2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(16)

不敬(3)


……どこまで行っても政治的表現としてほかそれがないのだ。ほんとうに気の毒だ。羞恥を失ったものとしてしか行動できぬこと、これが彼らの最大のかなしみだ。個人が絶対に個人としてありえぬ。つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純粋な場合だ。(中野重治『五勺の酒』から)


 この『五勺の酒』からの引用文は分かりにくい。辺見さんは本文の後半でその意味を明らかにしているが、改めて『五勺の酒』(ちくま日本文学全集版)を読み直してみた。少し補充しておこう。

 中野さんは一人の人間としての天皇に同情を寄せている。その理由を縷々説明しているが、その理由の一つを「あそこには家庭がない、家族がない」ことを挙げている。そのことを受けて上の引用文が続く。そして「個としての彼らを解放せよ」と主張する。

 私は憲法「第1章 天皇」の削除を主張してきている(例えば『憲法改悪の真の狙い』)が、これは真の民主主義を構築するための大前提であると共に、これこそ皇族の個としての真の解放だと思っている。

 それでは辺見さんの本文を読んでみよう。

 たった一回だけれども、その人を、じかに見たことがある。何年も前に、横浜駅の西口近くで。銀行をでた私の前に、黒山の人だかりがあった。背中をぐいぐい押されて、私は結局、車道に面したコンクリートの大きな植栽ボックスの上に立つかっこうになった。眼の前に、黒塗りのリムジンの長い車列が、ゆっくりとやってきた。何台目かの車の後部座席の窓が開いていて、やや猫背ぎみの小柄の人物が、群衆に向かい、小刻みに手を振り、そうまでしなくてもと思われるほど丁寧に、首を上げ下げしている。政治家や芸能タレントたちの、いかにも悪ずれした愛想とはまったく異質の、こちらがたじろいでしまうほどの、痛々しい、剥きだしの善意のようなものを、彼の表情と所作は感じさせた。

 色浅黒いその横顔に見覚えがある、と思ったとき、彼と眼が合った。険、荒(すさ)み、不逞、傲岸(ごうがん)、倦怠、狡猾、強欲、猜疑(さいぎ)、敵意、威圧、卑屈、皮肉、冷酷、癇癖(かんぺき)、歓喜、暴力、磊落(らいらく)、邪曲(じゃきょく)……の、いずれも、かけらもなさそうな、これまでに見たことのない種類の、不思議な眼であった。ただ、孤独と虚無の陰りのいかんについては、なにしろ瞬時であったので、読むことはできなかった。天皇は、私から視線を移さずに、片手を軽くうち振り、「あっ、どうも」という調子で、首をこくりと小さく下げた。私も、つられて、こくりと会釈した。同時に、右手をズボンのポケットからそろりとだして、ベルトのあたりまでもちあげ、行きすぎる天皇の方向に、汗ばんだたなごころを開いて、ためらいつつ、一、二回左右に動かしてみたのであった。わざと曖昧に、お返しの挨拶を私はしようとしたようだ。だが、それに気づいて驚いて、右手を、まるで他人の手みたいに、こっそりとポケットに戻してしまった。なんにもなかったかのように。

 と、たったこれだけのことを書くのに、いく度、胆嚢のあたりがピリピリしたことか。そう、これは、この国でこの種のことを描くときに避けられない、名状の難しいピリピリ感なのである。このピリピリ感が、私の場合、二種類あって、体内で終始ヒリヒリとせめぎ合うのだ。前回書いたテーマに即していえば、ピリピリ感は、「体内の抑止機制」が然らしめているのであり、私には、これが、正と反二つあるのだから、ややこしい。

 まず、「正」の抑止機制は、私に、〈おいおい、敬語、敬称はどうしたのだ〉と低く脅すように囁きかけるのである。これは、26年間の記者生活のトラウマのようなものであろう。「皇室に対しては、原則として敬称、敬語を使う。敬称については皇室典範が、天皇、皇后、太皇太后、皇太后には『陛下』、それ以外の皇族には『殿下』とすることを定めており……」という『記者ハンドブック』(新聞用字用語集)を、喜ぶべきか嘆くべきか、私はいまでも諳(そら)んじているほどなのである。記者時代には、この"ルール"に完全に従ったわけではないけれど、まったく無視したわけでもない。「正」の体内抑止機制はさらに、天皇の体躯や内面にかかわることを表現するときに、あたかも黄色信号が点滅するように、ピリピリ感を生じさせるのである。ヒリヒリは、書きこむほどに、ときおり、ヒヤリに変わり、それが筆をもつ指先に伝達されるのだ。いやはや、まったくよくできている。

 これに対し、「反」の抑止機制は、ずいぶんひねくれている。白状すれば、横浜駅西口前での、ゆくりなき出会いで、私は天皇(昭和天皇ではなく、いまの天皇である)に、なにがなし、好感をもったのである。でも、率直にそうとは書かせないのが、「反」の体内抑止機制なのだ。「陛下」とは書かないまでも、彼は年長者なのだから、「おみかけした」だとか「ご覧になった」くらいの敬語を使ってもよかりそうなものなのに、そうはさせないのも、この抑止機制なのである。天皇制と生身の明仁氏個人をごっちゃにして考える、左翼小児病的な紋切り型思考がこれだ。私の体内にはこれがある。しかし、正と反の体内抑止機制のいずれをも、私は少しずつ壊してしまったほうがいいと考えている。でも、難しいだろうなあ、とも予感している。
 ちょっと『五勺の酒』に戻る。中野さんの「天皇解放論」に対して、次の様な批判が出てくる。
『…彼らが僕を軽蔑して、モーロクあつかいして右翼的などというのがままあるのだ。…かと思うと、読みもせぬ本の言葉で左翼小児病的だなどと言う。』
 「左翼小児病」については、注として、次の様な解説が付されている。
「レーニンの著『共産主義における左翼小児病』からの言葉で、現実を客観的に十分分析せず、物事を観念的・公式的に判断し言動する傾向。」
 この様な言動傾向は、右翼の専売特許だから「右翼小児病」という言葉はない。

 本文に戻ろう。

 中野重治は、『五勺の酒』で、「天皇の天皇制からの解放」を語り、「個として彼らを解放せよ」と書いた。1946年11月、新憲法公布直後のことである。これは、もちろん昭和天皇についてだが、
「どこに、おれは神でないと宣言せねばならぬほど蹂躙(じゅうりん)された個があっただろう」
とも記している。戦争責任は戦争責任として、人間として、個として、遇すべきだというのだ。まさにピリピリするいいかたではないか。中野も畢竟(ひっきょう)、正と反の体内抑止機制から完全には脱却しえなかった人だと私は反発もするのだが、指摘の質は55年後のいまもひどく重く、かつ完全に有効ではある。

 しかして、現在のマスメディアは、『五勺の酒』の時代のメディアよりも、よほど巧妙に、正と反の抑止機制を二つながら隠蔽し、それゆえ、明仁氏らをいまだもって個人ないし総合的人格として扱わず、またそれゆえ、実質的天皇制を裏から支えるばかりであり、われわれにわずかのピリピリ感もあたえてはくれないのである。

 群衆と対面し、「君が代」を歌い奉られることの、個人としての正直な実感とはいかがなものか、記者たちはなんとかして天皇に問うべきである。昨今の国家主義的傾向をどうお感じか、「つくる会」の歴史・公民教科書をどう思うか、天皇は将来にわたり天皇たりえたいか。憲法9条および13条(個人の尊重)、19条(思想、良心の自由)、21条(表現の自由)に関し、一個人としてどうお考えか、ピリピリしながらお訊きしてなに悪かろう。それらの答えこそが、真にスクープの名に値するのである。それは、"不敬"などではさらさらなく、人間の人間存在に対する敬意というものであろう。

 13条は「すべての国民は…」と始まる。19条・21条には省かれているが、もちろん主語は「すべての国民」である。天皇にはこれらの権利がない。天皇は国民ではなく、個人として尊重されていないのだ。つまり天皇は国民から疎外されている存在だが、それ故に支配階級はそれを国民を威圧する存在として利用しすることが出来るのだ。
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