2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
479 イシハラ・イデオロギー
2006年4月20日(木)


 昨日、マルクスの文章を引用した。そのとき『歴史というものは徹底的であって…』というくだりで、現在の日本の危うい状況を重ねて読んでいた。
 大日本帝国は愚劣なイデオロギーに引きずられて奈落に落ちて一度死んだ。アジア(もちろん日本を含めて)の人民に悲惨で膨大な犠牲を強いて、悲劇的に。日本の人民がその過去の亡霊に再び絡めとられようとしている。もしもその愚かな道を切り捨てられなければ、この国はもう一度死ぬ。その時の死は、その二度目の死は喜劇的というほかない。
 マルクスの深い思想と比べようもない醜悪なイデオロギーを、イシハラが相変わらず得意になってしゃべりまくっている。自公の教育基本法改悪の合意内容を批判して言う。

「国に対する本当の愛着が生まれる教育をしていない。歴史の教育が間違っている。関心がなければ愛着が出るわけがない。自分のじいさんばあさんが命をかけて戦った大戦争があったということを知らない(学生がいる)。平和の毒に耽溺していた私たちの責任ですよ。近現代史すら子どもたちに教えない」

 俺たちのじいさんばあさんは「命をかけて戦った」のではない。否応もなく駆り出されて戦わされ殺されたのだ。「平和の毒に耽溺して」正しい近現代史を学んだことのない脳天気な太陽族が、あわてて学んだ教科書が『その本質を別の本質の外観のもとに包み隠そうとしたり、偽善や詭弁に救いを求めたり』している扶桑社版の教科書じゃ、大日本帝国に恋い焦がれるようなイデオローグになるほかあるまい。正しい近現代史を学んだことのないから、自分が目の仇にしている北朝鮮が大日本帝国のミニチュア版だということすら分からないオッチョコチョイだ、イシハラは。

「国会議員たちが今頃慌てて教育基本法変える、『愛国心という言葉よくないから祖国愛にしろ』とか、そんな小手先で物事変わるわけじゃない。『必ず入学式で日の丸掲げて君が代歌え』って、それはそれで必要だが、一つの手がかりで、本質はそんなことではない」

 イシハラが言う「本質」とは何だ。
 不当な教育支配のたくらみをおしすすめてきたイシハラの忠実なイヌども(都教委)が今度は都立高校の学校長に「 職員会議(成績会議等も含む)において、「挙手」「採決」等の方法を用いて職員の意向を確認するような運営は不適切であり行わないこと」というとんでもない通達を出してきた。着々と大日本帝国時代の学校に近づいている。
 これまでの不当な教育支配のための施策をたどれば、イシハラが言う「本質」は自ずと明らかだ。一度死んだイデオロギーを担ぎ出しただけじゃないか。国民は国家に従順に隷属していればよいということ以外にイシハラのイデオロギーにどんな本質があるというのか。

 上記のイシハラのおしゃべりは「公立学校長を対象にした都教育委員会の教育施策連絡会」でのことだという。校長連中はイシハラのおしゃべりもイヌどもの通達もありがたく押し頂いているだけなのか。イヌのまたイヌじゃ、もう教育者ではない。たんなる「権力の意向伝達ロボット」だ。

 下品なイシハラに関わると、なんだか、こちらまで下品になってしまう。ここら辺でよしておこう。

 と、パソコンから離れて新聞に目を通していたら、イシハラと同類の愚劣な国会議員どもが自公合意の教育基本法「改悪案」をさらに醜悪なものにしようと、自民党議員を対象に、「修正要求」のための署名活動を始めたという記事が目にとまった。その「修正要求」は次の通りだ。


 国を愛する「態度を養う」を「心を養う」に改める。

 「君が代」をイヤイヤ歌ったり、歌っている振りをするのはけしからん。「態度を養う」だけではそういう不心者が絶えない。問題は「こころ」ですよ。心から改心してまごころを込めて歌うような「心を養う」ことが肝要だ。――というわけだ。


 道徳心の育成につながる「宗教的情操の涵養」を「宗教教育」の項に明記する。

 道徳心など持ち合わせていない連中にかぎって他者には道徳心を要求したがる。しかも空疎な徳目道徳を。
 だいたい、この連中はどのような「宗教教育」を想定しているんだ。すぐ思いつくのは「靖国神 社」をシンボルとする「エセ神道」 だ。あるいは安部晋三が心酔している「慧光塾」か、 はたまた「幸福の科学」か。支配階層には「幸福の科学」の信者の少なくないと聞く。 いずれにしても、全国民を「アヘン」中毒者にしたいらしい。
 「エセ神道」や「新興宗教」についてはいま連載中の『「良心の自由」とは何か』でいず れ取り上げる予定だ。


 「教育は、不当な支配に服することなく」を「教育行政は」に改め、「不当な支配」を受ける対象が教員ではなく行政であることを明確にする。

 初期の自民党案に明記されていた。大方の失笑を買ってすごすごと引っ込めたのかと思っていたが、せっかく思いついたすばらしいアイデアだという思い切なのだろう、どうにもあきらめきれないらしい。
 これによると、イシハラとそのイヌたちがやっていることが「正当」で、教職員と生徒との討議や合意を基本に行ってきた戦後の学校運営は「教育の不当な支配」というわけだ。イシハラとそのイヌたちは教育基本法違反を指摘されると、「教育基本法はいずれ変わるんだ」とうそぶくらしい。

 ああ、議会制民主主義は、ほんとうにすばらしい!!

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