2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(33)

国家テロリズム(10)

 狂気のブッシュが訪日(2002年2月17日-19日)して、19日に国会で演説をしている。辺見さんは「戦争ⅲ節」では、前回のブッシュの一般教書演説に続けて、ブッシュの国会演説を取り上げている。憂鬱な日常の出来事と絡めながら、ブッシュの演説によりさらに憂鬱さが高じていく自らの心情を見つめながら書き継いでいる。

 ちなみにその時のブッシュ演説の草稿全文が「アメリカンセンターJAPAN」というサイトで読むことが出来る。紹介しておこう。
『ジョージ・W・ブッシュ アメリカ大統領 国会演説』

 では「ⅲ節」を読んでいこう。

 2002年2月19日朝、テレビでその男の顔を見ていたら、うわべは柔和そうだけれど、そのじつ性根の腐った公卿とか幇間(ほうかん)とか陰間(かげま)を連想した。陰間にしては、ま、歳がいきすぎてはいるか。その男が、重そうな目蓋をしばたたきながら、べちゃくちゃと絡まりつくような口調でしやべくっている。ワシントンからブッシュの訪日にくっついてきたのだ。9・11の同時テロ以来、ばかのブッシュにさも深遠なる哲学でもあるかのように報じ、ペンタゴンの戦争政策をまったく無批判に宣伝してきた腰抜け記者。いままた、聞くに堪えない米国ベッタリの"解説"をしている。もしこんな手合いが私の同僚だったら、職場で殴るなり小突くなりしていただろう。私は今朝も寝起きが悪い。いったんテレビを消してトイレヘ。小便というより、まだそれになりきっていない酒がこれでもかこれでもかとでてきた。急に躰が軽くなる。寒くなる。セサミンを飲み、コーヒーを淹(い)れていたら、ガスレンジ・フードのフィルター屋がきて、インターフォン越しに、特別セール期間中だからとねばる。「私は留守の者だから」といって追い返す。もうかれこれ6年も、この手で物売り、勧誘を撃退している。留守ったって、だれか帰ってくるわけじやないけど。外を竿竹屋がスピーカーのボリュームを目一杯上げて通りすぎていく。再びテレビのスイッチを入れたら、ブッシュの国会演説がもうはじまっていた。

「昨秋、上海で小泉首相が私に特別な贈り物をくれた。『悪をくじき、地球に平和をもたらす矢』と首相自ら書きこんだという鏑矢(かぶらや)だった。彼はこれは自由を守り抜くために勝たなくてはならぬ戦いだ』と私にいった。私はそのとき、彼に確約した。自由は勝つ、と。文明とテロリズムは共存しえない。テロをうち負かし、われわれは世界の平和を守るだろう」。

 私の税金は、鏑矢代になったりするのか。唐突に、確定申告の準備をしなければならないことを思い出す。気が滅入る。「サオヤー、サオダケー。二本で千円、10年前のお値段です」の大音響が、ところどころブッシュの声をかき消す。手下のコイズミが親分ブッシュの演説に聴き入っている。感に堪えない顔をして。狂(たぶ)れ心の著しい宗主国の頭目が、従属国の国会でいいたい放題だ。

「日本と米国はいま、テロリストの組織を探し、破壊する作業の途上にある。あなた方の外交努力のおかげで、世界的な反テロ同盟を構築することができた。自衛隊は重要な後方支援を提供してくれている」。

 この文脈だと、日本もいわゆる「反テロ戦争」の重要な一翼を担い、米国とともにテロ組織を「破壊する作業」にいそしんでいることになる。日本の積極的な戦争加担をブッシュはしきりに誉めているのだ。それでいいのか。野党席からはヤジーつ飛ばない。ブッシュはなおもつづけた。

「テロリストの脅威に対する日本の姿勢が、日米両国の同盟を強固にし、日本のかけがえのない役割を示した。それはアジアにはじまり、地球規模の位置を占めるようになった」。

 忠太コイズミは飼い主ブッシュにどんな約束をしたのだろう。死ぬまでついていきますとでもいったか。日本は米国による反テロ戦争のグローバル化の、もっとも忠実な随伴者と見なされている。

 社民党はなぜ抗議しないのか。共産党はなぜ退場しないのか。静聴するのがこの場合エチケットだとでもいうのか。宗主国の親玉に睥睨(へいげい)されて、肝が縮んでしまったか。その程度の野党か。ブッシュにはエチケットなどないのだ。アフガニスタンに対する一方的軍事攻撃、あれに一片のエチケットでもあっただろうか。あれは人間に対する礼儀もへちまもない戦争犯罪ではないか。現役の戦争犯罪者に国会演説をさせていいのか。結局、野党もまた、この国がかつてない戦争構造を形成していく過程での、あくなき抵抗者などでは決してなく、ものわかりのいい立会人にすぎないのではないか。などとくさぐさ考えていたら、電話が入り、反射的に受話器を取ったら、ディスプレーに「コウシュウデンワ」の表示がでた。受話器を取ったのは失敗だ。公衆電話から私に連絡しようとする者たちのほとんどは、右にせよ左にせよ、発信元をトレースされるのを恐れている連中ばかりだ。つまり、なぜだか私か警察に盗聴されているという前提で電話をかけてくる。むろん、愉快な電話などあるわけがない。今回は中年の男の押し殺しただみ声で、「ばーか、死ね」。これだけで切れた。アフガンから帰国して間もない先月にも、同じ声の電話があった。そのときは「死ね、ばか」だったが。ただでさえ鬱気味なのに、いっそう気が塞ぐ。心の片隅では、これはかならずしも右翼筋ではないのかもしれない、と思ってみたりする。昔つきあった女の愛人とか亭主とかではないか、などと。どちらにせよ、警察に警護を頼むわけにはいかない。だいたい、洒落にもならない。受話器に向かって、私も「ばーか、死ねよ」と低くいってみる。だれにともなく、薄い殺意のようなものがわいてくる。胸底がなんだか酸っぱくなる。呆然としていたら、またインターフォンだ。ソファーを届けにきたという。忘れていた。今日が搬送日たった。不機嫌なおやじとこれも不機嫌な茶髪の若者が茶色の安物のソファーを運んでくる。私は家具屋でサイズを見誤ったらしい。ソファーは部屋の空間のほとんどを占拠している。私は超強力粘着剤(従来比二倍)つきの家具専用フェルトを、約束どおり、ソファーの脚に張りつけてくれるよう頼む。おやじはしぶしぶその作業に取りかかる。一方、若者は私にトイレを貸してくれという。茶髪はトイレに入ったきりなかなかでてこない。その間、おやじが茶髪の悪口をいいまくる。「あんなのは馘(くび)だよ。やる気がねえんだから」。戦争狂ブッシュの演説はまだつづいている。

「太平洋地域を自由主義諸国の共同体にするという将来像を実現するため、日本と米国が今まで以上に緊密に行動していかなければならない。目的は明確だ。幸い、われわれの同盟関係はもっとも強い」。

 おやじはテレビを一瞥もせず、茶髪の悪口をいいつづけている。茶髪はまだトイレにいる。ブッシュはいう。

「われわれは韓国への侵略を抑止し、日本と米国は安全保障の関係を強めるだろう。米国は台湾への関与を忘れず、この地域の人々を守るために実効的なミサイル防衛計画を進めていく」。

 フェルトの張りつけ作業が終わった。いかにも大げさなソファーが、いま部屋にある。きょうはここで昼寝をしよう。このソファーに横たわっている私の死体を想像してみる。戦争はもうはじまっている。いずれそれがもっとはっきりと眼に見える日がくるであろう。若者がトイレからでてきた。おやじが聞こえよがしに舌打ちをした。

 十日ほど前から辺見さんのブログの記事が全て消去されている。まさかと思うけど、辺見さんをバカ呼ばわりするようなバカな奴の仕業だろうか。あるいは辺見さんの身辺に何か不幸でも起きたのだろうか。気掛かりである。
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永遠の不服従のために(32)

国家テロリズム(9)

 ブッシュの狂気の一般教書演説をアメリカの議会や日本のマスゴミはどのように受け止めたのだろうか。

 狂気をもつ者にとっての昼は、とフーコーは設問し、
「その外見のもっとも表面的な夜にほかならないのである」
と指摘している。「夜こそ存在のもっとも奥深い昼だった」といった哲学ないし文学ではなくして、単純に昼を夜ととりちがえる悩乱。権力者のこうした病理により、歴史はしばしば大きな混乱を余儀なくされてきたと私は思う。9・11以降のブッシュのような言動については、ジャン・ボードリアール(Jean Baudrillard、1929年7月27日 - 2007年3月6日、フランスの哲学者、思想家)
「悪を追い払うという対抗恐怖症的な、あらゆる錯乱」(2001年11月3日のルモンド紙に寄せた論考。『環』2002年冬期号から)
があると説明している。訳者の塚原史・早大教授によれば、ボードリアールのいう「対抗恐怖症」とは「対象にありもしない恐怖を感じて過度に攻撃的になる病的状態」だそうである。さて、そのような狂気に彩られた一般教書演説に対し、米上下両院合同会議はどのような反応を示しただろうか。信じがたいことには、凄まじいばかりのスタンディング・オベーションだったのだ。狂気は勝利したといっていい。

 日本のマスメディアには狂気が存在しないのだろうかと、ときおり私は考える。ブッシュの一般教書演説を総じて事理相通ずるまっとうなもののように扱ったテレビや新聞報道は狂気じみていないか。ありていにいえば、つよい関心は示さなかったのだ。ということは、そこに狂気はなかった、ともひとまず診断はできる。だが、パスカル流に解析すると、「狂気じみていないことも、やはり狂気じみている」のである。ブッシュ演説のこれはどの狂気に対し、べっして反発もみせないこと自体に静かな狂気が宿っていると私は思う。これはとりも直さず、ブッシュの悩乱の世界観が日常的に投象されて、日本の戦争構造が日々穏やかに立ち上がっていることを意味するだろう。風景は刻々じつに静謐(せいひつ)に穏当に狂いつつある。あたかもこれ以上の正常はないかのように。

 ボードリアールは前述の論考で
「自由という比較的新しい思想はすでに風俗や意識から消滅しつつあり、リベラルなグローバリゼーションが自由とはまったく逆の形態をとって実現されようとしている。警察の支配と全面的管理のグローバリゼーション、セキュリティという名の恐怖政治だ。管理からの解放〔を求める運動〕は、原理主義社会にも匹敵する最大限の束縛と制約のうちに終わりを告げたのである」
と述べた。われわれの狂った正気と根拠のない理性と日々の惰性がそうさせたのだ。

 ここでちょっと横道へ。

 共謀罪法が姑息な方法で15日に強行採決された。共謀罪法は戦前戦中に猛威を振るった「治安維持法」になぞらえて多くの人たちが反対の歴史的根拠を挙げて反対を表明した。しかし、共謀罪を理由に冤罪で理不尽に国家によって殺された人が100年前にもいた。共謀罪が強行採決された翌日(16日)の東京新聞夕刊のコラム「大波小波」に「共謀罪が殺すもの」と題する記事が(筆者名「生きている愚者」)掲載された。それを転載しよう。

 百年ほど前、明治天皇暗殺共謀のかどで十二人が死刑になった大逆事件。首謀者とされた幸徳秋水は無関係で、彼と面識があっただけで謀議に加わったとみなされた者さえあった。巻き込まれ処刑された紀州の医師、大石誠之助の死に際して詠まれた詩が二編ある。

 一つは同郷の佐藤春夫の「愚者の死」。一節で
「死を賭して遊戯を思ひ、/民俗の歴史を知らず、/日本人ならざる者/愚なる者は殺されたり。」
とくさす。
 もう一編は、与謝野鉄幹の「誠之助の死」。
「日本人で無かった誠之助、/(略)/神様を最初に無視した誠之助、/大逆無道の誠之助。/ほんにまあ、皆さん、いい気味な、/その誠之助は死にました。/誠之助と誠之助の一味が死んだので、/忠良な日本人は之から気楽に寝られます。/おめでたう。」
とさらに手厳しい。

 どちらも処刑から時を置かずに発表された。誠之助とは旧知の仲であり、弁護士探しに奔走した鉄幹の思いがどこにあったのかは言うまでもないが、このような表現しか許されなかった時代を思う。誠之助の側に立てば、自分も共謀者と見なされかねなかったのだ。

 さて「共謀罪」法の強行成立。これで「愚者の死」は増えるだろう。「おめでたう」 (生きてゐる愚者)


 「生きている愚者」さんは佐藤春夫や与謝野鉄幹の愚者ぶり丸出しの呆れるほかない権力迎合の詩を「このような表現しか許されなかった時代」と、擁護するようなことをいっているが、これは日本のいわゆる文化人の心性の深々と根を張っている天皇教のなせる技である。いろいろな記事で書いてきたが、つい最近も『永遠の不服従のために(29):国家テロリズム(6)』で触れたように、叙勲・褒章受章にやにさがる政治家・作家・大学教授や嬉々として園遊会に参加する者たちの心性と繋がっている。

 ところで、この東京新聞の「大波小波」の記事を取り上げて佐高信さんが『週間金曜日』(6月23日刊)のコラム「風速計」で「屈しなかった人」と題して、佐藤春夫や与謝野鉄幹の対極に毅然として立っていた徳冨蘆花を紹介している。佐藤春夫・与謝野鉄幹の詩を引用して次のように続けている。

 公明党のように権力に屈従する者たちの低レベルな詩だが、現代で言えば、櫻井よしこや曽野綾子に当たるのだろうか。

 しかし、春夫や鉄幹と違って、明治政府のお先棒をかつがなかった人もいる。作家の徳冨蘆花である。

 1911年2月1日、幸徳秋水らの刑死がまだ世を震撼させていた中で、旧制一高に招かれた蘆花は「謀叛論」と題して熱弁をふるった。招いたのは弁論部の河上丈太郎(のちの日本社会党委員長)。講演を聴いた者の中には矢内原忠雄や南原繁(共にのちの東大総長)がいた。

 最初に「僕は臆病で、血を流すのが嫌い」と断りながら、蘆花は
「彼らは乱臣賊子の名をうけても、ただの賊ではない、志士である。ただの賊でも死刑はいけぬ。まして彼らは有為の志士である。自由平等の新天新地を夢み、身を献げて人類のために尽さんとする志士である。その行為はたとえ狂に近いとも、その志は憐むべきではないか」
と続けて、さらに踏み込む。

 彼らは富の分配の不平等に社会の欠陥を見て、生産機関の公有を主張した社会主義者だが、社会主義が何か恐いか? 世界のどこにでもあるではないか。

 自らも捕まることを覚悟しなければできないような講演は、次の結びで最高潮に達する。

「諸君、幸徳君らは時の政府に謀叛人と見倣されて殺された。諸君、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である」(徳冨蘆花『謀叛論』岩波文庫)。

 私は、この徳富蘆花の論調は辺見庸さんの論調と相通じるところがある、と思ったので、ここで紹介することにした。
永遠の不服従のために(31)

国家テロリズム(8)

 「悪がいけしゃあしゃあと善面をし」ているもっとも適切な例を挙げるとすれば、そうあのブッシュである。ここでもブッシュが再登場することになる。辺見さんはブッシュの言動をめぐってさらに突っ込んだ分析をしている。

 さて、気のふさぐことではあるけれども、この戦時下、フットボールをテレビ観戦中にプレッツェル(ドイツ発祥の焼き菓子)というスナック菓子を喉につまらせて失神したという、情けない男の話からはじめなければならない。男の名前はブッシュ、ちなみに中国語読みだと、「プーシー」となる。これを(おそらく故意にだろう)プッシー(女性器の別称だそうだ)と聞きちがえて、北京での記者会見中に吹きだしただけではない、「プッシー大統領だとよ、いいねえ」と、結構な声量でひとりごちた優秀な米国人記者を私は知っている。息子よりプラス3%ほど利口で、二倍も陽気な父ブッシュの時代であった。いまよりずいぶん冗談がいえたのだ。菓子で死にぞこなった息子ブッシュが先月末行った一般教書演説は、しかしながら、冗談にも洒落にもならない。

 この一般教書に表題をつけるとしたら、「戦争」以外にはありえないだろうが、いうまでもなく、ル・クレジオの『戦争』とまったくことなり、ブッシュのそれには芸術性のひとかけらもありはしない。あるのは、もっぱら被害妄想と殺意のみ。ただ、アフガニスタンヘの不法な報復攻撃が国際社会になし崩し的に受け容れられ、大きな作戦が一段落したからでもあろう、この一般教書においても悪の大いなる前進がみられ、悪が堂々と"善"の貌へと反転していることがわかる。もっとも注目しなければならないのは、ブッシュが善面をして、北朝鮮、イラク、イランの「悪の枢軸」なるフィクションをでっちあげ、真顔でそれらの国々に恫喝をかけ、場合によっては戦争を発動しかねないような言辞を弄(ろう)していることである。いまの世界の深刻な戦争構造は、じつのところ、それら3ヵ国によって築かれたのではなく、米政権が「悪の枢軸」という虚構をつくり、その虚構にもとづき、約3800億ドルという冷戦終結後最大の国防予算を現実に通したことにより、一気に立ち上がったのだ。

 これは大犯罪である。だが、世界はこの犯罪を立証できはしない。すでに米国のアフガンでの戦争犯罪を許してしまったからである。悪が"善"に反転しただけではなく、狂気が"正気"に成り代わった。そうでもなければ、「枢軸」(AXIS)などという言葉をもちだすのが憚(はばか)られたはずだ。AXIS(アクスィス)とは、第二次大戦中に連合国に敵対した日本、ドイツ、イタリアなどの協調関係を指したのであり、米国にとってみれば、いつでも躊躇なく撃てる狂気じみた敵を意味する。つまり、ブッシュはかつての連合国対日独伊の仮借ない関係を、現在の反テロ同盟対北朝鮮・イラク・イランの関係に強引に重ねることにより、世界構造を戦争化したのだ。

 「やつは敵である。敵を殺せ」――いかなる政治指導者もそれ以上卓抜なことをいいえない、と見きわめたのが埴谷雄高の虚無思想であった。皮肉にも、ブッシュは卓抜でもあるということだ。よくよく心しよう。愚昧が"卓抜"に、悪が"善"に、狂気が"正気"に、そしてなにより、戦争が"平和"に反転して、われわれの生活を侵しつつある。

 自らの愚昧を"卓抜"と、悪を"善"と、狂気を"正気"と、そしてなにより、戦争を"平和"と思い違いして、われわれの生活を侵しつつあった史上最悪な「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」首相がようやく終わりを迎えることになりそうだ。もしそうなれば、近来まれに見るよろこばしいニュースである。ところが、東京新聞が一面のトップで次のようなニュースを報じていた。この頭の芯までいかれてしまった首相が神戸市内で講演し、「自民改憲案 秋国会に提出」とか、加計問題をはぐらかすためだろう、「獣医学部を全国に」とか喚いたという。まだ、やる気満々なのだ。この講演は日本会議傘下の神戸「正論」懇話会の設立記念特別講演会で行なわれた。たぶん、このバカげた演説も、聴衆は全員お仲間だから、大きな拍手喝采を受けたことだろう。

 さて、辺見さんはブッシュに対して、「ときにぞっとするような狂気を感じる」と、次のようにブッシュの狂気を分析している。私はこの論説をも「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」首相を重ねて読んでいる。

 ミシェル・フーコーが自著『狂気の歴史』(田村俶訳)の序言の冒頭で引用しているパスカルの言葉には多層の含蓄がある。
「人間が狂気じみているのは必然的であるので、狂気じみていないことも、別種の狂気の傾向からいうと、やはり狂気じみていることになるだろう」。
 狂気と非狂気はもともと分割可能な二つの異なった人間表現ではないということである。疑りもなくみずからを理性の側に置き、軽々しく他者の狂気を語ってはならない、ということでもあろう。それを十分承知でいうのだが、私はジョージ・W・ブッシュと彼の政権に対し、ときにぞっとするような狂気を感じるのだ。それは、彼がプレッツェルを喉に詰まらせて気絶するという奇矯な身体行動におよんだからではない。憖(なま)じいに息吹き返して、その後、上下両院合同会議で行った一般教書演説の内容に総毛立ったのである。つまり、10歳児のそれよりも狭隘(きょうあい)でねじくれた世界認識に鳥肌が立ったのだ。

 その最たるものが「悪の枢軸」というアナクロ的いいがかりだが、もの狂おしい錯誤はそれにとどまらない。以下に三例のみあげてみる。


 わずか4ヵ月、われわれは数千人のテロリストを捕まえ、アフガニスタンのテロリスト・キャンプを破壊した。人々を飢えから救い、一つの国を残虐な圧制から解放した。

 たとえ7000マイルも離れ、海と大陸で隔てられ、山の頂や洞窟に潜もうとも、お前たち(テロリストのこと)はこの国の正義から逃れることはできない。われわれの大義は正しく、今後ともそうである。

 この戦争(対テロ戦争)の戦費は膨大である。毎月10億ドル以上を費やしてきた。アフガンで証明されたのは、高価な精密兵器は敵を負かし、罪のない人々の命を助けるということだ。こうした兵器がもっと必要だ。

 文例1は、ブッシュなりの勝利宣言である。日本の中都市の財政規模にもおよばない年間予算しかなかった超貧乏国の飢えた大地を襲撃し、タリバンだけではない、食えないから隊列に加わっただけの失業者、農民とまったくの非戦闘員多数を空爆によりごく気楽に虐殺して、対テロ戦争に「勝利しつつある」というのだ。ほとんど無抵抗の者たちを圧倒的軍事力でむごたらしく殺すことを「勝利」といい、途方もない戦争犯罪を「解放」という。一万歩譲歩しても、しかし、事実はちがう。すなわち、アフガンの人々は飢えから救われておらず、「解放」もされていない。

 文例2は、どうやら格調が高い文とでも思ったか、ブッシュが躰を揺すり、自己陶酔気味に一段と声を張り上げたくだりである。これが、3800億ドルという驚愕の国防予算をもつ戦争超大国の最高指導者の言葉なのである。格調どころではない、復讐を誓うそこいらの組織暴力団の偏執と大差ないではないか。ここには高い政治理念など微塵もない。国家という暴力装置とそれを担う暗い情念を、なにはばからず発現しただけのこと。文章表現から察せられる知的レベルとしては、ビンラディンにはるかにおよばず、下賤なマフィアとそう変わるところがない。

 文例3は、米国がアフガンで生身の人々を被験者とし多彩な兵器の実験をやりましたと告白したのに等しい。それらはトマホーク、バンカーバスター、デイジーカッター、クラスター爆弾、そして秘蜜裏に実戦使用された新型爆弾などを指している。ただ、高価な精密兵器がもっと必要だということは、新たな戦術核開発や米本上ミサイル防衛(NMD)をも含意した発言とみるべきであろう。にしても、高価な精密兵器こそが人を救うとは、哲学の貧困を通り越し、哲学絶無という満目荒涼たる地平を見せつけられているようなものではないか。

永遠の不服従のために(30)

国家テロリズム(7)

 『不服従』の第3章の読み込みは前回で終わった。第5章の表題は「戦争」であり、小文字のローマ数字が付された8節で成り立っている。辺見さんはアフガニスタンに行っている。そこで体験したことを盛り込んが記述もあり、全体として第3章を補完するような論考となっている。「国家テロリズム」の続きとして第5章をむことにする。枕は

過ぎてゆく日ごとに、悪の前進が見てとれる。(ル・クレジオ『戦争』から 豊崎光一訳)

である。

 私はル・クレジオという作家を知らなかった。2008年にノーベル文学賞を受賞しているフランスの小説家だった。

 さて、「国家テロリズム5」の引用文の最後で、辺見さんは
「問題は、むろん、NHKだけではない。この国の全域を、反動の悪気流が覆っている。日常のなにげない風景の襞(ひだ)に、戦争の諸相が潜んでいる。人々のさりげないものいいに、戦争の文脈が隠れている。さしあたり、それらを探し、それらを撃つことだ。でないと、気づかずに加担させられ、悪しき波動に無意識に呑まれてしまう。もう手遅れの感もあるけれど。」
と書いていた。この全世界を覆い始めた悪気流の正体をさらに詳しく分析することから第5章を始めている。では本文を読んでいこう。

 まさにそうなのである。時とともに悪は恐るべき進化をとげつつある。経緯はこうだ。まず善なるものの座に悪が居座り、次に悪がいけしゃあしゃあと善面(ぜんづら)をし、さらには善面の悪が本来善なるものを悪だといいつのり、この勢いに負けて、善でありえたものがどこまでも退化し、いまや、それは蕩(とろ)けくずれた寒天のような無意味のみを残してほぼ消滅するにいたったのだ。善なるものがなくなったからには、悪はもはや悪たりえない。単体としての悪は、単体としての善が存在不可能なように、それ自体の意味をなくし、同時に、それ自身の闇を失う。善なるものの反照のない悪は、闇でさえないし、むろん、光でもない。世界は善でもなければ悪でもない、やけに白々した無明長夜(むみょうじょうや)を迎えている。もう何人(なんぴと)も悪を証明できはしない。できるのは、悪の反転としての"望"をひたすら主張することのみである。悪の、これこそが完成直前の姿なのではなかろうか。悪の、それこそが計画的変態過程なのではないか。いま、2002年2月、戦争は、ともあれかくもあれ、つとにはじまっている。

 私は「無明長夜」という四字熟語に初めて出会った。手元の『四時熟語の読本』(小学館)の解説を転載しよう。
<意味>
仏教で、衆生が根本的な無知のために煩悩に迷い、生死流転していることを長い夜にたとえた語。

<参考>
「無明」とは存在の根底にある根本的な無知をいい、迷いの中にあって悟りを得ない状態、煩悩にとらわれている状態をさす。

<出典>
1.
三帖和讃ー正像末
「無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな」(13世紀中)
2.
太平記ー一五・三井寺合戦「無明長夜の夢を驚かして、慈尊出世の暁を待」(14世紀後)

 次々に「?」が出てくる。<出典>1.の中の「灯炬」。意味はそれぞれの漢字の意味から推定できるが、読みは「てんきょ」か「てんこ」のどっちかだが、手元の国語辞書・漢和辞典を調べたがどれにもこの熟語はない。現在では使われないに言葉なのだろう。ネット検索してみたら、上の<出典>1.と同じ文章が出てきた。読みは「とうこ」で、意味は「大いなる光明」と解説されていた。

 今回の辺見さんの文章には私にとっては難しい言葉が多く使われている。分からないのは私だけかもしれないが、今後は短く解説できる場合はその言葉の後ろに小文字で追記することにしよう。

 本文の続きを読もう。

 これから、そこここにある戦争について語ろうと思う。まず、私は戦争の概念をかぎりなく広げなければならない。なんとならば、
「政治が生活の集約であり、戦争が政治の集約であるかぎり、戦争にはまた生活にあるすべてのものがある」(埴谷雄高『幻視のなかの政治』)
からだ。このアフォリズムは、「生活には戦争にあるすべてのものがある」とも読みかえができる仕掛けになっていることに注意すべきである。死屍累々(ししるいるい)たる戦場だけではない、欠伸(あくび)がでるほど退屈な生活のなかにも、じつは、戦争がある。職場の男子トイレの床の、胃腸薬くさい小便染みのあたりに、戦争は知らん顔して浮遊している。月夜の乾ドック(カンドック(dry dock)通常は単に「ドック」と呼ばれているものと同じ。つまり、船舶の製造、修理などに際して用いられる設備のこと)の気だるい油のにおいにくるまれて戦争が気障(きざ)に鼻歌をうたっている。満員の通勤電車の熱気に戦争がじとじとと汗ばんでいる。職場のくずかごの芥のかげに戦争はかさこそと忍び隠れている。腐った牡蠣(かき)のような眼をした男たちが、会議の途中でもらす含み笑いを戦争が喜んで聞いている。私の不眠症とそれにともなう譫妄(せんもう)、また、ひどい譫妄にともなう人間関係の失調を戦争がそしり笑っている。そうした勘でも懸命にはたらかせないかぎり、戦争の潜む日常の、悪でも善でもない、だからこそ根源的に悪であるところの貌を発見することなど金輪際できはしないであろう。私は、それゆえ、変哲もない生活のなかに戦争のもつすべてのものがあるという前提で、この原稿を書いていくつもりだ。

 本稿では、さらに、「戦争は頭の裏側にいる、今日、戦争は頭の裏側に口を開き、囁きかける」とル・クレジオが記した(1970年)ような心象風景としての戦争も視野にふくまなければならない。「戦争が始まった」と書き起こし、「戦争は途に就いており、1万年も、人間たちの歴史より長く続こうとしている」と述べて、世界を、いわば全面的"戦争体"として、あくまでも詩的に開示してみせたル・クレジオの、いまから30年以上も前の直観は、かえりみれば、ずいぶん正しかったのだ。人の内面にだって戦争がある。無意識の戦争願望だってあるかもしれない。われわれの内面の戦争は、内面の国家、内面の暴力同様に意識されなくてはならない。それらのことどもに心を用いて、稿を進めようと思う。

永遠の不服従のために(29)

国家テロリズム(6)

今回が第3章の最終節である。表題は「堕落」で、前節までに探ってきた「反動の悪気流」に無意識に加担している"元凶"たちのワースト3の吟味が行なわれている。そして、枕には次のような面白い歌の一節が引用されている。
とうとうたらり/とうたらり/あんまりがっつく/にんげんは/とうとうたらり/とうたらり/あたまーわって/塩つけて/えーじゃー川へ/ぶちながせ/とうとうたらり/とうたらり……(長谷川四郎『とうとうたらりの歌』から)

長谷川四郎(1909-1987)さんの『とうとうたらりの歌』を全文読みたいと思い、ネット検索してみたら、陽羅義光という方の論文『絶対文感【忘却篇】 「第一章 長谷川四郎」』に全文が紹介されていた。転載しておこう。

とうとうたらり
とうたらり
あんまりがっつく
にんげんは
とうとうたらり
とうたらり
あたまーわって
塩つけて
えーじゃー川へ
ぶちながせ
とうとうたらり
とうたらり
えーやるまいぞ
やるまいぞ 西の海へサラリ
サラリ


 では、本文に入ろう。

 今日のような体たらくをもたらしたものは、ぜんたい、なんなのかという、気のふさぐ議論が、この期におよんで、社会のかたすみでひっそりとなされている。体たらくとは、国家主義化、全体主義化、ネオリベラリズム、戦時体制化、憲法解体、民主主義の安楽死、抵抗勢力の去勢化……といった、ファシスト・コイズミやイシハラ、ナカソネたちにとってはまことに喜ばしい事態のことである。議論のなかで挙げられる"元凶"は、当然のことながら、論者によって異なるのだが、ワースト3くらいまでは、おおかた見方が一致する。そぞろ虚しいけれども、列記し、少しく吟味してみる。

 まず、マスコミが悪い。そりゃそうだ。でも、マスコミがよかったためしなんてこれまであっただろうか。ごく少数のまつたく例外的で個人的で偉大な抵抗を別にすれば、マスメディアが総体として戦争推進勢力でなかったためしなんぞ、歴史的にありはしない。いまの翼賛報道は、むしろ、マスメディアの法則的帰結といってもいいのではないか。

 マスメディアを、ときどきによくなったり悪くなったりする、一個の人格のように考えるのは、批判者のナイーブな錯覚というものである。あれは、同種の動物個体が多数集まって共通の躰(からだ)を構成する、つまり、全体としては無人格な、海綿とか腐った珊瑚とかの、群体としてとらえるのが、より客観的なのだ。一個体としてはまっとうな者が少なからずいるのに、群体化するから、見事なまでに阿呆に変じる。大組織ほどそうである。入社、入局後たかだか数年のお兄さん、お姉さんまでが、まるで臈(ろう)たけた役員かなにかのように、「うちは……」などと自称し、(翼賛報道のことではなく)もっぱら部数や視聴率や受信料のことを、経営者よろしく案じたりするのが、不遜をとおりこし、どれほど滑稽至極であるか、オツムまで群体化しているがゆえにわからないのだ。したがって、マクロのメディア批判など、現場で働く者たちには屁の河童である。やるなら、個別の記事、番組、その責任者を(十分な理由と根拠をもって、かつ躰をはって)指弾すべきだ。それは有効である。権力と"権威"に庇護されている者ほど、差しの喧嘩には弱いからだ。

 第二に、若者元凶説。これはまったくお話しにならない。彼らには、「反動」や「変節」や「堕落」の意味どころか、おおよその語感さえアフリカのアムハラ語みたいに理解できないのだから、責めるのは酷というものだ。問題は、ジジイとオヤジ。かつてはそれらの言葉を他者に浴びせかけていたくせに、その後宗旨替えし、みんなで反動を支え、みんなで変節し、みんなで堕落し、しかも、それを組織や時代のせいにして、のうのうと生き延びている年寄り連中をこそ、構うことはない、容赦なく撃つべきである。もっとも、その一部はリストラでつとに痛めつけられているのだが。

 第三に、1980年代総体を元凶とする説、ポストモダン主犯説、75年「スト権スト敗北」起原説、総評解散・連合結成主因説、村山内閣の(安保・自衛隊問題にかんする)裏切り起因説――などなど。ここまでくると犯人捜しも焦点がぼやけてくるのだが、これらはみな地つづきの反動要因と見ておいたほうがよさそうだ。最近のジヤツク・デリダふうに、お上品に、そして無責任にいうならば、「だれもが無実ではない」のである。

 だが、答えにならない答えならば、ある。たとえば、憲法がずたずたに引き裂かれ、自衛隊がはじめて参戦し、有事法制整備が本格化し、アフガンでは避難民の子どもらが飢えに泣いている秋のよき日、久保亘氏(元社会党書記長)と田英夫氏(元社民党国際委員長)が、ああ、めでたくも、勲一等旭日大綬章を受章した。ご同慶のいたりではある。同時に、へっ、なーんだ、そうだっだの、である。この <なーんだ、そうだっだの> のたぐいが、戦後ずっと、とりわけ、この20年ほど、うちつづいてきたように私には思える。戦後民主主義とは、なーんだ、この程度だったのか、ということ。民主主義の堤防が決壊し、いま、反動の濁流がこの国を覆っているのだが、もともと「堤防」をもって自任していた先生たちが <なーんだ、そうだっだの> 的人間なのである。決壊は、端(はな)から推して知るべしであったのだ。

 試みに、秋の叙勲の受章者リストを見るといい。改憲派の政府・法曹関係者ばかりではない、かつての護憲派の元学長さん、現役護憲派の名誉教授様、芥川賞作家まで名前をつらね、あたら晩節を汚し、じゃなかった、輝かしきものとしているのである。これにかつての褒章受章者を加えれば、反権力を標榜していた映画監督や著名俳優、反戦歌を詠んだことのある歌人もいたりして、意外や意外どころのさわぎではない。革新政治家、かつては"社会の木鐸(ぼくたく)"を気どっていたはずのマスコミ経営者、万人平等を教えていたはずの学者ら、その他諸々の、ひとかどの人物たちが、ま、いっとき色に耽(ふけ)るのもよろしかろう、お金をもうけるのも結構でしょう、名前を売るのもどうぞどうぞではあるのだけれども、強欲人生の最後の仕上げと夢なるものが、勲章・褒章と、おそれ多くもかしこくも、宮中にての親授式だと知ってしまえば、「なーんだ、そうだっだの」というほかはない。

 受賞と反権力は矛盾しないだろうか。受賞と護憲は矛盾しないだろうか。私は、ごく単純に、矛盾すると思う。しかも、権威への欲が矛盾をなぎ倒し、国家主義を直接に手助けして、今日的反動の土壌をこしらえている。そのことに恥じ入りもしない受章者、彼らを嗤(わら)わず軽蔑もしない文化、受章の大祝宴を正気で開くアカデミズム、言祝ぐジャーナリズム――民主主義の安楽死も憲法破壊も必然というべきであろう。という話を、某日、学園祭でやったら、学生に「あなたも芥川賞を返上したら」と皮肉られた。筋がちがうようでいて、しかし、一理はある。

 私も「ジジイとオヤジ」の一人だが、幸いこれまで「宗旨替え」をしていない。もう相当の歳なので、一生「宗旨替え」しないで終われそうだ。「目出度し目出度し」と言っておこう。

 ところで、最後に挙げられた叙勲・褒章受章者(これに私は「園遊会も加えている)に対しては私も大きな違和感を持っていた。この事に関連して今までに次のような記事を書いる。紹介しておこう。

『米長の憂鬱』(園遊会のことを取り上げた。)
『戦後教育の民主化(2) 教育勅語の廃止』(田中耕太郎の数々の受勲を取り上げた。)

 最後に、共謀罪法強行採決の翌日(6月16日)、加藤哲郎さん(一橋大学名誉教授)が『いま、ファシズム前夜の日本!』という記事を書いているが、それを「ちきゅう座」の紹介で知った。『世界的に「ファシズムと戦争の時代」に向かっている』とのべていて、これまで連載してきた「国家テロリズム」と共通する認識を基調とする論文なので紹介しておこう。
永遠の不服従のために(28 )

国家テロリズム(5)

 2001年当時の世界状況を、辺見さんは「世界同時反動」と断じている。その結果、「戦時体制」が着々と整いつつある、と危惧している。その16年後の現在、武器輸出三原則の撤廃・集団的自衛権行使容認・沖縄辺野古新基地建設強行・戦争法(安全保障関連法)強行採決・特定秘密保護法強行採決等々に続いて、昨日「共謀罪法」がインチキ強行採決されて、「アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト」政権が目指す「戦時体制」が最終段階に突入した。

 今回の辺見さんの論考の表題は「加担」である。辺見さんは「戦時体制」作りに一番加担してきたのはマスゴミであるという。これまでマスゴミの惨状をいろいろの面から取り上げてきたが、辺見さんは、その「加担」の認識が皆無であるという観点から、マスゴミのマスゴミたる由縁を説いている。そして、枕には次の文を引用している。
一次元的な思考は、政治を作り出す人びと、および大量情報を調達するかれらの御用商人たちによって組織的に助長される。
その言説の世界は、自己証明的な仮説――たえず独占的にくり返されることによって、催眠的な定義もしくは命令となる仮説――に満ちている。(H・マルクーゼ『一次元的人間』から生松敬三・三沢謙一訳)

 それでは本文を読んでみよう。

 奇妙なことに、マスメディアで働く者たちは、昨今厳しさを増しているメディア批判の論考を読むときに、批判対象は自分ではなく、同じ領域の遠くの方にいるらしい「困った他者」である、と思いこむ癖があるようだ。自分が批判されているにもかかわらず。だから、だれも傷つきはしない。いわんや、戦争構造に加担しているなどと、ゆめゆめ思いもしない。かくして政治とメディアは、手に手を取って、「現在」という未曾有の一大政治反動期を形成しつつある。

 彼ら彼女らに悪意などはない。誠実で勤勉で従順でちょっと不勉強なだけである。誠実で勤勉で従順で不勉強なことは、しかし、全体主義運動参加者にとって、不可欠な資質である。このことは、米国の巨大な軍需産業を支える研究者や技術者の多くが、エコロジストであり敬虔なクリスチャンでありバードウォッチャーであったりすることと、関係性がどこか似ている。日常のなかにある戦争構造は、表面は醜悪でもなんでもなく、微笑みと誠実さに満ちているか、ないしは、あっけないほど透明なのだ。

 「戦時体制」が着々と整いつつある。テロ対策特措法が国会を通り、自衛隊艦隊がインド洋に向かった。戦後はじめての派兵であり、参戦である。改定自衛隊法も成立し、自衛隊の治安出動の条件が大幅に緩和された。「防衛機密」を漏洩(ろうえい)した者には、5年以下の懲役刑が科せられることにもなった。1985年に自民党が提案し、世論のつよい反対で廃案になった「国家秘密法」の、事実上の導入であり、有事法制整備の先がけである。小泉首相は有事法制による私権や基本的人権の制限はやむをえないといいはなち、中谷防衛庁長官は、憲法9条を改定すべきだと公言してはばからない。PKO(国連平和維持活動)協力法改正案も近く成立しそうだ。PKF(国連平和維持軍)の本隊業務への参加凍結解除と併せ、武器使用基準を見直すという。

 もはや戦争可能である。いや、われわれは、客観的には、いつ終わるともしれない"戦中"に、すでにして入っているのかもしれない。だが、マスメディアに働く者たちは、事ここにいたっても、なお、みずからのなに変わらぬ日常と気だるいルーティンワークを覆すことができないでいる。それどころか、埓(らち)もない社内人事の話からさえ脱することもきずに、全体としては、どこの社の社員も、じつに誠実に勤勉に従順に、翼賛報道の片棒を担ぎつづけているのである。「世界同時反動」という、世にも珍しいこの歴史的時期にそのわけを探(さぐ)る姿勢などあらばこそ、おのれの瑣末な日常にどっぶりと没するばかりのこの国のマスコミの知的水準は、いま、絶望的なまでに劣化している。

 新聞は、濃淡の差こそあれ、ほぼ"大政翼賛"、NHKは大本営発表、民放はこの期におよんで懲りずにおちゃらか騒ぎ(アフガンの飢餓報道をやったり、大食い競争の番組をやってみたり)……と相場はきまっている。なかでも、NHKのひどさは目にあまる。受信料をつかって、国策宣伝にこれ努めるばかりではなく、9・11テロ以降は、ホワイトハウスとペンタゴンのただの宣伝機関になりさがってしまった。某日は、ペンタゴン提供の映像を用いて、アフガンで使用されている米軍の精密誘導兵器の精度がいかに優れているか、まったく無批判に"広報"してやっていた。湾岸戦争時の"ピンポイント爆撃"報道が、その後まったくの嘘であったという苦い経験など、どこ吹く風である。この分だと、戦争狂ラムズフェルド国防長官は、NHKの多大なる対米貢献に対し、いずれ、勲章を授与するのではないか。

 我慢がならないのは、某日、わけ知り顔の解説員なる男が登場して、アフガンでも使用されはじめた燃料気化爆弾(BLU82)というしろものが、戦場でどれほど「効果的」かについて、得々と無機質な声で説明してみせたことだ。その破壊力の凄まじさゆえに、核兵器に次いで残虐な兵器とされ、国際社会から使用禁止の声が上がっているにもかかわらず、米国はそれを拒否して実戦使用しつづけている事実にはまったく触れずに、である。連日の空爆のために食糧援助がままならず、子ども10万人をふくむ数10万の避難民たちがこの冬、餓死ないし凍死すると懸念されていることにはまったく言及せずに、である。このような報道をジャーナリズムとはいわない。官報以下である。

 この解説員には廉恥(れんち)もニュースセンスもなく、おそらく、悪意もない。誠実で勤勉で従順なだけであろう。誠実に勤勉に従順に無意識に、戦争構造に加担しているのである。で、そのことを、NHKの他のセクションで働く者たちは、格別の恥とはしていないようだ。言挙げも議論もしはしない。要するに他人事なのである。そして、それぞれのセクションは、同じように誠実に勤勉に従順に、立派な日本人の物語や、国宝や、民俗や、農業振興や、当局を怒らせない程度の環境・社会問題の番組などを制作し、ごく内輪で褒めたりけなしたりしながら、やはり、しっかりとこの国の戦争構造と全体主義を支えている。ただし、少数の例外を除き、ほとんどの者は、戦争構造に加担しているとは自覚などしていないのだ。「個」というものの無残にすり切れた、思えば、哀しき群体ではある。

 問題は、むろん、NHKだけではない。この国の全域を、反動の悪気流が覆っている。日常のなにげない風景の襞(ひだ)に、戦争の諸相が潜んでいる。人々のさりげないものいいに、戦争の文脈が隠れている。さしあたり、それらを探し、それらを撃つことだ。でないと、気づかずに加担させられ、悪しき波動に無意識に呑まれてしまう。もう手遅れの感もあるけれど。

 「誠実で勤勉で従順でちょっと不勉強」な圧倒的多数を占める善人たちが「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」政権を支えている。
永遠の不服従のために(27)

国家テロリズム(4)

 今回の表題は「敵」である。ならず者国家アメリカが敵視している国々は本当にアメリカの敵なのか。辺見さんは「米国の真の敵は、米国自身である」と断じている。そして、枕には次の文が使われている。
もし悪が他の悪を除去するために必要ならば、この悪の鎖は一体どこで終わりとなるのか?(H・R・ジョリッフ『ギリシヤ悲劇物語』の序説から内村直也訳)

 本文は次のように始められている。

 いっとき、私もそうしたい誘惑にかられたけれども、あの男の、およそ深みのある物語など想起させはしない、どこか下卑た面相を思い出しては、手びかえてきたのだった。ジョージ・W・ブッシュを、試みに、ソフォクレスの『オイディプス王』になぞらえてみること。乱暴な話ではある。でも、いずれ、だれかがやるのではないかと予感していたら、やはり、でてきた。栗田禎子さんが、「『テロを支援するシステム、国家』の正体」(『現代思想』2001年10月臨時増刊号)のなかで、いみじくも記している。
「今回、ブッシュ大統領が……テロの犯人を『草の根分けても』捜し出す決意を表明する映像が流されるたびに、筆者が感じるのは『オイディプス王』を読む時と同じ、あの独特の不安感である」と。

 栗田さんの論考は炭疽菌騒ぎ以前にしたためられたようだが、9月11日のテロだけでなく、あの不気味な白い粉を念頭におくとき、ブッシュ=オイディプスの牽強付会は、妙な現実妹を増すのである。それは、オイディプス王の支配する国には疫病が荒れ狂っていて、ある殺人者を罰することにより、その疫病がおさまるという神託が告げられるところから、この悲劇の妙所がはじまるためだ。当然、犯人逮捕こそが、国家の喫緊(きっきん)の要事となるが、ある日、盲目の予言者が登場して、オイディプス王にいうのである。
「あなたが捜している下手人、それはあなたご自身ですぞ」
 予言者はさらにいう。
「あなたの敵は、あなたご自身なのです」。
 そう、米国の真の敵は、米国自身である。まっとうな論者たちは、いまも昔も、そう主張している。ソフォクレス流にいうなら、ブッシュはいま、CIA長官でもあった父親やかつての大統領たちから継いだ、米国の、いわば"世襲的罪"と戦っているのであり、また、『オイディプス王』の啓示するところによるならば、アフガニスタンに対する報復戦争劇は、ブッシュの思惑とはまったく逆に、米国にとって9・11テロや炭疽菌騒ぎ以上の、悲劇的終幕へと向かわざるをえないはずなのである。

 「炭疽菌騒ぎ」は前回にも言及されていたが、私はその内容を詳しくは知らない。ネット検索をしてみたが、その全貌を詳しく書いている記事はなかった。手元にある書物を調べてみたら、中丸薫著『この地球を支配する闇権力のパラダイム』(2006年8月31日刊)という積ん読本で取り上げられていた。それを参考にまとめると、次のような事件であった。

 9・11テロの約1ヵ月後(2001年10月)、ホワイトハウスあての郵便物から炭疽菌の陽性反応が検出された。ブッシュはこの炭疽菌テロにアルカイダ・イラクが関与していると発表し、ハイジャック実行犯とされているモハメド・アタを容疑者と断じた。その後25日に国務省郵便室の男性職員が炭疽菌に感染し肺炭疽を発症していると診断された。さらにニューヨークの集配局でも炭疽菌が検出された。また「連邦議会上院議員あての炭疽菌には特殊な化学処理がされていて、このような処理はイラクが開発した方法だ」などというデマ報道もされて、アメリカ国民の中には「イラクが炭疽菌テロに関与している可能性がある」という印象が残された。この炭疽菌事件もイラク侵略の口実の一つとして利用された。その経緯については直接全文を転載しよう。

米マスコミは、米政府とグル!

 ところがである。12月17日には、一連の炭疽菌事件に使われた菌の出所は、米国内の施設である公算が強くなった。炭疽菌入りの封筒に「アッラーは偉大なり」と書いた犯人は、生物兵器の研究に従事した米軍関係者という「身内」である可能性が高まったのである。そして翌月には、メリーランド州ホォトディートリックにある陸軍の細菌戦争研究施設で、炭疽菌の芽胞を含む、27の細菌サンプルが紛失していたとの報道があり、炭疽菌テロの犯人が、同施設の関係者であることを暴露してしまった。

 その一方で、CIA当局者が菌提供者としてイラクを疑っているという報道もなされ、「プラハで少量の炭疽菌がイラク外交官からアタ容疑者に渡された」などという説も流された。

 マスコミがイラクの生物化学兵器開発への疑惑を煽る中、結局、米国内の単独犯説が有力となって、それも明確にされないままになった。アフガニスタン攻撃が一段落するとともに、マスコミは炭疽菌事件に代わって、今度はフセイン大統領の大量破壊兵器の問題ばかりが取り上げられるようになった。これによって、真相は霧の中に葬り去られ、それ以前に米国民の脳裏に焼き付けられた「イラク関与説」が払拭されるどころか、イラクの悪いイメージがますます強まった。

 9・11テロ以後に行なわれたアフガニスタン攻撃の当初から、ブッシュ政権は、イラク攻撃を主張していた。しかし、本当のところ、イラク攻撃の陰謀は政権発足時点からあった。イラクがテロ組織アルカイダと接点があるというのは、口実にすぎなかった。

 イラクによる大量破壊兵器の開発も、米国がイラク攻撃を正当化する最良の口実であり、「ウラン購入疑惑」もそのために捏造された。「1999年から2001年にかけて、イラクがニジェールから大量のウランを購入しようとした」「ウラン濃縮に必要な遠心分離器の部品となるアルミ管を手に入れようとしていた」などの情報は、ネオコンのパール国防政策諮問委員らを通じて、米政権中枢に流れ込んでいったものである。こうした経緯を分析すれば、米マスコミは米政府とグルだったことが明らかだ。

 炭疽菌の検出数や感染者が増えるほど、記事は大きくなり、同時テロと関連付け、イラクと関連付けられていった。こうして9・11テロの余波に便乗したマスコミのセンセーショナリズムで、市民の不安を利用して、イラク戦争か始まるのである。

 炭疽菌事件が思い掛けず長くなってしまったが、辺見さんの論考の続きも読んでしまおう。

 世襲的罪とはなんであろうか。それは、米国がもっぱら自国の利益のために、世界のあちこちに蒔いてきた、争いの種子である。米国が血まなこになって捜しているウサマ・ビンラディンその人が、冷戦期に、反ソ連・テロリストとして米国によって育てられた事実はいまさらいうまでもない。「わが国の敵は、自由な人々が、自分が好きなように生きることを否定しようとするテロリスト組織と国家の地球規模のネットワークなのである」(ラムズフェルド国防長官)というときの、その組織や国家とは、あたかも米国そのものなのであり、実際、その出自において、米国となんらかの関係をもつテロ組織が世界には驚くほど多い。米大統領たちが代を継いで重ねてきた世襲的罪とは、米国の、米国による、米国のためのテロの育成でもあったのだ。

 米国は、オイディプスがあの「三叉路の殺人」を忘れたように、数多くの殺人を失念している。あるいは忘れたふりをしている。1960年代にCIAがサウジ王制と結託し、中東各国の民主的運動を弾圧するためになにをやったか。イスラエルによるパレスチナ攻撃、虐殺行為をいかに裏から支援してきたか。ちょっと古いけれど、ベトナム戦争中、いわゆる「ベトコン狩り」を目的として南ベトナム軍・警察を動員して、大がかりなテロ工作(フェニックス作戦)を展開し、いかに多くの一般住民を殺したか。そのほか、グレナダ左翼政権の転覆、パナマ侵攻、ニカラグア介入、チリのアジェンデ人民政権への介入……などなど、枚挙にいとまがない。

 米国が方々に蒔いた悪い種が、出芽し、生い茂り、その怨念の蔓はめぐりめぐって、いま、米国の首を絞めあげるに至っているといってもいい。米国よ、お前の敵はお前自身なのだ――といういい方は、たしかに、まちかってはいないのだ。だが、よくよく考えてみれば、ブッシュはやはり、オイディプスではない。すべての真実を知ったオイディプス王は、みずからの手で両眼をえぐり取り、われを追放せよと叫びつつ、号泣したではないか。これは、とてもではないが、ブッシュの役柄ではない。オイディプスはその後、盲目のさすらい人となり、ありとあらゆる苦悩を経験することになる(「コロノスのオイディプス』)けれども、これまたいうもおろか、ブッシュからは想像もつかない。

 米英両軍がアフガン空爆を開始してから、1ヵ月以上の時をへた。ビンラディンの身柄拘束とテロ組織アルカイダの撲滅という当初の"限定的"な作戦目的は、本稿執筆時点で達成されておらず、常軌を逸する猛爆がただ恒常化しつつあるのみだ。ユニセフによれば、食料援助が行き渡らない場合、この冬、10万人以上の子どもが餓死するという。北部の山岳部などで、避難民90万人が、餓死ないし凍死する恐れがあるという情報もある。国内避難民は、このまま空爆がつづけば、最大で600万人になると予想されている。

 こうした国の体すらなさない嘆きの大地に、猛烈な爆発力をもつクラスター爆弾を撃ちこみ、最近では、小型核兵器並みの破壊力がある燃料気化爆弾(BLU82)まで投下したというのだから、米英軍というのは、いったい人間の神経を有しているのか、まことに疑わしい。BLU82の場合、1キロ4方を真空状態にし、人間が洞窟や建物のなかにいても、爆弾が酸素を燃焼しつくすため、窒息死するか急激な気圧の変化によって内臓破裂で死亡してしまうという。

 ブッシュはだれと戦っているのだろうか。どれほど殺せば、気がすむというのか。私の眼には、ブッシュの敵は、タリバンなどではなくて、やはり、ブッシュ自身であるように見える。ただし、彼は、オイディプスではありえない。ブッシュには語るべき物語がないからである。彼は他者の物語を、米国の基準で、抹殺しようとするばかりなのだ。ビンラディンには、たとえそれが悪であるにせよ、聴くべき物語がありそうだ。

永遠の不服従のために(26)

国家テロリズム(3)

 今回の表題は「第五列」であり、枕は次の通りである。
「……あなたがたの来ることに待ち疲れたもうた神は、
災禍があなたがたを訪れるのに任せ、およそ人類の歴史なるものが生まれて以来、
罪ある町のことごとくに訪れたごとく、
それが訪れるのに任せたもうたのであります。あなたがたは今や
罪の何ものたるかを知るのであります……」(カミュ『ペスト』の、パヌルー神父の説教から宮崎嶺雄訳)

 『ペスト』は、ペストという病魔に襲われた街を舞台に、不条理に覆われた世界に生きる人たちの苦難の生き方を描いた小説である。

 ところで、私は「第五列」という言葉を全く知らなかった。辺見さんは本文中で詳しく解説しているが、その中で「いまでも広辞苑に載っている言葉だけれど、もう死語だろうと私は思っていた。」と書いているので、予備知識を得ようと、手元にある広辞苑(第二版)を調べてみたが無かった。念のため、パソコンで利用している広辞苑(第六版)で調べたら、有りました。次のように説明されていた。
だいご‐れつ【第五列】
(fifth column)(スペイン内戦の際、4個部隊を率いてマドリードを攻めたフランコ将軍麾下(きか)のモラ将軍が、市内にもこれに呼応するもう1個の部隊すなわちフランコ派がいると揚言したことに基づく)敵方に内応する者。内通者。第五部隊。

 辺見さんはこの節で、アメリカのアフガンへのテロ行為をめぐるアメリカ・ジャーナリズムの体たらくぶりを取り上げている。そして、その中で最もまともな言説を貫いた人が「第五列」扱いされてバッシングされた事件を解説している。

 それでは本文を読んでみよう。

 遅ればせながら、9月11日の米中枢同時テロを特集した『ニューヨーカー』誌(2001年9月24日号)を繰ったら、本文にいく前に、いきなり見開きページの金髪白人女性の写真が眼に飛びこんできた。沈痛な表情をしているので、テロ犠牲者の遺族かと思ったら、ちがっていた。写真には「彼は、お前が悪いから殴ったんだ、というの」という言葉と、写真の女性の名前、そして「ドメスティク・ヴァイオレンス・サヴァイヴァー」という、彼女に関する説明が記されていた。「家庭内暴力被害者」あたりが妥当な日本語訳なのだろうが、原文では、「生存者」。暴力の実態がそれほどにひどいということだ。見開きページは、フィリップ・モリス社などが支援している「全米家庭内暴力ホットライン」の広告だったのだ。

 DVと略称でいわれると現実感が薄れるが、ドメスティク・ヴァイオレンスとくると、イメージが過剰に喚起されて、
〈あんたがたは、ドメスティクでもアフガンでも、暴力ばっかりだな。いったい、タリバン支配社会における女性の地位を非難する資格があるのか〉
と毒づきたくなった。DVは、もっとも、日本でも大変に深刻な問題だから、保安官ブッシュの国だけを叱るのは、公正ではないのだが。

 私が読みたかったのは、この広告ではなくて、作家スーザン・ソンタグの文章であった。9・11テロと米国の対応について、ボスニア紛争も経験している彼女が、どう考えているのか知りたかったのだ。たった千字ほどの短いエッセイであったが、気合いは入っていた。のっけから、政治指導者やテレビ・コメンテーターらの「独善的たわごと」や「公然たる人騙し」をやりだまにあげ、連中はテロ攻撃を「卑怯」などというが、この言葉は、自爆攻撃者ではなく、報復の範囲を超えて空爆をする者らを形容してこそ、より適切なのである――と、挑発的だ。そして、旧ソ連共産党大会恒例の「満場一致」は軽蔑すべきものだったけれども、9・11以降の米政府当局者とマスメディアの協調関係だって、事実隠しのレトリックにいたるまで一致している、とソンタグは怒り、これは「成熟した民主主義」の名に値しないと難じている。

 読んで、ま、小気味はいいのだが、『ラディカルな意志のスタイル』や『ハノイで考えたこと』(いずれも1969年)の著者であることを思えば、とくに、驚くにはあたらない。米国内でも、またソンタグがソンタグらしく吠えているという程度に受けとめられているのだろう、と私は想像していた。ところが、やはり、時代がちがうのだ。彼女はいま、この『ニューヨーカー』のエッセイがもとで、かつてない袋叩きに遭っているらしい。右派系メディアから「国賊」呼ばわりされ、ある雑誌からは、ウサマ・ビンラディンとサダム・フセインとソンタグは同類か、などと書かれた。また、インターネット情報によれば、彼女を「フィフス・コラムニスト」と呼ぶ者もいるのだという。これは、五番目のコラムニストという意味ではない。「第五列」、つまり内通者を意味する、いやはや、なんとも古い言葉なのである。

 「フィフス・コラムニスト」を、日本語では、そのまま「第五列」という。いまでも広辞苑に載っている言葉だけれど、もう死語だろうと私は思っていた。スペイン市民戦争(1936年~39年)で、フランコ将軍麾下(きか)のモラ将軍が四つの部隊を率いてマドリードを攻めたが、フランコ派が密かに同市内に潜んでいて、モラ将軍の部隊に内応していたことを指して、その内通者を第五番目の部隊、すなわち「第五列」と呼んだのである。米国のアホな論者は、テロリストと内通する国内の「第五列」であるというレッテルを彼女に貼ろうとしたわけだ。しかし、いかに罵倒されようとも、どうやら彼女は意気軒昂であるらしく、このままいったら米国は「警察国家」になってしまうなどと怯(ひる)まず警告したりしている。同感である。

 とまれ、「第五列」という陰湿きわまる言葉は、第二次大戦後、米国でマッカーシズムが吹き荒れたときに、多く用いられたのではなかったか。1950年2月、国務省内にいる共産党員の工作により、米国の外交が損害をこうむっているとして、マッカーシー上院議員が"赤狩り"を提唱し、政界だけでなく、思想、文化・芸術界での異端排除がはじまった。そのさい、外国共産党の「第五列」というでたらめなレッテルを貼られ、多くのリベラルな人々が職を追われた。その精神的傷は、いまでも映画界を中心に癒えずに残っているのだが、そういえば、米国社会はいま、まるでマッカーシズム再来といった雰囲気ではある。ハリウッドが政府の意を受けて、当局の政策にとって都合の悪い映画の公開を控えてみたり、政府に批判的なテレビ・コメンテーターが番組を降ろされたり、反戦・厭戦的な歌の放送を自粛してみたり、ベトナム戦争でも湾岸戦争でもなかったような統制と言論抑圧がはじまっている。アフガン報復戦争と炭疽菌騒ぎが拡大するなかで、米国は、ソンタグの懸念するとおり、ますます警察国家と化しつつあるようだ。

 じつのところ、私は、ソンタグがコソボ紛争のときに、NATO軍の空爆ばかりか地上軍動員まで訴えたことに、つよい疑問を抱いたことがあり、不信はなお消えていない。だが、いま米国内で袋叩きに遭っていると聞けば、彼女に味方したい気分にもなる。スーザン・ソンタグは、セルビア軍包囲下のサラエヴォで、『ゴドーを待ちながら』の演出をしたこともある勇気の持ち主だから、味方なんかいらないだろうけれども。

 「第五列」をいうなら、日本には真性のそれがたくさん生まれている。マスコミにも、作家のなかにも、思想界にも。ただし、やつらは、フアシスト・コイズミとその権力の「第五列である。気をつけよう。

 ポチ・コイズミのときにその萌芽があったわけだが、「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」政権下の現在の日本は、辺見さんが描く2001年頃のアメリカ社会(赤字部分)と、なんとますます瓜二つではないか。
永遠の不服従のために(25)

国家テロリズム(2)

今回取り上げる辺見さんの論考の表題は「社説」であり、国家テロリズムをめぐっての新聞の社説の体たらくぶりを抉っている。

 私もいろいろな記事で「マスゴミ」という語を使ってジャーナリズムの体たらくぶりを書いてきたが、まとまった記事としては「ジャーナリズムの死」と題して取り上げている。興味ある方のために紹介しておこう。《『羽仁五郎の大予言』を読む》の(65)~(77)で取り上げた記事だ。(日付では2015年4月19日~2015年6月9日までの記事です。)

 さて、辺見さんは「枕」として、渡辺一夫さん(フランス文学者 1901年9月25日 - 1975年5月10日)の1945年7月6日の日記から次の一文を引用している。
どの新聞を見ても、戦争終結を望む声一つだになし。(串田孫一・二宮敬編『渡辺一夫 敗戦日記』から)

 では本文を読んでいこう。

 ごく稀な例外を除き、新聞の社説というものが発する、ときとして鼻が曲がるほどの悪臭。読まなくても、べっして困ることはないのだし、中身のつまらぬことはわかりきっているのだから、いっそ読まずにおけばいいのだけれど、ひとたび向きあってしまえば、かならず鼻につく、独特の嫌み、空々しさ、絵に描いたような偽善、嘘臭さ……。あれは、いったい、なにに起因するのだろうか。つらつら考えていたら、さほどに解析すべき価値すらないように思えてきた。なにに起因するか、と問うより、世すぎとして言説をもてあそぶ者たちの、無責任な論法と卑怯な立ち居振る舞いを、なによりも新聞社説が象徴していると、まずは難じたくなる。あの古く酸化した表現の土壌では、言説のおおかたが、つとに根腐れしているのである。

 好個の例は、米英両軍によるアフガニスタン空爆開始に関する、各全国紙社説(2001年10月9日付)であろう。これらがこの国の標準的言論であるとするならば、残念ながら、日本にはすでに本格的な全体主義が到来しているといっていいのかもしれない。保安官ブッシュお得意の、「文明対野蛮」という単純図式にのっとるなら、日本は「野蛮」を通り越して、文化的には依然"未開"の段階にあるというべきであろう。なにぶんにも、金持ち連合軍による、飢餓に苦しむ超最貧国への報復爆撃という、子どもでもわかる非人間的構図に、憤激するどころか、なにがしか異論をていする社説さえ皆無だったのだから。

 おぞましさに耐えつつ、各社説のさわりをなぞれば、語調のもっとも激しかったのが、読売社説。「……国連憲章が認める自衛権の行使であり、正当だ。強く支持する」という。しかし、この「強く支持する」には、主語がない。「読売新聞は」という主語が省略されているということであろうか。そうではあるまい。社運をかけてまでこの報復戦争に肩入れするほど、察するに、同紙は愚かではない。むしろ、社説というものの、これが、常套手段なのだ。主張者ないし表現主体を意図的に消して、言説の責任の所在を曖昧にしてしまう、文章表現としてはもっとも卑劣な手法である。すなわち、個人としての筆者も、法人としての読売も、アフガン軍事攻撃を「強く支持する」という言説に、なんらの身休的かつ財政的責任も負いはしないということ。社説は、だから、謬論(びゅうろん)でも正論でも、人の心を打ちはしないのだ。

 読売社説は、この時点で、テロ対策特措法の成立を急げと訴えており、「……旧態依然とした神学論争のような憲法解釈論議をしている場合ではない。自衛隊の活動に不要な制約をつけることなく、実効ある新法にしなければならない」とも述べている。多くの人々がテロ対策特措法などを重大な憲法違反ではないかと議論していることについて、新聞人みずからが「神学論争」と揶揄(やゆ)する神経にはあきれるほかないが、この憲法解釈論議=神学論争という低劣な比喩は、よほど気脈が通じているのかしらん、ブッシュの子分コイズミによっても野党攻撃の際、用いられたことがある。さすれば、昨今の社説とは、やれ情けなや、権力者の提灯もちということか。

 毎日社説の見出しは「対テロ長期戦の心がまえを」であった。まるで米国民に対するブッシュ演説そのままであり、なんで毎日の読者までが長期戦の覚悟をせんならんの、といい返したくなる。この社説は「……人類社会に対する無法行為を処罰するやむを得ない強制措置として武力攻撃を位置づける必要がある」と、論証抜きの粗雑なロジックでアフガン爆撃を正当化するのだが、タリバン全体が人類社会に対する無法行為をしたという証拠はどこにあるのか。忍耐づよい話し合いを避け、飢えに瀕した人々の頭上にいきなり爆弾を投下することが、「やむを得ない強制措置」か。そのように「位置づける必要がある」と託宣する、いかなる資格が、社説執筆者にはあるというのか。

 私の周辺でそれなりに話題になったのは、朝日の社説であった。同紙記者をふくむ私の友人たちは、異口同音に「限定的な武力攻撃はやむを得ない、と考える」という論旨(ここにも主語がない)に愕然としたというのだ。やんぬるかな、である。ひと昔前にくらべれば、ずいぶん目減りしてきたとはいえ、永遠に報われることのない朝日幻想というものを、裏切られても裏切られても、捨てきれない者の、それでも、いかに多いことか。それは、たぶん、おのれの偽善と新聞の偽善が、うまくつり合うからでもあろう。にしても、この社説の「『アフガン国民を攻撃している』と言われないためにも、米国が食糧や医薬品を投下するのは一つの方法だろう」のくだりは、後世に残る暴論である。アフガンに詳しい国連関係者やNGOメンバーによれば、投下された食糧にたどりつくのに、人々は、場合によったら、百個の地雷を踏まなくてはならない、という。つまり、この社説の筆者はまったくアフガン現地を知らないというのだ。

 いや、アフガンを知らなくても、人間として理解すべき哲理というものがあっていい。それは、殺しながら、同じ手で、食べ物をあたえ、慈しむことこそ、もっとも非人道的行為であり、人間への差別だ、ということだ。その意味で、この社説は、他紙同様に、人倫の根源への深いまなざしを欠いているといわなくてはならない。朝日にファンの多い丸山眞男はかつて「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリズムの転向からはじまる」と書き記しているけれど、これは、今日的には、朝日社説に向けられた、もっとも適切なアフォリズムであると思う。

 戦争という、人の生き死にについて論じているのに、責任主体を隠した文章などあっていいわけがない。おのれの言説に生命を賭けろとはいわないまでも、せめて、安全地帯から地獄を論じることの葛藤はないのか。少しは恥じらいつつ、そして体を張って、原稿は書かれなくてはならない。現場の若い記者たちの多くは、いま、社説とのひどい乖離に悩んでいるのだから。

 冒頭の言葉は、1945年7月6日の日記からの引用である。その数日後、渡辺一夫は「ラジオ・新聞は依然我々を欺瞞し続く」と書き、8月31目には、「聯合軍は進駐してきた。新聞記事は一変しての親米或は迎米主義になるらしい」と記している。今日の社説は、当時のそれらと、どこかで通底している。

 私は2006年に長く購読していた朝日新聞を止めて東京新聞に替えた。その理由を『今日の話題「朝日新聞の欺瞞」 2006年12月17日』で書き留めていた。しかし、新聞のマスゴミ化は社の上層部たちの政治権力へのゴマすり(今はやりの言葉で言えば「忖度」)の所為であり、一般の多くの記者はその体たらくに苦しんでいた。そのことは『今日の話題「朝日新聞問題:こころある記者は苦しんでいる。」 2006年12月20日』で取り上げた。

 このような新聞社上層部の体たらくぶりはいつ頃から始まったのかは分からないが、辺見さんが「現場の若い記者たちの多くは、いま、社説とのひどい乖離に悩んでいるのだから。」と書いているように、その状況は辺見さんが上の論考を書いた2001年の段階ではすでにその事態は当たり前になっていた。

 冒頭で紹介した「ジャーナリズムの死」の中の『ジャーナリズムの死(7):戦後の言論弾圧(1)』を読み直してみたら、その兆候は1967年ころから出始めていたようだ。
永遠の不服従のために(24)

国家テロリズム(1)

 今回から第3章に入る。この章のテーマは国家テロリズムであり、それを色々の観点から更にその核心に迫る論考が展開されている。そしてまず、その第1節では「国家とは何か」を問いなおしている。

 辺見さんが付けた表題は、ずばり「国家」であり、枕にはモンテーニュの『随想録』(関根秀雄訳)第三巻の一文をを引用している。
国家の存続はどうやら我々の理解を越えたことであるらしい。(中略)それはしばしば、内部の致命的病弊にもかかわらず、不公正な法律の害悪にもかかわらず、暴政にもかかわらず、また役人どもの専横と無知、民衆の奔放と反乱にもかかわらず、存続する。

 では本文を読んでみよう。

 国家とはいったいなんなのだろう。ブッシュやコイズミが、まるで自分の持ち家かなにかのように語る「わが国」とは、ぜんたい、なにを意味するのだろう。国家とは、たとえば、手で触ることのできる、ひとつの実体なのであろうか。そこには、なんらかの中心があるものなのだろうか。それは、この眼で、全体像を見とおせるものなのだろうか。人間にとって、ほんとうに必要なものなのだろうか。それは、私の心を解くものなのか、縛るものなのか……。

 視圏の彼方の海市(かいし)のように、国家は浮かんでは消え、消えては浮かび、結局、考えあぐねて、ここまで生きてきた。いまだに腑に落ちないのだ。なのに、この世のあらゆる闇の発生源には、国家と資本と性の問題が、たがいに深く結ぼれ絡まりあう、三匹の種類の異なる毒蛇のように、かならず、どっかりと居座っているものだ、と私は信じている。そのうち、いちばん御(ぎょ)しやすそうに見えて、もっとも御しがたいのが、国家の問題だ。

 古くからの問いを、いま一度、自分に問うてみる。国家とは、可視的な実在なのであろうか。最近、私は、こう思う。国家は、たしかに、可視的な実在でもある。だが、国家は、それを視覚的にとらえようとする者のすべてに、なぜか、"錯視"のような曲解を余儀なくさせるものだ――と。たとえば、エンゲルスが、「実際はしかし、国家というものは一階級による他階級の抑圧機関以外の何ものでもない」(ドイツ版『フランスにおける内乱』第三版への序文)というとき、軍隊や警察などの暴力装置をふくむ、可視的な実在もイメージされている。それはそれで国家の明証のようなものなのだけれども、やはり、錯視のような一部分の極大化、他部分の極小化があるのではなかろうか。

 私は教育反動の動きを問題にしてホームページを立ち上げたのだが、この問題は必然的に「国家とは何か」という問題につながった。「国家とは何か」を考える記事をずいぶん書いてきた。それらの記事の大元となった最初の記事が吉本隆明さん・秋山清さん・滝村隆一さんの論考をたより書いた『国家について』であった。そこで到達した認識は上のエンゲルスの認識と同じである。

 次の辺見さんの論考に出てくる「観念領域」は吉本さんが言う「共同幻想」と同じことを意味していると思う。

 国家が、本質的に抑圧機関であることは疑いない。けれども、まったくそうではなく、あたかも救済機関や理性(真理)体現機関のように、魅力的に見せかける欺罔(ぎもう)に長(た)けているのも、近代国家の特徴ではある。要するに、ひどく見えにくい。国家の、そうした不可視性こそが曲者である。なぜ、見えないのか。それは、国家というものが、断片的な実体とともに、非実体である〈底なしの観念領域〉を併せもつからではないだろうか。換言すれば、国家とは、その図体のほとんどを、人の観念領域にすっぽりと沈みこませているのではないか。極論してしまえば、国家は、可視的な実体である以上に、不可視の非在なのではないか。

 極論をさらに、進めてみる。国家は、じつのところ、外在せず、われわれがわれわれの内面に棲まわせているなにかなのではないか。それは、ミシェル・フーコーのいう「国家というものに向かわざるをえないような巨大な渇望」とか「国家への欲望」とかいう、無意識の欲動に関係があるかもしれない。ともあれ、われわれは、それぞれの胸底の暗がりに「内面の国家」をもち、それを、行政機関や司法や議会や諸々の公的暴力装置に投象しているのではないか。つまり、政府と国家は似て非なる二つのものであって、前者は実体、後者は非在の観念なのだが、たがいが補完しあって、海市のように彼方に揺らめく国家像を立ち上げ、人の眼をだますのである。そのような作業仮説もあっていいと私は思う。

 ひとつの例としては、「国挙げて奮い起つべし大君のみまえに死なむいまぞこの秋」と、真珠湾攻撃後の1942年初頭に、北原白秋が激(げき)してうたったときの「国」。それもまた、もともとは彼の内面の国家なのであって、それが、実体としての帝国軍隊の"勇姿"に刺激されて膨張し、膨張したまま、実体的軍隊や天皇や戦闘機や軍艦に投象されたのだ、と私は推理する。この歌のくだらなさは、したがって、白秋が体内にふくみもっていた国家像の、とんでもない貧困に起因するのであろう。

 内面の国家像の貧困については、このところ、日々にいよいよ新型のファシストめいてきたコイズミとて同じである。彼は彼の内面の国家の領袖をもって任じているはずである。それはそれで構いはしない。ただ、察するに、コイズミにおける内面国家には、右翼少年のような情念はあっても、守るべき憲法がない。失業者、貧困者、弱者への思いやりに著しく欠ける。彼ら彼女らが生活苦と絶望のあまり、いくら自殺し、一家心中しようとも、コイズミはいささかも憂えるということがない。コイズミの内面国家では、"敗者"ではなく、"勝者"こそが主人公でなければならないのである。いいかげんな構造改革による非受益者層の命運がどうあれ、米国としっかり手を携えて、"悪"に対する戦争をすることのほうがよほど大事なのだ。だが、彼の内面国家においては、"悪"とはなにかの想像力が、彼の大好きな保安官ブッシュ並みに、欠如している。靖国神社、神風特別攻撃隊、「海行かば」、エルビス・プレスリー、ゲーリー・クーパー、保安官ブッシュ……など、刺身とハンバーガーと山葵(わさび)とマスタードが渾然一体となったような、不気味な味にまみれて、ひとり悦に入っているだけである。

 その低劣な内面の国家を、現状に投影して、強引に通してしまったのが、テロ対策特別措置法、すなわち、戦後はじめての「戦争参加法」である。コイズミがどのようにいいつのろうと、この悪法が、周辺事態法よりもさらに踏みこんで、自衛隊の戦争参加に大きく道を開くものであることは、一目瞭然である。そうまでして、親分ブッシュに取り入ろうとする彼の心性は、ひとつの謎である。私の言葉ではないけれども、これは、古風に表現するなら、いわゆる"売国"というやつではないか。

 国家を語ろうとして、怒りのあまり脱線した。エンゲルスは前述の序文のなかで書いている。「もっともよい場合でも、国家はひとつのわざわいである」と。内面の国家についても、外在する国家についても、これ以上正確な表現はない。にもかかわらず、わざわいとしての国家は存続する。ならば、私は、せめて、私のなかの国家を、時間をかけて死滅させてやろうと思う。

 何度も指摘してきたが、現在のトランプに揉み手をしている「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」売国奴の知性も政策も、更に醜悪になったブッシュのポチ・コイズミのコピーである。
永遠の不服従のために(23)

番外編:大道寺将司(まさし)さん追悼

5月24日、大道寺さんが亡くなられた。辺見さんはブログでその死を悼む記事を書き継いでいる。転載しておく。

2017年05月24日 大道寺逝く

◎大道寺将司死す

 畏友、大道寺将司が本日午前11時39分、東京拘置所にて、多臓器不全で逝去した。哭するのみ。

2017年05月26日 大道寺

◎「大道寺将司とテロの時代」を配信

友人各位
 拙稿「大道寺将司とテロの時代――奇しき生、奇しき死」が本日、共同通信から配信されました。明日以降の加盟各紙に掲載されます。みじかい原稿ですが、お読みいただければさいわいです。昨夜、大道寺将司全句集『棺一基』を刊行してくれる出版社をさがしていたころのことをおもいだしていました。けっこう難航したのです。きわめて不快な発見もありました。
 やってくれるとおもっていた、表向きリベラル系、左派系をふくむいくつかの版元が、「あれだけの犯罪をおこした人物」であることを理由に、やんわりと、そして断乎として、刊行を拒んだのです。おとこたちはそのことでとくにたたかいもしませんでした。かれらは卑怯でした。刊行拒否を「他者のせい」にしたのです。「共謀罪」を、いかにも反対のふりをして、受けいれてしまうような素地はそのころからあったのです。

 性的、民族的偏見を承知で言います。ヤマトゥは卑劣です。ニッポンのおとこたちはどこまでも卑怯です。リベラルぶった、サヨクぶった、アタマのわるい、不勉強で、口だけたっしゃな、誤植,誤表記ばかりだしている、醜いヤマトゥンチューのおとこたちには、とくに注意したほうがいい。あいさつがわりに頭突きかキンテキ蹴りを食らわせてやりましょう。

 大道寺はごくごくまれな例外でした。『棺一基』『残(のこん)の月』を、丹精こめてつくってくれた太田出版の落合美砂さんに、あらためて感謝申し上げます。

2017年05月27日 五月闇

人知れず柩押し遣る五月闇
 『残(のこん)の月』(太田出版)所収。

 2014年。生きながら、かれは自身を柩におさめていた。

「法務省によりますと、大道寺死刑囚は7年前に多発性骨髄腫と診断され治療を受けていましたが24日午前、収容されていた東京拘置所で死亡したということです。これにより全国の拘置所にいる死刑囚は127人となりました」。と、書いたNHKのバカ記者、でてこい!ぶんなぐってやる。

2017年05月28日 「希望」

◎「文學界」にエッセイ

掌篇「希望」と目取真俊さんについてのエッセイ(5枚)を、6月1日発売の「文學界」最新号に寄稿しました。

2017年05月28日 声

夏深し魂消る声の残りける
 『棺一基 大道寺将司全句集』(太田出版)26頁。1997年。

 詞書に「東京拘置所で永山則夫君ら二人の処刑があった朝」とある。「魂消(たまぎ)る声」は、朝、とつぜんに刑場に連行される永山のすさまじい絶叫であった。大道寺はそれを聞いてふるえた。永山の声を耳にのこし、大道寺は逝った。

2017年05月29日 花影

花影や死は工(たく)まれて訪るる
 『友へ 大道寺将司句集』(パル出版)。59頁。2000年。そういうことだな。

2017年05月30日 掲載紙

◎中国新聞が掲載ーー大道寺死去関連エッセイ
 5月28日づけの中国新聞が、拙稿「奇しき生と奇しき死ーー大道寺将司とテロの時代」を改題して掲載しました。にしても、掲載率のおどろくべき低さに唖然としています。なぜなのか。いま、なにがおきているのか。危ういのは、外面よりも、内面の沈滞にあるのではないでしょうか。

2017年05月31日 純粋

◎「純粋な幸福」の第3回を送稿
 連載詩「純粋な幸福」の第3回「市内バス」(脚注つき約21枚)をほんじつ「現代詩手帖」に送稿。つかれた。

いつだったか、大道寺に手紙を書いた。じぶんはあなたと野原にすわってビールでものみたいだけなんだ。ただそれだけのことなんだ、と記した、と記憶する。なに話すでもなく、だまってのむのがいい。土手。河川敷。キャッチボールする子どもら…。ただの想像。もうつかれたよな。どちらかともなく、そのくらいはつぶやくかもしれないけれども。
 返事がきた。アルコールが苦手で、ちょっとのんでも顔が赤くなる、と。こころで苦笑し、どうじに、「あっ」とおどろいていた。いつまでもおどろいた。かれはだれよりも善良な市民にでも公僕にでもなりえたのだ。

きみは、かつてもいまも、青い気圏のそとをゆっくりとまわらされている。死んでも。ずっとそうおもっているよ。ニッポンの国家権力ってすごいよな。世界一じゃないか。だって、なんでも知ってるし、人民大衆のほとんどを味方につけているんだもの。シチズンもナロードもプロレタリアートも、いまや警察の味方だよ。なあ、そうおもわないか。人民大衆は、いつかおのれの血管や脳内に警察をもつようになったんだね。

 30日の記事で中国新聞に掲載された記事のことが書かれているが、その新聞記事のpdfファイルが添付されていたので、読み取りをした。次のような記事だった。

特別寄稿 大道寺将司死刑囚死去 作家辺見 庸

私たちは「テロ」を知らない

 「死の覚悟求めて止まず花の雨」。生前刊行されたものとしては最後の句集『残(のこん)の月』の一句である。「花の雨」は、桜を打つ雨。獄中の大道寺将司はそれをみたわけではない。心の花を雨で散らせ、みずからに課した死を、くりかえしなぞったのだ。逮捕から約40年、獄中での自責と悔恨、死のシミュレーシヨンは、かれの日課だった。つまり、かれは想念で毎日くりかえし死んでいた。
 大罪はむろん大罪である。大道寺がいくら詫びてたとて、獄死したとて、事件の被害者はよみがえらない。遺族は救われない。
 その酷烈な諸事実の間の、気がとおくなるほどの距離に、しかし、なにもまなばないとしたら、40余年の時間とおびただしい死傷者は空しいムダにしかならない。

 若い人びとはおそらく知るまい。一見はげしく対立するはずの、ヒューマニズムとテロリズムの二点をむすぶ線分は、おどろくべきことに、かつて、それほどに長いものではなかったのだ。直線的な理想主義とそれを根拠とする憤激が、あるとき短絡し、おぞましい殺りくを結果した例は、1970年代の連続企業爆破事件にとどまらない。連合赤軍事件も内ゲバ事件も、生まれついての暴力分子の手になるものではなく、まことに逆説的で皮肉なことには、もともと過剰なほど真剣に理想をとなえるものたちの所業だったのである。
 おもえば、ロシア革命も中国革命も、気だかい理想と凄惨な暴力が織りなした、善とも悪とも結論しがたい端倪すべからざる歴史の突出であった。いくつもの曲折をへたいま、この国では、公権力を執拗に批判し、理想を言いつのることが危険視され、ばあいによっては「共謀罪」の要件になりかねないというのだから、歴史の逆流はとどまるところをしらない。
 先達の思想家によれば、あらゆる時代には、その時代を象徴する「暗い死のかたち」があるという。いまはどうか。目にはそれとみえないながらも、「全民的な精神の死」のかたちが、社会の全域に、どんよりとくぐもっていはしないだろうか。言葉は口からはっする以前に複雑骨折していないか。理想主義はおしなべて「なんちやって」視されていないか。澄んだ目で堂々と「社会正義」を主張することが、反社会的活動ないし、はなはだしくは「狂気」とさえみなされてはいないか。
 これほど多くのテロを経験しながら、わたしたちはテロとはなにかを知らない。ナチスは反ナチ勢力の活動をテロとしてほしいままに弾圧した。中国を侵略した「皇軍」は、抗日ゲリラをテロリストと同等の「匪賊」とだんじて、残酷な掃蕩と処刑にあけくれた。「反テロ」が、歴史的に、悪しき体制をまもるための超法規的方便にされてきたことを忘れてはならない。

 大道寺将司が逝ったいま、二つのパラドクスが暗示するものを、わたしはじっとかんがえつづけるだろう。一つは、事件関与をのぞき、それだけをのぞき、かれが『高潔』といってよいほどの人格のもちぬしだったこと。もう一つは、連続企業爆破事件のころ、世の中はそうじて明るく、いまのように戦争とテロをリアルに予感せざるをえない空気はなかったのである。つけくわえれば、当時は、いまほどひどい政権ではなかった。われわれは今後、奇しき生を生き、奇しき死を死ぬだろう。


(追記6月6日)
 辺見さんのブログの「大道寺将司さん追悼」記事はその後も続いています。興味ある方のためにブログのアドレスを紹介しておきます。
(http://yo-hemmi.net/)