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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
危うい 今日の日本ファシズム

「令和」を覆う安倍・菅ファシズム

       今回は〈記事4〉『気づいたらこんな惨状〈「令和」を覆う安倍・菅ファシズム 〉』を読みます。

安倍・菅ファシズム

〈安倍政権の国粋主義を象徴〉――。
   新元号「令和」が公表された際、こう報じた欧米メディアは少なくなかったが、戦前回帰の不穏なファシズムの空気が日本社会全体を覆い始めているのは間違いない。
   令和に入り、安倍政権による権力の暴走、乱用の兆候が随所に表れ始めているからだ。とりわけ、際立つのが「天皇の政治利用」だ。
   例えば、10月22日に行われる天皇即位を披露する「祝賀御列の儀」のパレード。オープンカーに乗った天皇・皇后が、皇居宮殿から赤坂御所までの4.6キロを30分間かけて進行するのだが、驚いたのは公表されたコースだ。普通に考えれば皇居から国道246号をそのまま進めばいいのに、なぜか自民党本部前を通るからだ。コースを決めたのは21日に開かれた政府の式典委員会だが、委員長を安倍首相が務め、一部報道では事前に決まっていたコースを同委が「変更」したというのだ。

〈天皇陛下の政治利用極まれりだ。なぜ宮内庁は黙っているのか〉
   式典コースについて、鳩山由紀夫元首相はツイッターで、こう疑問を呈していたが、ただでさえ、安倍政権は天皇に対する首相の国政報告「内奏」の写真を異例の即日公表し、野党から「天皇の政治利用」と批判を浴びている最中だ。その指摘を真摯に受け止めて反省するどころか、何ら悪びれる様子もなく、さらに「政治利用」のアクセルを踏み込んでいるのだから何をかいわんやだ。

安倍政権の令和ファシズムは戦前より酷い

   安倍政権の政治利用のエピソードは、これだけじゃない。朝日新聞の高橋純子編集委員は、22日付のコラム〈多事奏論〉で、安倍が25日に国賓として来日するトランプ米大統領に対し、「新天皇即位(の行事)はスーパーボウルの100倍」などと語ったとされる報道を取り上げ、こう書いていた。

   私は別に天皇を信奉する者ではないが、この報に触れた時はギョッとした。
   天皇に「値札」をつけない、政治的に利用しないことは、天皇を「国民統合の象徴」と位置付ける憲法を持つ国の、政治家の、最低限のルールだと考えるからである。

   その最低限のルールすら平気の平左で踏みにじっているのが安倍であり、高橋編集委員はその言動に違和感や嫌悪感を覚え、批判的な視点で論じているのだが、そもそも新元号公表時にわざわざ首相会見を開き、政策や理念を主張したこと自体が天皇の政治利用以外の何ものでもない。それがどんどんエスカレートし、自身が改元の「主役」のように錯覚しているのだ。

   元参院議員の平野貞夫氏は「戦前、戦中でも、ここまで露骨な天皇の政治利用は見られなかった」と言い、こう続ける。

   戦前の日本でファシズム化が進むきっかけとなった満州事変は、明治憲法に違反した旧陸軍の内乱行為、いわゆる天皇の統帥権の干犯が引き金ですが、今の安倍政権も旧陸軍のように憲法の基本秩序を壊乱している。そうして旧陸軍と同様、自分たちのファシズムに天皇を引き込もうとしているとしか思えません。令和ファシズムというのか、こういった形の権力の暴走をこのまま許していると民主主義は間違いなく崩壊します。


自由は突然、失われるのではなく、徐々に蝕まれる
   戦国時代、自分の力を全国の諸大名に誇示するため、朝廷の権威を最大限に政治利用したのが豊臣秀吉だった。忠誠を誓う者は重用し、歯向かう者は武力でねじ伏せる。

   後世に名を残した秀吉と人物の差は歴然としているとはいえ、安倍の政治手法もソックリだ。
「政治主導」の名のもと、内閣人事局を通じて幹部職員を牛耳り、霞が関をドーカツ。反発する官僚を次々とパージした結果、役所内はヒラメ役人の「忖度」が横行。モリカケ疑惑や統計不正問題で指摘された隠蔽、改ざん、捏造が当たり前の腐った組織に成り下がった。そうやって霞が関を屈服させた独裁権力の「刃」が向かった先は地方自治体。米軍普天間基地の名護市辺野古沖の移設工事に反対する沖縄県イジメは相変わらずだが、今、何が何でも血祭りに上げてやる、という政権の執念が透けて見える相手が大阪・泉佐野市だ。
   ふるさと納税の過度な返礼品が制度の趣旨にそぐわないとして、総務省は6月から、同市や静岡・小山町など4市町を、ふるさと納税による税控除の対象外にしたが、20日付の朝日新聞は舞台裏をこう報じていた。

   ふるさと納税は、菅義偉官房長官が第1次安倍政権の総務相時代に提唱。(略)肝いりの政策だ。菅さんの顔を潰すわけにはいかない。制度設計にも問題があったのに、総務省は菅に「忖度」。政権に公然と歯向かう泉佐野市が許せないのだ。

法大名誉教授の五十嵐仁氏(政治学)がこう言う。

   今の官僚、行政組織は、公平公正も何もない。政権の顔色をひたすらうかがっているだけ。それがすっかり身についてしまった。選挙に勝つためなら何でも利用する『なりふり構わずファシズム』に役人が尻尾を振っている。異常な状況です。

官僚と同様に忖度合戦している大新聞・テレビ

   もはや安倍・菅による「令和ファシズム」は霞が関だけではなくなりつつある。神奈川県の黒岩知事が自民党県連の集会で菅を「令和おじさん」と呼び、県連が黒岩に抗議文を出すという「言論封殺」ともいえる手法でひれ伏させた一件もその例だ。本来であればメディアがファシスト政権の暴走にストップをかける役割を担っているはずだが、大新聞・テレビは総じてベッタリ感はぬぐえない。とくに酷いのがNHKだ。
   新元号が公表された4月1日、安倍はNHKや民放をハシゴしたが、NHKでは夜の報道番組に冒頭から出演。令和に込めた気持ちを政策と絡めて視聴者に思い切り訴えかけていた。そうしたら、安倍政権に近しいとされるNHKエンタープライズ社長の板野裕爾氏が、NHK本体の専務理事に返り咲く役員人事が発表されたからアングリだ。

   芥川賞作家の中村文則氏は4日付の毎日新聞コラム〈書斎のつぶやき〉で、〈政権守る忠犬たち〉と題してこう書いていた。

   政権は権力であり、そんな権力に対しては、基本的にマスコミは厳しい目を向けるのが少し前までは当然だった。でも今は及び腰で、一部の報道番組やワイドショーのスタッフ、新聞記者や文化人などには、政権を過度に擁護し続ける存在までいるようだ。

   なぜこうなってしまったのか。元々こびへつらうのが好きな人もいれば、マスコミの意義も捨て忖度(そんたく)しているみっともない人、政権をひたすら擁護することで、強者側に立つ快楽に酔っている人もいるだろう。

   民主主義国家を装う安倍政権の忠犬と化し、その悪行に加担している大新聞・テレビを痛烈に皮肉る内容だったが、まさに正鵠を射ていた。ジャーナリストの横田一氏がこう言う。

   官僚組織と同様、大手メディア記者も『政権に嫌われたくない』『ネタが欲しい』『いい思いがしたい』と考えて忖度合戦している。アベノミクスの失敗など
政権の問題点を指摘すればキリがない。しかし、報道は令和バンザイ一色なのだから、どうしようもありません。

   宮沢喜一元首相は、著書で
〈われわれは将来に向かって自由の制限につながるかもしれないどんな兆候に対しても、厳しく管理する必要があります〉
〈自由はある日突然、なくなるものではない。徐々に蝕まれ、気づいたときにはすべてが失われている〉
と書いていたが、手遅れにならないよう、今こそ、この言葉を噛みしめるべきだ。


   上記の引用文中で平野貞夫さんが『「戦前、戦中」のファシズム』に触れていましたが、『「戦前、戦中」のファシズム』については下記のカテゴリで詳しく論じています。
《滝村国家論より》
《吉本ファシズム論より》
    「ファシズム」のことだけでなく、「戦前、戦中」の日本国家・社会(庶民)の状況なども詳しく知ることが出来ます。興味のある方はどうぞご覧ください。

    。 以上でカテゴリ『危うい 今日の日本ファシズム』を終わり、次回からは『今日の話題3』に戻ります。
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