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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
恥を忍んで、自作品の公開

詩文編(7)

 青年中期から後期に入る頃、人間関係の多様化と共に読書の領域も広がり、その人生観は多様化の容認と深化を得て、その詩文も大きく変化していきます。以後、どのように変わっていくのか、人生と同様、予測できません。変化の理由の詮索は無用でしょう。最終詩集の第一部の残りの詩文を、余分な解説は省いて、最後まで転載していくことにします。


けむりについて

昨夜ぼくは夜学生だった
物性哲学の先生はけむりのようだ
ぼくらはどこにも存在していて
だからどこにも存在しない
ぼくらの形は密度のせいで
稀薄な部分は見えなくて
どこまでも拡がっていて
君とぼくとの区別はない
見えるぼくらは偶然なのだ
偶然はとてもさみしいから
ぼくらは一様になりたくて
寄せ集っては隣をまねて
いつでも無形を夢みている
そう教えて下さった

うすぐらい教室で
なるほど先生はけむりのようで
ぼくも高々けむりに思えた
けむりばかりでけむたくなって
目が覚めるとぼくが先生だ
講義を終えておじぎをすると
ぼくのからだに死が臭った
おふくろの死体だって
そんな臭いはしなかったものだ
おふくろはけむりをやめて
干上った粘土のようでありました
―― その罪で燃されてしまったおふくろよ

なのにぼくに甘え寄る
たった十七才の女生徒に
毛髪のような死がけむる
ぼくは一つくしゃみして
かなしいので目を閉じた
おふくろには死がなくて
ぼくには多少死があって
ぼくの生徒は死に満ちている
ああけむたくて目が開かない

  ―― 先生が泣いていらっしゃる
大勢のささやきが乱れたとき
それがあんまりやさしいので
ぼくの耳から哄笑があふれて
ぼくはけむりにはつんぼになった
なるほどぼくはけむりのようで
生徒も高々けむりのようだ
けむりはけむりでけむいのだけど
ぼくらは懸命に凝縮して
けむりの秩序にそむけばいい
めくらでつんぼの切ない先生が
突然生徒に叫んだものだ
 ―― ぼくの夢はけむりの夢への叛乱だ




赤い光が窓から射して
ぼくの部屋の闇をこわしてしまう
ぼくはねむれない。
闇から生まれて
闇をやわらかくいたわるはずの
月光の神秘はネオンにただれ
もう奇蹟を行なえない。

幼い日疎開先の畠中を
恐怖にふるえながら
手さぐりつつ道を探した漆黒の闇。
心傷を酷く洗うため
苦しく飲んだ
太平洋の塩くさい球形の闇。
存在の冷たい闇をひそめて
ぼくを無心のままに硬直せしめた
山岳の清澄な闇。
すべてあるがままの原形の世界で
白昼を疾駆し、戦い、雄叫び
素っぱだかのさびしい生を
投げうち、護り、育んだぼくらの祖先は
闇の中でこそ祈り得たであろう。
―― 恐怖を戦懐を
―― 希望を安息を
―― 太陽を神を
―― そして生の歓びと悲しみを

そうなのだ、ぼくらの町では
ほんとうの闇はないばかりか
つくろうにもつくれない。
ぼくの血の一パーセントの原始が
郷愁のように闇を焦れても
転倒したさかしらな知に
あわれにうすよごれてしまった
なんと中途半端な闇ばかりだろう。
よれよれにくさりそうな闇をだいて
ぼくはふくろうのように強請(ねだ)れない。
ぼくひとりの今は異端の
心のおくのかがり火をめぐり
鳴るはずもない奇蹟のリズムで
ぼくは狂おしい太鼓を打とう。
無垢の 闇の 甦り
―― むくの やみの よみがえり


往還

ついに言葉にならぬものに憑かれ
急登を喘ぎ登るとき
もはやぼくは一つの個ではない
時がまだ流れ出していなかった劫初
の世界さながらあらゆる去来と
ぼくは光のように睦び合う
だが そのときぼくがなお
一つの問であるのは何故だ

世界の真っ只中にいるような
こんな大きな景観の中で
光の清冽さを
世界の果てしなさを
初めて思い知らされたように
唖然としてぼくが立つ
この山頂さえ一つの点だ
だがそのときぼくがなお
一つの充溢であるのは何故だ

下山路から返り見るそれは
すでに在ることの後姿にすぎない
と知るぼくをなおも後へと促すのは
確かに頂きに立ち続けている
数刻前のぼくへの名残りではなく
新たな泉のようなカだ
だが そのときぼくがなお
一つの痛みであるのは何故だ


迎春

女神がとざした瞼のうらに
忘れられた水晶の軌跡が
まだみつかるかも知れぬ
しじまが朝日のようにこぼれ
女神が透き通り舞うので

疾駆する天球
まわるまわる

女神の胸にしずく永劫の重さは
みどりごのようにやわらかい
譲り葉のはるかな哄笑に
物語の知恵はむなしい
春の回帰はうらら

静止する想念
まわれまわれ
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