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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
恥を忍んで、自作品の公開

詩文編(6)

 気ままな情けない生活を続ける青年前期のなんとも切ない片思いの嘆き節は、やがて青年中期に入ると、いくらかは洗練された人生の一こまとして反芻されることになります。


言葉を知らないお前

私を見つめるお前の目の輝きは何であったか
私への愛の投影ではなく
お前が他に求めた
私を必要としない幸せを
私に伝えるだけのよろこびだったのなら
私は愛を
まだ芽のうちに摘みとることもできたであろう
お前のためによろこびをともにするだけで


私に見せたお前の涙は何であったか
お前の希望がこなごなに砕けて
お前の心を血だらけにした絶望を
私の力では癒すすべもない痛みを
悲しく訴えるだけの嘆きだったのなら
私は愛を
まだ若木のうちに枯らすこともできたであろう
お前の涙をたなごころに勢一杯受けとるだけで


そして私の愛がより豊かに育って
溢れるばかりのカをもはや堰くことができず
お前をそっくり包もうとしたとき
お前の心のふるえは何であったか
お前の心が私の心と無縁であったのなら
私は愛を
私だけの闇の故郷に植え移すこともできたであろう
私ひとりの静かな黒い祝祭を用意して


この出会いが言葉を知らないお前の
まだ害われずにあった美しい感情が
とまどいつつ織りなした偶然だったとしても
言葉を知る私にはあまりにも重い
私ひとり残った最後の幕で
永遠に終らない独白を私は続けなければならぬ
なのにお前は昨日の沈黙の中でただ待っているのだ
おののきながらもすべてが静まり過ぎ去ることを


風と光

五月の風はみどりの楽師
麦の穂は私の追憶ほどに生い

畠中の道を行く園児らの
小さな赤い帽子は見えかくれ

風が渡ればゆるやかな穂の流れ
私の心にたゆたう失われた日の施律

五月の光はみどりの絵師
麦の穂は密やかな痛みをさぐり

私の追憶のひとひらの影絵に
なんとあの園児らの似ていることか

どれほどの予感に触れ得ただろう
さみどりの道より知らずまっすぐ歩いた少年の日

今日この時の音の乱れに 道の紆曲に
軽ろく強く舞える日は私に来るか

みどりの楽師 五月の風よ
園児らの耳には入れるな和音の乱れ

みどりの絵師 五月の光よ
園児らの目には入れるな道の紆曲


昼と夜のあわい


光の中へ
ひばりは急上昇しつつ
せわしく激しく
血の歌をうたう。
徒労の叫喚は止むすべもなく
羽をうち振る力は
悲劇へのベクトルだ。
麦畑からの愛の法線。

麦は熾んにのびて
早くも黄色くなった。
蓄積された生命の
ふとしたある日の
鋭角的な衰退が
実りだ。
一つの回帰の
寂しさの孕み。



星空の深さは
記号で埋められた寂寞。
知の自惚れ。
ついには自足の鋳型にすぎず
それと知れば
誤謬の尾をひいて
彗星がよぎる。
沈黙の淵へ。

夜の思考には
闇の無返際が膨張する。
そのとき沈黙の底で
輝くのを止めた
一つの星が実にいい。
何故なら
熟知された迷妄の
焦点は美しい。



昼と夜のあわいに
大海に漂うくらげの
懸念なさがあるとすれば
それは誤謬の中での誤謬。
徒労の中での徒労。
寂しさの寂しさ。
二重の迷妄。
水が水に溶ける無の劇。

水分ばかりのくらげは
水の中で
一つの存在であるか。
私のけなげな盲目の希望よ。
確かに亡ぶものを焦れて
お前は今日も生きた。
明日のために。
明後日が疑わしいから。

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