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489 ロシア革命の真相(6)
レーニンの誤謬
2006年5月2日(火)


 古田さんは「神の運命」でスターリンの個人崇拝を生んだ原因を四つあげている。

第1
 ツァー体制に対するソヴェト体制の圧倒的勝利。
第2
 ソヴェト体制内に沈澱した前ソヴェト的傾向(農民のツァー信仰)。
第3
 敵意を以てソ同盟をとりまく(軍事的にも文化的にもより強力だった)帝国主義列強の三面包囲と、それに対する同盟内部のヒステリー現象 ― 自己内部を戦闘的に明瞭(クリアー)に純粋(ピユアー)にするための異端分子(帝国主義の手先)粛清裁判。(これについては、「第472回 4月13日」で詳論を引用した。)
第4 「欠落の理論」と「抵抗体の欠落」

「欠落の理論」、「抵抗体の欠落」とはそれぞれ次のこと指す。

 『いったんマルクシズムがソヴェト同盟内で「国教化」すると、理論的に資本主義内部におけるような意味での「プロレタリア階級」はいなくなり、したがって唯一の現実的な抵抗体は理論的に消滅した。』

 『原始キリスト教(イエス)の弾圧への抵抗力は直接個人の人間の内面に求められ、それの論理化として、「神の前にある個人の内面」が権力への不屈の拠り所となったのに対して、(ロシア革命では)こうした個人の内面の独自の「民主的」「革命的」権威を欠落した。その「欠落の理論」がスターリン体制の「批判の欠落」という現実と結合した。』

 第1~第3の項は、たしかに個人崇拝と粛清を生む要因の一つではあったが、その根源的な理由ではないと、私は思う。第1~第3の項がなかったとしても個人崇拝と粛清は避けられなかっただろう。根源的な要因は第4の項である。

 「抵抗体の欠落」はマルクスの宗教批判の不徹底さに原因がある、というのが古田さんの論旨だった。(「第481 4月23日」参照)この問題から、古田さんは次のような教訓を引き出している。


 ソヴェト同盟の偉大な実験にとっての最大の課題の一つは、資本主義的自己疎外から解放された、現実的な「総体」としての「不屈の人民」の概念と共に、(その単なる分有としての個人でなく)「いきいきした一個の人間」「それ自身完結した小宇宙としての権威をもつ、いきいきした個体」「不屈の本源的自由の大地に立つ個人」の概念を(ブルジョア個人主義との峻別の上で)建設し得るか否かの問題です。



 さて、私が詳しく取り上げたいのは「欠落の理論」だ。
 古田さんはレーニンを「マルクスの最大の継承者」あるいは「頑強なマルクスの祖述者」と言い、全面的に否定しているスターリンとは違う評価を与えている。
 しかし、レーニンはマルクスの「誤謬に満ちた」継承者だった、と私は言いたい。ロシア革命がスターリン主義へと堕落していく根源的な要因はレーニンにあった。一つは理論上の誤謬である。「レーニン矛盾論の誤謬」が「欠落の理論」を生み、「粛清の論理」へとつながる。これは三浦つとむさんが「レーニンから疑え」でつとに指摘していることだ。この問題は稿を改めて取り上げたい。
 ここではもう一つの誤謬、実践上の最大の誤謬「国家を死滅せしめなかった」問題を取り上げていく。
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