2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《「真説・古代史」拾遺編》(26)

「倭」と「日本」(9):国名・地名としての「ヤマト」(3)


 迷子にならないように気をつけながら、横道の横道に入ります。

 前回で天香具山についての犬養孝氏の解説を引用したが、そのとき疑問が一つ出てきた。氏は大和の「香久山」と古事記の「天香山」とを同一視して何の疑問も持っていないらしい。神話の舞台が大和であろうはずがないのにだ。でもこれは犬養氏だけの見解ではなく、いわゆる「定説」なのだった。

 古事記の「天香山」は、岩波古典文学大系(以下、岩波版と略記する)でも「天の香山(あめのかぐやま)」と読んでいて、その注に「大和の天の香山が神話に反映されたもの。」とある。これは、古事記の神話がイワレヒコの大和侵略後に創作されたあるいは改竄されたと主張していることと同じだ。

 『古事記の「天香山」も大和の「香久山」ではないだろう』というのが私の疑問だった。そして、万葉集第2歌の「天香具山」は別府の鶴見岳にほかならないという事を知った今、私にはその答えは明らかだ。試みにいろいろ検索していたら、この問題も古田武彦さんが取り上げていた(講演録「天香具山 登り立ち 国見をすれば」)。その講演録から、この稿に必要なところだけを、かいつまんでまとめる。

 「天香山(あめのかぐやま)」は、『古事記の神代の巻』「天照大神の磐戸隠れの一段」のところで、5回出てくる。古田さんは、この古事記の天香山も「あまのかぐやま」と読んでいる。

 では、この「あまのかぐやま」はどこなのだろうか。

 まず、「天(あま)」についての復習。

 『最古の政治地図「オオクニ」(4)』で明らかにしたように、対馬海流周辺が「アマクニ」の最古の領域であった。その「アマクニ」は「オオクニ」からツクシを強奪(ニニギの天孫降臨)して、支配領域を広げた。「天の岩屋の話」は別府も含んだ、その拡大された「天国」領域で語られたものである。古田さんは、この説話の核心を、次のように論じている。

 スサノオの乱暴に懲りて、天照大神が天の石屋に隠れてしまう。それで思金神(おもいかねのかみ)などが知恵を絞った。思金神は、天の香山の賢木(さかき)とか天の香山の鹿の皮とか天の金山の鉄などを用意する。

 どうもあそこ(別府・鶴見岳)は鉄の産地らしい。ホントかな?と思ったが、別府市を調べてみたらなんのことはない。別府は有名な鉄の産地である。

 先ほどの富来隆さんも別府の鉄の論文を書いておられる。「たたら」という字地名があの狭い別府市の中に四カ所もある。それから調べてもらったら、皆さんご存知の別府の「血の池地獄」。あの温泉は鉄である。鉄を含んでいるから赤い。私は全く知らなかったが真っ青な「海地獄」、水野さんはご存知だったが、あれも硫酸鉄である。だから両方とも成分は鉄である。そういうことで証拠はいっぱいある。

 だから別府は凄い鉄の産地である。しかも同時に銅の産地である。私は知らなかったが、鶴見岳と並んでいる硫黄岳という山がありましてつい最近まで銅を掘っていた。天真村の西垣さんに教えてもらった。鏡なども銅で作るのだから。やはり別府の「天の香具山」である。榊や鹿ぐらいは、どこにもいると思うけれども、天照(アマテル)や思金(オモイカネ)にとっては、「天の香山(アマノカグヤマ)」から持ってきた榊、鹿の皮という事に意味があった。ということは天照や思金の新しい時代より、古い時代の文明中心地が、神聖な場所が現在の別府・天の香具山の地帯である。そこの榊やそこの鹿の皮やそこの鉄でないと具合が悪い。そういう構造を持っている「お話」である。



 では、なぜ「定説」は、『古事記』の「天香山」を大和の「香久山」に比定したまま疑わないのか。もちろん、その根源は「大和王権一元主義」の呪縛であるが、論理的根拠は『日本書紀』にある。

 『日本書紀』では「天の香山」は初めから奈良県(大和)のこととなっている。神武紀の兄猾・弟猾の段(もちろん舞台は大和)に「天の香山の社の中の土(はに=埴)を取りて、」という記事があり、本文注は「香山、此れをば介遇夜摩(かぐやま)と云う」と記している。だから『日本書紀』を見る限りは、「天香山」は大和の「香久山」としか読めない。

 だがそうすると、天照(アマテル)は初めから大和にいたことになる。そこへ神武が、九州から侵略してきたことになる。アマテルの末裔を標榜するヤマト王権にとって、これは大変な矛盾である。このような矛盾が「神武造作説」が出てくる根拠になっているのだろう。

 だから津田左右吉の「神武造作説」成立の秘密が、やっと分かった。津田左右吉は神武を目の敵(かたき)にする。彼もやはり万葉集の二番目の歌も知っている。『日本書紀』では歌も奈良県で詠われたということになっている。『日本書紀』の天照(アマテル)も奈良県である。神話では天照(アマテル)は初めから奈良県におったことになる。そうすると神話から奈良県である。天皇家は奈良県の自然発生である。そうしたら神武が九州から来たという話はペケ、「神武」は造作である。津田左右吉はそうしなければならない。



 もちろん、私(たち)はヤマト王権独創の「造作説」という立場をとらない。ヤマト王権が他王朝の記録を剽窃・接ぎ木・改竄した結果の矛盾であると考える。

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