2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『続・大日本帝国の痼疾』(45)

中江兆民と透谷(1)


(追加教科書、色川大吉『北村透谷』)

 一般に、一人の頭脳に宿る思想は一枚のレッテル を貼って済むほど単純ではない。 「過去の勢力」の中に「交通の勢力」が入り込ん だり、「交通の勢力」に「過去の勢力」が残存した りするだろう。陸羯南があらゆる「主義」を折衷 させてみせるのも怪しむにたりない。しかし、ひと たび現実のシビアな社会的あるいは政治的事象に 対するとき、その「折衷」された猥雑な衣 装に覆われていた思想の根幹は隠しようもなく 明らかになる。例えば、1889(明治22)年に発布され た欽定憲法に対する反応にそれは表徴されている。 次の文は、羯南らが発刊していた新聞『日本』の 憲法発布直後の社説である。

 日本の皇室は建国以来日本臣民の奉戴せる皇室 なれば、日本臣民たるものは万世不易に之を奉戴 するの懿徳(いとく)を守らざるべからず。日本の 臣民は皆な建国以来皇室に忠愛なる臣民の子孫な れば、日本の皇室は現在及将来に向て此の臣民を 扶養し一視同仁決して恩仇の別を為すべからず。 日本の政府は万世一系の天皇の勅命を奉じ万世 自由の人民の委信を受けて存立すべきものなれば、 民望を利用して皇権を蔑如すべからざると同時に、 皇威を壇仮して民権を軽侵すべからず。此等は皆 な日本の国民精神より自然に出づべき政義にして、 帝国憲法の本文如何に拘はらず朝野共に確遵すべ きの大綱なり。日本の立憲政体を扶持して鞏固な らしめんには、必ず此大綱を明にせざるべからざ るなり。

 神話的な天皇神秘化を明確に打ち出した欽定憲法を手 放しで賞賛している。まさに「過去の勢力」以外の 何ものでもない。そしてここでも、万世一系の皇 室に帰属する臣民・政府と、それとは矛盾する 「万世自由の人民」「民権」とが、何の媒介もなく めでたく融合されている。羯南ら「国民論派」 が期待する「自由政体」は絶対主義的桎梏内に限 定されてのみ存立するしろものである。 「国民論派」の国民も、蘇峰の場合と同様、幻想 の国民であり、あるのは臣民ばかりである。この 「過去の勢力」の立ち位置と、次のような中江兆 民の立ち位置との落差は、そのどちらに驚くべき だろうか。

 明治22年春、憲法発布せらるゝ、先生嘆じて曰 く、吾人賜与の憲法果して玉耶(か)将(は)た瓦耶、 未だ其実を見るに及ばずして、先づ其名に酔ふ、 我国民の愚にして狂なる、何ぞ如此(かくのごと) くなるやと。…
憲法の全文到達するに及んで、先生通読一遍唯 (た)だ苦笑する耳(のみ)
(幸徳秋水『兆民先生』より)

 兆民は憲法の何に苦笑したのだろうか。兆民は 『三酔人経綸問答』で南海先生に次のように言わ せている。

 世の所謂民権なる者は自ら二種有り。英仏の民 権は恢復的の民権なり。下より進みて之を取りし 者なり。世又一種恩賜的の民権と称す可き者有り。 上より恵みて之を与ふる者なり。恢復的の民権は下 より進取するが故に其分量の多寡は我れの随意に 定むる所なり。恩賜的の民権は上より恵与するが 故に其分量の多寡は我れの得て定むる所に非ざる なり。若し恩賜的の民権を得て直に変じて恢復的 の民権と為さんと欲するが如きは豈事理の序 (ついで)ならん哉。

 臣民に下賜された「恩賜的民権」に苦笑したとき、 兆民は当然、その「恩賜的民権」を「恢復的民権」 に変革する道筋を考え始めたに違いない。 兆民はその突破口を国会に求めていった。

 明治23年2月13日、兆民は大井憲太郎、新井章吾、 石坂昌孝(北村透谷の義父となった)らと「自由 党」を再興したが、その「党議草案」には、国会 に上請して憲法を点閲すべしと、議会に弾劾権を あたえよとの要求が明記されていた。また、その 闘いの保障として兆民は、言論出版集会の自由権 の拡大、行政裁判所の設置による官吏の横暴の掣 肘、警視庁の廃止、知事・郡長らの民選等を「地 租軽減」の経済要求とともに重大項目として列挙 したのである。

 この時点での中江兆民の姿勢は、洋学紳士の急 進論をいさめた南海先生よりはるかに急進的(ラ デイカル)である。それは『経綸問答』から三年 後の政治情勢の変化と、兆民自身の現実認識の修 正にもよろうが、彼が政治家、思想家としての生 命を、この一点(憲法点閲、国会の弾劾権、自由 権の確保による恩賜的民権の切返し)に賭けてい たことを物語る。

 しかるに、第一回国会は、この兆民らの期待を 完全に裏切った。憲法点閲問題は議題にもとり あげられなかった。それどころか、兆民の要求は、 かつての自由民権の同志たちからさえ、「詭 激の言」としてしりぞけられ、予算削減をめぐる 政府と一部民党議員との妥協によってむくいら れた。こうした事態に兆民の憤激と絶望は極点に 達し、「無血虫の陳列場」の弾劾文を叩きつけ て、国会議員を辞職してしまった。


 衆議院彼れは腰を抜かして尻餅を搗きたり。 総理大臣の演説に震懾(しんしょう)し解散の風 説に畏怖し、両度まで否決したる即ち幽霊とも いふべき動議を大多数にて可決したり。衆議院 の予算決議案を以て、予め政府の同意を求めて、 乃ち政府の同意を哀救して、その鼻息を伺ふて、 しかる後に唯々諾々この命これ聴くこととなれり。 議一期の議会にして同一事を三度まで議決して、 乃ち竜頭蛇尾の文章を書き前後矛盾の論理を述べ、 信を天下後世に失することとなれり。無血虫の陳 列場・・・已みなん、已みなん。

スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1001-b2e59dfb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック