2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(83)

鈴木邦男さんの「全共闘」評


 今日はちょっと横道へ。

 14日の日本テレビのドラマ「東大陥落-40年目の真実」につづいて、17日はNHKが「安田講堂陥落―学生たちのその後」というドキュメンタリーを放映した。これもビデオに収録しておき、けさ見た。東大全共闘議長・日大全共闘議長・安田講堂の防衛隊長など10名ほどの闘士たちのその後を追っている。どなたも反権力の基本姿勢を堅持して、権力に媚びず、世間の風当たりにおもねず、それぞれの選んだ道で自前の人生を真摯に生きておられる様子に感動を禁じ得なかった。すばらしい人たちだ。

 弾圧側からただ一人、機動隊による学生排除を強行した当時の総長代行・加藤一郎が登場していた。当時を振り返っての感想を聞かれて、誰がやっても自分と同じようにしかできなかっただろうと述べたうえ、薄ら笑いを浮かべながら「ノスタルジア、一つの思い出」だと言った。インタビュアーがあきれたように「一つの思い出ですか?」と更に問うと、顔をこわばらせて絶句し、ついに次の言葉を発することができないでいた。

 真摯に闘った人たちの中には、精神に変調を来したり、自死した人たちも多くいたことを、私たちは忘れずに心にとどめておくべきだろう。加藤一郎にはその人たちへの思いはひとかけらもないのだろうか。この人にはいずれ厳しい批判の俎上に載ってもらうことになるだろう。

 ところで、本屋の雑誌コーナーは体制べったり雑誌であふれている。気骨のある反権力・反権威の月刊誌・週刊誌が少ない。その少ない中から、月刊誌『創』と週刊誌『週間金曜日』を、応援の意味も込めて購読している。『創 2月号』に、いま私(たち)が取り上げているテーマに重なる記事があった。鈴木邦男さんの「言論の覚悟」。

 鈴木さんは学園闘争当時、右翼の学生活動家として、全学連と命がけで渡り合っていたという。そんな鈴木さんが近頃どんどん限りなく左翼になっている。

 私がいう左翼とは「被抑圧者・被支配者の側に立つ」ことであり、右翼とは「抑圧者・支配者の側に立つ」ことである。「被抑圧者・被支配者の側に立つ」ことを標榜する右翼もあるが、もしそれが正真正銘の本心だとしても、天皇制を担ぐという方法論において左翼になりきれていない。現在でも天皇は「抑圧者・支配者の側」の頂点に立つ存在である。貧窮のどん底にあえいでいた農民を救おうと蹶起した2・26事件の青年将校たちは、その天皇に裏切られている。

 上のような意味で、鈴木さんは限りなく左翼であるが、いまなお天皇(制)の呪縛をとけず、左翼になりきれていない。しかし、鈴木さんの言動は真摯で純粋だ。命がけで発言している。私は鈴木さんの文章を愛読している。

 さて、鈴木さんは「共産党宣言」を読み直しながら、そこからいろいろと考えをめぐらしている。「共産党宣言」で労働力が「1個の商品」に過ぎないと説くくだりを引用して曰く。

 そうか、僕らも「一個の商品」なのだ。学生時代、左翼の学生はよく言っていた。我々は搾取され、抑圧され、人間的に否定、抹殺されている、と。でも、当時、学生は優遇された階級だ。大学に入る人は全体の一割か二割しかいなかった。恵まれていた。何を言ってるんだ、と思った。でも、だからこそ、「大学解体」や「自己否定」も言ってたのか。

『共産党宣言』の次の箇所では、アッと叫んだ。彼ら左翼学生は当時このことを言ってたのか。

(プロレタリアの労働は、機械使用の増大と分業とのために、全くその独立した性質を失い、従ってまた労働者の興味を失った。すなわちプロレタリアは単なる機械の附属物となり、その機械に対して彼の要求されるところは、ただ最も単純な、最も単調な、最も容易に習得される手業である)

 当時、左翼学生は「産学協同路線反 対」を叫んでいた。大学は企業の下請けになってはならない……と。それでは「学問の独立」はないと言っていた。これには共感した。企業は「人間」を要求しているのではない。機械に合わせて、右手だけ、あるいは右足だけを要求している。映画『モダンタイムス』のチャップリンもそうだった。「小さな機械」「小さな部品」としての人間が要求されている。全人格的なものは要求されてない‥‥と。

 彼らの言うことは正しいと思った。又、学問は自由であり、あらゆるものから独立すべきだ。企業に頼まれて学問をしたり、その下請けになるのでは「学問の死滅」だ。又、学生の自治、学問の独立が大切だ。警察官を学内に入れるなど、あってはならない。そう叫んでいた。これも大賛成だ。

 ところが今、大学はどこも企業との直結を謳い、「産学協同路線」を誇示している。学生も、就職に便利な大学を選ぶ。愚かだ。だったら大学を全廃し、企業が企業人になるための専門学校を作ったらいい。又、大学で立て看板を出したり、ビラを撤いただけで処分し、退学にしている。さらに教え子を警察に引き渡している。これではもう大学ではない。

 僕も、もう一度大学に戻り、今度は左翼学生になって闘いたい。産学協同路線を打倒し、学問の独立を守る為に。



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