2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
自由『続・大日本帝国の痼疾』(99)

自由民権運動(53)―躓きの石(2)「国権論」


 全国的に展開された民権結社の設立、独創をこらしたいくつもの憲法案の起草活動、そして自由党の結成と、自由民権運動が最も活発になった1881(明治14)年は同時に、自由民権運動にとっていくつもの悪条件が出来し始めた年でもあった。

 一つは、松方財政による経済困難があげられる。

 本資本主義の本源的蓄積過程の強行は農民層の分解を激化し、地主と小作、豪農と貧農・半プロレタリアの対立を表面化させて、民権運動の最大の支柱であった豪農層の足もとをつき崩した。広汎な豪農民権家の戦線離脱がはじまったのである。



 さらにそのうえ、1882(明治15)年からの国際情勢の変化が自由民権運動に不利な影響を加えていった。

 1882年の壬午(じんご)の軍乱は清国軍隊の朝鮮への進出をもたらし、日本の支配層を巻き返しのための軍備の大増強に向かわせた。つまり、これまでの専守防衛、内乱鎮圧の常備軍から大陸作戦遂行に耐える軍備へと主眼を転換させたのである。このことは民権派内部の国権論的な分子に動揺をもたらしたばかりでなく、増税の断行によって民権運動支持層に大きな打撃をあたえた。

 それでもなお1882年には、自由民権派の内地改良優先の方針は変わらず、アジア情勢に対する局外中立論や平和・道義国家構想が主張されて、明治政府の軍事化路線に有効な歯止めをかけることができていた。それが1884年の甲申事変になるとまさに一変するのである。

 自由党も改進党も党をあげてその抑止力を失い、外から見るかぎりむしろ政府よりも好戦的な姿勢を示して、明治国家の大陸政策にひきずられていった。なぜそうなったか。

 一つは清仏(しんふつ)戦争の本格化、およびロシア、イギリスの朝鮮への進出の動き、その朝鮮をめぐっての日清両国の軍事衝突など一連の東アジア情勢の緊迫化が、後進国ナショナリズムを刺激し、民権派の座標軸を押し流した。

 だが、二つには、より根本的な原因は、むしろ国内にあった。主体の側にあった。豪農層の運動からの広汎な離脱によって、地方政社や中央政党の右傾化―急進化という二極分解が進み、大勢として保守化を強めた政党の主流が、この時点になって明治専制国家との正面からの戦いを放棄してしまった、そこにこそ真の原因が求められる。

 権力との戦いをやめてしまえば、争点は見失われる。くわえて民権家自体に沖縄、朝鮮などへの蔑視、差別観があった以上、わが国威を傷つけた「琉奴」や「韓奴(かんど)」をこらしめて「処分」せよと迫るようになるのは不可避であったろう。

 そのうえ、国家による外交情報の独占と排外主義的な輿論操作が、一般国民のナショナリズム感情をあおり立てた以上、よほどの信念がないかぎり、この潮流に抗することはむずかしかつたと思う。

 それは何も明治時代のことばかりではない。20年前まで反戦基地闘争や平和運動の旗手であったような人物が、北方脅威説がとなえられるようになると、たちまち国家主義の先鋒になり、軍事化や核武装をあおるようになる現象は、今われわれが眼前にしている風景である。民権論から国権論へ、いま多くの知識人がなだれを打って転向しつつあるではないか。

 自由民権派の弱点は国権と民権との関係を深く掘りさげ、普遍的、原理的な確信にまで到れなかったという所にある。「防衛」という名の権力の発動の前には、人権の抑制もやむを得ないというような主張に簡単に同調してしまうというのは、人権が何ものによっても侵すことのできない基本的な権利として捉えられていないからであり、また、それが、性別や身分や階層や民族の違いによって差別されてはならない普遍的な権理(けんり)であることへの信念が欠けているからである。

 「天は人の上に人を造らず」といった福沢の一句は至言(しげん)である。それは

「天ノ斯(こ)ノ民(たみ)ヲ生ズル彼ニ厚ク此(こ)レニ薄キノ理ナシ」

と、行く先々で人民に説いた秩父蜂起軍の指導者たちの信念と同じである。大事なことはこれを圧制に抗して貫いてゆくか否かにある。この信念を原理にまで徹底させて持ちこたえるか否かにある。



 「人権が何ものによっても侵すことのできない基本的な権利として捉え」ることからほど遠く、「また、それが、性別や身分や階層や民族の違いによって差別されてはならない普遍的な権理(けんり)であることへの信念が欠けている」最たるものが最高裁判事である。思想・信条・表現の自由を巡って、最近最高裁が下した不当判決を思いつくままあげてみる。「立川ビラ配布事件」「NHK番組改変事件」「大泉ブラウス裁判」「ピアノ伴奏拒否事件」「国立二小ピースリボン事件」・・・

 特に、「君が代・日の丸の強制」問題に関しての判決について一言加えれば、〈国旗掲揚・国歌斉唱に関する校長の絶対権限と教員の絶対服従〉を最高裁が肯定したことになる。情けない自由民権後進国だ。

 蛇足一つ
 「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という成句は福沢諭吉の独創ではない。このことは次の記事で取り上げた。

今日の話題:『「学問のすゝめ」・冒頭の成句について』

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