2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
昭和の抵抗権行使運動(1)

「昭和維新」


 徳川幕藩体制の崩壊と大日本帝国の敗戦と、2度の未曾有の変革期に、日本人民は2度とも敗北した。「自由民権運動」の敗北の経緯を学習しながら私は、もう一つの敗北にも一度はしっかりと目を注がなければいけないと思っていた。

「周雖旧邦 厥命維新」(詩経、大雅、文王)
<周は旧邦なりと雖も、その命は維(こ)れ新(あらた)なり>

 明治「維新」の語源だという。

 明治維新において人民は、<近代的国民国家>を形成できず敗北した。できあがった国家は、アジア的統治形態のイデオロギーにプロシャ流立憲的専政君主制を模倣・採用した<例外的国家>であった。つまり明治維新は、当初は「維れ新なり」と言える契機を孕んでいたが、結果はアジア的デスポティズムという「古(いにしえ)に復(かえ)る」(復古)という結果に帰してしまった。

 右翼は「維新」が好きだ。昭和維新、平成維新と保守反動の運動に「維新」を冠したがる。60年安保闘争の時、デモの列にトラックで突っ込んだうえ、デモ参加者への暴力をほしいままにした右翼集団は「維新行動隊」と名乗っていた。中味は「復古」なのに「維新」を標榜する。明治維新の結果が「維新」ではなく「復古」だったため、「復古」=「維新」という早とちりをしいているのだ。

 「維新」という言葉を右翼から取り戻し、本来の意味で使おうと思う。私は今回の表題を「昭和維新」とした。

 何をもって「昭和維新」と呼ぼうとしているのか。60年安保闘争を中心に1950年代から1970年代にかけて闘われた、いわゆる新左翼を中心とする広範な抵抗権行使運動である。明治維新における自由民権運動に比肩する闘いだったと、私は思う。今回から、60年安保闘争に焦点をあてて、「昭和維新」の敗北の経緯をたどってみたい。

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 毎度の事ながら、全体の構想をもたぬまま、学習をしながらのアクロバット更新をしていきます。途中でモタモタ・ギクシャクするかもしれませんが、あしからず。

 とりあえず、次の教科書を使う予定です。

教科書A
 蔵田計成著『新左翼運動全史』(流動出版)

教科書B
 三上治著『独立左翼論』(三交社 「吉本隆明が語る戦後55年」所収)

教科書C
 『朝日ジャーナルの時代』(朝日新聞社)

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「右翼の正体」

右翼団体の多くは、騒音をまき散らしながら頭のおかしいふりをして、愛国者 = 「変質者、危ない人」というイメージを国民に植え付け、

さらに日の丸や、天皇陛下のイメージを汚しながら、企業に無理難題を押し付けて金銭を要求するなどの犯罪を行っています。

(参考URL)
http://www.geocities.jp/uyoku33/
2008/08/14(木) 12:46 | URL | 「右翼の正体」 #E6wUXrP2[ 編集]
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