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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。

今日の話題3

米国の属国・日本(17)

  今回は、昨日の東京新聞に掲載されていた「辺野古・高江リポート」の続編を転載することを予定していましたが、その前に,、たった今出会った関連論説を2件(どちらも日刊ゲンダイDIGITAL版で出会った論説です)紹介することにします。

  一つはに アベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相の精神構造を鋭く分析している論説です。紹介しておきます。
『トランプに驚くほど似ている 安倍首相の危ない精神構造』

  もう一件は、今回のテーマ「辺野古問題」に関連する論説です。
『首相演説「沖縄に寄り添う」消え…辺野古新工事を強行着手』
  この論説は全文転載させていただくことにします。

  通常国会が28日召集され、安倍首相が衆参両院の本会議で施政方針演説を行った。昨年1月の施政方針演説、10月の所信表明演説と大きく変わったのが、沖縄県の辺野古新基地建設をめぐるくだりだ。
  形だけとはいえ昨年1月と10月の演説には「沖縄の方々(皆さん)の気持ち(心)に寄り添い」との一節があったが、きのうの演説では「辺野古移設を進め、普天間飛行場の一日も早い全面返還を目指す」と宣言。 「沖縄に寄り添う」はすっぽりと消え落ちていた。

  その同じ日に辺野古では、防衛省沖縄防衛局が埋め立て予定海域の東側で新たな護岸を造る工事に強行着手した。県民からは「横暴だ」と反発する声が上がっている。
  護岸工事を始めたのは長さ135メートルの「N4」護岸で、埋め立て用護岸としては8本目。防衛省は「N4」護岸完成後、さらにその東側で長さ515メートルの「N8」護岸の造成にも着手する方針。
  「N8」護岸の先の海域には軟弱地盤があり、防衛省は地盤改良のための設計変更を行うとしているが、県は変更を承認しない方針をすでに表明している。

 工事の大幅な遅れで尻に火がついた安倍が、沖縄県民に対してなりふり構わず牙をむいてきた。

  こうしたアベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相の言動に接する度にその暴虐さと、この政権を相変わらず支持している愚鈍な国民たちが多いことに、腹が煮えくり返るような思いが湧き上がってきます。
  ここで今朝読んだばかりの東京新聞「本音のコラム」の斎藤美奈子(文芸評論家)さん執筆の「腐った劇場」という辛辣な評論文を思い出しました。転載しておきます。

腐った劇場

  嵐の活動休止会見と、大坂なおみ選手の全豪オープン優勝。二つの出来事にすっかり持っていかれた週明けだった。
    ま、いたしかたない面もある。かたや二十年のキャリアを誇る国民的アイドルグループの大きな決断の報告。かたやこれからのテニス界を牽引していくであろう新しいスターの誕生。視聴者にとってはいずれも関心の高いニュース。たっぷり時間をかけて報じたくなる気力もわからないではない。三番目のl関心事は何かな。大相撲初場所での関脇玉鷲の初優勝?

  でもさ、同じ二十八日月曜日には通常国会が召集され、安倍晋三首相のご都合主義な施政方針演説も行われたのだ。報道各社はそっちにもしかるべき時間を割くべきではあるまいか。
…なんてチンケなことを私はいわない。首相の顔など見たくもない。それが視聴者の本音であろうから、局の判断もあながち間違いではないのである。
  問題は嵐の会見や大坂選手の活躍はいつまでも見ていたいのに、国会中継も首相の顔も見たくない、という状況にいまの日本があることだろう。


  劇場型政治という言葉ができて久しいが、今日の政治には劇場としての刺激もない。さっき流れてきたのは、細野豪志氏の自民党会派入りというニュースだった。茶番のネタだけにはこと欠かない永田町。芸能とスポーツに負けるはずである。

  それでは最後に、予定していた「辺野古・高江リポート」の続編を転載します。


県民投票 高校生も「反対〇」

 【21日】
   米軍普天間飛行場移設に伴う沖縄県名謹市辺野古の新基地建設で沖縄防衛局は、埋め立て区域への土砂投入作業を続けた。
   米軍キャンプ・シュワプ沖では八艇のカヌーに乗った市民らが「基地建設をやめて」などと訴えた。
   同基地ゲートからは資材を積んだ大型車三百二十一台が入った。ゲート前には約五十人が座り込み抗議した。

 【22日】
   沖縄防衛局が現在の区域に隣接する「埋め立て区域2」への土砂投入を三月二十五日から始めると県に通知したことに対し、沖縄平和運動センターの山城博治議長は「二月の県民投票で新基地反対の結果を示し.その民意を行動で示す万余の大会で新たな土砂投入に抗議の声を上げないといけない」と語った。

 【23日】
   市民約九十人は、埋め立てに使用する土砂を搬出する名護市安和の琉球セメント桟橋前で抗議した。
   桟橋では大型車四百三十四台分の土砂を運搬船二隻に積み込む作業が行われた。
   市民が乗ったカヌー十七艇やポート二隻が運搬船を囲み、出航を阻止しようとしたが、海上保安庁に排除された。

 【24日】
   県環境部は土砂を搬出する名護市安和の琉球セメントを立ち入り調査した。同社が大気汚染防止法に基づき提出した届け出通りに粉じん対策が取られているかを確認するのが目的で、ベルトコンベヤーの稼働時に様子を確認した。

 【26日】 
 キャンプ・シュワブゲート前で開かれた県民投票で反対票を投じるよう呼び掛けたキックオフ集会。 「辺野古新基地建設のための埋め立て 反対に〇」と書かれた横断幕が掲げられた会場には、署名活動を展開した若者たちの姿もあった。那覇国際高校三年の栗森琉海(りゅうみ)さん(一九)=那覇市=は投票が実施される二月二十四日のカレンダーが描かれたトレーナーを着て参加した。「県民投票でもう一度、辺野古は反対とのl思いをはっきりさせて、事を動かしたい」

                         (琉球新報の記事を転載しています)

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天皇制問題(3)

  「天皇問題(1)」で杉田謙一(以後、Sさんと呼ぶことにします)という方が中嶋啓明さんの論説を批判しているブログ記事を紹介しました。
   その記事の終わりで、私は「さて、どのような感想をお持ちになられましたか。」と書きましたが、これはSさんの批評文に対する私の感想文を公表する前書きの意図も込めたものでした。
   今回はそれを取り上げることにします。

       Sさんの批評文を読んでいる時、私の頭にすぐに浮かんできたのは大東亜戦争当時に、欽定憲法(明治憲法)の下で「教育勅語」や「軍人勅諭」によってほとんどの国民が天皇を至上の存在とする天皇制を崇める思想を受け入れていたことです。
 『週刊金曜日』の特集「天皇制」の中に宇都宮健児さんが書かれた「明治時代につくられた天皇制イデオロギーの克服を」という論説がありますが、しばらくこれを利用させていただきます。その論説から今問題にしていることについて書かれている「明治の天皇制」を転載します。


明治の天皇制

   日本の天皇制には長い歴史があるが、直接的に現在につながる天皇制が形づくられたのは明治維新後である。
   江戸時代の末期の欧米諸国の力に対抗するため、明治維新では天皇を中心とする中央集権的な国家づくりが行なわれた。その際、天皇が権力を持っていた古代日本がモデルとされた。
   江戸時代は、天皇は京都の御所から出ることがなかったため、一般の庶民は天皇の存在をよく知らなかった。そこで一般の庶民に天皇の存在を知らせるキャンペ-ンが行なわれた。そのひとつが、「巡幸」と呼ばれる明治天皇一行の全国各地への訪問である。巡幸は、北海道から 九州まで97回にのぼった。

   さらに、天皇制を知らせ徹底させるものとして「軍人勅諭」と「教育勅語」があった。
   1882年(明治15年)に「軍人勅諭」が出される。明治政府は徴兵制による新しい軍隊をつくったが、兵士のほとんどは農民だった。「軍人勅諭」は、はじめの3分の1は国の歴史が書いてある。歴史教育でもあったのである。また.「軍人勅諭」では、上官の命令は天皇の命令だということが強調されている。すべての兵士が、「軍人勅諭」を暗誦させられた。
 1890年(明治23年)に出された「教育勅語」も、「軍人勅諭」と同じような役割を果たしている。「教育勅語」は小学校の教育から、天皇への忠誠心を植えつけることが大きな目的であった。「教育勅語」も小学校4年で暗誦させられた。

   Sさんが披歴している思想はまさにそのようにして天皇制に絡めとられた戦前の一般国民の思想そのものです。Sさんはもちろん戦前の教育を受けたほどのお年の方ではありませんが、その時代錯誤の思想は今でも根強く生き残っていて、多くの人をその思想に取り込む活動をしている組織があります。その代表的な組織が「日本会議」です。そして日本会議の核になって事務局を掌握しているのは、日本青年協議会(日青協)という小さな団体です。(日本会議につてはこのブログの『歴史隠蔽偽造主義者たち』で取り上げています。詳しく知りたい方はこれをお読みください。)
   日本会議や日青協から派生した会はいろいろあるようですが、Sさんはたぶんそのどれかに所属しているのではないでしょうか。

  以上のような明治憲法下の天皇制を規定しているものに「皇室典範」があります。現在の天皇制との違いを知るためにはこの「皇室典範」についても知って置いた方がよいでしょう。


明治憲法と天皇制

  1889年2月11日に大日本帝国憲法(明治憲法)が公布され、1890年11月29日から施行された。
  明治憲法の特徴は、国を治める権利は神が天皇家に与えたもので、祖先から受け継いでいるという「神権主義」によって天皇主権を謳っていることである。
  天皇は軍の統帥権があるだけでなく立法・行政・司法の三権についても基本的には、天皇が行なう形となっている。
  また、基本的人権は、天皇が恩恵として臣民に与える権利であり、法律の範囲内などの留保がついている。つまり新しく法律をつくれば基本的人権の制限が可能という立場をとっている。
  明治憲法のもう一つの特徴は天皇と皇室について定めた「皇室典範」は、憲法とは別の法体系と位置づけられ、憲法と同等の最高法規とされていたことである。

  明冶憲法の第74条には、皇室典範の改正は帝国議会の議決を経る必要はない(第1項)、皇室典範をもってこの憲法の条規を変更することはできない(第2項)、と定めている。「国法二元性」「国法二元主義」がとられていたわけである。この皇室典範では、元号を天皇一代にひとつと定めている。

  次回は戦後の天皇制とその成立までの経緯を追って、その問題点を再考することにします。

今日の話題3

米国の属国・日本(16)

  今回から「今日の話題3」と「天皇制問題」を併行して取り上げていくことにします。
  今日は東京新聞に「辺野古・高江リポート」が掲載されましたので、それを転載します。


「赤土入り土砂怒り覚える」

 【15日】
 米軍普天間飛行場移設に伴う沖縄県名讃市辺野古の新基地建設で沖縄防衛局は、埋め立て予定地への土砂投入を進めた。
キヤンプ・シュワプゲート前では、三回にわたって土砂や砕石など、トラック三百十七台分の資材が基地内に搬入された。桟橋な どを造る際に、水底の基礎となる「捨て石」と呼ばれる直径約一㍍ほどの砕石も、トラック六十八台分入った。

 【16日】
  政府が土秒を運搬船に積み込むために使用する名護市安和の琉球セメント桟橋に、建設に反対する市民ら約百人が隼まり抗議した。赤土が入った土砂が積まれた車両を見た市民らは「赤土は違法だ」と訴えた。
  南城市から訪れた六十代の女性は「赤土が入った土砂を投入する政府に怒り覚える。たまにくじけそうになるが、負けてられない」と話した。

 名護市の米軍キャンプ・シュワブ沿岸K9護岸上では、台船に積んだ土砂を大型車に積み込む作業が確認された。同基地ゲートからは三百台分の工事資材の搬入があった。うち七十台分は「捨て石」と呼ばれる桟稿などの基礎になる直径一㍍ほどの砕石だった。

 【17日】
  沖縄防衛局は埋め立て予定区域での作業を続けた。米軍キャンプ・シュワブのゲート前では百人の市民が集まり、抗議の声を上げた。
  冷たい雨の中、ゲート前では午前七時ごろから市民が「海を殺すな!」などと記したプラカードを掲げ、新基地建設反対を訴えた。
  砕石や資材を積んだトラック約三百台がゲート前に来るたびに、機動隊が市民を強制排除した。二年前、辺野古に移り住んだ元教師の男性は「まだ止められる。諦めない」と話した。

 【19日】
  辺野古崎西側の「埋め立て区域2」を囲む讃岸上で、砕石の投入作業が碓認された。政府は三月にも同区域の土砂投入に着手する。土砂投人に向け、護岸を整備する作業とみられる。
  大浦湾側のK9護岸からの土砂の搬入作業や、辺野古崎西側の「埋め立て区域2-1」での土砂投入も確認された。

                  (琉球新報の記事を転載しています)
天皇制問題(2)

 前回の終わりに「次回は…中嶋啓明さんの論述『平和天皇の内実』を転載します。」と予告しましたが、その論述はかなり長く、ブログ用のデータとしての活字化に手間取っています。やっと半分ほど終わりました。
 ところが昨日、その論述の論旨を見事に纏めている舘崎正二((たてざきしょうじ)という方の論説『中島啓明がきびしい明仁天皇批判』 に出会いました。これを転載させていただくことにします。


中島啓明がきびしい明仁天皇批判
  週刊金曜日1月11日号で中島啓明が「平和天皇の内幕」として、きびしい明仁天皇批判を書いている。中島の論旨を紹介しておこう。

  2016年8月の「おことば」から生前退位に至る道程は、天皇の発議で法制度が変更されるという、あからさまな解釈改憲であるにもかかわらず、そうした事態に対する危機感は日本社会にはほとんど見られない。
  それどころか、天皇明仁を護憲・平和の担い手として追従・称賛する声が、左派やリベラル主導で垂れ流されている。

  新天皇の即位関連費用は総額166億円にのぼる。
  秋篠宮が大嘗祭への国費投入に懸念を示し、「内定費」による実施を訴えたことが公表された。あからさまな政治発言だが、これも左派・リベラルから歓迎の声が相次いだ。ウンザリだ。   多額の税金で生活を保障されているくせに、なぜ憲法にしばられないのか。秋篠宮は「大嘗祭は絶対にすべきもの」だと強調した。だが「内定費」自体、まぎれもない税金だ。

  明仁は植民地支配と裕仁の戦争責任を曖昧なまま清算することに終始力を注いできた。同時に裕仁の「遺訓」を継承することに躍起になってきた。「遺訓」とは対米従属である。対米従属は明仁の代になってより強化された。2001年9月の「同時多発テロ」で明仁は、駐日米大使に「弔意」を伝えた。 異例のことである。

  「対テロ」を掲げて行われたアフガニスタンへのアメリカの侵略戦争では、タリバンからの「解放」を歓迎した。2004年、訪日した米副大統領チェイニーとの会見では、 「自衛隊がイラクの人々の幸せに貢献することを願っている」と述べ、イラク派兵を追認した。

  日本の海外派兵は「平成」時代になって始まった。世界各地に派遣された自衛隊員を、明仁は毎年皇居に招いて慰労している。2018年12月の誕生日を前にした記者会見で明仁は、
   「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵している」と語った。
  だが、自衛隊が後方支援するアメリカの「対テロ戦争」は各地で殺戮を繰り返している。
  2005年のサイパン訪問以来、明仁は「慰霊の旅」と称して海外の戦跡地を巡った。そのたびに明仁は戦争をあたかも天災のごとく表現し、戦争犠牲者や遺族らを上から目線で慰撫して回った。そして、天皇制国家の加害の事実から目を背けさせ、日本の功績を強調して日本人のナショナリズムをくすぐり続けた。
  最近は特に政府の外交を権威づける「皇室外交」が露骨さを増している。
  ベトナム・フィリピン・インドなど、安倍政権が躍起になって繰り広げる対中包囲網の構築に併走し、それ追認している。 国内「巡行」も同様だ。
  その狙いは「遠隔の地」など国家から置き去りにされていると感じている地域の民衆に、改めて天皇制下の国民であると再認識させることだ。
  明仁は昨年3月、日本最西端の与那国島を訪問した。与那国入りしたのは、2年前に開設された陸上自衛隊与那国駐屯地の沿岸監視隊の編成記念日だった。   5か月後には北海道最北部の利尻島を訪れた。天皇制の版図を再確認するかのような地方「巡行」だった。
  災害被災地への訪問は国土開発の失政など人災の側面から目を背けさせ、復興政策に対する不満を回収し、被災者らの批判の矛先が国家に向かわないよう、耐えることを強いる効果を生み出す。
  2012年10月、明仁は福島県川内村の除染現場を視察に訪れた。 原発事故後全村避難した川内村では、同年1月、村長の帰村宣言で住民の意見が分かれ、除染の効果も疑問視されていた。 そんな中での訪問が、脱原発の世論を沈静化させたい政府のネライに沿った行動であるのは明らかだ。

  1910年の大逆事件の大量処刑は、明治から大正の代替わりを目前に、「非国民」を排除して体制を引き締め直すことが目的だった。昨年のオウム真理教への大量処刑も同様の意図があったのだろうか。
まつろわぬ民に対しては「非国民」として右翼をけしかけて排除する。それが「平成」天皇制国家の原理だ。

以上が中嶋の文章の論旨だ。私もこの間の天皇賛美報道を苦々しく思ってきた。よくぞ書いてくれたと思う。

 
天皇制問題(1)

 「今日の話題3」を中断して、しばらくの間「天皇制問題」を取り上げます。

 小室圭さんと秋篠宮家の真子さんとの結婚問題に明仁天皇の退位問題が重なって、このところ皇室報道が多くなってきていますが、その報道はどれも薄っぺら感が拭えません。月刊『創』の編集長の篠田博之さんが東京新聞(1月13日付)の「週刊誌を読む」でこの問題を『年明け各誌が皇室報道 天皇制 深い議論なく』と題して取り上げていますが、その後半部分を転載します。

天皇制 深い議論なく


  眞子さま報道が象徴的だが、見出しが派手な割に、いろいろ大事な問題に踏み込めていないという印象が、皇室報道全般に拭えない。
  それは報道の問題だけではないようで、『週刊朝日』1月18日号の「新天皇の7つの壁」という対談で元朝日新聞編集委員の岩井克己さんがこう指摘している。
「今回の退位に至るプロセスを見ても、象徴天皇というその姿、有りようについて、天皇が問題提起したにもかかわらず、その議論がなされないまま、官邸主導で特例法という変則的な形で着地させてしまった。代替わり儀式についても同じです。面倒だからと早々に前例踏襲を打ち出してしまう。問題が積み残しとなっているのに、議論をしましょう、という機運もない」

  『サンデー毎日』1月6・13日号の政治学者・白井聡さんの「象徴天皇制の行方」や、『週刊金曜日』1月11日号の特集「天皇制」など、問題提起を行っている記事ももちろんある。でも昭和天皇からの代替わりの時には、象徴天皇制や皇室問題について、もっと踏み込んだ社会的議論がなされたように思うのだが、どうだろうか。

  私は、『週刊金曜日』を購読していますので特集「天皇制」を読みました。その記事の中で天皇制が孕む問題を余すところなく見事にまとめている中嶋啓明(ジャーナリスト)さんによる論述『「平和天皇の内実』を私は高く評価しました。週刊金曜日の担当者はその論述を次の様に紹介しています。
『天皇制問題がはらむ矛盾や危険性はどにあるのか。天皇制と民主主義は矛盾すると考える筆者が具体的に指摘する。』

  この中嶋さんの論述を転載することにしましたが、私はこの方には初 めて出会ったので、どのような方なのかネットで調べてみることにしました。「中嶋啓明」で検索したところ、なんとトップに『共同通信社中嶋啓明氏の皇室批判記事に抗議する』という記事がけいさいされていました。私が高く評価した論説を批判する人がいるんだと興味を持ち読んでみることにしました。批評文を書いてるのは杉田謙一という方(もちろん私にとっては未知の人)ですが、なんとその批評文が書かれた日付が2009年5月7日でした。 当然中嶋さんの論説も10年前のものということになります。
  それでは、10年前に中嶋さんがどんな論説を書き、杉田さんがどのような批判をしているのか、読んでみましょう。(漢字の間違いや仮名と漢字がゴッチャになっている箇所がいくつかありましたが、すべて私の判断で訂正しています。)


共同通信社中嶋啓明氏の皇室批判記事に抗議する

    オベンチャラまみれで気持ちが悪いと題して中嶋なる人物が週刊金曜日五月一日号に記載している。以下転載。


  明仁が天皇になって二十年の今年は、皇后美智子との結婚から五十年にも当たるとしてオベンチャラまみれの皇室報道が氾濫している。四月十日の結婚記念日は、その最初のピークだった。何が『語らい重ね通じる心』(朝日新聞 同日朝刊)だ。気持ち悪い。
  『国民』挙げての奉祝機運醸成に奔走する皇室報道。だがそれらには皇太子妃雅子の体調不良を契機にした天皇家、皇室内部にあるらしいすれ違い、対立が常に色濃い影を落としている。雑誌メディアには、そんな対立話を語る『皇室関係者』らの証言であふれている。そして、右翼「論壇」からさえ上がる、わがままし放題の雅子とそれを抑えきれない皇太子徳仁への失望の声。メディア上で見る象徴天皇制は漂流しているように見える。そんな天皇制もこの間、少なくとも一つの武器の意義を再確認しているであろう事は間違いない。『公務』と呼ばれるものだ。「皇室外交」「地方行幸」各種行事、式典への出席等々・・・。明仁の負担軽減など、皇族間での分担だの、さも不可欠なことのように取りざたされた。だが、それらは本当に天皇、皇族がすべきものなのか。そもそも彼らに許されているのか。

  メディアは『私事』より『公務』を優先するとしてひたすら天皇、皇族を賞賛するのみ。挙句の果て『日の丸・君が代』の強制をたしなめたと、もろ手を上げ『格差・貧困』に心を痛めているとありがたがる。(その際、数千万円の税金を掛けオランダに「私的」静養に出かけることのできる一族であることに触れるメディアは一切ない。この欺瞞。こうしてメディアは事実上の政治機能の行使から眼を背け、彼らの影響力の拡大に手を貸し続ける。

      『天皇は、この憲法に定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない』(憲法第四条)

  極限状況が極度に深化しているのは何も憲法九条をめぐってだけではない。
  憲法の理念を体現する明仁、美智子だって? 最大の欺瞞の源泉である天皇制を皇室報道が支えている。

                                                   共同通信社記者  中嶋啓明


   ひどい文ですよ、読んでください。友に言われて驚いた。付き合いのある共同通信社社員はこんな思想の持ち主ではない。早速名古屋の記者に聞いたが、直接週刊金曜日に問い合わせるよう言われた。

   何たる不敬なる表現。「最大の欺瞞の源泉である天皇制」なる表現を『共同通信社記者』を名乗り表現をする以上、社はこうした方針であると考えざるを得まい。明仁がとか、皇后美智子と、記載する不敬を許してはなるまい。

   憲法の規定に国事行為として記載されているのは第四条。しかし第一条から第八条は天皇条項。日本国民統合の象徴としての御存在である天皇は、象徴としての行為が当然あるはず。象徴であらせられる天皇御皇室に対して、敬語表現をなさない記者の感覚は許しがたい。
  さらに国事行為以外に天皇のなされることを限定するなどとする論はおかしい。象徴としての行為が当然ある。「象徴行為」として諸外国に行かれ、日本の国益に大いに寄与なされていることをどう考えているのか。これがプライベートであるはずもなかろう。

   こんな憲法であっても、こんな政治家、マスコミのていたらくがあっても、なお陛下は国家国民の範たるべきご努力を積み重ねていらっしゃる。

  日本のマスコミがこのレベルであっては日本の将来は危うい。

  諸外国に行かれ、「皇室外交」をなされることを禁じる判例でもあるのか。ぜひ伺いたいものである。
  誤解をあえてしたいようなら、改憲時に「象徴行為」として天皇のご行為をうたうほうがいいのかもしれないが、その必要もないだろう。

  陛下の象徴としてのご行為を国民は感謝していることを知っていてほしいものである。なんなら世論調査をされたらよかろう。

 さて、どのような感想をお持ちになられましたか。

 次回は今回の続きとして、中嶋啓明さんの論述『平和天皇の内実』を転載します。

今日の話題3

米国の属国・日本(15)

 東京新聞(1月15日付)の特報面に前回に紹介した「辺野古・高江リポート」の続編が掲載されました。米国の属国安倍政府の辺野古での恥知らずの暴挙はますますの悪化を続けています。まずこれを転載しましょう。


「戦い まだこれからだ」

 【7日】
   米軍普天間飛行場移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は埋め立て予定区域への土砂投入作業を続けた。建設に反対する人たちはカヌーや船で海上に繰り出して抗議した。同市安和の琉球セメーント桟橋からの土砂搬出も再開。「大型車五百六十九台分の土砂を運搬船三隻が搬出した。

 【9日】
   沖縄防衛局は埋め立て区域への土砂投入を続行。琉球セメントの桟橋では、土砂の運搬船への積み込みが進められ、二隻が辺野古に向けて出港した。
   市民約百二十人は「安和水曜大行動」と称した抗議行動を初めて桟橋周辺で実施。海にはカヌー十三艇も出て運搬船を取り囲んで抗議したが、海上保安庁に排除された。海保職員が、市民らが運搬船のアンカーロープに結び付けたロープを折りたたみ式ナイフで切断した。第十一管区海上保安本部広報室は
   「再三の指導と警告をした上で、安全を碓保し違法状態を解消するためにロープをほどいたり切ったりした」 と述べた。

 【10日】
   沖縄防衛局は埋め立て地へ土砂投入を進めた。米軍キャンプ・シュワブゲート前には資材や重機を搬入する車両を阻止しようと数十人の市民らが座り込んだ。三回に分け、計二百五十四台の車両が基地内に入った。琉球セメント桟橋では、大型車六百八十三台分の土砂を運搬船三隻に積み込み搬出した。

 【11日】
   県外の学生や韓国の若者がキャンプ・シュワブのゲート前を訪れた。「日韓ユース参加団IN沖縄」のメンバーと済州島のフリースクール小学年らが基地建設に反対する市民と交流した。

 【12日】
  辺野古崎北側のK9護岸では、台船に積まれた土砂がトラックに積み替えられ、埋め立て予定区域に投入された。前で抗議していた那覇市の新垣善典さん(65)は「闘いはまだこれからだ」と強調した。

    (琉球新聞剤の記事を転載しています)


  これまで主として辺野古問題を取り上げてきましたが、勿論安倍政権が米国に貢いできたのは辺野古だけではありません。最近さらに馬毛島(まげしま)をアメリカ様に貢ごうとしていることが明らかになりました。

  ところで、上に転載した「辺野古・高江リポート」のすぐ上に「本音のコラム」が掲載されているのですが、今回の執筆者は鎌田慧さんで、なんとその表題が「あぁ、馬毛島」でした。続けてこれを転載しておきます。


あぁ、馬毛島     鎌田 慧

   鹿児島県種子島から12kmほど海上、馬毛島に漁船で連れていってもらったのはいつだったかははっきりしない。使用済み燃料の中間貯蔵所にされる、との噂があったころだ。約八平方km。全島を一望に見渡せる渺(びょう)たる小島で、核物質など危険物の半永久的な貯蔵場には土台ムリだった。

   そのころ、核燃料再処理工場の候補地の本命は六ケ所村のはずなのに、徳之島や平戸島まで挙げられて、陽動作戦で民心を混乱させるのは、開発側の常套作戦である。

   馬毛島の高台に分厚いコンクリートで固められた海軍のトーチカがあった。やがて滑走路の工事がはじまった、との噂が流れてきた。米空母艦載機の「タッチ・アンド・ゴー」訓練に使われる、との話は、だいぶ前から流されていた。

   新年あけに、やはり米軍の離着陸訓錬地にすることで政府と島を所有する会社とが、百六十億円と百十五億円アップで合意したと報道された(当初四十五億円と査定されていた)。無人島一平方km当たり二十億円の超高値である。

   たしかにトランプ氏に従う安倍内閣の兵器爆買いは尋常の沙汰ではないが、この時代に自衛隊基地増強も異常といえる。 鹿児島の馬毛島、沖縄の辺野古・高江とあらたな米軍用軍事施設をつくり、さらに奄美大島、宮古島、石垣島にミサイル装備の自衛隊基地を配備。与那国にまで自衛隊基地。これは新年から大変だ。


 この「馬毛島」問題については東京新聞(16日付)が「こちら特報部」で詳しく取り上げていますが、既に12日に日刊ゲンダイが取り上げていました。こちらはデジタル版なので全文読めます。これを紹介しておきましょう。

『安倍政権の“米国第一”に握り潰された「馬毛島」の夢プラン』

今日の話題3

米国の属国・日本(14)

  安倍政権が発足した当初から私は安倍首相をアベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相と呼んできましたが、その呼び方が決して間違ったものではないことが最近ますます顕著になってきています。

  夕刊ゲンダイ(デジタル版9日付)に是非紹介したい記事がありました。
『NHKジャック 辺野古工事“環境配慮”のウソ八百』

  安倍の発言を纏めた導入部分に続いて、横田一(辺野古問題に詳しいジャーナリスト)さんの厳しく真っ当な批判が掲載されています。興味のある方は是非全文をお読みください。ここでは安倍の発言を纏めた導入部分だけを転載しておきます。


  まるで所信表明演説のようだった。
  6日、今年最初のNHK「日曜討論」に登場した安倍首相。

 〈消費増税や参院選で与野党の党首が議論〉――。
  NHKは自社サイトでこう紹介していたが、〈「ある問題について、互いに意見を述べ合う」(大辞林)〉意味の「討論」とは程遠く、各政党代表のリレーインタビューで番組は進行。
  安倍首相は番組冒頭から30分近く電波ジャックし、独演状態で新元号や日米貿易交渉などについて持論を展開した。

  用意した原稿をダラダラと棒読み。年頭から言いたい放題の安倍首相の姿を見せられる視聴者はタマッタもんじゃないが、見逃せなかったのが沖縄の米軍普天間基地の名護市辺野古移設工事を巡るデタラメ発言だ。

「辺野古へ土砂が投入されている映像がございましたが、サンゴについては(他の場所に)移しております。(砂浜の)絶滅危惧種は(砂を)さらって別の浜に移していくという、環境の負担をなるべく抑える努力をしながら行っているということでございます」

  さて、辺野古ではどのような新年が始まったのだろうか。東京新聞(1月8日付)の最新の「辺野古・高江リポート」を転載しておこう。


ハワイの芸術家と心一つ

 【1日】
 米軍普天間飛行場の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、建設に反対する市民は早朝、辺野古の浜に集まり、「初興(はつうく)し」(主催・ヘリ基地反対協議会)を行った。市民、二百十六人は初口の出に向かって新基地建設反対の意思を新たにした。明るい新年を願い、地謡と踊り手が「かぎやで風」「谷茶前(たんちゃまえ)」などを披露した。

 【4日】
 沖縄防衛局は先月二十八日から中断していた埋め立て予定区域への土砂投入を再開した。米軍キャンプ・シュワブゲート前に座り込んだ市民らは
  「政府の強行に負けることなく(座り込みの)輪を広げていこう」 と声を上げた。

  「こんな社会を子どもたちに残されへん」。
   辺野古のキャンプ・シュワブゲート前を訪れた大阪府在住の朴亜悠(パクアユ)さん(26)は大阪弁を交えながら思いを語った。
 朴さんは在日四世。「言葉の弾圧を受けたこととかは朝鮮と沖縄の似ているとろだなと感じる」と話す。
  「ここに来たのは政治的な思想が理由じゃない。政府の強硬的なやり方がおかしいと感じるから、そう訴えているだけ。そうした  訴えを批判するよう社会を子どもたちに残したくない」と話し、
  「沖蝿に来て感じたことを大阪でも伝えていきたい」と語った。

 【5日】
  新基地建設に抗議する集会が、米軍キャンプ・シュワブゲート前であった。年明け初の毎月第一土曜日恒例の県民大行動に約千人が参加し、新基地建設を止める決意を新たにした。参加者はトランプ米大統領に二月の県民投票まで埋め立て作業の一時停止を求める請願活動を始めた県系四世でハワイ在住のアーティスト、ロバート梶原さん(32)とテレビ電話を通して、互いの運動への健闘を誓い合った。
  梶原さんが「一人一人が私にとってヒーローで、私を奮い立たせ、署名運動をさせた。大統領から確かに返事は来る」と語り、会場から拍手が湧き起こった。
                    (琉球新報の記事を転載しています)

今日の話題3

米国の属国・日本(13)

 1月6日付け東京新聞の「本音のコラム」は山口二郎(法政大学教授)さんの「辺野古新基地建設」問題に関する論説でした。
 まず、「忖度による自縛」と題するその論説を転載しておきます。


    辺野古新基地建設は日米同盟のたに不可欠というのは本当だろうか。
  日本政府が米国と再交渉するのが面倒なので、遮二寧二基地建設を進めているとしか、私には思えない。

  九年前、当時の鳩山政権の下で辺野古問題が紛糾していた時、私は当時の駐日米国大使のジョン・ルース氏と長時間話をしたことがある。彼は私に次のように言った。
 「新しく選ばれた政府も前の政権が外国と結んだ約束を実行しなければならないと、我々は言おうと思えば言ったが、そうは言わなかった。日本は民主主義の国であり、国民が選んだ政府が新しい提案を持ってくるなら、それもあるだろう。ボールは日本の側にある」

  日本政府は県外移設について一度も米国に提案をしたことはない。県外移設は米国に拒絶されたのではない。それ以前の段階で、国内の諸勢力が県外移設構想をつぶしたのである。選挙で新しい民意が示され、基地建設計画を取り巻く環境が変わったと言えば、結論が変わるかどうかは別として、話し合いはできるはずである。話し合いから新たな解を見つけるのが政治の妙である。

  安倍首相は国内の権力者であり、官僚もメディアも忖度し、ご機嫌を取る。その首相も自分より強い権力者には忖度し、国民の思いを伝えることができない。これこそ、日本政治の不幸である。

      その米国への忖度が安倍政権の無知で無謀な辺野古への強引な政策の引き金となっていった。
 その強引な政策が引き起こしている嘆かわしい事態を『週刊金曜日』(11月4日/12月21日合併号)の安倍岳(たかし:「沖縄タイムズ」の記者)さん執筆の「政治時評」が論評している。その標題は
(土砂投入の「茶番劇」:世論巡り綱引き激化)
です。少し長いのですが、それを全文、次に転載します。

  辺野古の海に埋め立て土砂が投入される直前、「空白の30分間」があった。
  12月15日午前10時、船から土砂を陸揚げする米軍キャンプ・シュワブ内の護岸。
 すべての工事車両が配置についたものの動かない。何を待っているのか。不思議な静寂が流れた。30分たって、工事が始まった。
 船上のパワーショベルが土砂をダンプに積み始める。ダンプは基地内を走り、護岸で区切られた埋め立て予定地へ。
 午前11時、新基地建設に向けた最初の土砂が投下された。
  内々、メディアに予告していた通りの時刻。上空では多数のヘリが待ち構えていた。昼のテレビニュース、新聞の夕刊に間に合う時間でもあった。作業を抗議船から見つめた男性は
  「マスコミのカメラに写すための投入はやめてください」
と声を上げた。反対の民意と自然を埋め殺す惨劇は、同時に茶番劇でもあった。 政府の狙いは三つある。
  米国向けに進展をアピールすること。
  沖組県民向けに海はもう壊れた、取り返しがつかないと強調して、諦め誘うこと。
  そして本土の国民向けに「終わった問題」だと印象付けること。

  諦めを誘う作戦が県民に有効でないことは、新基地に反対する玉城デニー氏が当選した9月の知事選で証明されている。おのずと、本土の国民向けのPRに力が入る。

   菅義偉官房長官は投入当日の記者会見で
  「問題の原点は世界一危険と言われる普天間飛行場の危険性除去」
   と決まり文句を繰り返した上で、
  「知事としても固定化は絶対避けなければならないはずだ」
   と言った。玉城氏を、政府による善行の妨害者に仕立てるような物言いである。

   1996年に日米合意された普天間返還は、県内移設を条件にしたからこそ県民の反発を招き、22年たっても実現していない。
   抗議によって工事は遅れておリ、県は新基地完成に今後さらに13年かかると試算している。「世界一の危険性」は2031年まで続くことになる。

  日米が当初掲げた「早ければ2022年度の返還」が難しくなっていることは誰の目にも明らかになっていた。驚くべきことに、岩屋毅防衛相は「一日も早い達成のため」と主張する土砂投入の当日に「目標の達成は難しい」と認める方針に転じた。
  「一度承認をいただいた埋め立てについて撤回された」と、これも県の妨害のせいだというストーリーを広めようとしている。

  米軍が不法に土地を強奪して造った基地をなくすだけなのに、なぜあれこれ条件が付くのか。翁長雄志前県政も玉城県政も、新基地反対のシンプルな民意を体現しているにすぎない。「県が悪い」は、「知事を選んだ県民が悪いlと言うに等しい。

  玉城氏の方は上砂投入翌日、知事就仕後初めて辺野古の座り込み現場を訪れ、民意とともに歩むことを行動で示した。
 来年2月には県民投票がある。現場の抗議も続く。沖縄は愚直に、行動する民主主義の実践を積み重ねていく。政府はそれを力でねじ伏せる暴挙を積み重ねていくのか。

  玉城氏は
   「県民、そして全国の皆さまにこのような国の在り方を目に焼き付け、ともに行動していただきたい」と訴える。

  県と政府の綱引きが激化する。問題の行方は世論に懸かっている。

今日の話題3

米国の属国・日本(12)

 前回の予告通り「辺野古・高江 リポート」を転載します。


新基地反対の声 新しい年も

 【12日25日】
  米軍普天間飛行所の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は埋め立て予定区域への土砂投入を継続した。
  シュワプ沿岸部にあるK9護岸に接岸した台船からダンプカーが次々と土砂を積み込み、埋め立て予定区域に投入した。米軍キャンプ・シワプゲートから土砂などを積んだ工事車両.二百四十一台が三回にわたって入った。

 【26日】
  沖縄防衛局は米軍キャンプ・シュワブ沿岸の「K9」護岸からの土砂の陸揚げと、辺野古側埋め立て予定区域への土砂投入などを続けた。
  一方、シュワブゲートから計三回にわたって、砕石など資材を積んだダンプカーなど計二百三十九台が入った。

 【27日】
  土砂投入が始まって二十八日で二週間になる。沖縄防衛局は埋め立て予定区域で土砂投入の作業を続けた。
  大浦湾側のK9護岸からトラツクで土砂を運び、辺野古側の埋め立て予定地区に搬入していた。大浦湾では、土砂の運搬船三隻が確認できた。
  K9護岸周辺では、新基地建設に抗議する人たちが抗議船一隻とカヌー十一挺に乗り、「ちゅら海守ろう」などと書かれたプラカードを掲げて声を上げた。
  抗議船船長の牧志治さんはマイクを握り
   「国が法治国家のプライドを捨てて民意を無視した工事を行っている。安全を無視した作業にも抗議したい」
    と訴えた。
  米軍キャンプ・シュワブのゲートには、資材を積んだ車両二百三十八台が三回に分けて入った。
  市民らがゲート前で座り込み「工事やめろlと抗議した。

 【28日】
  米軍普天間飛行場の移設に反対する市民ら約五十人は今年最期の集会を開いた。墓地に向かってシュプレヒコールした。
  市民によると午前、埋め立て予定地への土砂投入が確認された。米軍キャンプ・シュワブゲート前からの資材搬入作業はなかった。
  沖縄平和運動センターの山城博治議長は
   「声を上げ続け、工事を止めよう。努力を重ねて、来年も力を合わせて頑張ろう」
    と拳を上げた。集まった住民からは「諦めないぞ」と声が上がった。

今日の話題3

新年に当たっての担当記者の抱負

 新年最初の東京新聞(3日付)に「論説特集」という特集記事が掲載されました。
 論説記事を担当している方々がそれぞれの分担分野についての記事執筆の姿勢・抱負を語ったものを特集したものです。

 今年最初の記事として、その中から、今私が最も関心を寄せている「沖縄」と「防衛」を担当しているお二方の談話を転載することにしました。

 もう一つ転載しておきたい記事があります。これまで転載を続けてきました「辺野古・高江 リポート」の続編です。これは次回に取り上げましょう。


「沖縄問題」じゃない
                     政治・沖縄担当  白鳥龍也

  沖縄で起きていることを「沖縄問題」と呼んでしまうときがあります。沖縄の友人からはすかさず「沖縄の問題じゃない、日本の問題だよ」とたしなめられます。

  日米同盟優先、民意無視で進められる辺野古新基地の建設や不平等な日米地位協定に基づく米軍のわが物顔の振る舞い。そこから発生する事件、事故、環境被害…。
  全国有権者の約8割が日米安保体制を支持する一方、その「現場」は沖縄に偏在しています。現場ゆえに噴き出す安保の矛盾。解決が国全体の課題であるのは当然です。見ないふりはできません。

  辺野古の海の埋め立てが始まりました。日本の民主主義はこれでいいのか。ますます課題は重くなっています。問い掛けを続けます。


専守防衛の底抜けた
                  防衛担当 半田 滋

    「専守防衛の底が抜けてしまった」。先月、閣議決定された「防衛計画の大網」の印象です.
  歴代政権が憲法上、保有できないとしてきた攻撃型空母としかとれない「多用途運用護衛艦」の保有、島しょ防衛の装いをまといながら敵基地攻撃にも転用できる長射程ミサイルの保有など日本の安全保障政策を攻撃型に一変させる項目が並びます。

 「専守防衛]から「脅威対抗」へと軸足を移し、防衛費はさらに右肩上がりになると宣言したのに等しい。
 安全保障関連法に続く、「憲法ないがしろ」の第2弾。自衛隊の連携相手国はインド、欧州にまで広がり、特定国への警戒感をむき出しにします。引き続き、取材していきます。