2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(56)

60年安保闘争の評価(2)
田中清玄問題(1)


 安保闘争が終焉してから3年後、1963年2月26日、TBSラジオが「ゆがんだ青春」(全学連闘士のその後)と題する録音構成番組を放送した。それはたちまちに大きな波紋を呼び起こした。

 その内容を内外タイムス(3月2日)は「全学連に意外なパトロン 五百万円ボンと出す反共運動家の田中氏」と題して報道した。

『安保闘争で世界的にその名をとどろかせた〝ゼンガクレン″に意外なスポンサーがついていたことがわかった。戦前の〝武装共産党″の書記長―戦後は反共活動家として有名な田中清玄(きよはる)(57)がその人。この新事実は、現在の学生運動家や当時安保デモに参加した学生に大きなショックを与えているだけでなく、当時全学連を支持した進歩的文化人の間にも「これは安保闘争での全学連のはたした役割りを再評価させる問題だ」という声が起きるなど大きな波紋をよんでいる。・・・』

 日本共産党中央機関紙「アカハタ」は、連日この問題を大きく取上げ、〝全学連トロツキスト″キャンペーンを繰り広げた。さらに「アカハタ」は、全学連主流派を支持した学者への攻撃も始めた。また、それを週刊朝日(3月22日号)が大々的に特集する。

 3月10付の「アカバタ日曜版」は、この問題を特集し、TBS放送の要旨をのせたほか、東原、唐牛、篠原三君の〝私生活の乱脈ぶり″まで伝えた。そして「CIA、公安調査庁につながりをもつ田中清玄」と書立てた。

 学生集会にも、TBSの放送を再録音したテープを持出し、攻撃の輪を広げているが、3月17日から19日まで東京で開かれる平民学連(日共系の学生組織)主催の全国学生会議には、この問題が大々的に取上げられるというウワサもある。

 日本共産党中央委員・青年学生部長の砂間一良氏はこういった。

「われわれは、ざまあみろといった気持は毛頭もつていない。ただ、全学連の指導部を占拠したトロツキストの実体が、こんどの放送で分ったことと思う。彼らが運動の焦点を″反岸″にじぼり、アメリカ帝国主義との闘争にそっぽを向いたのは、来日反動の黒い手が背後にあったからだ。田中清玄はその窓口だった。当時いわれていた〝国会放火説″も単なるウワサではなく、政府はそれを機に徹底的な弾圧を加えようとしていた。トロツキストの役割はこうした激突主義によって安保闘争を分裂させることにあったのだ。日本共産党の路線が正しかったことをこんどの放送が証明したが、あのころ全学連指導部のカタをもった学者、文化人も教訓として受けとめてほしい」



 いわゆる進歩的文化人たちも、これに呼応するかのように、一斉に全学連に集中砲火を浴びせ始める。このとき、全学連を擁護した知識人は吉本隆明さん一人だけだったという。吉本さんは『反安保闘争の悪煽動について』を『日本読書新聞』(3月25日号)に発表する。進歩的文化人たちの論調はどのようなものだったのか。吉本さんは、次のように簡潔にまとめている。

 マス・コミと日共の伴奏する泰山の鳴動は、わたしたちの手に、なにをのこしたのだろうか?

 第一に、安保闘争時における全学連幹部の若干が、いま、田中清玄の企業で働いていること、第二に、安保闘争時において田中清玄から闘争資金として「数百万円」(週刊誌の記載による)を引きだしたこと、などが「事実」として残ったのである。像の記述の世界に奪われた脳髄をひやして、現実性に還元したとき、何と問題自体が下らぬものではないか。そこには神秘のひとかけらも、また、まともな思想者が、とりあげるに価する契機のひとかけらもふくまれていない。

 日共機関紙「アカハタ」や、「札つき」(榊の言葉だ)の日共イデオローグ榊利夫や、スターリニズム哲学者・芝田進午らは、このお粗末な、事実から、驚くべき虚像をひきだしている。

 田中清玄は、武装共産党時代の中央委員長であり、「転向」して反共右翼となった人物だから、これから闘争資金をひきだし、現にそこに就職しているものたちを幹部にふくめた全学連によって主導された安保闘争の運動は、スパイ・挑発者・トロツキストの策謀によってなされたもので、まったくぺテンであり、日共の反米愛国闘争と「お焼香デモ」のほうが、やはりただしかったというのである。

 日高六郎は(週刊朝日3月22日号)
 「唐牛君ら」が田中清玄から金をもらったことも問題だが「田中氏」が金を出した理由がさらに問題で、政治的陰謀だから、その動機・目的は厳しく追及する必要があるという要旨を語っている。

 清水幾太郎は(同右)
 知識人も含めた世間から、敵視された学生が、座標軸を失って孤独を感じ右翼へでもとびこむ者が出るような破滅的な状況のなかで、むしろまじめな人の方が多かったのは、不思議だし、ありがたいことだと思う、という旨の談話をのべている。

 大江健三郎は(サンデー毎日3月24日号)
 ボクは左右を問わず政治運動の指導者には疑問をもっています、と述べる。

 山下肇は(同右)
 戦後の学生運動の一つの汚点で、基盤の弱さが露呈されたものだ、という。

 田口富久治は、「不幸な主役の背理」(3月18日「週刊読書人」)で
 安保闘争で全学連幹部が、田中清玄に「結び」ついたのは、反ソ・反中共・反日共という思想的基盤と、「足」がないため闘争資金を外にもとめざるをえない物質的基礎とが、原因であり、目的のためには手段をえらばぬ全学連幹部のマキャベリズムがあったからだ、という見解をかいている。

 いずれも、まともな「知識人」や「政治運動家」や「市民」や「労働者」 ならば、「首をかしげ」たくなるような見解だとおもう。



 これらの言説を、吉本さんは次のように批判している。

 わたしたちは、まず、「事実」の核心を、安保闘争時と三年の歳月を経た現在の総体のなかにさしもどさなければならない。(「全学連」幹部であったとき、唐牛健太郎らは、田中清玄の「企業」に就職していなかった。「就職」している三年後の現在、かれらは「全学連幹部」ではなく、一個の市民、または人民である。)

 わたしのささやかな体験に照らしても、わずか二、三百人の中小企業で、十日間のストライキを組もうとすれば、闘争の責任者は数百万円の資金の目あてがなければ闘争にはふみきれないものである。全安保闘争を主導的にたたかった学生、知識人、労働者、市民の動員数と日数をいま、詳らかにすることができないが、そこで必要とされた資金の総体のなかで、田中清玄から、かれらが引きだしたという金は、(数百万円というのが事実だとしても)小指のさきほどの部分にすぎないことは、常識さえあれば、だれにでも、理解できるはずである。

 田口富久治は、政治学者として政治資金について一個の見解を披瀝したいならば、まず、このことを前提としなければ、虚構の論議になるとおもう。そのうえで、田口が関心をもつ「日本社会党」やそれに反対するのは危険であるという「日本共産党」の政治資金の実体について、学問的探求を試み、すくなくともそこから、何を学者として感得しうるか試みてみるべきではなかろうか。小才のきいた結論などを学者としてひき出すべきではないのである。

 部分を拡大して総体の問題にすりかえ、部分的誤謬を拡大して総体を無化する方法は、あらゆる政治的、思想的な悪煽動の発端である。

 マス・コミと日共機関紙をはじめ、これに唱和するすべての「知識人」たちは、一様に、田中清玄から全学連がひき出した、小指のさきほどの闘争資金のみを拡大して、ここに攻撃と論議を集中している。もちろん、日共機関紙のばあいは、学生運動を自己の影響下におこうとする明瞭な目的意識をもった悪煽動で、それなりに攻撃の動機は明白である。しかし日高六郎から田口富久治にいたる「知識人」の発言は、おそらく、別の根拠にもとづいている。それは何であろうか?



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