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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
491 ロシア革命の真相(8)
第三革命:「クロンシュタットの蜂起」(1)
2006年5月4日(木)


 パリ=コミューンが敗北したもう一つ重要な要因がある。経済革命の不在である。
 『人間開放』を目指すなら政治的開放とともに経済的解放が必須である。コミューンは『人間による人間の搾取を廃止する』ために、『連帯責任を持った協同組織を通じて労働者を組織する』べきであった。しかしパリ=コミューンは、全ての労働現場を協同組合に改組する(つまり資本を収用すること)ことも、協同組合がお互いの経済活動を支援し調整するための協同組織を作ることもなかった。
『彼等はまず第一にコミューンを強化しようとして、社会革命を後回しにした。ところが、先に進む唯一の方法は、社会革命によってコミューンを強化することだったのだ!』

 「FAQ」の筆者はパリ=コミューンから三つの教訓を引き出している。

第1
 分権型コミューン連邦は自由社会に必須の政治形態である。

第2
 コミューンより上位の政府が必要な理由などないのと同様、コミューン内部の政府が必要な理由はどこにもない。コンミューンは自由に協力し合う自治集会と産業集会の連合に基づかねばならない。

第3
 政治革命と経済革命を社会革命へと統合することが決定的に重要である。

 これはまさしくリバータリアン社会主義の要項だ。ロシア革命において、ボルシェヴィキの圧倒的暴圧にもかかわらず、この社会革命を果敢に実行したのが「クロンシュタットの蜂起」と「マフノ主義運動」だった。

 「クロンシュタットの蜂起」は「真の」社会主義を求めた普通の人々の大規模な蜂起だった。ヴォーリンは「知られざる革命」で次のように述べている。

『クロンシュタットは、民衆があらゆる拘束から自分自身を解放し、社会革命を実行しようとする全く初めての独自の試みだった。これは労働者大衆が自身で直接行ったのだ。政治的羊飼い、つまり指導者や助言者などいなかったのである。これは、第三革命、社会革命への第一歩だったのだ。』

 ボルシェヴィキはこの第三革命を反革命と決め付けて武力攻撃で粉砕した。アレキサンダー・バークマンは『革命の裏切り者』(世界文庫版「大杉栄全集」所収)を次のように書き始めている。


 ブルジユワ政府と資本主義とは有らゆる革命運動の隠れもない敵である。進歩した労働者は、ブルジユワ政府や資本主義を、さう云ふものとして知ってゐる。又、さう云ふものとして、それと戦ってゐる。たとへば、パリ・コムユンの徒は、彼等がそれに対して謀叛して立った其の武断的支配者から、正義も慈悲も期待する事の出来ない事を知ってゐた。しかし、みづから革命的と呼ぶ政党が、無産階級の名の下に発言するする事を敢てする政府が、其の無産階級の正義と自由との叫びを血の海の中に溺れさせて了ふと云ふ事は、有らゆる歴史の中の最も著しい裏切りの罪である。そして猶、社会的正義のための民衆の勇敢な企てを反革命であると罵るのは、人類の永久に忘れる事の出来ないであらう大罪である。
 私は今クロンスタットの事を話してゐるのだ。クロンスタットは実にロシアのパリ・コムユンであった。クレムリンはヴェルサイユの役を勤めた。レニンは其のティエルであった。トロツキイは其のガリフエであった。



 上提書『革命の裏切り者』を用いて、「クロンスタットの蜂起」のあらましをたどってみよう。
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