2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
詩をどうぞ

『呼子と口笛』全編


 色川大吉『自由民権』の「都市民権派の潮流」の 項の最初の小題は「若き日のナロードニキ」だった。 これを見て私はすぐに石川啄木の詩集『呼子と口笛』の 「V NAROD」というフレーズを思い出した。?十年前に 初めて読んだとき、これはなんと読みどんな意味なのか 分からず、いろいろ調べたものだった。ちょっと 横道にそれて、『呼子と口笛』を改めて読み直す ことにした。

 啄木は1886(明治19)年生まれ。自由民権運動の 「抵抗権行使事件」が暴虐な弾圧によってほぼ終息 し終わった頃である。『呼子と口笛』は啄木25歳の 時の作品である。慢性腹膜炎の闘病生活で、心身と もに衰弱しつつある中で完成している。翌年(1912年) の4月13日に永眠。享年26歳。

 ごく大まかに、啄木はロマンチスム→自然主義 →社会主義という思想的遍歴を示しているが、 幸徳秋水の大逆事件(1910年)が啄木の社会主義へ のさらなる急傾斜をうながしたと思われる。 孝徳事件が『呼子と口笛』誕生の衝動力だった。



呼子と口笛

はてしなき議論の後




暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、電(いなづま)のほとばしる如く、
革命の思想はひらめけども――

あはれ、あはれ、
かの壮快なる雷鳴は遂(つひ)に聞え来らず。

我は知る、
その電に照し出さるる
新しき世界の姿を。
其処にては、物みなそのところを得べし。

されど、そは常に一瞬にして消え去るなり、
しかして、この壮快なる雷鳴は遂に聞え来らず。

暗き、暗き曠野にも似たる
わが頭脳の中に、
時として、電のほとばしる如く、
革命の思想はひらめけども――




われらの且つ読み、且つ議論を闘はすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜の青年に劣らず。
われらは何を為すべきかを議論す。
されど、誰一人、握りしめたる拳(こぶし)に卓をたたきて、
‘V NAROD !’と叫び出づるものなし。

われらはわれらの求むるものの何なるかを知る、
また、民衆の求むるものの何なるかを知る、
しかして、我等の何を為すべきかを知る。
実に五十年前の露西亜の青年よりも多く知れり。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD !’と叫び出づるものなし。

此処にあつまれる者は皆青年なり、
常に世に新らしきものを作り出だす青年なり。
われらは老人の早く死に、しかしてわれらの遂に勝つべきを知る。
見よ、われらの眼の輝けるを、またその議論の激しきを。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD !’と叫び出づるものなし。

ああ、蝋燭はすでに三度も取りかへられ、
飲料の茶碗には小さき羽虫の死骸浮び、
若き婦人の熱心に変りはなけれど、
その眼には、はてしなき議論の後の疲れあり。
されど、なほ、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD !’と叫び出づるものなし。


三 (ココアのひと匙)

われは知る、テロリストの
かなしき心を――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を、
われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を――
しかして、そは真面目(まじめ)にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり。

はてしなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜(すす)りて、
そのうすにがき舌触(したざは)りに
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。


四 (書斎の午後)

われはこの国の女を好まず。

読みさしの舶来(はくらい)の本の
手ざはりあらき紙の上に、
あやまちて零(こぼ)したる葡萄酒の
なかなかに浸みてゆかぬかなしみ。

われはこの国の女を好まず。


五 (激論)

われはかの夜の激論を忘るること能はず、
新らしき社会に於ける‘権力’の処置に就きて、
はしなくも、同志の一人なる若き経済学者Nと
我との間に惹(ひ)き起されたる激論を、
かの五時間に亙れる激論を。

'君の言ふ所は徹頭徹尾煽動家の言なり。’
かれは遂にかく言ひ放ちき。
その声はさながら咆(ほ)ゆるごとくなりき。
若しその間に卓子(テエブル)のなかりせば、
かれの手は恐らくわが頭を撃ちたるならむ。
われはその浅黒き、大いなる顔の
男らしき怒りに漲れるを見たり。

五月の夜はすでに一時なりき。
或る一人の立ちて窓を明けたるとき、
Nとわれとの間なる蝋燭の火は幾度か揺れたり。
病みあがりの、しかして快く熱したるわが頬に、
雨をふくめる夜風の爽かなりしかな。

さてわれは、また、かの夜の、
われらの会合に常にただ一人の婦人なる
Kのしなやかなる手の指環を忘るること能はず。
ほつれ毛をかき上ぐるとき、
また、蝋燭の心(しん)を截(き)るとき、
そは幾度かわが眼の前に光りたり。
しかして、そは実にNの贈れる約婚のしるしなりき。
されど、かの夜のわれらの議論に於いては、
かの女は初めよりわが味方なりき。


六 (墓碑銘)

われは常にかれを尊敬せりき、
しかして今も猶尊敬す――
かの郊外の墓地の栗の木の下に
かれを葬りて、すでにふた月を経たれど。

実に、われらの会合の席に彼を見ずなりてより、
すでにふた月は過ぎ去りたり。
かれは議論家にてはなかりしかど、
なくてかなはぬ一人なりしが。

或る時、彼の語りけるは、
'同志よ、われの無言をとがむることなかれ。
われは議論すること能はず、
されど、我には何時にても起つことを得る準備あり。'

'彼の眼は常に論者の怯懦(けふだ)を叱責(しつせき)す。'
同志の一人はかくかれを評しき。
然り、われもまた度度しかく感じたりき。
しかして、今や再びその眼より正義の叱責をうくることなし。

かれは労働者――一個の機械職工なりき。
かれは常に熱心に、且つ快活に働き、
暇あれば同志と語り、またよく読書したり。
かれは煙草も酒も用ゐざりき。

かれの真摯にして不屈、且つ思慮深き性格は、
かのジュラの山地のバクウニンが友を忍ばしめたり。
かれは烈しき熱に冒されて、病の床に横はりつつ、
なほよく死にいたるまで譫話(うわごと)を口にせざりき。

'今日は五月一日なり、われらの日なり。'
これ、かれのわれに遺したる最後の言葉なり。
この日の朝、われはかれの病を見舞ひ、
その日の夕、かれは遂に永き眠りに入れり。

ああ、かの広き額と、鉄槌(てつつゐ)のごとき腕(かひな)と、
しかして、また、かの生を恐れざりしごとく
死を恐れざりし、常に直視する眼と、
眼つぶれば今も猶わが前にあり。

彼の遺骸は、一個の唯物論者として
かの栗の木の下に葬られたり。
われら同志の撰びたる墓碑銘は左の如し、
'われは何時にても起つことを得る準備あり。'


七 (古びたる鞄をあけて)

わが友は、古びたる鞄(かばん)をあけて、
ほの暗き蝋燭の火影(ほかげ)の散らぼへる床(ゆか)に、
いろいろの本を取り出だしたり。
そは皆この国にて禁じられたるものなりき。

やがて、わが友は一葉の写真を探しあてて、
'これなり'とわが手に置くや、
静かにまた窓に凭(よ)りて口笛を吹き出したり。
そは美くしとにもあらぬ若き女の写真なりき。


八 (げに、かの場末の)

げに、かの場末の縁日の夜の
活動写真の小屋の中に、
青臭きアセチレン瓦斯(がす)の漂へる中に、
鋭くも響きわたりし
秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。
ひよろろろと鳴りて消ゆれば、
あたり忽(たちま)ち暗くなりて、
薄青きいたづら小僧の映画ぞわが眼にはうつりたる。
やがて、また、ひよろろと鳴れば、
声嗄れし説明者こそ、
西洋の幽霊の如き手つきして、
くどくどと何事を語り出でけれ。
我はただ涙ぐまれき。

されど、そは、三年も前の記憶なり。

はてしなき議論の後の
疲れたる心を抱き、
同志の中の誰彼の心弱さを憎みつつ、
ただひとり、雨の夜の町を帰り来れば、
ゆくりなく、かの呼子の笛が思ひ出されたり。
――ひよろろろと、
また、ひよろろろと――

我は、ふと、涙ぐまれぬ。
げに、げに、わが心の餓ゑて空しきこと、
今も猶昔のごとし。


九 (明るき午後)

我が友は、今日もまた、
マルクスの「資本論(キヤプタル)」の
難解になやみつつあるならむ。

わが身のまはりには、
黄色なる小さき花片が、ほろほろと、
何故とはなけれど、
ほろほろと散るごときけはひあり。

もう三十にもなるといふ、
身の丈三尺ばかりなる女の、
赤き扇をかざして踊るを、
見世物にて見たることあり。
あれはいつのことなりけむ。

それはさうと、あの女は――
ただ一度我等の会合に出て
それきり来なくなりし――
あの女は、
今はどうしてゐるらむ。

明るき午後のものとなき静心なさ。


十 (家)

今朝も、ふと、目のさめしとき、
わが家と呼ぶべき家の欲しくなりて、
顔洗ふ間もそのことをそこはかとなく思ひしが、
つとめ先より一日の仕事を了へて帰り来て、
夕餉(ゆふげ)の後の茶を啜(すす)り、煙草をのめば、
むらさきの煙の味のなつかしさ、
はかなくもまたそのことのひよつと心に浮び来る――
はかなくもまたかなしくも。

場所は、鉄道に遠からぬ、
心おきなき故郷の村のはづれに選びてむ。
西洋風の木造のさっぱりとしたひと構へ、
高からずとも、さてはまた何の飾りのなしとても、
広き階段とバルコンと明るき書斎……
げにさなり、すわり心地のよき椅子も。

この幾年に幾度も思ひしはこの家のこと、
思ひし毎に少しづつ変へし間取りのさまなどを
心のうちに描きつつ、
ランプの笠の真白きにそれとなく眼をあつむれば、
その家に住むたのしさのまざまざ見ゆる心地して、
泣く児に添乳(そへぢ)する妻のひと間の隅のあちら向き、
そを幸ひと口もとにはかなき笑みものぼり来る。

さて、その庭は広くして草の繁るにまかせてむ。
夏ともなれば、夏の雨、おのがじしなる草の葉に
音立てて降るこころよさ。
またその隅にひともとの大樹を植ゑて、
白塗の木の腰掛を根に置かむ――
雨降らぬ日は其処に出て、
かの煙濃く、かをりよき埃及(エジプト)煙草ふかしつつ、
四五日おきに送り来る丸善よりの新刊の
本の頁を切りかけて、
食事の知らせあるまでをうつらうつらと過ごすべく、
また、ことごとにつぶらなる眼を見ひらきて聞きほるる
村の子供を集めては、いろいろの話聞かすべく……

はかなくも、またかなしくも、
いつとしもなく、若き日にわかれ来りて、
月月のくらしのことに疲れゆく、
都市居住者のいそがしき心に一度浮びては、
はかなくも、またかなしくも
なつかしくして、何時(いつ)までも棄つるに惜しきこの思ひ、
そのかずかずの満たされぬ望みと共に、
はじめより空(むな)しきことと知りながら、
なほ、若き日に人知れず恋せしときの眼付して、
妻にも告げず、真白なるランプの笠を見つめつつ、
ひとりひそかに、熱心に、心のうちに思ひつづくる。


十一 (飛行機)

見よ、今日も、かの蒼空(あをぞら)に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたった二人の家にゐて、
ひとりせっせとリイダアの独学をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

(思潮社・現代詩文庫「石川啄木詩集」より)



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