2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題

「ほんもの」と「にせもの」


久しぶりに「沈タロウ」ネタです。

 2007/08/15(水)の「今日の話題」で、 鈴木邦男さん(一水会顧問)について私は次のように書いた。

 沈タロウが学校に「日の丸君が代」の強制を始めた頃、朝日新聞がその問題をめぐって、いわゆる識者の意見を連載したことがあった。その中で私が一番共感したのが、鈴木さんの見解だった。学校での「日の丸君が代」の強制をはっきりと否定し、さらに愛国心の強要の愚を主張していた。それ以来、私は鈴木さんの発言に注目するようになった。鈴木さんは右翼を名乗っているが、おおかたの右翼とは異なり、硬直したイデオロギーの奴隷ではない。現実を直視して、諸問題をラジカル(根源的)に問い続けている。したがって、左翼を左翼という理由で「問答無用」と否定したりしない。

 最近話題のドキュメンタリー映画『靖国』をめぐって鈴木さんは宮台真司さんと対談している(『創』6月号)。その中での鈴木さんの発言にこんなのがある。

「右翼っていうと、思想性よりも罵詈雑言というか自分の気分の発散みたいなイメージがあるじゃないですか。それは誤解だし、悔しいです。」

 そのような右翼イメージは主に右翼の街宣活動がつくっている。事実、おおかたの右翼街宣運動は「思想性よりも罵詈雑言というか自分の気分の発散」でしかない。街宣だけではない。沈タロウの罵詈雑言もそのイメージ作りにおおいに貢献している。それを都議会という公の場でもやってのけるバカぶりである。2006年3月16日の都議会のこと。

『共産党の大山とも子都議を、「あなた方の、何かの一つ覚えみたいな発言を聞いていますと…」と小馬鹿にしてみせる。「質問に答えて」と促されると、「答えてるんだ、黙って開け、この野郎。失礼じゃをいか貴様」と絶叫した。』(斎藤貴男『空疎な小皇帝』)

 斎藤さんは次のように絶句している。

「何という無惨だろう。品位とか知性といった要素と、仮にも政治がこうまでかけ離れ、それで許されてしまう社会とは、いったいー。」

 沈タロウのこのチンピラのような居丈高な態度は質問者が共産党都議であることに起因する。2000年9月26日に定例会で、東京都の友好都市北京に冷淡な理由を問われて「私が嫌いなのは北京市ではない、北京の政府、共産主義が嫌いなんです。」と答弁している。

 「支配者の心性」 で書いたように、大日本帝国敗戦直前に近衛文麿が書いた「上奏文」には共産主義への恐怖心があらわだった。沈タロウの共産主義への狂気じみた嫌悪感は、恐怖心の裏返しだろう。今日では中国共産党も日本共産党も日本の支配階級が恐怖するほどのものではなくなっているのに、まったく現実が見えていない。その非現実な認識が次のような傲慢なバカぶりを露呈させる。(『週間金曜日(6月6日号)』より引用)


 石原慎太郎という東京都知事の「バカさ加減」について、日本記者クラブ会員の谷久光氏(『朝日新聞』社会部OB)から実話をきいた。書いてもいいとのことだか ら紹介しょう。

 何年か前のある日、柳橋の料亭・亀清楼に、石原の一行が客として現れた。通された座敷の床の間にかかっていた平山郁夫の絵を見て、おかみに石原が言った。

「こんな中国に土下座している絵描きの絵は不愉快だ。おかみ、はずしなさいよ」

 この料亭は横山大観以来、日本美術院の大家に歴代愛用されたのでかれらの作品の多くを所蔵し、平山郁夫の師にあたる前田青邨の絵もある。おかみが即座に言い返 した。

「お気に召さないのなら、今すぐ別のお店へお移りください。」

 石原のこの「バカさ加減」は、おかみの旦那さんから谷氏が直接きいた実話である。大観から青邨・平山にいたる由緒も知らぬ石原であればこそ、いい気になってこんな態度もとるのだろうと谷氏は推測する。

 確かに。こうした無知なくせに(無知だからこそか)傲慢な石原知事の態度は、こんな男に投票する都民の責任に帰すべきことを長らく私は論じてきたが、当の都民ももういいかげんに目覚めていいころではなかろうか。(本多勝一)

 沈タロウの無知・傲慢に媚びることなく相対するおかみのタンカがいい。このタンカに沈タロウがどんな反応をしたのか、想像に難くない。

 私は米軍艦載機夜間訓練所を押しつけられようとしていた時の三宅島での沈タロウを思い出した。島民の猛烈な反対の意思表示に政府が打つ手に行き詰まっていたとき、俺が行けば問題解決と、沈タロウが島にやってきた。空港の待合室から姿を現した沈タロウは空港に押し寄せていた大勢の島民を自分を歓迎するために集まった人と思って手を挙げて応えようとした。ところが群衆からは「かえれ!かえれ!」のシュプレヒコール。挙げかけた手をそのままに、ただ目をぱちくりするばかり。こういうときは罵詈雑言は一言も出てこない。そそくさと賛成派の迎えの車に逃げ乗った。

 「ほんもの」は罵詈雑言を必要としない。常に思想性が勝る。沈タロウの思想のほどはどんなだろうか。再び『空疎な小皇帝』から。

 石原慎太郎氏との数十年来の交際で知られる〝大物″右翼への面談が短時間ではあったが実現し、「石原さんのどういうところに共感するのか、あの人のどの部分を評価するのか」と何気なく尋ねてみて、理由がわかった。「評価? 共感だって? ないよ、そんなもの。あるわけないだろう」その〝大物″はきょとんとした顔をして見せ、次の瞬間、苦笑した。


 「大物」と「ほんもの」は必ずしも同じではないが、この大物右翼は沈タロウを歯牙にもかけていない。例えば「ほんもの」の右翼は次のような見識を持っている。 再び『週間金曜日(6月6日号)』から

佐高信の「現代を読む」
ノンフィクション・ベスト100
9『田中清玄自伝』

 会津出身で日本共産党の幹部となり、最後は「本物の右翼」として波瀾の生涯を終えた田中の痛快極まりない自伝。私は次の「靖国神社」批判を何度使ったかわからない。毒をもって毒を制すである。

く中国から小平さんが来られた時に「小平が陛下に会うのなら、その前に靖国神社にお参りせよ」などと言った馬鹿な右翼がいました。陛下が訪中されて小平さんに会う前に、四川省か山西省か、どこか田舎のお寺をお参りしてこい。そうでなければ会わさないと、まったく逆のことを言われたら、日本人はどう思いますか。それとおんなじことだ。(中略)もっとひどいのは、それを今、大挙して国会議員たちが、年寄りも若いのもふんぞりかえって参拝していることだ。今年も去年より何十人増えたとかいって騒いでいる。この政治家たちは「平和、平和」って、一体何を考えているんだ。彼等が平和って言ったって「戦争をやるための口実だ」ぐらいに思ったらいいですよ〉

 まさに日本への遺書である。



 「靖国神社」を「どこか田舎のお寺」と対等視するところがすごい。「にせもの」右翼に狙われるんじゃないだろうかと心配してしまう。でもご安心、清玄さんは鬼籍に人でした。

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