2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『続・大日本帝国の痼疾』(50)

自由民権運動(4)―民権運動前夜(1)


 自由民権が人民による革命の課題として、啓蟄 のように、社会の表面に忽然と姿を現すに至った背 景には、維新政府内の権力闘争の帰趨があった。 そのあらましを、『新日本史』を頼りに素描して みる。

 明治の国家権力の世界史的な大きな痼疾の一つ にアジアに対する態度 ― 欧米の帝国主義に倣っ た態度を挙げることができる。虎視眈々と日本を窺 う欧米諸国と対峙するための選択という意味では 近代世界史の枠内での苦渋の選択という面もあるが、 大きな過誤であったことに変わりはない。この痼疾 は自由民権の圧殺と同じメダルの裏表をなしている。 このメダルは「大東亜戦争」の敗北よってしか破砕 することができなかった。

 その過誤はまず朝鮮への外交姿勢 ― いわゆる 「征韓論」をめぐる権力闘争の中で醸成されてきた。

 1871(明治4)年7月、維新政府は太政官の官制を 改変している。この改革は強藩(薩長土肥)結合の勢 に乗じて、藩閥政治のさらなる確立を目指したもの である。しかし、その維新政府内部には二大党派が 生じていた。三叉竹越はそれを「尚武党」「平和党」 と呼んで、おおよそ次のように整理している。

尚武党
 尚武論者、国権論者、海外侵略論者であり、 維新の武力統一の余焔をもって武断国権主義を実 行すべしとするものたち。西郷隆盛、副島種臣、江藤 新平、板垣退助、後藤象二郎らがその代表である。

平和党
尚文論者、内治論者、平和論者であり、 維新の余儘を沈静して、まずは国民の実力を涵養 すべしとするものたち。岩倉具視、木戸孝允、 大久保利通、大隈重信らその代表である。

 この二派は事々に衝突を繰り返していたが、 岩倉・大久保二人の連携・協力が勝り、「尚武党」 はその力を伸張することが出来ないでいた。 しかし、「尚武党」の勢力が大伸張をみる一大機会が 出来した。政府要人の欧米歴訪と朝鮮事件がそれで ある。

 1971(明治4)年、右大臣岩倉具視を特命全権大使 として、参議木戸孝允、大蔵卿大久保利通、工部大 輔伊藤博文、外務少輔山口尚芳らが欧米各国を歴訪 した。外国の諸事情を直接視察するためであったが、 幕府以来各国と締結した不平等条約の改正の交渉に 先立ってあらかじめその意志を外国政府に告げるこ とがその大きな目的の一つであった。

 上記のように、この視察団は「平和党」の主要なメン バーのみで構成されていた。必然、留守政府は「尚武 党」のメンバーがその要所を担当することとなった。 期せずして「尚武党」がその持論を発揮すべき機会 を得たことになる。

 徳川幕府は朝鮮に対して、同等の地位に立った 外交を行ってきた。しかし、維新政府は朝鮮を 属国のようにみなして外交を始めた。維新の大勢 が決したとき、朝鮮に使を派遣して新政府の成立 を通知したが、その書面はあたかも属国に対する がごとくであり、朝鮮はその国書を拒絶した。 いまだ「攘夷的の頭脳ある人士」らがこれに飛び つき、「征韓の軍を起すべし」と論じたてた。 丸山作楽(元島原藩士)などは、ひそかに兵を挙げ て朝鮮を討たんとまでして事前に露見、獄に投ぜ られている。

 その後政府は朝鮮の漂流民を送り返すにあたって、 花房義質(よしもと)を派遣している。その折、花房 は修交の書を携えていった。しかし、朝鮮側は漂流 民を受けたが、修交の書は受け付けなかった。

 同じ時期に、琉球の漁民54人が台湾に漂着して 台湾人に残害されるという事件があった。維新政府は 修交通商条約締結のために清に駐在していた全権 大使外務卿副島種臣をして、台湾朝鮮の処分を請 求させたが、清側は「清の関係する所にあらず」と この要求を拒絶した。

 ここに於いてか征韓論は軍人の中に燃え上れり。 彼らは維新以来、脾肉の嘆ありて、文官の飛揚跋 扈するを憤れり。この時に乗じて事を起さずんば、 文官を圧するの時なしと為し、頻りに廟堂に迫れ り。

 廟堂の中に於てもこの時に方って外征の師 (いくさ)を起して国威を発揚するにあらずんば、 外は侮を禦ぐべからず、内は人心の遊惰を覚ます べからずとなすものあり。

 ここに於てか西郷隆盛、陸軍元帥兼近衛都督と して、副島種臣、板垣退助、後藤象二郎、江藤新 平の徒と、大に征韓論を唱え、肥前の前きの参議 前原一誠、薩の軍人桐野利秋、篠原国幹らこれに 唱和し、内外煽揚せしかは、その威当るべからず。 ここに尚武党の世となりて、勝海舟、大隈重信、 大木喬任らの平和論者は、歩一歩、勢を失し、太 政大臣三条実美も勢これに屈して、廟論もはや一 決せんとする。



 このとき折しも、欧米歴訪団か帰国して、 「平和党」の巻き返しが行われる。

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