2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題

心優しき反逆者たち


 今朝、日課のブログ閲覧をしていて、天木直人さんのブログで、心優しき反逆者たち という記事に出会った。それが昨日の「今日の話題」と大きく共鳴する記事だったので、書きとめておこうと思った。

 朝日新聞の連載記事「うたの旅人」の11月22日付の記事が「神田川」を取り上げ、「神田川」を作詞した喜多條忠さんがその詞に込めた思いを掘り起こしている。天木さんは、その記事の内容を紹介して、その記事への深い共感を述懐している。天木さんの紹介文から、私が大きな「共鳴」を感じた部分を転載させていただく。

 東京で4畳半の下宿に住み銭湯に通ったのは喜多条や南だけではない。バンドの誰もが歌詞に共感した。「みんながあの詞に感動して、自分の思いを注ぎ込んだ」と南は語る。

 とはいえ、メロデーは単調で、プロデューサーは「変な歌だね」と酷評した。ラジオで紹介するとリクエストが殺到したが、世論は南さんに「軟弱な4畳半フォーク」と冷水を浴びせた。

 軟弱どころか「神田川」が実は闘う男の歌だった事を南さんが知るのは、それから約20年後のことである。

 「神田川」が若者の心をつかんだ70年代は学生運動の時代だった。「心優しき反逆者たち」で作家の井上光晴氏は、「心の冷たい反逆者は本来ありえない」と書いた。やさしさの底にあったのは他人への愛とともに、自分流の人生を貫くという自己への愛ではなかったか。

 神田川の詞は当初、「何も怖くなかった」で終わっていた。本当にそうか。怖いものは何もないのか。そう思ったとき、デモから帰った下宿でカレーライスをつくる彼女の後ろ姿を、喜多條は思い出した。

 一市民として安穏と生きる人生。それは拒まなければならないと思っていた喜多條の頭には、いつも彼女の後姿がある。彼女の優しさを思うとき、その彼女を哀しませる反逆人生を貫いていいのか、と怖くなる。

 その唯一の怖さを抱きながら、「優しさに安住しない人生を生きるぞ」という男の闘争宣言がこの歌だったのだ・・・



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