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今日の話題3

続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(63)

  「桜を見る会」をめぐる不祥事が連日新聞紙上を賑わしている。
  私は安倍政権が発足した時から、この政権を「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト政権」と呼んできましたが、「桜を見る会」をめぐる不祥事はまさに、私のこの命名が的外れではなかったことを如実に示していると思っています。
  東京新聞(2019年11月26日付)の「こちら特報部」がその問題を克明に論じていました。
  今回は、少し長いのですがこの記事を転載します。

「安倍話法」再び

前文

「安倍話法」再び 「桜を見る会」疑惑 答弁迷走

   自身が主催する「桜を見る会」を巡る安倍晋三首相の答弁が迷走している。突き詰めて考えると何が言いたいのか分からず、相手をけむに巻くような発言も多い。ただ、こうした回りくどい言い方は今回に限った話ではない。「安倍話法」にごまかされず、何が真実かを見抜く力が国民には求められている。 (中沢佳子、榊原崇仁)

その場しのぎ→周囲がつじつま合わせ

   「相談を受ければ、推薦者について意見を言うこともあった」。
   二十日の参院本会議。桜を見る会の招待者を選ぶ経緯をただされた首相は、そう答弁した。
   関与を認めたと思いきや、
   「最終的に内閣官房と内閣府で取りまとめた。私は一切関与していない」と続け、公選法にも違反しないと言い張った。
   不可解な主張は、会前日に後援会関係者向けに東京都内の高級ホテルで開かれた夕食会関連でもあった。一人五千円の費用は安すぎるという指摘に当初、「参加者の大多数が宿泊者という事情を踏まえ、ホテル側が設定した」と説明した。

   ところが、二〇一五年の会は宿泊先と会場が別のホテルなのに会費は同じだったと判明。すると、「事務的な手違いで結果的に同一ではなくなった。ホテルと相談し、サービス内容や規模を勘案して(会費が)設定された」と述べた。

   「安倍首相がよく使う手が、また繰り返された」と話すのは、論点をすり替える政府答弁を「ご飯論法」と名付けた法政大の上西充子教授(労働問題)。「朝ご飯食べた?」と聞かれ、パンを食べたのに「ご飯(米)は食べていない」と答える話法を指す。「『最終的』という言葉を付けたことで、自分は関係ないと印象付けようとしている。ごく一部に論点を狭め、そこだけ否定するのは、森友学園を巡る文書改ざん問題で『私は指示していない』と言ったのと同じ論法だ」
   立教大大学院の平川克美客員教授(現代企業論)は「強い力を持つ独裁者は、どこまでうそを通せるかで権力を誇示するもの。それには計画性をもって周到に準備するのに、安倍首相は追及されるとその場しのぎのうそで逃げる。それを周囲にいる頭のいい官僚や取り巻きが必死につじつま合わせし、事実をねじ曲げるのが特徴だ」とみる。

細断機は10分で2万枚処理力

「利用重なって」……苦しい釈明

   その「つじつま合わせ」も苦しい。
   内閣府は会の招待者名簿を野党が資料要求した五月九日に、シュレッダーにかけて廃棄したと説明した。大塚幸寛官房長は国会で「(他部署とシュレッダーの)利用が重なり、大型連休明けになった」と釈明した。
   内閣府が細断に使ったというシュレッダーの製造元、事務機器メーカー「ナカバヤシ」に尋ねたところ、製品は幅約三二㍍奥行き約一・四㍍、高さ約一・五㍍の大型業務用。同社広報IR室の西浦弘史郎リーダーは「約千枚を一括投入でき、四十秒ほどで細断する。一時間で最大五百五十㌔の紙を処理できる」と語る。
 A4判の紙は千枚で約四㌔といい、二万枚近い文書でも十分ほどで細断できる。ちなみに、会の招待者は約一万五千人だ。
 日々、どれだけの文書を廃棄しているのか内閣府に質問したが、二十五日午後九時までに回答がなかった。


そらし ずらし 押し切る

正面からの議論回避 安保法制や共謀罪でも

   安倍首相は以前から、真っ向からの議論を避けてきた。例えば、安全保障関連法案に関する議論。二〇一五年五月の衆院平和安全法制特別委員会では、野党から「自衛隊の活動範囲が広がり、リスクが増すのではないか」と問われた際、正面から答えずに「訓練を重ねてリスクを低減する」と論点をずらした。
   一六年十月の衆院予算委でも似た場面があった。国連平和維持活動(PKO)で陸上自衛隊が派遣された南スーダンの情勢について「民間人を乗せた車両が襲撃され、二十一人が死亡したと発表された。リスクの可能性を認めるべきではないか」と質問を受けても、「もちろん永田町と比べれば、.はるかに危険な場所だ」とまともに取り合わなかった。
   一七年一月の衆院予算委では共謀罪を巡る議論で「テロ対策は現行法で可能だ」と指摘されたのに、実際に可能かどうかの議論に応じず「テロ対策の穴を埋めなくても五輪を開けばいいという考えは取らない」とやはり話をずらした。
  成蹊大の高安健将(けんすけ)教授(比較政治)は「政治家は通常、丁寧な説明を求められると渋々ながらも応じる。そうしなければ選挙で不利になったり、党内で評判が落ちたりするからだ。しかし安倍政権の場合、説明責任を果たさなくても支持率が下がらず、選挙でもマイナスに働いていない。そうした状況から国会での説明や議論が軽んじられているのではないか」と話す。
  高安氏は、こうした姿勢の根底には第一次政権の経験があるとみる。当時は閣僚の相次ぐ辞任で任命責任を認めざるを得ず、短命で終わった。

強さ前面 非を認めず
   「現政権は『強さ』をキーワードにし、非は認めず自らの考えを押し通すことに重きを置く。議論は避けつつ、明快さを感じさせる言葉を用いる。それが有権者には分かりやすく見える。しかし、現実が首相の言葉と矛盾した時には、隠蔽や改ざんといった問題が起きる」
   かたや野党も「問題が政権にあり、批判一つ一つはまっとうでも、『あなたたちは政権を担う代わりになり得るか』という疑問を常に突き付けられ、批判すること自体が否定されてしまう」(高安氏)。
   首相は「印象操作」という言葉を好んで使う。具体例の一つが、今年七月の参院選に合わせて開かれた主要政党の党首討論会。選択的夫婦別姓などへの賛否を聞かれた際に挙手せず、「単純化はやめた方がいい。印象操作はやめてもらいたい」と述べた。
   名古堅外国語大の高瀬淳一教授(情報政治学)は「『印象操作だ』という訴えは、『作為的な情報発信はやめるべきだ」と印象づけるメーッセージ」と述べる。自身への批判をかわす姿勢を顕著に表しているのが、この四文字のようだ。

   首相が批判を嫌い、議論を避ければ、そのツケは国民に回ってくる。さまざまな問題の検証が進まないだけではない。 駒沢大の山崎望教授(政治理論)は「議諭は民主主義の根幹を成す。議論の過程で幅広く意見をくみ上げることで、さまざまな立場の人に配慮した社会の仕組みができる。税金の使い道もそう。逆に言えば、首相が議論を避ければ、おのずと首相に近い人の利益ばかりが大切にされるようになる。いわゆる『お友達優遇』だ」と語る。
   山崎氏は「不健全な状況に対し、私たち市民は口をつぐんではいけない」と呼び掛ける。「黙っていれば『今のままで良い』となる。駄目なものは駄目だと声を上げ続けないといけない。ツイッターなどでもいい。現状に対する不満を可視化することが必要だ」


デスクメモ

   普段は論理が明快な話をする人がおかしなことを言うと、「あれ?」思う。いつも適当な話をしている人が変なことをロにしても「ああ、またか」になる。慣れは恐ろしい。首相の発言を聞く時は頭を空っぽにし、じっくりと考えないといけない時代になったのかもしれない。(千)


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