2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『続・大日本帝国の痼疾』(86)

自由民権運動(40)―権力者の本性


 前々回、「小人にして悪代官」三島通庸と「空疎な小皇帝」石原慎太郎を重ねてみたが、これは牽強付会に過ぎただろうか。私の中にもちょっとそんな思いがあったのだが、やはりそれほど見当外れなことではなかった。昨日、吉田司さんの書評文(東京新聞・佐野眞一著「甘粕正彦乱心の曠野」の書評)を読んでいて、その思いを強くした。

 評者(吉田さん)は石原慎太郎の『国家なる幻影』の、愛する国家のために陰謀を行う者には、国家もまたそれに応えてくれるという一節を思い出した。

 「罪を犯してまで自分に貢ぐ男を女がやがて愛でなびくように、国家という恋人は歴史の中でその媚態を、…歴然と示してもくれように。…それに代る満足と光栄が他のどこにあろうか」



 国家のためにどんな悪行でもやってのけろ。国家は決して見捨てないぞ、と言っている。沈タロウを根底で支えているイデオロギーは国家への、おこぼれにあずかるための国家権力への恋情なのだ。その恋情の裏返った情念が、人民や人民の側に立つ政治家や知識人への、むき出しの敵意となって表れる。

 例えば、安保闘争の犠牲者・樺美智子さんを「はね上がりの女子学生がデモの混乱の中で踏みつぶされてしまい」(実は警官隊による虐殺)と貶める。あるいは、右翼少年の浅沼稲次郎暗殺を「天誅」と賞賛する。(詳しくは 『今日の話題・「人間の尊厳」は自ら腐ることがある。』 をご覧ください。)

 たぶん沈タロウは、大杉栄・伊藤野枝・橘宗一(わずか6歳の少年)の虐殺をも「天誅」と言い、「小人にして悪代官」の三島通庸にやんやの喝采を送るのだろう。そう、そして確かに国家権力はこれらの暴虐者に媚態を送る。甘粕は東条英機関東軍参謀長の懐刀となって満州の闇の世界に君臨し、三島は警視総監にまでなっている。

 このような国家権力の暴虐を生む根源は、権力を持ってしまった「小人」の、人民のことはそっちのけで権力の座にしがみつくことばかりしか頭にない「小人」の恐怖心である。教科書Aが、『岩倉公実記記』より岩倉具視が1882(明治15)年12月7日に提起した「府県会中止意見書」を引いている。



岩倉は当時を「仏蘭西革命ノ前時」の情勢としてとらえ、人民抵抗の拠点と化した府県会を即時中止することを提案した。

 今日ノ頼(たよっ)テ以テ威権ノ重(おもき)ヲ為スモノハ海陸軍ヲ一手ニ掌握シ、人民ヲシテ寸兵尺鉄(すんぺいせきてつ) ヲ有セシメザルニ因レリ。

 然レドモ若シ今日ノ如クニシテ人心ヲ収束スルコトナク、権柄(けんぺい)益々下ニ移り、道徳倫理滔々トシテ日ニ下ラバ、兵卒軍士ト雖(いえども)、焉(なん)ゾ心ヲ離シ戈(ほこ)ヲ倒(さかさ)マニセザルヲ保センヤ

(中略)

 上(か)ミ陛下ヨリ下(し)モ百官僚属二至ルマデ主義ヲ一ニシテ動カズ、目的ヲ同フシテ変ゼズ、更ニ万機ヲ一新スルノ精神ヲ奮励シ、陛下ノ愛信シテ股肱トシ、且ツ以テ国家ノ重ヲ為ス所ノ海陸軍及ビ警視ノ勢威ヲ左右ニ提(ひっさ)ゲ、凛然トシテ下ニ臨ミ民心ヲシテ戦慄スル所アヲシムべシ。凡ソ非常ノ際ハ一豪傑振起シ、所謂武断専制ヲ以テ治術ヲ施ス、古今其例少カラズ、故ニ此時ニ当テ半期一歳ノ間、或ハ嗷々(ごうごう)不平ノ徒アルモ亦何ゾ顧慮スルニ足ンヤ

 この意見書ほど、闘志をこめて絶対主義の本音を告白したものも稀であると思う。もちろん、岩倉の情勢把捉が敵側を過大評価しすぎていたことは、その後の自由党の内情を見ればわかるであろう。



 ここで岩倉によってあからさまに語られた人民圧殺の論理は、絶対主義者に限られるものでは決してない。現在の「民主主義者」でも同じである。その例は枚挙にいとまないが、マスコミがほとんど報道しなかった最近の憤怒すべき事例として、釜ケ崎の日雇い労働者への弾圧と反サミット行動への弾圧があげられよう。(詳しく知りたい方は次のサイトをお読みください。)

釜ヶ崎で暴動が発生中―事態の概要

反G8デモの禁止と参加者逮捕を弾劾する

 戻ろう。
 三島は「武断専制ヲ以テ治術ヲ施ス」べく「振起」した「一豪傑」というわけだ。三島は福岡県令として赴任したとき次のように宣言したという。

 予は政府より三個の内命を凛(う)けて赴任したものである。

自由党の撲滅はその一、
帝政党の援助はその二、
道路の開鑿(かいさく)はその三

である。



 そして、その宣言通りに暴虐のかぎりをつくしたのだった。

 前々回紹介した同時代者・竹越さんの記述は、たぶん当時の新聞報道をもとにしているだろう。したがって、隠蔽されたこともあろうし、細部については不明な点が多かったと思われる。全体像が判明している現在の時点で書かれた教科書Aの記述も掲載しておこう。

 (三島は)旧会津士族に土地を払下げ、資金をあたえて帝政党を結成させ、農民には奴隷的な夫役を課して三方道路の開鑿を命令し、それに抵抗する自由党員には帝政党員をけしかけて暴力をふるわせ、そのうえ警官を使って弾圧に狂奔するという、まさに圧制を絵にかいたような政治を行なった。

 会津自由党はこれに対して合法的な法廷闘争を展開し、数千の農民の支持をうけて善戦する。それを三島はかたはしから捕縛し、命令に服しない人民の家財をぞくぞくと競売に付し、工事にでた者も朝五時から夕方六時まで無料で酷使するというありさまであった。

 1882年11月28日、ついに一千余の農民は弾正ガ原に集合し、その夜喜多方警察署をとりかこんだ。そして指導者宇田成一らの釈放を要求したところ、何者かの投石によって窓ガラスが割られたのを合図に、抜剣した巡査がいっせいに農民に斬りこみ、逃走するものを検束していった。

 こうして大検挙がはじまり、福島全県で拘引一千数百名、河野広中以下の自由党県議団も根こそぎ逮捕されて、福島自由党はまるごと獄舎に送りこまれたのである。そしてこの裁判が、自由員を自殺に追いこむほどのむごい拷問と証拠のねつ造によってなされたものであったことは、今では明らかである。

 権力の行使としては歯止めを欠いた最低の下劣な方法であり、まさに「威力ヲ以テ擅恣(せんし)暴虐ヲ逞フスル」典型で、この後、三島の命をねらって多くの自由党員が武器を取るようになるのであった。

翌1883(明治16)年夏、関東に「決死派」なる急進派が生まれ、また復讐の念にもえた福島の被害者を中心にテロリスト・グループが結成されてゆくのもこれからである。



スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
「故郷の潮の満ち干(ひ)きする渚の、
おどろくほど緻密な観察と鮮明な記憶、
まのあたりに見ているような平明な描写力。
読んでいてふいに胸えぐられる感じになるのは、
今はこの列島の海岸線すべてから、
氏の書き残されたような渚が消え去ったことに思い至るからである」
(石牟礼道子「山川の召命」『ちくま日本文学全集 53 宮本常一』1993年、461頁)

「潮の満ち引きまで感じられる渚の写真を眺めながら、
ふいに胸えぐられるような思いに駆られるのは、
かつて宮本がカメラにおさめたような渚が、
日本の海岸線からことごとく消えてしまったことに思いいたるからであろう」
(佐野眞一『宮本常一の写真に読む失われた昭和』平凡社、2004年、6頁)



213 :無名草子さん:04/09/05 22:09
>>212
なんと!
「佐野眞一剽窃の軌跡」なんて本を書いたら、
5000部ぐらいは売れそう。うまく宣伝すればもっと売れるかも。
どっかの出版社に、持ち込んでみたらどう?
私は読みたい。
2008/07/14(月) 19:07 | URL | ken #-[ 編集]
371 名前:無名草子さん[] 投稿日:2008/07/13(日) 06:59:23
32:無名草子さん
02/09/13 20:56
言ったら悪いが、佐野氏の節操のない「パクリ」はちと問題かと。
『カリスマ』が「日経ビジネス」に連載されているとき、
同じ月曜日発売の「週刊ダイヤモンド」に載ったダイエー絡みの
スクープ記事と同じネタが、翌週の佐野氏の連載にのったりして、
正直、ウゲッとか思ったことが何回かあった。最低限、ちっとは
自分で再取材しろっつーの。


372 名前:無名草子さん[] 投稿日:2008/07/13(日) 06:59:56
創作取材か、佐野眞一
テーマ:この人々への疑問 
2005年08月07日(日) kyo-yuの投稿
私の尊敬する先生が仰ったことだ。

「佐野眞一は酷い。自分の好きなように話を作って書いている。
行ってもいないところも、行ったように作っている。」そうだ。

実際、会ってもいない人が佐野の本の中ではまことしやかに
書かれているという。

ある大学の大学院生が、宮本常一先生の歩いた道を辿って廻って
いるという。
そして、その地で宮本先生の思い出を伺って廻っているという。
そして、彼は「その人たちが、佐野眞一は来ていないし会って
いない」と言う言質をとっているというのだ。
しかし、佐野の本では、佐野に答えたように書かれているらしい。
つまり、机の上の操作で、今までの本での内容をいかにも自分が
取材したように見たように聞いたように書いているのだろう。
こういうのを、レポルタージュとは言わないし、ノンフィクション
とも言わない。
小説?、フィクション?
いや、世間では、これを「盗作、無断引用」という。

http://ameblo.jp/kyo-yu/entry-10003351080.html


373 名前:無名草子さん[] 投稿日:2008/07/13(日) 07:00:30
佐野眞一氏を提訴 07/11/1 

去る10/29に『だれが「本」を殺すのか』の著者である佐野眞一氏と出版元である株式会
社プレジデント社を、名誉毀損の共同不法行為者として福岡地方裁判所に提訴しました。
全くデタラメな捏造文により当社が受けた被害に対する損害賠償を、両者に連帯して求め
た裁判です。


http://www1.ocn.ne.jp/~ashi/sano-ziken.htm

2008/07/14(月) 19:08 | URL | ken #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1066-dc68c80a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック