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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(60)

「死者の視野にあるもの」(1)


 私の手元にある高橋和巳著『わが解体』(河出書房新社)は初版本で、発行日は1971年3月5日となっている。当時学生たちが提起した問題に最も真摯に向き合っていた高橋さんは、その約2ヶ月後、1971年5月3日に病(結腸癌)で亡くなられた。享年わずか39歳であった。

 『わが解体』所収の「死者の視野にあるもの」は、高橋さんが編集者となった『明日への葬列』(私は未読)の序文として書かれた。この本は副題に「60年代反権力闘争に斃れた10人の遺志」とあるように、10人の方々の「伝」(追悼文)を集めたものだ。

 このたび一通り読み直してみて、この論考で考察されているさまざまな事象分析は、約半世紀後の今でもなお有効であると強く感じた。この国の情況は半世紀前と変わらず、いやいや、半世紀前よりますます醜悪になっていることを思い知らされる。また、その見事な文章にも魅了された。部分引用ではなく、是非全文を記録しておこうと思う。

 まずは、この論考で取り上げられている方々の死亡年月日と、その時に関わっていた運動を記載しておこう。

樺美智子さん
 1960年6月15日、反安保闘争

奥浩平さん
 1965年3月6日、椎名外相の訪韓阻止闘争

和井田史朗さん
 1966年7月19日、日韓条約反対闘争

山崎博昭さん
 1967年10月8日、佐藤首相の南ベトナム訪問阻止闘争

由比忠之進さん
 1967年11月11日、佐藤首相のアメリカ訪問に抗議して首相官邸前で焼身自殺

所美都子さん
 1968年1月27日、60年安保闘争~ベトナム反戦運動

榎本重之さん
 1968年4月2日、王子の米軍野戦病院設置反対闘争(まきこまれての死亡)

津本忠雄さん
 1969年10月1日、京大闘争

中村克己さん
 1970年3月2日、学園民主化闘争



(以下、表題や段落は管理人が便宜的に付けたものです。)

〈序論〉死者の眼に残った最後の映像を思いやる。

 何の雑誌でだったろうか。かつてイタリヤの法医学者が殺人事件の被害者の眼球の水晶体から、その人が惨殺される寸前、この世で最後に見た恐怖の映像を復元するのに成功したという記事を読んだことがある。本当にそういう《残像》がありうるのかどうか。またその技術が実際の事件解決に利用されているとも聞かないから、あまり信用のおけない雑誌の、非科学的な記事にすぎなかったのかもしれない。

 しかし私はその紙面の一部に紹介されていた写真を奇妙な鮮明さで覚えている。全体が魚眼レンズの映像のように同心円的にひずんだ面に、鼻が奇妙に大きく、眼鏡の奥に邪悪な目を光らせた男の顔がおぼろげに映っていた。被害者はその男に首をしめられたのだろうか、それとも凶器で殴りつけられたのだろうか。もはや抵抗力を失った被害者が、無念の思いをこめて相手を見、そこで一切の時間が停止し、最後の映像がそのまま残存する ― それは充分ありそうなことに思われた。

 無論そんなことを信じたからといって何がどうなるというものでもないが、その記事には何か痛ましく心そそるものがあって、子供のころの遊戯で敵の軍勢に露路隅に追いつめられ、忍術の呪文をとなえるのだが、一向に自分の姿が消えてなくならなかった悲哀を、ふと想い起こしたりした。

 ただ子供の頃の遊戯では、敵方にも私の気持を了解してくれるものもいて、ことさらにおどけて空をつかんでみせたりしてくれたが、大人の世界ではそんな心温かいルールは通用しない。ましてや、瀕死の者の目に映った映像の残存などという私の話もあまり信用されたためしはない。人を踏みつけにする者は心おきなく踏みつけにしているようだし、蹂躙される側の死因は、多く不明のまま捨ておかれる。

 最近、私は健康をこわして千切れかけた腸の剔抉手術を受けたが、手術台に寝かされて麻酔薬をかがされる瞬間、目隠しの布の隙間から巨大な蜻蛉の複眼のように光る無影燈を、いまは死んでも死にきれぬという痛憤の念でみたものだ。幸い余命は保ったが―。

 私の確信によれば、死者たちの最後の映像なるものは、それが死後にも残存するか否かは別として、立って歩く動物である人間が見おとしがちな、地面にうちのめされて、一番低いところから上を見あげる視角になるはずだと思う。それはなんとも名状しがたい悲しい視角であって、たとえ同情して覗き込み、あるいは介抱するために蹲み込んだ者の姿であつても、自分の胸を圧迫し、せめて最後の一瞬ぐらいは広々したものであってほしい視野を、無慈悲に制限するものとして映る。

 病床にあってすらそうであってみれば、路上に斃れ、踏みくだかれる者の視界においてはなおさらである。恐らくは林立する脚と黒い靴、その底の泥まみれの靴底と鋲、あるいは自動車のぎざぎざのタイヤが悪魔のようにのしかかってゆく。何年かの喜怒哀楽、思い定めた志、そして何か素晴しいことがあるかもしれず無いかもしれない未来が、そこで不意に切断される。

 そのこと自体は万人に避けえぬ運命かもしれないが、最後の映像が、同じ種である人間の靴と泥でしかないとは……。そしてもし死者がこの世で最後に見た映像を復元しうるものとすれば、その映像こそが、なによりも鮮明に現在の人間関係のあり方、その恐ろしい真実の姿を、象徴するはずなのである。



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