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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(48)

〔ドキュメント〕6・15国会流血事件(3)


 一方、全学連主流派が結集した国会正門周前周辺の状況は次のようであった。

 15日正午すぎから教育大、法政大などでは、13日の"警官隊不法捜査に対する学内集会″を開いた。

 14時ごろから、全学連主流派の学生たちは国会正門前に集まり始めた。

 14時30分、13台のバリケード車が正門をかためている。全学連の数約4000人。

 15時35分、雨が降り出す。

 15時50分雨やむ。

 学生たちはコウモリガサを開いたり、埼玉県農民組合のムシ口旗に拍手したりして平静。しかし警視庁にはこのころ「主流派が正門横の土手から国会に乱入する」という情報が入り、正門一帯に私服警官の数がふえはじめる。

 報道陣の車も正門付近に集まる。

 16時前後、数を増していた主流派7500人は、一部を正門前に残して、ジグザグデモを開始。参院裏から南通用門へ。東大、明大、法大、学芸大、都立大、中大、埼玉大、東京女子大、国際キリスト教大、多摩美大、群馬大、電通大、武蔵大、岐阜大などの自治会の旗が見える。

 16時30分、警官隊は国会のサクの内側をかためはじめ、各門を閉ざす。

 神宮外苑に集まった反主流派7000人もこのころ平河町を経て参院裏に到着、主流派と別に一周デモを始める。

 国民会議の推計によると、このころ国会周辺にいたデモ隊は都労連1万人、婦人団体、民間団体、全商運など二万人、地方代表一万人、民間労組三万五千人、公企体関係一万人、安保批判の会、大学研究所グループ五千人、全学連主流派一万五千人、反主流派七千人で総計11万を越えていた。デモ隊は次々と流れ解散に移っていた。

 16時30分になると、全学連主流派は南通用門にきて、正門方向にむかい停止した。停止した際の最前列の隊形は、通用門側から東大本郷、明大、中大の順。ここで全学連の指揮車からはマイクで、
「国会構内に入って大抗議集会を開こう、われわれはダテにスクラムを組んでいるんじゃない、行動隊は要所要所をしっかり守ってくれ」
と演説、学生たちからはげしい拍手と「オウ」という声があがった。

 この16時30分から約一時間、構内への入りかたについて相談した。

17時30分~19時30分
衆議院南通用門内
南通用門内の第l回の衝突


 17時25分、衆院南通用門前に集まった全学連のデモ隊は、数と密度を刻々増しつつあった。すでに、参院第二通用門前での右翼なぐりこみの情報が伝わり、学生たちは興奮していた。構内突入を制止しようとした社会党議員に、逆に右翼なぐりこみの事実を突きつけて食ってかかった。

 17時30分、指揮者の合図でデモ隊は前進し、90度回転して南通用門にとりつく。北小路中央執行委員は、門に向かって右側門柱付近の指揮車におり、そこで
「いま参院側で右翼が挑発している。警官は放任している。われわれは国会構内で抗議集会を開こう」
と叫んでいた。

 17時30分、全学連のリーダーの合図で東大本郷、明大、中大を主力とする行動隊が南通用門をヨイショ、ヨイショとひっぱり始めた。

 門は三本の角材をカンヌキにし、太い針金でしばりつけてあった。ペンチを持った男が二人、これを切っていた。傍らの数人がこれを手でほどいた。

 35分、門内の警官がいっせいに警棒を抜く。

 36分、門は外側に約一五度開かれ、中の鉄棒が曲がる。

 38分、門は半開となり、鉄棒は外される。

 40分、門は大きく左右に開け放たれた。学生たちは門柱のチョウツガイか ら扉をはずし、道路に押し倒した。

 同時に、南通用門の内側をかためた前線の二台の警官輸送車のうち西側の一台に背広服の男(所属不明、16日付朝日新聞に明瞭に写っている)が飛び乗り、3人がロープをかけた。その一人は学生風、一人はトビ職風であった。「ロープは、車に向かってエンジンの左側にかけろ、そうすれば車は引き出しやすい」と一番前にいた東大生がどなっていた。しかしロープはバンパーの中央に結びつけられたため輸送車のカドが西側の門柱にひっかかった。

 警官隊は車の後部にロープをつけ、それを構内の立ち木に結びつけた。このため、輸送車は動かない。その時、車のドアを開いて、火のついた紙つぶてがシートに投げこまれた。その男はどんな男か確かではない。全学連のある学生は学生でないという。またある記者は二、三人で二、三発投げたといい、ある記者は学生が雑誌で放火したといっている。しかし、白い煙が出ただけで、車は燃えなかった。

 18時10分、二台の輸送車の斜め後方に控えていた放水車が前進して放水を始めた。現場にいた記者の目には、放水は輸送車の白い煙をみて、消火のためのものと受けとられた。しかし、これまでにも、麹町署長の名で、スピーカーを通して「これ以上騒ぐと放水します」と三回の警告が出されていた。放水は一本のホースで行なわれ、時間は短く、水圧は弱かった。しかし、放水は非常に学生を刺激したように現場の記者には感じられた。

 学生たちから、石やプラカードが飛んだ。ものすごい投石のため、阻止用の輸送車の上に防石ネットが張られた。これは後で奪われた。警官や私服が石をひろって投げ返した。このため門外の学生が憤激した。

 この頃、南通用門の両側の鉄条網が破られた。二、三人が門の西側の土手に上がった。一人は丸刈りの坊主頭で、明らかに高校生であった。一人は軽便ノコで鉄条網の柱を切った(朝日テレビニュースに撮影)。10メートルばかりの突破口があき、ここからデモ隊がバラバラと構内に入りこみ、旧議員面会所のかげに30人ばかり、門の東側からも20人ばかりが入りこんだ。

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