回は、1月18日・19日の機動隊導入による学生暴圧に対する吉本さんの批判です。
 1月18日、かれらは持ち込まれた危険物を排除するという名目で、ふたたび八千余の機動隊の導入を懇願し、安田講堂に籠つた全共闘主導下の学生たちを武装暴力の攻撃の手にゆだね、みずからはこれを傍らで見物していた。

 学生たちの果敢なそして節度のある抵抗が、機動隊の完備された装備のまえで徐々に追いつめられていったとき、かれらは平然として眉をひそめるふりをした〈良識的な〉ジャーナリズムとかけ合いで、学生暴力談義にうつつをぬかし、加藤一郎のごときは〈学生諸君、無駄な抵抗はやめて下さい〉などと臆面もなくマイクで呼びかけさえしたのである。

 このとき、かれらを支えたのは、日共の支持であるのか、偽造された世論であるのか、東京大学エゴイズムであるのか、自己保身であるのか知らない。かれらはただ入試の存廃、授業の再開という大学の本質の問題とも全社会的な問題ともかかわりない一連の事態収拾の論理のうえを走ったのである。東京大学の入試が実施されようと、授業が再開されようと、そんなことは社会的には三文の値打もない問題で、もちろんわたしの知ったことではない。また、つまらぬ一国立大学の存廃などは、当事者以外には社会的な考察に価しはしない。

 ただ、安田講堂に籠つた急進的な学生たちの抵抗が、機動隊の装備と威圧力のまえに次第に追いつめられ排除されてゆく姿と、無量の思いでそれを傍観しているおのれの姿のなかに、全情況の象徴をみていたのである。もし東大紛争のなかに、貴重な社会的、政治的、思想的課題が含まれているとすれば、この光景と、これをとりまくさまざまな思想的または政治的位相のなかに集約されていた。この場面で、すでに、大学教授研究者たちにより喧伝され、流布されてきた戦後民主主義の理念は、自身で破産して、〈情況〉から退き、機動隊の武装威力に自身を肩代りさせていたのである。

 そのあと加藤一郎、大内力らがやったことは、たんに保守権力によってのみではなく、全社会的大衆によって正常な神経を疑われるような、まったくの茶番であった。かれらは全共闘主導下の急進的学生たちを、機動隊の手に引きわたしたあと、その汚れた掌の乾かぬうちに、政府に暴力学生は始末したから入試の復活をしたいと申し入れたのである。

 現在の保守政府の政治委員会が、どんなに頓馬の集まりであっても、加藤一郎らの打った破廉恥な猿芝居が見抜けないはずがない。かれらは政府から自治能力の無さと精神的な頽廃を指摘されて、入試復活どころのさわざではないではないかと拒まれたのである。わたしと一緒になりたいなら、ほかの女と手を切って頂戴などと女に言われて、手を切ったまではよかったが、女のほうでは、いっこうにぐうたら男の意を迎えてくれなかった、というのが加藤らと政府の関係である。加藤と追従する教授研究者たちが、入試問題に干渉するのは、大学自治の侵害だなどといまさらのように騒いでも、なんの意味もあるわけがない。かれら自身が、先ずじぶんの手で、大学正常化を武装暴力にゆだねた張本人であり、かれらこそ戦後民主主義思想をみずから扼殺した元凶だからだ。

 新聞ジャーナリズムにあらわれた偽装された世論なるものは加藤らの処置を是認しているようにみえたかもしれない。しかし真の社会的な大衆の世論は、加藤ら大学教授研究者たちを、じぶんの大学の学生たちすら統御できない無能力者と見做して、紛争の最大の責任を、古風な教師像にてらして加藤らの処置に集中していたのである。

 いうまでもなく、大学教授研究者たちの挙動から実証された戦後民主主義理念の終末は、戦後大学の理念の終焉である。そのあとの空洞が、より保守的なまたはより反動的な大学理念によってみたされたとしても、責任はかれら大学教授研究者たちが負うべきである。わたしたちは愚者の楽園などに三文の社会的な値うちも認めないのだ。

 そしてこの現在の全社会の〈情況〉が、大学紛争のなかで鏡にうつされているのだとすれば、その〈情況〉については、かれら大学教授研究者たちの判断をいっさいたたき出しても、〈情況〉の本質を固執しなければならない。かれらが愚者の楽園から首をだしてふたたびジャーナリズムのうえで進歩的幻想をふりまきにかかったとき、かれらは苛酷にその本質を粉砕されなければならない。

 加藤一郎らは、大河内一男の退場のあとに登場するにあたって「従来のいきさつにとらわれず、学生諸君の提起した要求項目について討議する」全学的な集会を開催するポーズをしめした。ところが、紛争が長びき入試中止かどうかを決定すべき期限の問題が、公然と保守政府と新聞ジャーナリズムによってとりあげられるようになると、わが国のいかなる大学教授研究者たちの類型にも当てはまらないような、凄まじい豹変ぶりをしめした。

 そこでは民主的思想原理を貫ぬき、紛争の解決のために、急進的な学生たちによって提起された大学の制度的改革と、大学知識人の感性的な変革を要求する声の、矢表てに、悪びれずに直面するポーズは突如かなぐり捨てられ、しゃにむに事態を収拾し入試を強行し、大学が存続する社会的条件を名目だけでもとりそろえる目的のために、大学そのものを機動隊の武装威力の管理下に置くという最悪の手段を思いついたのである。

 このすさまじい豹変の論理と、鉄面皮な手段は、わが国の知識人のとりうる態度のうちでも、最低のものであったといえる。かつてわたしたちが共通に所有している知的な慣行例のうち、これほど無惨な手口を厚かましく行使した知識人たちは、皆無であったといっていい。じぶんの大学の学生たちから、行動について一片の信任をもえられていない教授研究者たちの執行首脳部が、学生の信任をえられていないことにすこしも責任を感ずることもなく、平然と積極的に機動隊の武装威力によってのみ事態を収拾しようとする厚かましさ、無神経さをまざまざとみて、怪奇な化けものをみたときのように、しばらくぼう然としたといってよい。



スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1198-0b3b8ba0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック