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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。

   今回は、記録しておいた「辺野古・高江リポート」が二編残っていますので、それを転載します。 
辺野古・高江リポート(2020年4月21日に掲載)

続く基地工事 「不要不急だ」

 【13日】
      沖縄県名護市辺野古の新基地建設で沖縄防衛局は、同市安和などで工事を続けた。
      本島北部で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されたことを受け、抗議活動に参加していた西原町議の与那嶺義雄さん(六五)は「基地問題も新型コロナウイルス対策もウチナーンチュが団結しなければならない。県民はその力を持っている」と訴えた。

 【14日】
      オール沖縄会議事務局(福元勇司局長)は、那覇市の自治労沖縄県本部で会見を開き、国や県の新型コロナウイルス 感染拡大防止の取り組みを受けて、十五日から五月六日まで抗議活動を一時中止すると発表した。
      照屋義実共同代表は「苦渋の決断だが、やむを得ない。まずは抗議活動者の健康と命を守るのが優先だ」と述べた。また「これまで闘争を続けてきた皆さんのご労苦を思うと涙を禁じ得ない」と語った。

 【16日】
      辺野古の新基地建設に反対する市民らが、名護市の米軍キャンプ・シユワブ前でプラカードを掲げて抗議した。
      新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、互いに約二㍍の間隔を空ける「ソーシャル・ディスタンス」を守って抗議した。一部市民らは十五日以降も抗議している。

 【17日】
      辺野古の新基地建設で沖縄防衛局は、米軍キャンプ・シュワブの工事関係者に新型コロナウイルスの感染者が確認されたとして同基地での工事を一時中断した。
      一方で名護市安和の琉球セメン下桟橋や本部町の本部港塩川地区では辺野古向けの土砂搬出を続けた。
      基地建設に抗議する人たちは「新基地建設は不要不急の工事だ」 など、国の対応を疑問視した。
      土砂搬出を監視している本部町島ぐるみ会議の高垣喜三さんは、本部港塩川地区で警備員が密集していることについて
      「ソーシャル・ディスタンスが守られていない。政府は緊急事態宣言で人の接触を減らすというが、沖縄は別なのか」 と憤った。
            (琉球新報の記事を転載しています)

辺野古・高江リポート(2020年4月28日に掲載)

「唯一の解決策」 国が固執

着工3年 軟弱地盤・サンゴで停滞

   【25日】
        米畢普天間飛行場の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、政府が護岸工事に着工して三年が経過。埋め立て予定地の大浦湾に広がる軟弱地盤と多様性に富むサンゴ類が広がっているため政府は護岸工事を進められず埋め立て工事全体に影響を及ぼしている。
       このまま進めても工事の長期化と費用の増大は不可避だが、政府は辺野古移設が唯一の解決策として固執している。

       沖縄防衛局は二〇一九年度末、軟弱地盤のある大浦湾側の護岸・岸壁工事六件を打ち切った。
       最初に着手した護岸の建設が三分の一(百㍍)程度、進んだだけで、残り五件は軟弱地盤が見つかったため未着工だ。
       護岸・岸壁工事の最終支払額は約三百三億円。当初契約の一・四倍を超える二百二十四億七千七百八十五万九千円で契約を終えていた工事もあった。
       防衛局は今後、軟弱地盤に対応するため構造を大きく変えて発注し直す構えだ。

       防衛局は元々、大浦湾側に建設した岸壁を使って埋め立て工事現場に土砂を持ち込む計画だった。だが軟弱地盤の存在で岸壁を建設できず、護岸の一部を使って陸揚げ場所とした。当初の約束と異なるとし、県は問題視してきた。それでも陸揚げできる場所は二カ所のみで、搬入ペースは限定的だ。その結果、軟弱地盤がなく、先に護岸を造ることができた辺野古側の埋め立て工事も停滞した。
      県の試算によると、一月末時点で投入された土の量は事業全体の約1・6%ににとどまる。現在、土砂を投入している二つの区域のうち、九年三月に着手した区域は今年八月までだった工期を来年九月までの一年余り延長した。
      工費も約五十八億円増の三百十六億ハ千百五十六万円に膨らんだ。

      陸揚げ場所を増やすには、現在使っている護岸K8を拡張したり、別の護岸N2を造成して使ったりする方法がある。だが予定地には保護対象のサンゴ類が生息しているため、県からの移植許可がなければ工事はできない。
      サンゴ移植については総務省の第三者機関・国地方係争処理委員会で審査が続いている。また、軟弱地盤に対応するため政府は設計変更の承認を県に申請したばかりだ。

               (琉球新報の記事を転載しています)
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 《政府は設計変更申請 「民意無視、腹立たしい」

   本日(5月5日)の東京新聞の【こちら特報】面の《話題の発掘》欄に久しぶりに「辺野古問題」を取り上げた記事が掲載されました。
   今回はこの記事と、最近記録してきた「辺野古・高江リポート」を一編転載します。

《話題の発掘》【辺野古着工3年 山城議長に聞く】

抗議中断でも 「粘り強く」


辺野古着工3年 山城議長に聞く 

【前書き】
   米軍普天間飛行場の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局が護岸工事に着手してから4月25日で3年、本部港塩川地区から土砂の搬出乍業を再開して1年になった。
   辺野古移設に反対する市民らは新型コロナウイルス感染防止のため同月15日から抗議活動を中止したが、その間に政府は軟弱地盤の改良工事に伴う設計変更を県に申請した。
   抗議活動を引っ張てきた沖縄平和運動センターの山城博治議長に聞いた。

 ー抗議行動を一時中止している。
     「二〇〇四年から辺野古の現場で抗議を続けてきたが、中止したことはなく、これほど悩んだことはない。
     沖縄だけでなく国全体が新型コロナウイルスで危機的状況にある中、今は抗議する市民にも工事関係者にも感染を拡大させないことが大切だと判断した。本来は現場で座り込みをしている団体、市民の意見を聞いて一時中止を決めるべき問題で、混乱も生じた」

     「玉城デニー知事も懸命に感染を抑え込もうしている中、抗議現場で仮に感染者が出てしまったら、大衆運動として支持を得られなくなる恐れがある。新基地建設阻止を掲げる玉城知事を支えるという側面からも抗議活動や大規模な集会の開催は見送っているが、断腸の思いだ」

-工事関係に感染者が出たことで沖縄防衛局局が工事を一時中止したが、直後に設計変更を申請した。
     「未曽有の危機を国民全体で何とか乗り越えようとしている時に、沖縄の民意を無視し、軟弱地盤などで安全性が確保されていない辺野古新基地の工事を強行しょうとする政府の姿勢は非常に腹立たしい。沖縄と本土を分断しようとしているのではないか」

     「工事はこの先も十年、十五年と続く。県政与党だけでなく自民党や公明党も含め、沖縄が圧制にさらされたままでいいのかと問うべきだ。
     現場で座り込みによる抗議活動はできなくても、柔軟に粘り強く闘っていきたい」   (琉球新報)


辺野古・高江リポート(2020年4月15日に掲載)

3回お辞儀「塩川流」で抗議 

【6日】
    米軍普天間飛行場の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で沖縄防衛局はこの日も工事を進めた。 辺野古の米軍キャンプ・シュワプゲート前では、最大で約四十人の市民らが抗議の声を上げた。福祉職員の石橋由紀子さん(二八)=和歌山県=は「大学時代から高江や辺野古に行き卒業後も年に一回ほど抗議に来ている。学生のころから基地建設が止まらない現状が悔しく、もどかしい」と語った。

【8日】
   名護市辺野古の新基地建設に反対ずる市民らは、本部町の塩川港で工事資材を運び込む車両に対し、「辺野古の海を守れ」などのプラカードを掲げながら車道をゆっくりと横断するなどして抗議した。市民らは「車両の前で三回お辞儀をする「塩川スタイル」と呼ばれる方法で、工事関係者に辺野古新基地建設の中止を訴えた。

【9日】
   名護市辺野古の新基地建設に反対する市民らは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、米車キャンプ・ジュウプゲート前での機動隊による強制排除を回避する抗議活動を展開した。市民らはゲート前に座り込んで工事中止を訴えると、強制排除が始まる前に現場を離れ、反対側の歩道からシュプレヒコールを上げ抗議を続けた。ヘリ墓地反対協議会の仲本興真事務局長は「お互いの命を守るために必要な対策だ」と話した。

【10日】
    名護市辺野古の新基地建設で沖縄防衛局は、同市安和の琉球セメント桟橋と本部町の本部港塩川地区で辺野古向はの土砂搬出を続けた。また、「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」は、各構成団体代表者に新型コロナウイルス対策として抗議行動でのマスク着用や参加者同士で距離を置くことを呼び掛ける文書を出1た。五月二日、六月六日の「県民大行動」は中止し可四月十六日と五月二十一日の「集中行動」も通常の行動に縮小する。

 (琉球新報の記事を転載しています)。

 《防衛省、 軟弱地盤再調査せず

   辺野古で行われている防錆省の悪行愚行は言うまでもなく「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権」の指揮下での各行愚行である。
   今回転載する 4月22日付け東京新聞の最後の記事は社説ですが、社説は勿論そのことを度外視してはいない。防衛省と共に、はっきりと「政府」を名指して論説を進めています。
   今回はその社説と共に最近記録してきた「辺野古・高江リポート」を転載します。

   【4月22日の社説】

辺野古の設計変更

「不要不急」の極みだ

《前文》
    そもそも不要な工事であり、急ぐ手続きではない。
    防衛省が辺野古新基地建設で設計変更を沖縄県に申請した。県をはじめ全国がコロナ禍に立ち向かっている。政策の優先順を見誤ってはならない。

    設計変更は、辺野古の埋め立て面積の四割余、六十六ヘクタールの海底に広がる軟弱地盤の改良のためだ。

    防衛省は二〇一三年に県から埋め立て承認を受け、翌年からのボーリング調査で軟弱地盤の存在を把握したが、昨年一月まで公式に認めず、埋め立てを既成事実化するために改良対象区域外で土砂投入を強行した。

    それだけでも信義違反なのに、昨年末にようやく示した新たな工期の見通しでは、新基地の供用開始は最短でも三〇年代前半。当初から十年以上遅れ、辺野古を移設先としている普天間飛行場(宜野湾市)はそれまで返還されない。

    砂の杭(くい)など七万一千本を打ち込む地盤改良は、環境への負荷が甚大であるにもかかわらず、防衛省は環境影響影響評価をやり直さない。

    技術上、改良できる限界の深度七十メートルを超えて地盤の弱さを示すデータがあることも無視だ。設計変更を認めた防衛省の技術検討会は、一部委員に辺野古関連業者との癒着が指摘され、省側が誤った資料を提出しても問題にしない。

    この間に防衛省は、当初設計で着手した護岸建設が立ちゆかなくなり、途中で放り出してもいる。

    理不尽だらけで建設ありきの自己目的化した工事の進展を、県が認めるはずもない。県は、軟弱地盤の存在を見越すなどして一八年に埋め立て承認を撤回した。これを恣意(しい)的な法運用で無効にした政府には、訴訟で対抗している。  県が設計変更を認めない場合、政府は県を相手に訴訟に持ち込む考えだが、対立を延々と続けて安全保障政策が成り立つのか。

    地方自治法上、国と地方の関係は対等だ。政府は県が下す判断を尊重しなくてはならない。それ以前に埋め立て工事を棚上げし、普天間と辺野古の今後について、県と真摯(しんし)に話し合うよう望む。

    コロナ禍では、沖縄の感染者が百人を超え、県独自の緊急事態宣言が発令された。辺野古関連業者にも感染者が出て工事は十七日から中断され、反対派市民らも座り込みを自粛している。

    報道によれば、韓国政府は最新鋭戦闘機調達などを含む国防費を削減し、コロナ禍対策に充てるという。
    一兆円近くかかる辺野古工事を強引に進める局面か、日本政府は冷静に判断すべきだ。


   次は2020年4月5日に掲載された「辺野古・高江リポート」です。

辺野古・高江リポート

違反ベルトコンベヤー撤去

 【3月30日】
      米軍普天間飛行所の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は米軍キャンプ・シュワブへの土砂投入などの作業を続けた。
       K8、K9の両護岸で台船から土砂搬入する作業が海上から確認された。

        海上では、土砂を積んだ台船など船舶七隻が操業。反対する市民らが抗議を行った。
      シュワブのゲート前では資材を積んだトラック二百五台の搬入があり、市民らが「違法工事をやめろ」などと声を上げた。

 【31日】
      新墓地建設で、土砂搬出を請け負う業者が県の許可なくなく本部町の本部塩川地区の港湾施設用地内にベルトコンベヤーを置いている件で、業者がベルトコンベヤーの解体撤去作業を始めた。
      県は県港湾管理条例に違反するとして、業者に撤去するよう注意していた。
      名護有安和と本部港塩川地区でも土砂を運搬船に積み導む作業が確認された、

 【4月1日】
       新基地建設に反対する市民らは米軍キャンプ・シュワブのゲート前に座り込み、工事用資材を運び込む車両に「辺野古の海を壊すな」「工事をやめろ」などと抗議の声を上げた。

 【2日】
     新基地建設に反対する市民らは土砂を積んだ台船が護岸に近づくのを阻止しようと、抗議船とカヌー四隻で抗議した。
     米軍キャンプ・シュワブのゲート前ででは数十人が工事用資材の搬入に抗議した。
     午後三時過ぎの搬入の際には、市民らがゲート前でカチャーシーを踊った。
     「唐船ドーイ」が鳴り終わるのを待って、県警機動隊が市民らを排除した。

 【3日】
     新基地建設で、土砂搬出受け負う業者は本部港塩川地区の港湾施設用地内のベルトコンベヤーを撤去した。
     抗議活動を続ける市民によると、二日午後五時に活動を終えて帰宅する際にベルトコンベヤーは残っていたが、三日午前七時に現場に入ると撤去されていたという。

              (琉球新報の記事を転載しています)