2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
永遠の不服従のために(22)

9・11同時多発テロ後の世界(4)

今回使用する辺見さんの論考の表題は「非道」である。枕には夏目漱石著『三四郎』の第2章(東京に上京したときの三四郎の驚きを描いている)から、次の一文を引用している。
世界はかように動揺する。自分はこの動揺を見ている。
けれどもそれに加わる事は出来ない。
自分の世界と、現実の世界は一つ平面に並んでおりながら、どこも接触していない。
そうして現実の世界は、かように動揺して、自分を置き去りにして行ってしまう。
甚だ不安である。

 本文は「何年も前に見た」という2025年頃の世界を描いた映画の記憶から書き始めている。

 映画によれば、というより、私の朦々(もうもう)たる記憶によれば、2025年ごろ、世界はいまと一変して大動乱の最中にある。西も東も、すさまじいばかりの不況である。西欧にはおびただしい難民が押し寄せてきている。難民らはしばしば暴徒化し、兵士が機関銃を乱射して鎮圧したりしている。経済的利害をめぐり、EUと米国は、ぬきさしならぬほどの敵対関係となっている。米国はといえば、ホワイトハウスにぺんぺん草が生えっぱなしというくらいの没落ぶりで、大統領は、これまでのコーカソイド(白色人種)ではなく、人口伸び率の高いヒスパニク系から選ばれている。中国は泥沼の内戦中である。北京政府と広東だか上海だかの地方政府が軍事衝突しており、難民が週に数万単位で、海路、日本をめざしてやってくる。その日本だが、そのころには本格的に軍国主義化していて、海軍力まで動員し、難民排除の水際作戦を展開している。とにもかくにも、全編、希望の光など毫(ごう)もないという未来予測ではあった。と、ここまで書いて、やや気後れしてくる。記憶が混濁しているか、脚色されているか、どちらかではないか。あれは、やっぱり、夢だったか…・。

 辺見さんはこの映画が描く世界が実際の世界を予測していると観じ、次のように続けている。

 でも、実際の話、あと四半世紀ほどしたら、世の中はどう変わっているのだろう。米国はひきつづき世界の覇者をもって自任し、相も変わらず威張りくさって、ああしろこうしろと、各国に号令をかけているのであろうか。おそらく、そうではあるまい。これは単に私の勘でしかないのだけれども、ほぼ「2025年」の予測のとおりに、米国は見る影なく没落しているのではないだろうか。アフガニスタンに対する非道この上ない爆撃がはじまったとき、私はそう直観し、直観が当たるのを心の底から願ったことである。とまれ、米英によるアフガン爆撃は、長期にわたる世界の動乱要因を決定的にこしらへた。

 私もならず者国家アメリカのできる限り早い没落を願ってやまない。が、現状を顧みれば、単なる夢で終わりそうだ。大変悲観的な妄想が浮かんでくるが、もしかすると、アメリカの暴走が核戦争にまで突入し人類の滅亡に至るかもしれない。

 「マスコミに載らない海外記事」でアメリカによる核戦争勃発を懸念している記事に出会った。紹介しておこう。『真実は反米と化した』

 最後に、辺見さんはアメリカの「非道」ぶりを「国家テロリズム」と断じて、その怒りを激しく表出している。

 私としては、いまや、欧米の民主主義を根本から疑わざるをえない。たった一発分の金額で、飢えたアフガン難民数万人がしばらく腹いっぱい食うことができるほど高価な巡航ミサイルを、連日、何十発も、情け容赦なくぶちこむことのできる米英の"知性"をまのあたりにして、私はつよく念じた。この"知性"は一日も早く滅びたほうがいい、と。すさまじい爆撃と同時に、食糧や薬品を空中から投下した米国式の"慈愛"を見て、私は思った。ああ、なんという思い上がりであろうか。彼らは無残に人を殺すかたわら、同じ手で人命救助をすることが、人道的だとでも思っているのか。人を激しく殴りいたぶる一方で、優しくなでさすることが、人間的だとでもいうのか。このような傲慢きわまりない"慈愛"こそが、じつは、同じ種である人間への、計り知れない侮蔑であり、差別であることに、なぜ気がつかないのであろうか――と。こうした「理念の不在」も、世界の新しい動乱要因となっているのではないか。

 報復攻撃に参加している米英を中心とする金持ち列強がいま、連中の誇る精密誘導兵器を駆使して、着実になしとげていることがある。それは、テロの根絶などではさらさらなく、じつのところ、テロの育成なのだ。すなわち、理不尽な爆撃を重ねることで、アフガン住民、ひいてはイスラム世界、そして、南の貧困諸国住民の多くが心のうちにもつ「怨念(おんねん)の種子」を刺激し、次々に出芽させてしまっているということである。それらは、憎悪の人間爆弾と化して、いずれの日にか、米欧列強に(ひょっとしたら日本にも)、またぞろ不意の暴力としてぶつかってくるはずである。「不朽の自由」という名のおぞましい作戦が、日々に拡大再生産しているもの。それは、南の貧困層の北の受益者層に対する「不朽の怨み」なのであり、世界の動乱要因なのだ。

 ところで、保安官ブッシュの力説する「テロの根絶」の語感が私には気になってしかたがない。ナチズムの「最終解決」の語感となにやら怪しく響き合うのである。ブッシュという男は、テロリストというほとんど無限定の可変的概念を、自分とは異なった血をもつ、"異なった種"かなにかだと思いこんでいる節がある。反米主義者ならばだれでも、テロリストまたはその予備軍と決めつけている気配もある。そして、その"異なった種"をその信念ごと、ナチスの発想さながらに、物理的に抹殺できるものと信じているようだ。ユダヤ人はガス室で、テロリストは精密誘導兵器で、というわけか。換言すれば、「不朽の自由」作戦は、その倒錯の質において、ナチスのユダヤ人に対する「最終解決」の実践と、どこか似ているのである。この作戦の背後には、頑迷無比なシオニストたちがいるといわれているけれども、人というのは、まことに過去に学ばないものだ。

 で、この無知蒙昧にして倨傲(きょごう)の大統領閣下は、次のようなことにまったく気づくということがない。大別すると、テロリズムには、国家に対するそれと、国家によるそれがあって、自身がいま、アフガンの人々に対する紛うかたない国家テロリストの頭目となっていること、に。反国家テロリズムと国家テロリズムとでは、犯罪とその被害の規模がまるで桁ちがいであることは、いうをまたず、後者による圧倒的な殺傷が、前者の発生源ともなる。世界でもっとも富裕な国々が、よってたかって、世界でもっとも貧しい、国ともいえない国を撃つ。それこそが、最大のテロであり、未来へと引きつづく動乱要因なのである。

 えっ、冒頭の引用の意味はなにかって? すっかり、忘れていた。今回は、まあ、苦しまぎれの語呂合わせみたいなものである。でも、きょうびは、「近代人の孤独」もへちまもありはしない。「世界の動揺」を拱手(きょうしゅ)傍観している場合ではなかろう。アフガン攻撃反対の声を、精一杯上げるほかない。

 ちなみに、アメリカの「非道」を牽引しているのは「軍産複合体」と呼ばれている戦争利権屋たちであることを度々書いてきたが、上で紹介した『真実は反米と化した』では「軍治安複合体」(the military/security complex)という言葉が使われている。
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永遠の不服従のために(21)

9・11同時多発テロ後の世界(3)

今回使用する辺見さんの論考の表題は「善魔」である。手元にあるどの辞書にもこの熟語はない。本文中にこの言葉の由来が次のように書かれている。(本文の構成順を替えて引用している。)

 「善魔」という言葉を、私は、だいぶ以前、ある日本人神父から聞いた。身勝手で薄っぺらな「善」を、むりやり押しつける者を意味する造語で、神父は「悪魔よりも程度がわるく、魅力がない」と吐き捨てるようにいったものだ。彼としてはヴァチカンを批判したかったのかもしれないが、いまや世界最大の「善魔」とはローマ教皇庁などではなく、ブッシュを頭目とする米政府なのではないか。私は、正直、この「善魔」大統領と彼に手もなく仕切られている世界が不快でならない。ベトナム戦争当時より、湾岸戦争のころより、米国の唱える「善」には、今日、厚みも道理もなく、よくよく考えれば、それは限りなく悪に近いのである。

 ではまずはこの論考の枕を読んでおこう。

おお、堪えがたき人間の条件よ。
一つの法則の下に生まれながら、他の法則に縛られて、
虚しく生まれながら、虚しさを禁じられ、
病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて、かくも相反する法則によるとせば、
自然の意味とは、そも何か。(フルク・グレヴィルの戯曲「ムスタフア」から)

 この枕の元になっている戯曲もその著者も私には初耳だが、辺見さんは次のように解説している。

 この詩を、私は埴谷雄高著『罠(わな)と拍車』のなかの「自由とは何か」で知った。文中、埴谷はこれを「私が古くから愛好しているブレークの詩」として紹介している。学生時代に読んで以来、埴谷がそう記しているし、私は不勉強だから、当然、ウィリアム・ブレークの詩だとばかり思いこんできた。ところが、今回、ブレークを調べてみたら、まだ調べたりないのか、この詩がなかなかでてこない。意地になって追いかけていたら、ブレークよりはずいぶんマイナーな作家、グレヴィル(1554~1628年)の作品であることがわかった。ブレークがこの詩を引用したのか、単純に埴谷雄高の勘ちがいなのかは、依然、不分明である。

 そんなことは、しかし、どうでもいい。記憶力のあまりよくない私が、この詩にかぎっては、おぼろではあるものの、ほぼ34年間も胸の底の薄暗がりに、なんとなく言葉を残してきた、そのことにわれながら驚く。正確にいえば、
「おお、堪えがたき人間の条件よ」

「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」
の二つのフレーズだけを忘れずに生きてきた。たぶん、私は、大いなる矛盾を露呈する時代のときどきに、「おお、堪えがたき人間の条件よ」と嘆息し、「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」と、心のうちで、この世の成り立ちを呪ってきたのだ。だが、いま振り返れば、それまでの嘆息にも呪詛(じゅそ)にも、まだなにがしか余裕があった。そうなのだ。世界は、かつても、人間が病まずにはいられないようにしつらえられていたけれども、いまほどひどく悪辣(あくらつ)ではなかった。

 今(同時多発テロ後)のひどい悪辣さを作り出したのは、前回用いた言葉で言えば、「保守反動ブタ」どもである。辺見さんはこのことを「善魔」という言葉を用いて、さらに突っ込んだ評論を展開している。

 ニューヨーク・タイムズの社説によれば、世界史は、あの同時多発テロの「前」と「後」に、つまり、B.C.とA.D.みたいに、「9・11前」か「9・11後」に分かれることになったよしである。まことに独り善がりで傲岸な新史観ではあるが、私の眼には、世界は9・11後こそ、9・11前の千倍も狂気じみて、かつ愚かになったとしか見えない。なぜかというと、9・11を境に、ブッシュというとんでもない「善魔」が、あろうことかあるまいことか、善と悪、文明と野蛮について、世界中に偉そうな説教を垂れ、絶大な武力を背景に、史上最悪の"善"の強制的グローバル化を開始したからである。それに腹をたてたとき、私はまたぞろ、「おお、堪えがたき人間の条件よ」を思い出したわけだ。

 包み隠さずうち明けるならば、面相からして、私は「善魔」ブッシュよりも(もちろん、子分の「小善魔」コイズミよりも)、「悪魔」ウサマ・ビンラディンに万倍も人間的魅力を感じる。いま、どちらと会って話したいかと問われれば、いわずもがな、後者なのである。前者には、「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」の意味が、どうあっても理解できないであろう。病むべく創っておきながら、健やかにと命じているのが、ほかならぬ、「善魔」たちだからである。米国に対する外部世界の計り知れないルサンチマンとは、米国が世界を私物化しようとし、まさに人が病むほかないシステムをつくる一方で、米国式正義を強いてくるから、生じているのではないか。

 もちろん、このアメリカの善魔ぶりは同時多発テロ以前にも連綿と行なわれていた。「るいネット」さんの記事『アメリカの侵略戦争史年表②』から、ベトナム戦争から同時多発テロまでの年表を転載しておく。
1965 北ヴェトナムへの北爆本格化。地上軍を投入。
 ドミニカに海兵隊派遣。
1970 アメリカ軍、カンボジャ侵攻。
1971 ヴェトナム戦争、ラオスにも拡大。
1983 グレナダ侵攻。
1986 リビアのトリポリなどを爆撃。
1989 パナマに侵攻。
1990 イラクのクウェート占領に対し、サウジアラビアに派兵。
1991 湾岸戦争。
1992 ソマリア派兵。
1993 ソマリア作戦。
1994 NATO、旧ユーゴ内戦に介入、空爆を行う。
1996 イラクに対し空爆。
1999 NATO軍、コソボ空爆。
2001 米同時テロへの報復と称して、米、英と共にアフガニスタン空爆。地上軍派遣。
 辺見さんは、この中から「グレナダ侵攻」と「ソマリア派兵」を取り上げて、ならず者国家の「善魔」を指弾している。

 いま、つくづく思う。米国ほど戦争の好きな国はない。1776年の独立以来、対外派兵がじつに二百回以上に上り、しかも、原爆投下をふくむ、非人間的作戦行動のほとんどについて、これまでに国家的反省をしたことがない。にべもなくいうなら、人類史上最大の戦争国家なのである。二百回のなかには、たとえば、グレナダ作戦(1983年)というのがある。グレナダ政権内の親ソ連派クーデターに怒った米国が、七千人もの部隊を動員して侵攻、クーデターを鎮め、首謀者を逮捕した。マスコミは挙げて米特殊部隊を英雄扱いした。私は、当時、カリフォルニア州に住んでいて、この作戦成功に米国中が異様なほどわき返るのを、おののきふるえて見つめたものだ。なぜって、グレナダの人口は当時、たったの九万人ほど。軍隊などといっても数百人くらいの、弱っちい貧乏国だからだ。勝つたからといって、決して威張れるような相手ではない。この点、米政府の好戦的官僚は、一般に羞恥心というものをもたない。

 1993年からのソマリア作戦もひどかった。壊すだけ壊し、殺すだけ殺して、なにもつくれずに撤退した。後は頬被(ほほかぶ)り。同年の暑い夏、ソマリアで取材したから私は知っている。米軍はただの"壊し屋"たった。

 いままた、米国とその同盟国は、象千頭で蟻十数匹に襲いかかるような非道をはじめつつある。ブッシュ大統領の以下の言葉は、米国を唯一無二の善とした、ただの脅しでしかない。
「世界のあらゆる地域のあらゆる国家が決断しなければならない。われわれとともにあるか、さもなくばテロリストといっしょになるかだ」(「2001年9月20日、上下両院合同会議での演説)。

 なにも好きこのんで人々がテロリスト側にくみするわけがない。さりとて、ブッシュの語る「善」の側に立つのは、「堪えがたき人間の条件」なのである。

永遠の不服従のために(20)

9・11同時多発テロ後の世界(2)

今回使用する辺見さんの論考の表題は「善魔」である。手元にあるどの辞書にもこの熟語はない。本文中にこの言葉の由来が次のように書かれている。(本文の構成順を替えて引用している。)

 「善魔」という言葉を、私は、だいぶ以前、ある日本人神父から聞いた。身勝手で薄っぺらな「善」を、むりやり押しつける者を意味する造語で、神父は「悪魔よりも程度がわるく、魅力がない」と吐き捨てるようにいったものだ。彼としてはヴァチカンを批判したかったのかもしれないが、いまや世界最大の「善魔」とはローマ教皇庁などではなく、ブッシュを頭目とする米政府なのではないか。私は、正直、この「善魔」大統領と彼に手もなく仕切られている世界が不快でならない。ベトナム戦争当時より、湾岸戦争のころより、米国の唱える「善」には、今日、厚みも道理もなく、よくよく考えれば、それは限りなく悪に近いのである。

 ではまずはこの論考の枕を読んでおこう。

おお、堪えがたき人間の条件よ。
一つの法則の下に生まれながら、他の法則に縛られて、
虚しく生まれながら、虚しさを禁じられ、
病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて、かくも相反する法則によるとせば、
自然の意味とは、そも何か。(フルク・グレヴィルの戯曲「ムスタフア」から)

 この枕の元になっている戯曲もその著者も私には初耳だが、辺見さんは次のように解説している。

 この詩を、私は埴谷雄高著『罠(わな)と拍車』のなかの「自由とは何か」で知った。文中、埴谷はこれを「私が古くから愛好しているブレークの詩」として紹介している。学生時代に読んで以来、埴谷がそう記しているし、私は不勉強だから、当然、ウィリアム・ブレークの詩だとばかり思いこんできた。ところが、今回、ブレークを調べてみたら、まだ調べたりないのか、この詩がなかなかでてこない。意地になって追いかけていたら、ブレークよりはずいぶんマイナーな作家、グレヴィル(1554~1628年)の作品であることがわかった。ブレークがこの詩を引用したのか、単純に埴谷雄高の勘ちがいなのかは、依然、不分明である。

 そんなことは、しかし、どうでもいい。記憶力のあまりよくない私が、この詩にかぎっては、おぼろではあるものの、ほぼ34年間も胸の底の薄暗がりに、なんとなく言葉を残してきた、そのことにわれながら驚く。正確にいえば、
「おお、堪えがたき人間の条件よ」

「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」
の二つのフレーズだけを忘れずに生きてきた。たぶん、私は、大いなる矛盾を露呈する時代のときどきに、「おお、堪えがたき人間の条件よ」と嘆息し、「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」と、心のうちで、この世の成り立ちを呪ってきたのだ。だが、いま振り返れば、それまでの嘆息にも呪詛(じゅそ)にも、まだなにがしか余裕があった。そうなのだ。世界は、かつても、人間が病まずにはいられないようにしつらえられていたけれども、いまほどひどく悪辣(あくらつ)ではなかった。

 今(同時多発テロ後)のひどい悪辣さを作り出したのは、前回用いた言葉で言えば、「保守反動ブタ」どもである。辺見さんはこのことを「善魔」という言葉を用いて、さらに突っ込んだ評論を展開している。

 ニューヨーク・タイムズの社説によれば、世界史は、あの同時多発テロの「前」と「後」に、つまり、B.C.とA.D.みたいに、「9・11前」か「9・11後」に分かれることになったよしである。まことに独り善がりで傲岸な新史観ではあるが、私の眼には、世界は9・11後こそ、9・11前の千倍も狂気じみて、かつ愚かになったとしか見えない。なぜかというと、9・11を境に、ブッシュというとんでもない「善魔」が、あろうことかあるまいことか、善と悪、文明と野蛮について、世界中に偉そうな説教を垂れ、絶大な武力を背景に、史上最悪の"善"の強制的グローバル化を開始したからである。それに腹をたてたとき、私はまたぞろ、「おお、堪えがたき人間の条件よ」を思い出したわけだ。

 包み隠さずうち明けるならば、面相からして、私は「善魔」ブッシュよりも(もちろん、子分の「小善魔」コイズミよりも)、「悪魔」ウサマ・ビンラディンに万倍も人間的魅力を感じる。いま、どちらと会って話したいかと問われれば、いわずもがな、後者なのである。前者には、「病むべく創られながら、健やかにと命ぜられて」の意味が、どうあっても理解できないであろう。病むべく創っておきながら、健やかにと命じているのが、ほかならぬ、「善魔」たちだからである。米国に対する外部世界の計り知れないルサンチマンとは、米国が世界を私物化しようとし、まさに人が病むほかないシステムをつくる一方で、米国式正義を強いてくるから、生じているのではないか。

 もちろん、このアメリカの善魔ぶりは同時多発テロ以前にも連綿と行なわれていた。「るいネット」さんの記事『アメリカの侵略戦争史年表②』から、ベトナム戦争から同時多発テロまでの年表を転載しておく。
1965 北ヴェトナムへの北爆本格化。地上軍を投入。
 ドミニカに海兵隊派遣。
1970 アメリカ軍、カンボジャ侵攻。
1971 ヴェトナム戦争、ラオスにも拡大。
1983 グレナダ侵攻。
1986 リビアのトリポリなどを爆撃。
1989 パナマに侵攻。
1990 イラクのクウェート占領に対し、サウジアラビアに派兵。
1991 湾岸戦争。
1992 ソマリア派兵。
1993 ソマリア作戦開始。
1994 NATO、旧ユーゴ内戦に介入、空爆を行う。
1996 イラクに対し空爆。
1999 NATO軍、コソボ空爆。
2001 米同時テロへの報復と称して、米、英と共にアフガニスタン空爆。地上軍派遣。
 辺見さんは、この中から「グレナダ侵攻」と「ソマリア派兵」を取り上げて、ならず者国家アメリカの「善魔」を指弾している。

 いま、つくづく思う。米国ほど戦争の好きな国はない。1776年の独立以来、対外派兵がじつに二百回以上に上り、しかも、原爆投下をふくむ、非人間的作戦行動のほとんどについて、これまでに国家的反省をしたことがない。にべもなくいうなら、人類史上最大の戦争国家なのである。二百回のなかには、たとえば、グレナダ作戦(1983年)というのがある。グレナダ政権内の親ソ連派クーデターに怒った米国が、七千人もの部隊を動員して侵攻、クーデターを鎮め、首謀者を逮捕した。マスコミは挙げて米特殊部隊を英雄扱いした。私は、当時、カリフォルニア州に住んでいて、この作戦成功に米国中が異様なほどわき返るのを、おののきふるえて見つめたものだ。なぜって、グレナダの人口は当時、たったの九万人ほど。軍隊などといっても数百人くらいの、弱っちい貧乏国だからだ。勝ったからといって、決して威張れるような相手ではない。この点、米政府の好戦的官僚は、一般に羞恥心というものをもたない。

 1993年からのソマリア作戦もひどかった。壊すだけ壊し、殺すだけ殺して、なにもつくれずに撤退した。後は頬被(ほほかぶ)り。同年の暑い夏、ソマリアで取材したから私は知っている。米軍はただの"壊し屋"たった。

 いままた、米国とその同盟国は、象千頭で蟻十数匹に襲いかかるような非道をはじめつつある。ブッシュ大統領の以下の言葉は、米国を唯一無二の善とした、ただの脅しでしかない。
「世界のあらゆる地域のあらゆる国家が決断しなければならない。われわれとともにあるか、さもなくばテロリストといっしょになるかだ」(「2001年9月20日、上下両院合同会議での演説)。

 なにも好きこのんで人々がテロリスト側にくみするわけがない。さりとて、ブッシュの語る「善」の側に立つのは、「堪えがたき人間の条件」なのである。

永遠の不服従のために(19)

9・11同時多発テロ後の世界(1)

 『不服従』の第3章の残りの3節は9・11同時多発テロが誘発したならず者国家アメリカにより引き起こされたアフガニスタンやイラクへの侵略戦争を始めとする数々の蛮行を取り上げている。この問題については私もかなり多くの記事で取り上げてきた。それらと重複する内容もあるが、一応全部読んでみよう。

 最初の節の表題は「ブタ」である。この節は第1章の「国家の貌」(ポチ・コイズミの悪政(1)・(2))の続編である。枕には宇都宮徳馬さんの言葉が引用されている。
ブタですよ、彼らは。
アメリカの夕力派は、中国やソ連に対して、つめもくちばしも持っている。
日本のは、アメリカの夕力派が獲物を食い残したのをあさっているだけの、つまりブタですね。
ブタが怒るだろうがね。
(宇都宮徳馬氏の司馬遼太郎氏への話から)

ブタで思い出したことがある。「『「非国民」手帖』を読む(1)」で『「非国民」手帖』の宮崎哲弥さんによる後書きの一部を引用したが、その中に次のような一文がある。
『辺見や「撃」の筆者たちからすれば「保守反動ブタ」に違いない私までも不眠症になりそうだ。』
 「保守反動ブタ」が辺見さんの使った言葉なのか「撃」の筆者が使った言葉なのか不明だが、『不服従』の「ブタ」はこの「保守反動ブタ」のことなのだ。本文を読んでみよう。

 小泉首相の面差しが、案の定、変わった。飲み屋の友人にいわせれば、あれは、すっかり「いっちゃった顔」なのだそうだ。目が据わってしまった。険がでてきたというか、勇ましくなったというか。変貌は、申し上げるまでもなく、同時多発テロ事件の2001年9月11日からである。ご本人は、むろん、覚えていまいが、駆けだし記者時代に、彼の立候補を横須賀で取材したことがある。つまらなかった。いうこともご面相も凡庸すぎて、さっぱり原稿にならなかった。いま、立派になったのかといえば、そうではない。まだあのころのバカっぽさのほうがましであった。ま、無害だったから。いまはこの国にとり、明らかに有害になりつつある。

 顔が変わったのは、戦争にやたらと血が騒ぐからであろう。だから、いわんこっちやない、といまさら書いてもはじまらないけれども、もとから特攻隊が好きだったりして、要するにそういう人なのである。子どもっぽいといえばそうだが、一国の首相なのだから、たまったものでない。米軍の報復攻撃を後方支援することや、「情報収集」のために自衛艦をインド洋に派遣することなどを決めた七項目のテロ事件対応策を、9月19日に発表したと思ったら、同21日には、海上自衛隊の護衛艦と掃海艇数隻に、作戦行動のため横須賀基地からインド洋に向かう米空母を、大した必要もないのに、史上はじめて、わざわざ護衛・随伴航行させている。作戦中の米艦船を自衛艦が護衛するのは、憲法が禁じている集団的自衛権の行使にはっきりと抵触しており、七項目の対応策のなかにも憲法違反の疑いの濃厚なのがいくつかある。小泉氏の引きつった顔は、「戦時」なのだから、とでもいいたそうだが、冗談ではない。米国の戦争が、すなわち、日本の戦争ではないのである。

 小泉氏にとっては、集団的自衛権の行使を戒めている憲法が邪魔で邪魔でしょうがないようだ。首相就任前には、改憲して行使できるようにすべきだと放言してみたり、就任後は憲法解釈の範囲内で行使できるといってみたりした。いまは、愛する米国の(とくに保安官ブッシュの)ために、自国の最高法規を犯したくて、いてもたってもいられないという様子である。米空母の護衛は、その既成事実つくり以外のなにものでもない。

 同時多発テロ事件後の小泉首相の言動は、明確な憲法9条および99条(憲法尊重擁護義務)違反であると私は思う。その首相が、9月27日の臨時国会所信表明演説で、だれが智恵をつけたか、憲法前文をことさらに引用して、あろうことか、米国の報復戦争に軍事的に協力することの、事実上の根拠としているのだから、いやはや、開いた口がふさがらないとはこのことだ。引用個所は前文の最後にあたる
「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。/日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」
である。
 この前文をどう拡大解釈したら、海上自衛隊のイージス艦をふくむ「支援艦隊」を、インド洋の米軍作戦海域に派遣するなどという、でたらめな構想がでてくるのだろうか。「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」からか。バカも休み休みいえ、である。これはまったくの恣意的引用であり、見えすいた牽強付会なのだ。引用は、つまり、故意に前のパラグラフを抜かして、報復作戦を念頭に「各国の責務」のみを強調しているわけだ。首相の引用個所は、前のパラグラフの
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」
という、第9条に通じる絶対平和主義の流れのなかでしか解釈が許されないはずなのである。道義のない報復戦争をやるべく、いきりたっている超大国を支援せよ、などとは、憲法のどこにも書いていないのである。

 この問題については、辺見さんは『抵抗論』で「憲法、国家および自衛隊派兵についてのノート」という表題でより詳しく論じている。その中から「人間相互の関係を支配する崇高な理想」について論じている部分を、私は『憲法前文について追記』で引用しているので紹介しておこう。

 建前は天皇の絶対を認めておいて、実際には天皇を利用するだけの者らを、藤田省三は、名著『天皇制国家の支配原理』で、「天皇制的俗物」と呼んだ。小泉氏をふくむ靖国好きの自民党幹部の大半がこれにあたるが、同時に、彼らは、建前は憲法を認めながら、実際には恣意的にこれを利用し、無制限の拡大解釈をしようとするだけの「立憲制的俗物」でもある。時勢がいよいよ危ういいま、「いっちゃった顔」の純一郎氏の言動にはとくだんの注意が必要ではなかろうか。

 にしても、靖国や特攻隊が大好きなこの国の夕力派連中は、同時に、どうしてこんなにも米国好きでいられるのであろうか。内向きには、米国なにするものぞといって胸を反らしたりしても、いざ訪米すると、お前はブッシュの幇間(ほうかん)かい、と首をかしげたくなるほど追随的になって、よせばいいのに、駅前留学1ヵ月程度の英語を口走ってしまったりする。リチャード・アーミテージ国務副長官という、知日派のくせ者は、そのあたりの、滑稽で哀しき夕力派の心性をよく心得ていて、日本の弱みにつけこんでは、今度の作戦では「日の丸」を見せてみろだの、集団的自衛権を行使できるように憲法をなんとかしろだのと、恫喝(どうかつ)をかけてきている。日本をまるで属国視しているような、こうした傲慢男の無理無体を、毅然と拒否できる政治家が、不幸にも、日本の現政権にはいない。逆に、アーミテージらの圧力により、米国の戦争への日本の加担は今後ますます深まりそうだ。憲法を武器に最大限の抵抗をするほかない。

 冒頭の「ブタ発言」は、國弘正雄氏の「追悼―政治家・宇都宮徳馬」(『世界』2000年9月号所載)からの孫引きである。故宇都宮・司馬対談は、1970年に行われたらしい。米国の獲物の食い残しをあさる日本の夕力派ブタは、それ以前も、その後も、いまも、やせたの肥ったのたくさんいて、ときどき、ブヒブヒと奇妙な英語で鳴いている。

 悲しいかな、辺見さんが危惧していた属国化はアーミテージの指示を忠実に実行している「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト」政権によってますます酷い状態になってしまった。
永遠の不服従のために(18)

9・11同時多発テロ

 辺見さんは「コヤニスカッティ」という表題を付けている。枕は次の様になっている。
あのテレビ映像を見ていたら、ついつい、映画『コヤニスカッティ』を思い出してしまいました。フィリップ。・グラスの鎮魂曲が、十数年ぶりに耳の奥で低く鳴り響きました。
悲しみと不安と、そして、裏腹に、
快哉を叫びたくなる気持ちが胸にわきでてくるのを、
どうしても、どうしても抑えることができませんでした。(友人K・Sの葉書から)

 私は『コヤニスカッティ』という映画があることなど全く知らなかった。ウィキペディアがその映画のBeginningからEndingまで内容を詳細を紹介している。私は全文読んでみた。
『コヤニスカッツィ』
 辺見さんの本文にも書かれているが、映画の表題「コヤニスカッティ」はアメリカ先住民ホピ族の言葉で「常軌を逸し、混乱した生活。平衡を失った世界」という意味だという。映画の形式は「ナレーションや台詞が一切挿入されず、一連の映像とバックに流れる音楽の提示という形式で統一されていて、」映し出される現代人の生活様式がコヤニスカッティな映像となっているという。

 では、辺見さんの論考を読んでみよう。

 私には既視感があった。なぜだか、ずっと思いだせなかった。そうだった、あの映画だった。旅客機に突っこまれたニューヨークの世界貿易センタービルが、地響きたてて崩落する、これ以上はない大嘘のような光景。それが、フランシス・コッポラ製作、ゴッドフリー・レジオ監督のドキュメンタリー『コヤニスカッティ』に重なったのだ。あれを、1980年代にサンフランシスコと東京で都合二度観た。大都市のビルの取り壊しシーンばかりが、ひたすら繰り返される。栄華を誇っていた巨大構造物が、ダイナマイトで一瞬にして破砕され、醜い瓦礫の山と化してしまう。上空を絶え間なく雲が流れていく。高速度で影のように通り過ぎていく人と車。たしか、ところどころにロケットの打ち上げ風景もあった。破壊は悲しいけれども、いっそ爽快で、ロケットはなんだか滑稽に思えた。

 生々流転(しょうじょうるてん)というほど静かではない。やみくもにエネルギーを蕩尽(とうじん)しては、創造と破壊の両方に狂奔する人の世を、カメラは、嘆きも怒りもせずに、ほとんど虚無の眼で見つめていた。台詞もナレーションもスーパーインポーズもない。思いは、映像を見る者の胸にゆだねられた。サンフランシスコでは、スクリーンを見上げたまま、とめどなく涙を流している老婆がいた。あれは、喪の映像だったのだろうか。

 K・Sの正直な表現は、マスコミの偽りの常識を標準にするならば、不穏当とされるかもしれない。だが、じつのところ、少なからぬ人々の偽らざる内心を表しているように私には思える。葉書には
「多くの人の命を道連れに、米国の象徴的建物に突っこんでいったテロリストたちの、絶大な確信が哀しい」
ともあった。同感である。いく千人もの罪もない犠牲者を悼む気持ちは、この場合、むろん、前提なのである。さはさりながら、私は別の思いを抑えることはできない。それは、ある種の絶望である。すなわち、テロリストの「絶大な確信」のわけと、米国に対する、おそらくは億を超えるであろう人々のルサンチマンの所以を、あの、C級西部劇の主人公のような大統領は金輪際考えてみようとはしないであろう、ということだ。

 「コヤニスカッティ」とは、アメリカ先住民ホピ族の言葉で、「平衡を失った世界」という意味なのだそうだ。米国主導のグローバル化がいま、途方もない貧富の格差、環境・文化破壊を生み、グローバル化か進めば進むほど、逆にナショナリズムや原理主義が台頭するという反転現象が世界各地で起きている。まさに、コヤニスカッティなのである。グローバル化とは、「世界の米国化」の謂(いい)なのかと、われわれはここにきて気づきつつあるわけだが、件のカウボーイ大統領は人々の怨嵯などまるで眼中にない。温暖化や人種差別反対などの国際社会の努力に対し、米国の利害のみを中心にして反対し、一方ではパレスチナを武力攻撃しつづけるイスラエルの強硬姿勢を、事実上、積極的に後押ししている。

 このような人物から、世界の「善と悪」「文明と野蛮」について説諭され、指図されるくらい、不幸で不愉快なことはない。イスラム世界に偏頗(へんぱ)きわまる原理主義があるとしたら、ブッシュ大統領は、それにまさるとも劣らない米国原理主義者でなくて、いったい、なんであろうか。この男の標榜する、世界でもっともチープで身勝手で傲岸な「善」の側に、疑りもせずに身を置くこと、それこそが、さらなるコヤニスカッティを生むのである。保安官ブッシュの、極東における手下コイズミは、そのことを心すべきではないか。

 テロリズムとは、こちら側の条理と感傷を遠く超えて存在する、彼方の条理なのであり、崇高なる確信でもあり、ときには、究極の愛ですらある。こちら側の生活圏で、テロルは狂気であり、いかなる理由にせよ、正当化されてはならないというのは、べつにまちがっていないけれど、あまりに容易すぎて、ほとんど意味をなさない。そのようにいおうがいうまいが、米国による覇権的な一極支配がつづくかぎり、また、南北間の格差が開けば開くほど、テロルが増えていくのは火を見るよりも明らかなのだ。圧倒的な軍事力で激しく叩かれれば叩かれるほど、貧者による「超政治」として、あるいは弱者の戦略として、テロルはより激しく増殖していくはずである。だとしたら、ここは一切の感傷を排し、ニューヨークとワシントンにおける最初のスペクタクルを、より深く吟味してみるほうがまだ意味かあるだろう。

 あの同時多発テロにより損なわれたものとは、おびただしい人命のほかに、はたしてなにがあるであろうか。国家の安全、米国の威信と神話、絶対的軍事力の象徴、世界資本主義のシンボル……あるいはそれらすべての共同幻想……がことごとく、深く傷つけられた。だが、ハリウッドの監督たちも腰をぬかした、あの超弩級スペクタクルが意味したものは、それだけであろうか。私はもっともっとあると思う。

 それは、仮構の構成能力、作業仮説のたてかた、つまりはイマジネーションの質と大きさにおいて、今回の事件を計画・策定したテロリストたちが、米国の(そして世界の)あらゆる映像作家、思想家、哲学者、心理学者、反体制運動家らを、完全に圧倒したということではなかろうか。世界は、じつは、そのことに深く傷ついたといっていい。抜群の財力とフィクション構成力をもつ者たちの手になる歴史的スペクタクル映像も、学者らの示す世界観も、革命運動の従来型の方法も、あの実際に立ち上げられたスペクタクルに、すべて突き抜けられてしまい、いまは寂として声なし、というありさまなのである。あらゆる誤解を覚悟していうなら、私はそのことに、内心、快哉を叫んだのである。そして、サルトルやジル・ドゥルーズがあれを見たならば、なんといったであろうかと、くさぐさ妄想したことであった。

 同時多発テロが起こったのは2001年であり、『不服従』の出版は2002年だから、その頃にはまだ同時多発テロ陰謀説は広く知られていなかったかもしれない。実は私は陰謀説が論拠としているさまざまな事実から陰謀説を受け入れている。そのさまざまな事実はウィキペディアの『アメリカ同時多発テロ事件陰謀説』で確認することが出来る。さらに私は、度々サイト「マスコミに載らない海外記事」の記事を紹介してきたが、つい最近(2017年4月26日)の記事『アメリカを破壊した9/11』を読んで、その感がますます強くなった。
永遠の不服従のために(17)

不敬(4)

 辺見さんの著書『恥』の第3章「いまここにあることの恥」(これは2006年4月27日、毎日新聞社の「毎日ホール」で行なわれた辺見庸講演会「憲法改悪にどこまでも反対する」の講演草稿を修正補充したものだという)に「公共空間と不敬瀆神(とくしん)と憲法」という表題で「不敬」を取り上げている一節がある。その中から、『不服従』の「不敬1~3」を補強している「瀆神せよ、聖域に踏み込め」という一節を転載しておこう。

 不敬瀆神。神を汚す。これを私はネガティブにいっているわけではなのです。不敬瀆神は、思想や芸術表現のひとつの作法として、必要であるといっているのです。たちの悪いなにかが増殖拡大し、いわゆる聖域は温存され、あるいは新たにつくられ、その一方で公共空間が権力ないし権力化した住民や群衆に囲いこまれ狭められていく。私か客員としていっていた大学には、キャンパスのど真んなかにこういうことが書いてあった。「学内で反社会的な行為をすることを禁ずる」。私は久しぶりに大学へいったものですから、反社会的行為を禁ずるっていったいなんだろうと驚きました。なぜかというと、大学とはもともと、反社会的存在たることを余儀なくされている面があるし、それはそれで正常だと私は考えるのです。だからこそ私のような者も客員となったりもするわけですから(笑)。そんな大学構内で学生が反戦ビラをまく。また学生以外の人間がイラク戦争反対のビラをまく。それは反社会的行為なのだろうか。教職員がすっとんでくる。警察に躊躇なくすぐ電話する。パトカーがすぐきて捕える。そんなばかなと思う。大学という公共空間(であるべき場所は学生や教職員らの信じがたい無自覚もあって、どこも、そういうかたちでどんどん狭められている。いまやますますそうなりつつあります。こうした例は数えきれない。社会の動きにうとい私が知っているだけでも、たとえば、2003年4月、東京・西荻窪の公園の公衆トイレにスプレーで「戦争反対」「反戦」などと落書きした青年が現行犯逮捕され、あろうことか44日間も勾留されて、建造物損壊容疑で起訴されている。これは、2006年1月に最高裁判決がでて、たしか執行猶予つきながら懲役1年2ヵ月が確定しています。戦前、戦中ではあるまいにいくらなんでもひどい。2004年2月にも、東京・立川の防衛庁官舎で反戦ビラまきの市民グループ3人が住居侵入容疑で逮捕、起訴されていますが、枚挙にいとまがありません。全民的公共空間はどこでもなくなりつつある。

 日本では三権分立は絵に描いた餅にすぎない。下級審ではまともな良い判決が行なわれても最高裁まで行くと全くの詭弁判決でひっくり返ってしまう例が沢山ある。その嚆矢となったのが砂川事件である。この問題は《『羽仁五郎の大予言』を読む》の中の
『裁判は階級的である(1):過去の判例二つ』
で取り上げた。また、「全民的公共空間はどこでもなくなりつつある」判例の一つとして
『裁判は階級的である(3):新宿騒乱事件(1)』
を紹介しておこう。
 そのことと瀆神は関係があるのか。私はあると思います。靖国も皇居もそうですが、聖域というものが設置されれば、理の当然、公共空間はなくなる。私のいう「公共空間」とは、たんに外部的な地図上の空間のことではありません。われわれの内面にもある、だれもが共有できる公共空間、全民所有の公共空間のことです。そういう場所がもっともっとあるべきです。

 本来、新聞社も放送局も病院も大学も議会も、だれもが自由に出入りできる公共空間であるべきなのです。しかし、すべてを特権的閉域にしてしまった。まず皇居です。私たちは高い税金を払って、おそれおおくも皇室を維持したてまつっている。にもかかわらず、私たちは皇居にそもなにがあるかを知らない。若いときには「反戦」を唱えていた文化人が老いてから紫綬褒章かなにかを受勲して、平気で皇居にもらいにいく。旧社会党の議員でも反権力と見なされていた映画監督でも平気でいく。晴れがましい顔をしていく。ここには恥も含羞も節操もなにもあったものではない。そして聖域との共犯関係をつくっていく。自らも聖域の住人になった気になる。こうして公共空間は狭まる。共産党をえらいと思ったことはあまりないけれども、ちょっといいな、というより当然だと思うのは、受勲、それだけはお断りしますという態度です。他にも受勲を秘やかに拒んでいる人物たちがいる。私はそれが最低限の節操、廉恥だと思います。

 瀆神。「神」というのは聖なるもの一般です。別に天皇だけではない、いまよりも一歩進んで、サンクチュアリに踏みこむことが大事ではないかと思うのです。もし憲法を語るなら、憲法に保障された表現の自由を語るなら、あるいは思想および良心の自由を語るなら、なにものか聖なるものにまつらうのではなく、意識的に瀆神しなければならない。われわれの内面にある「開かずの間」をこじあける必要がある。

 欧州を理想化するつもりはまったくありませんが、たしか一部の国では、瀆神の権利が法律の原理としてある、神を汚す権利が人間存在の権利として法的に保証されていると聞きました。瀆神の権利。これは信教の自由とともに共同体の原理であるべきではないでしょうか。瀆神することによって、真の意味で人間の公共空間が広がっていくのではないでしょうか。

 辺見さんは「私たちは高い税金を払って、おそれおおくも皇室を維持したてまつっている。」と書いているが、「私たちは…どのくらいたてまつっているのだろうか」。『週間金曜日1135号』(5月12月号)に中嶋啓明さんが「天皇の"時給"っていくら?」という論考を書いている。生活費だけでもたいへんな金額になる。その論考の冒頭の部分を転載しよう。

「天皇の時給っていくら?」
 最近、ある集会でこんな話が出た。私も試算してみた。

 天皇、皇后と皇太子一家の「私的生活」費をまかなうとされる内廷費は年間3億2400万円。かりに1日8時間、年間260日の労働時間で1人あたりの"時給"を換算すると、3万円余。かなり単純化した上、彼らには宮廷費からも金がつぎ込まれる。実際はもっと高いだろう。

 集会は、反天皇制や反戦などを訴えるグループや個人でつくる実行委員会が4月29日に開いた「沖縄にとっての天皇制と日米安保」。天皇の"時給"は、非正規労働者らを支援するフリーター全般労働組合のメンバーが話題にした。反貧困を掲げる組合ならではの問題意識だ。

 集会の呼びかけ団体の一つ「反天皇制運動連絡会」は前日に出した声明で
「社会保障・セーフティネットの格下げを余儀なくされているこの社会で、特権階級は庶民感覚では想像もできないほどの税金を使って世代交代を行う」
「天皇の代替わりとは、皇室内部の身分を再編し、『格の高い』身分を増やし、庶民のなけなしの税金が湯水のように使われる、という話だ」
と指摘している。

 だが、こうした問題意識は、大手メディアにはかけらも見られない。相も変わらず、自らに都合よく憲法を利用し、オベンチャラに結びつける。……(以下略す。)

永遠の不服従のために(16)

不敬(3)


……どこまで行っても政治的表現としてほかそれがないのだ。ほんとうに気の毒だ。羞恥を失ったものとしてしか行動できぬこと、これが彼らの最大のかなしみだ。個人が絶対に個人としてありえぬ。つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純粋な場合だ。(中野重治『五勺の酒』から)


 この『五勺の酒』からの引用文は分かりにくい。辺見さんは本文の後半でその意味を明らかにしているが、改めて『五勺の酒』(ちくま日本文学全集版)を読み直してみた。少し補充しておこう。

 中野さんは一人の人間としての天皇に同情を寄せている。その理由を縷々説明しているが、その理由の一つを「あそこには家庭がない、家族がない」ことを挙げている。そのことを受けて上の引用文が続く。そして「個としての彼らを解放せよ」と主張する。

 私は憲法「第1章 天皇」の削除を主張してきている(例えば『憲法改悪の真の狙い』)が、これは真の民主主義を構築するための大前提であると共に、これこそ皇族の個としての真の解放だと思っている。

 それでは辺見さんの本文を読んでみよう。

 たった一回だけれども、その人を、じかに見たことがある。何年も前に、横浜駅の西口近くで。銀行をでた私の前に、黒山の人だかりがあった。背中をぐいぐい押されて、私は結局、車道に面したコンクリートの大きな植栽ボックスの上に立つかっこうになった。眼の前に、黒塗りのリムジンの長い車列が、ゆっくりとやってきた。何台目かの車の後部座席の窓が開いていて、やや猫背ぎみの小柄の人物が、群衆に向かい、小刻みに手を振り、そうまでしなくてもと思われるほど丁寧に、首を上げ下げしている。政治家や芸能タレントたちの、いかにも悪ずれした愛想とはまったく異質の、こちらがたじろいでしまうほどの、痛々しい、剥きだしの善意のようなものを、彼の表情と所作は感じさせた。

 色浅黒いその横顔に見覚えがある、と思ったとき、彼と眼が合った。険、荒(すさ)み、不逞、傲岸(ごうがん)、倦怠、狡猾、強欲、猜疑(さいぎ)、敵意、威圧、卑屈、皮肉、冷酷、癇癖(かんぺき)、歓喜、暴力、磊落(らいらく)、邪曲(じゃきょく)……の、いずれも、かけらもなさそうな、これまでに見たことのない種類の、不思議な眼であった。ただ、孤独と虚無の陰りのいかんについては、なにしろ瞬時であったので、読むことはできなかった。天皇は、私から視線を移さずに、片手を軽くうち振り、「あっ、どうも」という調子で、首をこくりと小さく下げた。私も、つられて、こくりと会釈した。同時に、右手をズボンのポケットからそろりとだして、ベルトのあたりまでもちあげ、行きすぎる天皇の方向に、汗ばんだたなごころを開いて、ためらいつつ、一、二回左右に動かしてみたのであった。わざと曖昧に、お返しの挨拶を私はしようとしたようだ。だが、それに気づいて驚いて、右手を、まるで他人の手みたいに、こっそりとポケットに戻してしまった。なんにもなかったかのように。

 と、たったこれだけのことを書くのに、いく度、胆嚢のあたりがピリピリしたことか。そう、これは、この国でこの種のことを描くときに避けられない、名状の難しいピリピリ感なのである。このピリピリ感が、私の場合、二種類あって、体内で終始ヒリヒリとせめぎ合うのだ。前回書いたテーマに即していえば、ピリピリ感は、「体内の抑止機制」が然らしめているのであり、私には、これが、正と反二つあるのだから、ややこしい。

 まず、「正」の抑止機制は、私に、〈おいおい、敬語、敬称はどうしたのだ〉と低く脅すように囁きかけるのである。これは、26年間の記者生活のトラウマのようなものであろう。「皇室に対しては、原則として敬称、敬語を使う。敬称については皇室典範が、天皇、皇后、太皇太后、皇太后には『陛下』、それ以外の皇族には『殿下』とすることを定めており……」という『記者ハンドブック』(新聞用字用語集)を、喜ぶべきか嘆くべきか、私はいまでも諳(そら)んじているほどなのである。記者時代には、この"ルール"に完全に従ったわけではないけれど、まったく無視したわけでもない。「正」の体内抑止機制はさらに、天皇の体躯や内面にかかわることを表現するときに、あたかも黄色信号が点滅するように、ピリピリ感を生じさせるのである。ヒリヒリは、書きこむほどに、ときおり、ヒヤリに変わり、それが筆をもつ指先に伝達されるのだ。いやはや、まったくよくできている。

 これに対し、「反」の抑止機制は、ずいぶんひねくれている。白状すれば、横浜駅西口前での、ゆくりなき出会いで、私は天皇(昭和天皇ではなく、いまの天皇である)に、なにがなし、好感をもったのである。でも、率直にそうとは書かせないのが、「反」の体内抑止機制なのだ。「陛下」とは書かないまでも、彼は年長者なのだから、「おみかけした」だとか「ご覧になった」くらいの敬語を使ってもよかりそうなものなのに、そうはさせないのも、この抑止機制なのである。天皇制と生身の明仁氏個人をごっちゃにして考える、左翼小児病的な紋切り型思考がこれだ。私の体内にはこれがある。しかし、正と反の体内抑止機制のいずれをも、私は少しずつ壊してしまったほうがいいと考えている。でも、難しいだろうなあ、とも予感している。
 ちょっと『五勺の酒』に戻る。中野さんの「天皇解放論」に対して、次の様な批判が出てくる。
『…彼らが僕を軽蔑して、モーロクあつかいして右翼的などというのがままあるのだ。…かと思うと、読みもせぬ本の言葉で左翼小児病的だなどと言う。』
 「左翼小児病」については、注として、次の様な解説が付されている。
「レーニンの著『共産主義における左翼小児病』からの言葉で、現実を客観的に十分分析せず、物事を観念的・公式的に判断し言動する傾向。」
 この様な言動傾向は、右翼の専売特許だから「右翼小児病」という言葉はない。

 本文に戻ろう。

 中野重治は、『五勺の酒』で、「天皇の天皇制からの解放」を語り、「個として彼らを解放せよ」と書いた。1946年11月、新憲法公布直後のことである。これは、もちろん昭和天皇についてだが、
「どこに、おれは神でないと宣言せねばならぬほど蹂躙(じゅうりん)された個があっただろう」
とも記している。戦争責任は戦争責任として、人間として、個として、遇すべきだというのだ。まさにピリピリするいいかたではないか。中野も畢竟(ひっきょう)、正と反の体内抑止機制から完全には脱却しえなかった人だと私は反発もするのだが、指摘の質は55年後のいまもひどく重く、かつ完全に有効ではある。

 しかして、現在のマスメディアは、『五勺の酒』の時代のメディアよりも、よほど巧妙に、正と反の抑止機制を二つながら隠蔽し、それゆえ、明仁氏らをいまだもって個人ないし総合的人格として扱わず、またそれゆえ、実質的天皇制を裏から支えるばかりであり、われわれにわずかのピリピリ感もあたえてはくれないのである。

 群衆と対面し、「君が代」を歌い奉られることの、個人としての正直な実感とはいかがなものか、記者たちはなんとかして天皇に問うべきである。昨今の国家主義的傾向をどうお感じか、「つくる会」の歴史・公民教科書をどう思うか、天皇は将来にわたり天皇たりえたいか。憲法9条および13条(個人の尊重)、19条(思想、良心の自由)、21条(表現の自由)に関し、一個人としてどうお考えか、ピリピリしながらお訊きしてなに悪かろう。それらの答えこそが、真にスクープの名に値するのである。それは、"不敬"などではさらさらなく、人間の人間存在に対する敬意というものであろう。

 13条は「すべての国民は…」と始まる。19条・21条には省かれているが、もちろん主語は「すべての国民」である。天皇にはこれらの権利がない。天皇は国民ではなく、個人として尊重されていないのだ。つまり天皇は国民から疎外されている存在だが、それ故に支配階級はそれを国民を威圧する存在として利用しすることが出来るのだ。
永遠の不服従のために(15)

不敬(2)


"不敬者"を、公権力になりかわって痛めつける不可視の組織 ― その所在を、どこまでもたどつていくならば、もしかしたら、私自身の神経細胞に行き着くのではないでしょうか。(T氏のメールから)



 編集者T氏から再びメールが入った。前回の私のエッセイを読んでの感想である。まったく予想もしない内容であった。「"不敬者"を、公権力になりかわり、肉体的、精神的に痛めつける、不可視の組織が、この社会のどこかに常に存在する」と、前回、私は書いた。T氏はそこに集中的に反応してきた。そのような組織などこの国には存在しない、と反論してきたのではない。視えざる組織の存在は、私同様、彼にとっても思念の前提であるらしかった。私か舌を巻いたのは、その先である。

 断っておかなくてはならないが、彼は私と同世代ではない。たしかめたわけではないけれども、私より十歳は若いのではないか。法学部をでて法律専門誌を編集しているのだが、法曹界のにおいを感じさせるのは、野暮ったい形(なり)くらいなもので、法律については、当方から尋ねでもしなければ、ろくに語ることもない。おそらく心の底からの興味はないのであろう。ただ、たまに、セシル・テイラーの何年何月だかの演奏がいかにずぬけているかとか、じつはジャズ喫茶のマスターになるのが夢だとかを、まるで国家の最高機密でも打ち明けるように、身をよじりよじり披瀝するときに、T氏の声調はやや高くなり、眼は不思議な光を帯びるのである。

 そんなT氏からきたメールを順を追って、考えてみる。彼によれば、前回の私への質問は、「万が一、天皇ないし皇族の身体にかかわるテーマを書きこんだ、辺見さんの原稿を受け取った場合、自分はどうすべきか」という自問でもあった、という。問うたびごとに、不可視の者たちによる監視と暴力を想像し、怯えた。だが、自分は、かりそめにも、憲法を精神的支柱とする法律専門誌の編集者である。「不敬」は法的には断じて成立しないはずであり、しかも、憲法21条というものがあるではないか。後退してはならない。そういい聞かせても、やはり怯(ひる)んでしまう。この怯えとは、いったい、なんなのだろ ― メールの前段はこのような展開であった。ここまでは、乾いた言葉でも、ま、説明できる。しかし、この先は、湿り絡まり粘りつく、ゼリー状の表現とならざるをえない。

 T氏はいう。
「怯えをふりきって、踏んばろうとしても、日常生活の思わぬところに伏兵が潜んでいるのではないか、いや、それどころか、自分自身も、蓋を開けてみれば消極的であれ積極的であれ、伏兵の側に与していて、自分自身に裏切られることになるのではあるまいか、と考えてしまいます」。
 彼は自分という井戸の底を、長い時間、覗きこんだのであろう。そうした上で「私は想定せざるをえないのです」と切りだし、冒頭に抜きだした重大な推論となるのである。

 読んでいて気息が乱れた。たまげたのである。私より、一世代若い編集者までが、こうした怯えをもっていることに。そして、そのことを少しも隠さなかったことに。いや、もっと、目玉が飛びでるほど驚いたのは、"不敬者"への監視とテロルをもっぱらにする、不可視の組織への、T氏の見事というほかない想像力に、である。その言を私なりに敷衍(ふえん)すれば、こうなる ― 透明な気根のように、不気味に生えでた不可視の組織の末端を、おそるおそるたぐり寄せてみると、外部にあるとばかり思っていたそれは、あろうことか、わが体内の闇の神経細胞にもつながっているらしい。

 いうまでもないことではあるが、T氏はたとえ生まれ変わったって、赤字つづきのジャズ喫茶のマスターではありえても、意識的な天皇制主義者にはどうあってもなりえない人物である。したがって、彼のいう「神経細胞」とは、直接に、彼の「内なる天皇制」を指すのではなかろう。また、「一木一草に天皇制あり」(竹内好)といった意味合いでの神経細胞でもなさそうだ。では、不可視の組織につながる自身の神経細胞とは、ぜんたい、なんであろうか。

 それは、否応なく実質上の天皇制国家に生きるわれわれが、それと気づかず体内の情念領域に胚胎(はいたい)し、育てている「幻想の抑止機制(システム)」のようなものではないだろうか。この幻想の体内機制が、自ら己の"不敬性"を、ほとんど無意識にチェックし、公権力になりかわり、それを懲らしめてしまうのである。換言すれば、「自己抑圧装置」でもあり、これが、怯えの発生源となる。意識的な天皇制主義者は、むろん、こうした幻想の体内機制をもつ必要がない。彼らは機制を常に露出させているのだから。幻想の体内機制は、じつのところ、天皇制を決して支持はしないけれど、それと身を賭して闘いもしない知識層の体内深くに埋めこまれている、と私は目星をつけている。とりわけて、マスメディアで働く人間たちの大半が、そうなのである。目先では天皇制反対をいう学者たちにも、おそらく、こうした者が少なくない。

 いわゆる「慰安婦」問題におけるこの国の非道や、昭和天皇の戦争責任を堂々と論じたために、不可視の監視・暴力組織が動きだし、勇気ある論者たちを、陰に陽に痛めつける事件は、マスコミで大きく報道されないにせよ、いまも引きつづいて発生している。これに対し、「闇の神経細胞」すなわち幻想の体内機制をもつ者たちは、一応は憂い顔をしてみせ、結局のところ、見て見ぬふりをするのである。甚だしくは、暴力にさらされている彼ら彼女らを「やりすぎ、いいすぎ」と見なし、なにもしない自己を、内心、正当化したりもする。T氏のいう「伏兵」とは、このことであろう。「伏兵」は、外部だけでなく、自己体内にも潜んでいるということだ。

 私はT氏を非難しているのではない。まったく逆である。外在する不可視の監視・暴力組織と自己体内の神経細胞の意外な関係性を見きわめて語ること、それ自体が大した勇気である。怯えを隠さず表現すること、それは断じて怯儒(きょうだ)ではない。怯えの根源を徹底的に解析し、体内の抑止機制を徐々に解体しなければならない。それは、とりもなおさず、象徴天皇制下における途方もない暴力の存在を明らかにすることになるだろう。口先で、「表現の自由」を喋々(ちょうちょう)するだけなら、この益体もない憲法違反列島においては、昼下がりの茶の間で一発ケチな屁をひるくらい、造作も意味もないことなのだ。

 メールはまどろっこしい。今度は、直接T氏と会って話そうと思う。

 赤字部分の様な「闇の神経細胞」は私の体内にもあると自覚している。しかし、《『羽仁五郎の大予言』を読む》の中の記事『ジャーナリズムの死(7):戦後の言論弾圧(1)』に出てくる赤尾敏の講演に拍手を送る人たちほどには病んでいない。なお、前回「右翼の理不尽な暴力と真っ正面から対峙した人」として岡留安則さんを取り上げた記事を紹介したが、上に紹介した記事の中の矢崎泰久さんの右翼青年との対応も見事である。
永遠の不服従のために(14)

不敬(1)

 前回で第1章が終わり、今回から第2章に入る。ほとんどの節は数ページの短い文章で成り立っているが、第2章の第1節は3つの項目に分かれていて計14ページある。全体の表題は「不敬」であり、項目名はa/b/cでありそれぞれに枕となる文章が付されている。では、aから読んでいこう。

 a
 そこでお尋ねしますが、あなたがいま、天皇ないし皇族の身体にかかわるテーマを小説に書いたとしたら、その掲載を引き受ける雑誌、あるいは刊行を引き受ける出版社があるでしょうか?
(T氏の私に対する質問から)

 本文は次の様に始まる。

 その質問は、私がたちのよくない夏風邪を引いて、いくぶん治りかげんのころに、Eメールで送られてきたのだった。つるつるの乾ききった画面に、およそそぐわない、際どくて陰湿かつ深微な内容である。読んだら、熱がぶり返した。百日紅(さるすべり)のあの淡紅色の花だって、ちりちりに焦げ落ちてしまいそうなほどの猛暑であった。なのに悪寒はつづいた。夏風邪がその後、嘘のように消えたのといっしょに、質問も失念した。ところが、つい先日、ふと思い出してしまった。ずっと忘れたままでいたかったのに。気がつけば、もう秋なのだ。そろそろ、いやでも質問に答えなくてはならない。

 私は、天皇の身体にかかわることを、これまで小説に書いたことはない。より正確にいえば、確定死刑囚・大道寺将司氏の俳句(『友よ 大道寺将司句集』、ぱる出版)に喚起されたこともあって、東アジア反日武装戦線"狼"による「お召し列車爆破未遂事件」(虹作戦、1974年8月)と彼の句境の関連などについて、ずいぶん抽象的に論じたことはある(『眼の探索』の補遺「虹を見てから」)。だが、これは小説ではないし、別して天皇をテーマにしたものでもない。では、将来書くことはあるだろうか。わかりかねるけれど、さしあたり私の体内につよい動機がないことはたしかだ。したがって、この質問はあくまでも仮定のそれなのである。
 「東アジア反日武装戦線"狼"」を私のブログで何度か取り上げている。その中から大道寺将司さんを取り上げた記事を紹介しておこう。

『春疾風なお白頭に叛意あり』

 しかし、書く気がないのだから回答する必要もない、というわけにはまいらない。書こうが書くまいが、これは、しっかりと答えをださざるをえない性質の問いなのである。質問には、
「かつて『風流夢譚』事件というのがありました。表現の自由と天皇という、憲法に深くかかわる事件ですが、この事件については憲法も沈黙してしまうような気がしてならないのです」
という前置きがあった。先に引用した「そこで……」以下は、その前置きからすぐつづくのである。じっくりと考えれば、問いには一定の答えがすでにして想定されていることがわかる。その想定の上で、おそらくは、憲法21条(表現の自由)の、こうした場面での驚くべき無力とそのわけについて語れ、とT氏は私に求めているのであろう。賢くも怖い質問ではある。

 申し遅れたが、T氏とは、法律専門月刊誌『法学セミナー』の編集者である。T氏の想定とは、あらまし、こうであろう。
 出版社は(むろん、新聞社はとくに)、そうした小説の掲載や刊行を容易には了承しない。万一、引き受ける場合でも、問題部分の書き換えを著者に要請する。なぜならば、右翼団体のつよい抗議と不測の事態も考えられるからだ。だとしたら、憲法21条とはいかなる意味をもつのか。深沢七郎の小説「風流夢譚」(『中央公論』1960年12月号)に端を発し、右翼少年が二人を殺傷する事件(1961年)が起きたが、以来40年、この国の言論状況は少しでも好転したのか。すなわち、21条は実現されているのか。

 私はまだ最終的な答えをだしていない。胸の底のうす暗がりで、T氏の質問と彼が想定しているであろうことを、繰り返しなぞり、ぶつぶつと自問自答している。言論状況は好転どころか、著しく悪化している。天皇、いわゆる「従軍慰安婦」、死刑制度という三大テーマは、かつてよりよほど語りにくく、身の危険を覚悟することなしに、公然と本音をいいはなつことは難しい。事実、まっとうな議論を臆せずしたがために、理不尽な攻撃を受けている人々がいまもいる。「自由とは、人の聞きたがらないことをいう権利である」とジョージ・オーウェルは語ったけれど、その意味で、この国に言論の自由はない。21条は実現されていない……などと。

 T氏は、しかし、こんな愚痴のような答えでは納得してくれないであろう。なぜなのですか、みんな、なにに怯えているのですか ― と、たたみかけてくるにちがいない。なにに怯えているのか。そうなのだ、そこに問題の底暗い根っこがある。

 ここから先は、私のやや朦朧(もうろう)たる想像でもある。この国では、じつのところ、とうの昔に廃棄されたはずの旧刑法74条「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ不敬ノ行為アリタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役二処ス」が、どっこい生き残っており、無期限の見えざる実定法として、いまも一部でつよい精神的有効性を保っている。また、いわゆる"不敬者"を、公権力になりかわり、肉体的、精神的に痛めつける、不可視の組織が、この社会のどこかに常に存在する。小泉首相および公権力を握る者たちの全般的エトスは、旧刑法74条に大きくは矛盾しない。だから、"不敬者"に対する右翼ないし視えざる組織による暴力の摘発に、公権力は一般に消極的なのである。これらの問題は、この国の連綿たる情念領域に属し、濡れた菌糸のようなその均質的情念は、マスメディアをも広く侵している。いまや、ますます深く、ほとんど骨髄にいたるまで侵している。言論への暴力は、抵抗しないかぎり、今後さらに増えるにちがいない――というのが、私の暫定的な答えである。

 T氏はどう思うだろうか。かくいう私も、ほんとうのところ、怯えているのです、と告白したら、驚くだろうか。

 私は右翼の理不尽な暴力についても何度か取り上げている。その中から右翼の理不尽な暴力と真っ正面から対峙した人に、『噂の真相』の編集長だった岡留安則さんを取り上げた記事を紹介しておこう。

『マスゴミの中にて光る真のマスコミ(1)』

『マスゴミの中にて光る真のマスコミ(2)』

永遠の不服従のために(13)

ディストピア

 ディストピアは、ユートピア(理想の社会)とは正反対の社会のことである。ユートピアについては『吉本隆明の「ユートピア論」』という表題で取り上げたし、この言葉は色々な記事で使ってきた。ディストピアという言葉を用いるのは今回が初めてである。

 今回読む辺見さんの論考は「二重思考(ダブルシング)」という表題が付けられている。そして、枕にはジョージ・オーウェル著『一九八四年』(新庄哲夫訳)の次の一文を用いている。

『平和省は戦争、真理省は虚構、愛情省は拷問、豊富省は飢餓を所管事項としている。これらの矛盾は偶発的なものではなく、また通常の偽善から発生したものでもない。孰れ(いず)も二重思考の意識的な実践なのである。それというのも、ただ矛盾を調整させることによつてのみ権力は無限に保持して行けるからだ。』

 「二重思考」の意味は『一九八四年』中の文を引用すると「相殺し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉する」思考能力のことである。オセアニア(小説の舞台になっているディストピア国)が社会を支配するために住民に実践させている。

 では、辺見さんの論考を読んでいこう。
 かつてソマリアを取材したとき、国連の「平和執行部隊」に所属する米軍が、病院に平気でロケット弾をぶちこんだり、罪とがない市民を射殺したりするような乱暴狼籍を重ねているのを知って、なにが「平和執行」なものかと、怒りが収まらなかったことがある。

 次元はまったくちがうが、この国の「動物愛護センター」なる自治体の施設が、捨て犬、野良犬をたくさん殺すのを業務としていたりもする。はたまた、「人権救済機関」が、権力介入誘導機関となったりもする。言葉と現実が裏腹であり、名辞が概念を裏切り、実態が名称をあざける。警察に盗聴捜査を許す法律を「通信傍受法」といいなすのも、名称と実態の大いなる矛盾だ。言葉の堕落もここまでくると倒錯としかいいようがないのだが、困ったことには、眼と耳が慣らされると、堕落とも倒錯とも感じなくなる。消費者金融関係のまことに明るく、お優しい商品名がそうだ。

 これらは、オーウェルが未来小説『一九八四年』で予言的に描いたとおりだ、などと、いまさらいいたくはない。この小説の発表以来、半世紀以上にわたり、ときに反共主義者が旧ソ連や中国を非難するよりどころとし、またときには、リベラリストが管理社会を難じる際に牽強付会の材料としつづけた、いわば手垢のついた手法だからだ。ただ、ひとつの国家における法律や制度、組織の美名が、実態と裏腹であればあるほど、その国の国家主義的な病は、なべて重篤なようではある。まさに、オーウェルが『一九八四年』で極端化してみせたとおりなのだ。

 思えば私がこのブログを始めた動機は、この国の「国家主義的な病」をえぐり出すことであった。『一九八四年』の文を引用している記事もある。しかし私の『一九八四年』からの引用は決して「牽強付会」ではないと自負している。それは次の記事です。
『石原が恋い焦がれている「国家」』 (同じ文を
『大日本帝国皇軍の惨状』
でも用いている。)
『「君が代日の丸」が「考えるな、服従せよ」と恫喝する』

 続けて辺見さんは「国家主義的傾向が加速している」一例として「個人情報保護法」を取り上げている。

 その伝でいえば、日本もこのところ、国家主義的傾向が加速している。名称と実質がまるっきり異なる法案を、またぞろ政府が通そうとしているのだ。「個人情報保護法」が、それである。ほら、一見、ほんとうに良さそうな名称でしょう。ところが、全六十一条で構成されるこの法案、よく読むと、「個人情報の保護」どころか、戦後例を見ない規模の言論規制を細かに明文化しており、国家による社会全域の情報管理・統制をねらったものとしか解釈できないようなシロモノなのだ。

 同法案第五章の「個人情報取扱事業者の義務等」に注目したい。
① 個人情報を扱う事業者は利用目的を明確にし、本人にも通知しなければならない
② 第三者への提供が利用目的を超え、個人の権利、利益を侵害する恐れのあるときは本人の同意をえる
③ 第三者から情報を取得することが必要かつ合理的な場合を除き、原則として本人から同意をえる
④本人の求めがあれば、開示や訂正、利用停止、消去をしなければならない
―等々とある。悪徳名簿業者らの存在を前提にすれば、一応、なるほどという法案のようだが、かりに、私か政治家や官僚の不正疑惑について取材、発表しようとしたら、彼らにその目的を通知しなければならない、というわけだ。記事として発表するにも本人の同意が必要となる。さらに、本人から記事内容の訂正を求められたら、それに応じなければならず、拒否すれば主務大臣から勧告または命令がだされ、これに背けば、六ヵ月以下の懲役か三十万円以下の罰金刑に処せられる。これでは、ろくな取材も発表もできるわけがない。

 ただし、「放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関」が「報道目的」で個人情報を使用する場合は、右の規定は適用されない。国家権力に和解的で、体制内化したような大マスコミは、記者個人がよほど跳ね上がったりしなければ、お目こぼしというわけだ。いわゆる報道機関以外の「個人情報取扱事業者」が対象なのだが、これに明確な定義はなく、私のような作家やフリーライターはもとより、NPOもNGOも企業も市民運動組織も、要するに犬やハムスターなどを除けば、論理的には、だれもがこの法律の適用対象となる可能性がある。

 そのことも恐ろしいのだけれども、もっと戦慄するのは、この法案が、政府各機関、警察など公権力が抱えている膨大な個人情報に関して、保護義務を課していないということだ。国家はあらゆる個人情報を専有し、それをどのようにでも使用できる ―― と宣言しているようなものではないか。一説によると、法案の究極目的は、日々乱れ飛ぶインターネット情報の完全な国家管理だともいう。国家の統制機能というのが、過剰情報化社会という今日的風景に合わせ、不気味に強化され、拡大しつつあることは疑いない。

 これに対し、お国からお目こぼしの恩恵にあずかる新聞、放送メディアは、いまのところ、おありがとうござーい、というわけで、大きな反発を示していない。「報道と人権委員会」(これも、『一九八四年』的な、内容と裏腹の美名である)といった"報道検証機関"をこれ見よがしに設けたり、しきりに殊勝顔をしてみせて、全体としては、やるべき報道をやらない自己規制に傾いているメディアが増えている。げに、世も末である。

 「個人情報保護法」は2003年5 月23日に成立した。この「過剰情報化社会」の行き着いた地点が2015年に成立した「マイナンバー」制度だ。「マイナンバー」と言っているが、ここにも言葉の詐術がある。これは個人情報管理のために押しつけられた「ユアナンバー」だ。私はこんなもの使わないし「マイナンバーカード」の申請はしない。この問題については、「澤藤統一郎の憲法日記」のとっても為になるブログ記事を紹介しておこう。
『マイナンバー さわらぬかぎりは 祟りなし』

 さて、辺見さんの論考は次のように締められている。

 冒頭の引用に戻ろう。『一九八四年』が描いた全体主義国家では、報道や教育、娯楽、芸術は、すべて「真理省」の管轄である。わが方の情勢にぐいっと引きつけていえば、新聞もテレビも文部科学省も、「真理省」に属するというあんばいだ。そこでは、「真実」が国家管理下におかれ、政府に不都合な歴史的事実、統計などは、消去されたり、変造、捏造されたりする。個人が過去を正しく記憶したり、反省したりするのは「思想犯罪」にあたるのだ。一方、党員たちは、「二重思考」、すなわち「一つの精神が同時に相矛盾する二つの信条を持ち、その両方とも受け容れられる能力」を身につけなければならない。白を黒といいはり、本気でそう信じるのは、大事な能力なのだ。言語も改造されており、「新語法(ニュースピーク)」ですべての表現を簡略化し、人間の意識、感情の量はできるだけ減らすべきこととされる。

 やはり、『一九八四年』の全体主義国家は、くやしいけれど、どこかの国に似ている。いや、どこかの国がこの小説に似てきているのだ。新聞社やテレビ局のビルの壁に、真理省のこんなスローガンが大書されていないか、われわれはいま、しっかり眼を凝らす必要がある。

 戦争は平和である
 自由は屈従である
 無知は力である
永遠の不服従のために(12)

死刑廃止論(2)

 辺見さんの論考は次のように続く。

 冒頭に引用した最終宣言やフォンテーン、ジョンストン両議長らのあいさつ、CE議員会議の決議などで、私がとくに注目したのは、欧州各国が死刑制度というものを、単にそれを存続させている国々の内政問題としてでなく、温暖化問題などと同じく、人類社会共通の病弊として非難する姿勢を以前より一段と鮮明にしつつある点だ。そして、死刑制度を存置している日本と米国(制度が州により異なる)に対し、これまでより強い口調で廃止を求めたことも見逃せない。

 ちなみに、いわゆる先進国で死刑制度を存続し続けている国は日本とアメリカだけである。内閣府の世論調査では、「死刑を容認する人が80.3%、廃止を求める人は9.7%」だという。死刑容認者の論拠は次の2点に絞られる。

① 「死刑には重大犯罪を抑止する力となっている」

 実際はどうなのか。「なぜ、アムネスティは…」この問題を詳細に論じているが、殺人罪の発生率は死刑廃止とは関係ないという数値を転載しておこう。
『2010年の統計の人口10万人あたりの殺人発生率は、1位のオーストリアが0.56、2位のノルウェーが0.68、3位のスペインが0.72で、いずれも死刑廃止国です。この統計資料は、死刑を廃止しても、治安の悪化には直結しないことを示唆しています。』

② 「被害者家族が死刑を望んでいる」

 これについては前回、死刑を望まない被害者家族の方たちのことを取り上げたが、その後出会った「死刑廃止論」を訴えているブログ記事をもう一つ紹介しておこう。
『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と書いた人に訊きたい』
 このブログ記事は2012年に行われた森達也さんと勝間和代さんの「死刑廃止論」を論じた対談に対して、ネットやツイッターにほとんど罵倒のような激しい批判が書きこまれたという。森さんがそれに対して書いた反論である。その反論は直接読んで戴くことにして、ここでは死刑賛成者たちの「罵倒のような激しい批判」だけを転載しておく。

「この人らに聞きたい。被害者遺族のことは考えているのか?と」

「身内殺されてもこんなこと言ってられるのかね こういう人達は」

「自分の身内殺されて同じせりふ吐けるなら尊敬するよw」

「被害者遺族はガン無視ですか?」

「親・兄弟・友人・恋人…。そういった人が殺されても同じことが言えますか?「言える」のなら人間性を疑います」

「まずは自分の身内が殺されたことを考えてみ!」

「言うなら『私の子どもが殺されたとしても』って前置きしなよ」

「あの世に行って、被害者の前で頭を垂れろ」

「この二人はゴミだね。被害者遺族の身になれw」

「もし家族がだれかに殺されたら(事故ではなくね)、その犯人には死刑になってもらわなきゃ気がすまない」

「人の命は、たとえ犯罪者でも、その犯罪者に蹂躙され、ゴミクズのように葬り去られた被害者よりも重いですか?」

「犯人が死刑になると被害者遺族がスッキリする」

「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」

「この二人はカスだ。死刑制度がある理由は一にも二にも被害者遺族のためだ」

「被害者遺族の前で言ってこい! もともと死刑は復讐権の代替手段ってことを理解してないんだな」


 発言者たちは正義を擁護代弁しているつもりなのだろうが、私にはこれらの言葉は被害者家族が抱く深い悲しみや憤りに寄り添っているとはとうてい思えない。むしろ、まるでその苦悩や寂寥を弄んでいるようだ。

 死刑廃止に向けて考えるべき問題がもう一つある。被害者家族の方々への支援である。「なぜ、アムネスティは…」はこの問題についても詳しく論じているが、その基本的な理念についてまとめている部分だけ転載しておこう。

 アムネスティは、死刑判決を受けた者が犯した罪について、これを過小評価したり、許したりしようとするわけではありません。しかし、被害者とその遺族の人権の保障は、死刑により加害者の命を奪うことによってではなく、国家が経済的、心理的な支援を通じ、苦しみを緩和するためのシステムを構築すること等によって、成し遂げられるべきであると考えます。

 最後に、死刑は国家による殺人であることを強調しておこう。現在問題になっている共謀罪と同様、国家による恣意的な死刑適用の可能性もある。私は憲兵隊司令部で甘粕憲兵大尉に虐殺された大杉栄・伊藤野枝・橘宗一(わずか6歳の少年)や、特高警察の拷問によって虐殺された小林多喜二などを思い出している。こうした問題の関連記事も「なぜ、アムネスティは…」から、これも一部だけ転載しておこう。
『世界で死刑を存置している国は、2012年6月末現在で57ヵ国です。そのうち、殺人などの人の生命を侵害する犯罪以外に死刑を用いる国が多くあります。そして、その罪状は、反乱罪など、政府に批判的な人びとに向けられているのです。』

 辺見さんの論考に戻る。

 死刑廃止世界会議の閉会を受けて行なわれたCE議員会議では
「議員会議は日本とアメリカ合衆国に対し、以下のように要求するものである。
ⅰ 遅滞なく死刑執行の停止を実施し、死刑廃止に必要な段階的措置をとること
ⅱ 直ちに死刑囚監房の状況を改善すること」
という、かなり強硬な決議を採択している。これは、日米両国がCEのオブザーバー国であるにもかかわらず、死刑制度を依然存続させているからであり、2003年1月1日までに著しい改善が見られない場合は、CE議員会議として、両国のオブザーバー資格につき異議を唱えるとまで明言している。

 つまりは、経済、軍事、環境、文化にわたる米国主導のグローバル化やいわゆる米国スタンダードの拡大に反発を強める欧州各国が、死刑制度という近代国民国家の暴力的規範のありようについても異議を申し立てたわけである。もはやあらゆる意味合いで帝国主義化しつつあるブッシュ大統領下の米国とそれにただひたすら追従する日本を加えた、欧州対日米連合という外交上の新しい対立構図が、ここでも浮き彫りになったかっこうだ。

 フォンテーン欧州議会議長は、死刑廃止世界会議でのあいさつで
「死刑には重大犯罪を抑止する力がない、という共通の認識が欧州中に浸透しつつある。人命は尊いという原則を侵すことなく重大犯罪から身を守る効果的な方法が現代社会には存在する。死刑は『目には目を、歯には歯を』という古い復讐法の遺物である」
と指摘し、死刑の適用は「生命の聖なる本質を汚すもの」と強調している。こんなことも野蛮な日米両国にはわからないのか、といった高みからの口ぶりにも聞こえぬわけではないけれど、様々の曲折を経て、死刑制度廃止を達成した欧州の自信と、人間と国家を論じるときの、ブッシュ氏や小泉氏には残念ながら逆立ちしても真似のできない格調というものが、ここにはある。

 これに対し、日本政府はどうしたか。会議に参加した「フォーラム90実行委員会」発行のニューズレター『FORUM90NEWS増刊号』によると、死刑は国内問題であり、存廃は世論と国内犯罪状況によって判断されるべきだ、という趣旨の、英文でたった十行ほどの意見書を会議場で配り、顰蹙(ひんしゅく)をかったのだそうだ。このあたり、首相の靖国参拝や教科書問題に関する諸外国からの批判への、居直ってみたり、凄んでみたりの排外主義的対応と変わりがない。にしても、死刑廃止世界会議から帰国したメンバーのだれもがいうのだ。日本ではまだ死刑制度があるのかと欧州各地で驚かれた、と。秘密主義は国内だけでなく、国外でも奏功しているというべきか。

 第二回の死刑廃止世界会議を日本で開く計画があるという。CEオブザーバー国・日本は、直ちに死刑執行を停止し、会議に全面的に協力すべきではないか。

 この会議が日本で行なわれれば、多くの人が死刑廃止の是非を考えるきっかけになったと思うが、残念ながら、第二回の死刑廃止世界会議は日本ではなく、モントリオール(カナダ)で行われている。

 最後にもう一つ、殺人のような重大犯罪をなくす道を考える必要があろう。その道は、これまでの政治を振り返ればただただ絶望するほかないのだが、政府が犯罪の大きな要因となっている貧困や差別や憎悪などがはびこる社会構造を改善していくことに尽きると思う。そのためにはどのような社会が望ましいのか。とても長いのですがカテゴリ「『羽仁五郎の大予言』を読む」の中の「社会主義」を紹介しておきます。

『終末論の時代(19):社会主義(1)』

『終末論の時代(35):社会主義(16)』
永遠の不服従のために(11)

死刑廃止論(1)

 今回の辺見さん記事の表題は「ストラスブールの出来事」である。ストラスブールはフランス北東部のドイツとの国境近くにある都市である。そこで欧州評議会(CE)の議場を会場として第一回死刑廃止世界会議(2001年6月21日)が開かれた。辺見さんはその会議の最終宣言の中から次の一文を枕として掲載している。

『死刑は司法に対する復讐の勝利を意味し、人間の第一の権利である生命権を侵すものである。極刑が犯罪を防止したことはないのである。(中略)死刑を行う社会は、象徴的に、暴力を奨励している。』

 辺見さんは本文を次のように始めている。

 この国のマスコミが、あたかも各社鳩首凝議(きゅうしゅぎょうぎ)した結果でもあるかのように、決して大きく継続的にはとりあげないテーマがある。死刑問題がその一つだ。ために、この国には死刑制度が存在するという事実さえ知らない若者もいる。国家が、どこで、どのような手段で、死刑囚を殺しているのかについては、さらに多くの者が知らない。確定死刑囚が現在何人いて、どのように遇されているかにいたっては、新聞記者すら知らない場合が多いという体たらくである。

 なぜなのだろうか。国家や天皇制がからむ、まがことらしい暗部には近づかないというマスメディアの習性もあろう。マスコミが日々去勢され、年々歳々体制内化していく一方で、法務当局が死刑に関しては徹底的な「密行主義」を貫いているということでもあろう。この国の死刑は、だから、いまも不可視の暗部でありつづけ、またそれゆえに、確定死刑囚55人の一人、大道寺将司氏は、近著『友へ 大道寺将司句集』で、かくも鮮やかに詠んだのである。

 花影や死は工(たく)まれて訪るる

 死刑に関するかぎり、この国とそのマスコミは、言葉の最も悪い意味で、"社会主義化"してしまっている。ほら、すぐ近くの某人民共和国顔負けなのだ。国際社会の非難も勧告も聞くものではなく、国内で議論すること自体、なにかとんでもない禁忌を犯しているかのような雰囲気がいまだにあるではないか。

 こうした事情から、冒頭の宣言どころか、第一回死刑廃止世界会議(2001年6月21日)がフランスで開かれたという事実そのものが、日本ではあまり知られていない。欧州ではもう旧聞に属するこの会議の意味は、しかし、じつに大きい。やや大げさにいうなら、これほど本格的規模の死刑廃止国際会議は有史以来はじめてであり、会議が死刑制度という視座から21世紀の国民国家のありようを問うたこと、とりわけ、死刑制度存置国・日本の前近代性が炙(あぶ)りだされたこと――などは特筆に値すると思う。

 このまま黙殺されては悔しいので、改めてなぞれば、会議の主催者はアムネスティなどの市民団体だが、ニコル・フォンテーン欧州議会議長やラッセル・ジョンストン欧州評議会(CE)議長らが後援者として名を連ね、フランス・ストラスブールのCE議場が会場となるなど、死刑廃止を加盟条件としているCE(43ヵ国加盟)主導で議事が進められたようだ。参加者800人、発言者120人、取材記者150人というのも空前の規模である。日本からは、冤罪の元死刑囚・免田栄さん、犯罪被害者遺族の原田正治さん、菊田幸一・明大教授、社民党の福島瑞穂議員、弁護士の田鎖麻衣子さんらが出席、それぞれ日本の死刑制度の実情につき発言している。

 上の記事中の「犯罪被害者遺族の原田正治さん」が私の目を引いた。新聞報道など知る限り、殺人事件の被害者の遺族の多くは犯人の死刑判決を望んでいるようだ。私は死刑廃止問題を考えるとき、被害者遺族の方々のそうした怒りの気持ちをどのようにサポートするのかという問題を避けることが出来ないと常々考えていた。その観点から、死刑廃止国際会議に被害者遺族の方が参加されていることに大きな関心を持った。

 今回のテーマ「死刑廃止論」について詳しい資料が欲しいと思いネット検索をしていて、アムネスティ・インターナショナルのサイトの記事『死刑廃止 - なぜ、アムネスティは死刑に反対するのか?』に出会った。以後、この記事を利用することにした。(その記事から直接文章を転載するときは「なぜ、アムネスティは…」と略記する。)この記事を読んでいたら、原田正治さんのことを取り上げていたのだった。さっそく転載する。


 「犯罪で家族を亡くされたすべての方にとって、死刑がもっとも納得いく刑罰に違いない」と思われている方も、いらっしゃいます。

 しかし、必ずしもそうとは限りません。というのも、凶悪犯罪の被害者が、加害者を死刑に罰することに対し、反対する場合もあるからです。当事者の受けとめ方には多様性があるということ、また、時間のながれの中でも変化するものであるということも、知っていただきたいと思います。

 米国では、9.11に触発された犯罪が多発しましたが、その被害者の一人であるバングラデシュ移民のレイス・ブイヤンさんは、自分を撃った犯人の減刑を求めました。「私が信仰する宗教には、いつでも寛容は復讐に勝るという教えがあるのです」と、彼は述べています。

 また、娘を殺害された米国の犯罪被害者の遺族マリエッタ・イェーガーさんは、「自分の娘の名において、もう一つの殺人が行われることを、娘が望んでいるとは思えない」とおっしゃっています。このように、死刑が解決につながると考えない被害者遺族も、多くおられるのです。

 1983年1月に、弟を保険金詐欺のために殺害された遺族の原田正治さんは、さまざまな苦悩をへて、のちに加害者と面会をするまでになりました。しかし、2001年、加害者が死刑を執行されます。その時、原田さんは、加害者が処刑されても、我が家は何一つ変わらないと実感したそうです。「被害者遺族のために」と言われる死刑執行が、自分にとっては何のけじめにもならないと、原田さんは痛感したといいます。

犯罪によって大切な家族を失った遺族が、長期間の苦悶を通してたどり着く「答え」の重み。その中に、感じ取るべきことは多いと思います。