2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題

2007年4月23日(日)
万国の労働者よ、団結せよ

 東京新聞(4月22日)のコラム「時代を読む」にロナルド・ドーア(英ロンドン大学政治経済学院名誉客員)さんが「米国の経済・思想的覇権」という記事を書いている。

 資本対労働の階級闘争が政治の枢軸となっている国はもうないかもしれないが、経済概念として、分配国民所得を労働配分・資本配分に分ける計算は依然として普通に行われている。前者は賃金・給料・ボーナス・自営業者の稼ぎの総計。後者は、配当、利子、有形・無形財産の貸借料。

 先日、国際通貨基金(IMF)の年次報告書「世界経済見通し」によると、グローバル化が加速されてきた1980年以降の期間に、先進国の労働分配率が平均69%から62%へと、7ポイント下がってきた。特に低いのは最近の日本の59%。

 「資本対労働の階級闘争が政治の枢軸」にならなくなったのは、もちろん、「階級闘争」の要因がなくなったからではなく、支配階級の狡猾な権謀術数により労働者側がずたずたに分断され闘争力を失ったからである。

 「万国の労働者よ、団結せよ」と言えば、「階級闘争の時代は終わった」としたり顔にほざく御用学者は冷笑するだろうが、どっこい、どのように隠蔽しようとも現実は相変わらず階級社会だし、人間の真の解放のためには労働者の団結こそがその要諦である。

 国際通貨基金(IMF)の年次報告書は、その原因を次のように分析している。

 IMF・世界銀行が創立された戦争直後には、30年代の世界不況の記憶が新しかった。二度と起こらないよう、国内では、政府の経済への介入、国家間では、世界経済を秩序立てるための、合議制による権威ある国際機関の必要性を認める思想が支配的であった。

 上述のIMF報告書の分析の基点は80年である。重要な転換点の年だった。レーガン・サッチャー、米英の新指導者たちの新自由主義・自由市場万能主義が世界的に支配的な地位を占めるようになり始めた年であった。世銀、IMFの役割は、最低限のルールの下で、市場の自由化、特に資本投資の自由化を助長することとなった。外資系企業による三角合併の解禁は、日本におけるその思想の体現の一例である。

 その市場原理主義思想を「ワシントン・コンセンサス」というようになった。ワシントンにおけるIMF・世銀および米国財務省という三機関の指導層の政策的合意 ―特に、発展途上国に対する援助の条件として強いる政策に関する合意― をいう。

 なぜ、そのコンセンサスの形成に米国財務省が入るかといえば、理由は明らかである。自由市場とは強いもの勝ちの市場である。世界市場のルールを設定するのは世界経済の覇権国である。建前として各国の合議制の下で運営されるはずのIMF・世銀は米財務省・ウォール街の強い影響下で運営されている。

 今週末ガールフレンドへの不当の厚遇という咎で総裁のいすから追い出されそうなウルフォウィッツ氏が広く反感を買っているのも、ガールフレンドよりも、あからさまな米国外交への密接な協力を第一としてきたことである。

 IMFの上述の報告書の分析の出発点は、「グローバル労働力の拡大・80年から4倍」である。「グローバル労働力」とは、「先進国資本の手が届く労働力」を言う。先進国での労働分配率の低下は、どれだけその労働力に中国・インドの安い労働力が使えるようになったことによるか、どれだけ技術の進歩なのかを分析する。

 ロナルド・ドーアさんはこれを「一理のある分析」としながらも、故意にか否かIMFが見逃しているもう一つの重要な変化の要因を指摘している。

 「企業は株主のもの・経営者の使命は株主の利益を最大化すること」という、日本で特に最近早く浸透してきた思想の世界的普及である。

 ドイツは、それと異なった思想、「企業は人なり」の思想、の世界における最後の要塞である。今まで、「共同決定制度」の形で従業員の利益をも守る会社法を維持してきた。日本のように、製造業を強みとする「モノづくり」の国で、最近日本よりも景気がいい。

 なのに、そのドイツでも、金融業者が先頭に立って、会社法の「株主主権的」改正を呼びかける運動が最近活発になってきた。

 米国の経済的覇権に伴う思想的覇権は恐ろしいものである。

 ここでもまた、『人間を手段としてのみならず同時に目的として扱え』という倫理の問題が問われている。

(カテゴリ『今日の話題』に入っていなかった「今日の話題」の記事を『今日の話題2』として掲載し直す作業が、奇しくも12月31日で終わりました。新年から心を新たに新しい記事をアップしていく予定です。)
スポンサーサイト
今日の話題

2007年4月22日(土)
1930年代と現在の類似性

 現在の政治社会状況が1930年代に似ていると、このホームページでも度々言及してきた(例えば『今はどういう時代なのか。』)。そのことを論じた半藤一利さんによる分析が今日の東京新聞の社説に紹介されていた。いま私がメイン・テーマとして「ファシズム論」を取り上げているモチーフもそこにあるので、関連事項としてここに転載しておくことにする。

 半藤さんは
「戦前の日本の転換点は満州事変から昭和10年前後。国の“かたち”が戦時体制になりました。現在の日本も状況が似ていませんか」
と述べた上で、丸山さんの日本ファシズム運動時代区分でいう第二期と現在の状況を次のように対比している。

 一番目は、教育の国家統制です。
 昭和8年に教科書が変わり、「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」など忠君愛国が強調されました。
<今は、「愛国心」を盛り込んだ教育基本法改正です>

 二番目は、情報の国家統制です。
 昭和8年に新聞法の強化、出版法の改正があり、マスコミの自主規制も激しくなりました。
<今は、通信傍受法や個人情報保護法です>

 三番目は、言論規制の強化。
 特高警察が昭和7年に設置され、大本教など宗教団体にも弾圧が広がりました。大防空演習を批判した信濃毎日新聞の桐生悠々が迫害され、作家の小林多喜二が拷問死しました。
<今は、共謀罪への動き、そして憲法改正への歩みです>

 四番目は、テロです。
 昭和7年に起きた犬養毅首相暗殺の5・15事件をはじめ、政財界要人の暗殺、暗殺未遂事件が相次ぎました。
<今は、靖国問題絡みでの日本経済新聞社への火炎瓶投入、加藤紘一・自民党元幹事長の実家放火、そして伊藤一長・長崎市長射殺です>

 政治家や論壇、民衆レベルのナショナリズム鼓舞も共通です。昨今では曰く、
「日本に自信と誇りを持て」
「自虐的な歴史観はいけない」。

今日の話題

2007年4月19日(木)
政治的リコール権への第一歩

 政治的リコール権については色々な所で触れていますが、その意味のあらましについては次の記事を参照して下さい。
『吉本隆明の「ユートピア論」(4)』
『戦争と平和(2)』

 昨日(4月18日)配信された上田哲さんの「このサイトは革命だ!Vol.162」を紹介します。

(追記 2016年12月29日)
 上田さんは2008年12月17日に亡くなられました。合掌。


 上田さんは13日に強行採決された国民投票法案を「似而非」法案だと厳しく断罪し、はっきりと「九条改正法案」と呼べと、その法案の本質をズバリと喝破しています。

 そして1993年に「真正の」国民投票法案を、上田哲さんと衆議院法制局との共同作業で完成し、国会に提出したそうです。しかし「密室政治の『国対族』が、不当にも法案の受理そのものを拒否させました。」

 私には全くの初耳。不明を恥じています。上田さんの国民投票法案は議会制(ブルジョア)民主主義の欠陥を是正するものであり、真の民主主義に近づくための実現可能な第一歩となると思いました。是非、一人でも多くの人に知ってほしいと思い、長文ですが、以下に上田さんの文章を全文転載します。

xxxxxxxxxxxxxxxxxx
◆ 似て非なるもの ◆
xxxxxxxxxxxxxxxxxx

 似ている様に見せてホンモノでないモノ。似而非と書く。エセと読む。最も不愉快なごまかしの存在だ。

 4月12日、衆院特別委で国民投票法案が強行採決され、13日、衆議院本会議を事もなく通ったいきさつを見てこの言葉が強く脳裏をよぎった。ニセモノめ!と叫んでやりたい。

 自民党と民主党と・・・公明党と・・・後はどうでもよい。国会全体だ。与党案、民主党案とも法案の内容とやり方のすべてのエセについてだ。国の根幹に関わることが、こんなエセで済まされていく。いいか!

 先に言っておくが、日本に国民投票制度を導入すべしと訴え、初の国民投票法案を国会に提出したのは他ならぬ私である。無論、今回の国民投票法案とは全く異質である。

 当時の社会党の違法な妨害で陽の目を見なかったが、あれが通っていればこのようなエセ法案のごまかしは通用しなかったと改めて悔やまれる。

 これについては後述するが、目下、国民投票制度への理解が乏しく、エセ法案への対応について乱れが多い。そこから述べたい。

◇ 怠慢論

 エセなるもの、まず今回の国民投票法案の理由付けについてだ。自民、公明は「憲法に本来定めてある改正手続きが整っていなかったからそれを整えるため」だと言っている。確かに憲法は改正可能なものだから、現憲法に「変えるなら国民投票に掛けて過半数の賛成が必要」と書いてあるのにそれを実施する手続き法がなかったのは長い怠慢だったという言い方は一理あるように聞こえる。

 だが、憲法が変えられるものであることはこの憲法公布以来の国民の深層に存する理解であって、この憲法を早急に変えなければならないという欲求が無かったことがその前にある。

 国民は常時憲法論を戦わせるほど憲法を意識してきたとはいえないが、この半世紀、自民党らが執拗に改憲を唱えてきたのは広く知られていたと言ってよい。自民党がそれを党是としながら国民投票法案の制定に乗り出せなかったのは国民の意思が改憲を求めていないことがあったからだ。国民の「怠慢」ではない。

 それというのも、自民党の改憲論は九条の書き換えに焦点があることは明白であったからだ。これに絞れば国民世論の過半はいまも賛同していないと各世論調査は伝えている。

 だから、自民党は4月15日のNHKの日曜討論でも二階俊博国対委員長が「私達は手続法を作ったからと言って改憲をやると思っているわけではない」とウソを言った。

◇ 九条改正法案

 ウソとはつまり、この国民投票法案は九条改正に絞った手続法案なのであって、私は今後、私の国民投票法案との紛らしさを避けて、このエセ案を九条改正法案と呼ぶ事にする。

 与党が単独採決で九条改正法案を通過させたのは、まさに「戦後レジュームからの脱却」を叫ぶ安倍内閣が、九条改憲のスケジュールを進めるために踏み切った故であって、いまの国会の勢力分布では何でも通ることの一例に過ぎない。

 防衛省への格上げも、教育基本法も、在日米軍再編成推進法もスイスイだ。

 けれども、これをかくも易々と進ませるのは、自・公過半数の故だけではない。じつは民主党も九条改憲に賛成だからだ。強行採決の前夜まで、自・民は妥協の話し合いを続けていた。しかもほぼ合意に近かった。だから、衆議院特別委員会で中山太郎委員長が「強行」する時、委員長席に駆けつけた民主党ら野党議員はマイクを机から払い落とすくらいでさしたる抵抗もせず採決させてしまった。

 これが「強行」だろうか。

◇ 小沢戦略

 別に昔のように躯をぶつけて委員長席を奪い、一晩中占拠して採決を遅らせたことがいいと言うのではない。少数派にとってはそれも虚しい。

 けれども、本当にこの法案が国民のためでなくやり方が理不尽なら、野党はもっと態度で示すことになるのではないか。民主党が反対に回ったのは、ただ一点の違いを理由に小沢・菅が「反対」と決めたからだ。

 もともと、国民投票に掛ける前の国会での改憲案の発議には国会議員の三分の二の賛成が要る。自・公の他に民主党の賛成が必要だ。だから自民は自・公・民の一致した賛成を目標にしていた。それが5月3日の憲法記念日までになどと言い出してきたのは安倍総理が「私の任期中に改憲をめざし参院選の争点にする」と言いだしたからだ。

 与党のシナリオの中には民主党の中に自民案に賛成する造反組もあり得ると言う見方さえあった。小沢は党内をまとめなければならない。安倍程度の小粒と党首討論まで逃げまくり徐々に党内支持も薄らいでいる小沢にしてみれば、ここで自民の国民投票法案に賛成してしまったのでは参院選のハリを失う。造反組も出してはならぬ。

 そこで民主党の独自の修正案を出し、これを与党が丸呑みするならいい、という無理スジの策にでた。つまり丸呑みできない対案を出せというわけだ。滑稽なことに、それまで「改憲論を参院選の争点にしない。もっと身近な格差論で戦う」と言っていた小沢の変身である。一転して改憲が参院選の争点こなった。この人物には政策や主張の整合性などは露ほどもない。党の修正案を出せばこれに賛成することで造反組も自民案に反対することになる。党は一本でいける、と言う計算だ。

 丸呑み案の作成を委された民主党の枝野幸男・憲法調査会長が説明のために開いた党調査会には30人ほどしか出席しなかった。

 特別委員会で強行採決の前夜11日、議員会館の枝野氏の部屋に自民党元理事の船田元氏が訪ね「丸呑み」に近い案で同意した。この線に改憲派の鳩山幹事長は乗り気だったが、小沢・菅両氏がこれを阻んだ。枝野氏は採決の直前、筆頭理事を辞任した。

◇ 反対法案つくりの口実

 このように元々、この法案は九条改憲のための政治論の駆け引きだから、強行して早く成立させるか、理屈を立てて与党案に反対するか、どちらが参院選に有利かという思惑だけだ。

 与党案に反対した民主党はもともと九条改憲に賛成なのだし、最後に残った1点はただの口実にすぎない。もし、真剣に議論するなら例えば最低投票率の問題など、看過できまい。国民投票の投票率が低かったら、有効投票の過半数では例えば40%の投票率では全国民の21%で改憲がなされることになってしまう。こんなことに手をつけず、急に思いつきの一点を持ち出して「さあ、丸呑みするかかどうか」と言う。

 その手法も問題だが、じつはこの一点の中身こそ私はどうしても許せない。

 それは国民投票のテーマを改憲だけでなく、「国政の重要問題に拡大」することなのだ。

 私がエセと怒る理由の最大は、ここにある。民主党は、「国政の重要問題に拡大」を真剣に考えていない。ただ自民党案に反対の修正案つくりに利用しただけだ。この駆け引きが終われば、この主張を続ける意思など全くない。

 政治生命を掛けて国民投票制度の確立に賭けて来た私としてはこのまがい物の政治手法に言いようのない侮辱を感じる。

 小沢よ、恥を知れ。これは最も低次な剽窃ではないか。

 それにしても、かつて社会党で護憲派と自称していて今、民主党内にいる議員諸君、何を考えているのか、さっぱり見えない。

 エセを排し、正論を述べる。

◇ 本邦初の国民投票法案
 じつはこれこそ、1993年6月14日、私が国会に提出した本邦初の「国民投票法案」の骨子であった。

 正式には「国政における重要問題に関する国民投票法案」と言う。

 思いつきや真似ものではない。世界190か国のなかで国民投票制度がないのは日本だけだ。相次ぐ汚職事件、年々高まる政治不信のなかで、ロッキード事件の調査委員長だった私は、政治浄化の道を真剣に模索した。

 間接民主主義の日本の議会に国民投票という直接民主主義の手法を有効に取り入れることだ、そう発想した私は10年掛けて資料の収集、研究に取り組んだ。

 これを衆議院法制局に持ち込んだ。国民投票制度に最も消極的なのは各党の国対族である。各党間の裏取り引きで利権政治をむさぼってきたからである。国対委員長は公職でない。裏のボスなのだ。国対族は「国民投票制度は愚民政治。国会の権威を蔑ろにし独裁者を生む」と言った。この考えを受けて法制局は「日本議会ではこれを認めません。憲法違反です」と言う。

 その法制局を説得し、法制局の手で「法案要綱」が出来たのが1992年12月。1993年2月、堂々たる10章66条の大法案が完成した。折から、リクルートなど相次ぐ汚職事件の中、政治改革の行方が小選挙区制や政党助成金の創設というごまかしの方向へ流れる中、衆議院法制局は「これこそ政治改革」と胸を張った。

 私はそれを印刷製本して衆参、各党の全議員に配った。反響は大きく、越智伊平運輸相は毛筆で賞賛の手紙をくれた。勢い込んで私はそれを党の政審に持ち込み、国会提出を依頼したが、その政審は派閥の固まり。無派閥の私の提案にはけんもほろろ。全く取り合わなかった。

 やむを得ず、私は国会法56条の規定に従い法案提出を図った。国会法56条の規定は次の通り。
「議員が議案を発議するには、衆議院において議員20人以上、参議院においては議員10人以上の賛成を要する。ただし予算を伴う法律案を発議するには、衆議院において議員50人以上、参議院においては議員20人以上の賛成を要する」

 村山富市国対委員長、日野市朗政審会長に通告した。村山国対委員長は賛成署名したのだ。私は毎日各議員の部屋を回り署名を集めた。嶋崎譲副委員長、山口鶴男書記長も署名した。私は衆議院事務局と打ち合わせ会期末の法案締め切り日の6月14日まで走り回った。95名になった。

 中島議案課長は署名簿をみて「初めてです」と驚いた。

 ところが、ここで社会党が妨害に出た。村山国対委員長が「オレの印が無いから受け付けられぬ」と事務局に命じる。前述のように国対委員長は公職でなく、印は私印である。議員立法に国対委員長の印が要るなど、どこの法令にもない。公開質問状に対して緒方事務総長は「手続は充たしている」と認め「しかし慣例で国対委員長の印が要る」と回答した。

 私は、この国会の違法を最高裁まで争った。後の裁判で、そんな慣例もなかった事が明らかとなった。

 緒方氏の次の事務総長谷福丸氏は「あれは国会の間違いだった」と証言してくれた。昨年の「戦後60年軍拡史」の出版記念会にも来てくれてそう言った。

◇ いまあるべき国民投票制度

 さて、私の国民投票法案の中身である。それは何より現憲法と矛盾しない仕組みで構成されている。衆議院法制局に私が求め合意した点を要約すれば次の通りだ。

(1)議会制民主主義を根幹として、国民投票法はそれを主権者の意思で補完する制度とする。
(2)国民投票のテーマの発議は国会におき、投票の結果は直ちに法の改廃に直結するものとしないが、国会はこの民意を最大限に汲み上げるものとする。
(3)以上の立場から現行憲法を改正すること無く、現憲法下での国民投票制度とする。

 第一章 総則(この法律の趣意)にはこう書かれた。
 第一条 国政に関する国民世論の動向を把握し、国会の審議に反映させることが重要であることにかんがみ、国会が自らすすんで国民投票によって国政の重要な諸問題についての国民の意見を聴く方途を講ずるため、国民投票に付する案件の決定、投票の方法、投票の管理その他国民投票の実施に関し必要な事項を定めるものとする。

 この法案には色々な工夫が凝らされている。
 例えば、国民投票は当面、年1回10月第1日曜日に行う。国会はその2週間前までにテーマを決めて発表しなくてはならない。 (第五条 国会は2週間前までに中央選管を通じて国民投票に付する案件を官報で告示しなければならない)

 各党は思惑が違う。各党がどんな利害でどんなテーマを選ぼうとしたか、国民にその過程が分かる。国対でこっそりというわけにいかない。

 例えば、各党の意見がまとまらず今年の国民投票が出来ないことがあるかもしれない。それはどの党の責任か、次の選挙の参考になる。

 この法案には、予算書も事務管理に当たる選挙管理委員会の業務もきちんと書かれている。

 ところが、4月15日のNHKで二階国対委員長が言った。
「国民投票を国政の重要問題にまで拡大したら、国会の主権が侵される。国会の空洞化だ」

 呆れるではないか。昔から国対族が言ってきたことそのままだ。

 間違ってもらっては困る。主権者は国民である。国会はその代理人なのだ。それを間違って、世襲議員ばかりが蔓延って国会の過半数を占めれば、国民をどんなに裏切る政治をしても許されると思い上がっている。とんでもない。

 かりに消費税率の引き上げを国民投票に掛けたとして大反対の結果が出た場合、わが国民投票法案は「投票の結果は直ちに法の改廃に直結するものとしない」となっている。「国会はこの民意を最大限に汲み上げるもの」としている。

 こんなに反対が多くては政権が危ない。税率の引き上げをやめようと考えるのも政権にとって助け船だし、いや、それでも引き上げは将来のため必須のことだと判断すればあえて民意に引き上げを問うのも政治の決断だ。どちらにしても民意を聴かない方がよいなどと言うことはあり得ない。

◇ 世界では日常のこと

 思えば、初の国民投票法案が生まれた時、ヨーロッパでは「欧州連合」に加盟するかどうかで各国が国民投票で燃えていた。スウェーデンとノルウェーでほぼ同じ時期に国民投票を実施した。スウェーデンでは52.4%対46.9%で加盟賛成。ノルウェーでは、ちょうどその逆の数字で否決となった。投票率はスウェーデンは82%、ノルウェーでは88%だ。日本の国会議員選挙では40%台に低迷しているのにだ。

 フランスでもミッテラン大統領がテレビに出ずっぱりで1%を争った。これで各国の議会が空洞化したなんて誰も思いはしない。アメリカでも中間選挙の同じ日に各州毎に州の法律を決める国民投票が行われる。オレゴン州の安楽死法、カリフォルニア州の禁煙禁止法、などユニークな法が決まる。

 スイスは年4回行われる。1989年11月、ベルリンの壁が破れた時、スイスでその2週間後に軍備撤廃を問う国民投票が行われた。たまたま、国民請求の国民投票が重なったのだが、常にこういう機会を持っている国は健全だ。ちなみにこの国民投票は撤廃派が負けたのだ。永世中立国のスイスでもどっとムードに流されることはない。

 オーストリーで、完成してボタンを押すばかりになっていた原発が国民投票で否決された。敗れた首相クライスキーは直ちに原発を廃棄した。それが信頼を集め、異例の長期政権となった例もある。

◇ エセ評論

 ところで、いま出てきたエセなる九条改正法案をめぐって国民投票法案の制定に賛否の戸惑いがある。特にいわゆる護憲派の中の揺れだ。

 朝日新聞がここ数回、色々な人から意見を聞いている。多く混乱している。

 海軍史の研究家・戸高一成氏は「憲法の理念は守るべきだが現状の憲法解釈で自衛隊をコントロールしていけるか。法律と現実の乖離は好ましくない。法律は改正すべきだ」(4月11日)。

 住民投票に詳しい今井一氏は「私は改憲の是非を問う国民投票法を作るべきだと訴えてる。護憲派の中のどんな内容でも反対というのは論外だ。憲法改正の権利行使を自ら侵害している。国民投票法が改憲への一里塚だと主張する護憲派はリスクを回避している」(4月13日)。

 漫画家の間瀬元朗氏は「自衛隊を海外に派遣するたびに悩まなければならない。護憲派も改憲派も悩むことが大切だ」(4月14日)

 イラク戦争に反対してレバノン大使を辞任した天木直人氏は「私は国民投票法を作る事には反対しない。国民が改憲にノーという事実を作ることが合法的な革命だ」(4月14日)

 名古屋大学大学院教授で憲法の浦部法穂氏は「自民党の新憲法案は公共の福祉を『公益及び公の秩序』に置き換えた。これは現憲法の人権保障の理念の180度転換だ」(4月15日)

 率直に言ってなるほどと思えない。
 もともと政治論なのだから法案自身を潰すべきだ。憲法9条は守りたいが、憲法と自衛隊の存在は乖離している。どっちかに整理しては。手続法までは作ってもいいのではないか。その後憲法9条を護る過半数を作るべきだ。ワイマール憲法が崩れた時と似ている‥…と言う。

 朝日はだいたい護憲派から選んでいるようだが、いずれも今進行している政治状況にどう対応すべきか語っていない。護憲派にしてみれば九条改正法案が成立してしまえば何とか改憲阻止の過半数を取ろうとするのは当たり前で、じつはそこからが本当の戦いだと賢しげに言うのは最も現状回避の評論だ。

 企画した朝日はどう思っているか。4月14日の社説で次のように書いた。

 『国民投票法案 廃案にして出直せ』
「国民投票法案が対決路線の中で打ち切られたのは不幸なことだ。一昨年来、自公民3党が改憲の手続である国民投票法の仕組みを審議してきた。法案反対の共産、社民も審議に参加してきた。私たちはこの法案作りは出来るだけ幅広い政党のコンセンサスをつくって進めるべきだと主張してきた。少なくとも野党第一党の賛成を得ることがのぞましかった」

 ではどうする。
「世論を見渡すと憲法についてどうしても改正すべきだと多くの人が考えている論点は今のところ無い。参院は法案を廃案にしたうえで参院選の後の静かな環境の中で与野党の合意を得られるよう仕切り直すべきである」

 どうやら、国民投票法つくりは必要であって、それには自公民3党の合意が望ましかった。返す返すも民主党の脱落は残念だった。ついては参院は法案を廃案にせよと言う。

 朝日が自民党の九条改正法案を単なる手続法案と捉えていたのは意外である。

 その上、参院で廃案にせよ、とはいかにも気楽ではないか。少し過激に言うが、ワイマール憲法体制が崩れたときと似ている‥‥‥と叫ばねばならない気がする。民主主義の青空ともいえるワイマール憲法体制をヒトラーの独裁政治の誕生に手渡したのは民意と言論の鈍感さであった。

自民党を喜ばせるな

 九条改正法案である自民党の国民投票法案を単なる手続法案と捉える立場では、根底の政治論が抜け落ちている。オオカミが戸口まできているのに、挨拶くらいはいいじゃないか、ということになる。改憲論のカオを半分立てないと辻褄が合わなくなる。

 参院で廃案を、には自民党は笑うだろう。

 多数を握れば何でもやってしまう与党に太刀打ち出来ないのは現実だが、九条が大切というなら、その大切さをもっと緻密に説明し、エセに対抗する正論を拡げるべきだ。

 かねて私が社会党の中で主張してきた事を繰り返せば、憲法の真髄である永世中立論を研ぎ澄ませ、護憲、護憲と念仏のように唱えるだけでなく、具体的な政策を提示して世論の理解を得るべきだ。アメリカの核の傘のなかに身を投じるミサイル防衛計画や日本の首都に米世界軍事戦略の司令部を許す在日米軍再編成が九条改憲と一緒にやってくる事などもっと熱心に訴えるべきだ。安保は票にならないなどと言っている政治家は原点に戻るべきだ。それは今からでも遅くはない。永世中立政策の具体論は拙著「戦後六〇年軍拡史」に譲る。現実的に幾らでもある。

 国民投票法案については、やはり、エセでない真性の国民投票法案を提示して九条改正法案である自民党の国民投票法案と対決すべきだ。

 もし真性の国民投票法がすでに成立して、年金でも、医療でも、教育でも、海外派兵でも国民投票に掛ける社会になっていたら、急に投票年齢を18歳にしたり、公務員の活動を云々したりして改憲のためだけに限定する国民投票法が出てきたら、主権行使に馴染んだ国民はその唐突さに違和感を持って忌避するだろう。今からでも遅くない。その話し合いを始めようじゃないか。

今日の話題

2007年4月1日(日)
文部科学省は相変わらずの歴史捏造省

 昨日の東京新聞朝刊一面トップニュースの表題は「集団自決『軍の強制』削除沖縄戦・高校教科書検定」だった。以下はその記事からの引用。


 文部科学省は30日、2008年度から使う高校用教科書(主に二年生用)の検定結果を公表した。第二次世界大戦の沖縄戦であった集団自決について、「近年の状況を踏まえると、旧日本軍が強制したかどうかは明らかではない」として従来の姿勢を変更。旧日本軍の関与に言及した日本史の教科書には、修正を求める検定意見が付いた。

 近現代史中心の日本史A、通史を扱う同Bの計十点のうち、八点が沖縄戦の集団自決に言及。「日本軍に『集団自決』を強いられたり」「日本軍はくばった手りゅう弾で集団自害と殺し合いをさせ」などと記述した七点に、「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」との意見を付けた。

 いずれも、検定に合格し現在出版されている教科書と同じ記述だが、出版社側は「追いつめられて『集団自決』した人や」「日本軍のくばった手りゅう弾で集団自害と殺しあいがおこった」などと、日本軍の強制に触れない形に修正し、合格した。

 集団自決については、作家大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」などで、「自決命令を出して多くの村民を集団自決させた」などと記述された。これについて、沖縄・座間味島の当時の日本軍守備隊長で元少佐の梅沢裕氏らが、記述は誤りで名誉を傷つけられたとして、出版元の岩波書店(東京)と大江氏を相手取り、出版差し止めと損害賠償などを求めて2005年に大阪地裁に提訴した。

 同省は検定姿勢変更の理由を
(1)梅沢氏が訴訟で「自決命令はない」と意見陳述した
(2)最近の学説状況では、軍の命令の有無より集団自決に至った精神状態に着目して論じるものが多い
-と説明。発行済みの教科書で、同様の記述をしている出版社に情報提供し、「訂正手続きが出る可能性もある」としている。


 琉球列島の一つの島の守備隊長一人の証言が論拠とは恐れ入る。

 文部科学省の教科書検定など無用だ。教科書検定は国家による教育統制の最強武器だ。教科書検定やめろ!

 と、ここまで昨夜書いてアップしようと思っていたら、今朝の東京新聞の「筆洗」がこの問題を 沖縄の島民の立場ら取り上げていたので、それを追加する。

 62年前、目の前で起きたことが金城重明さんのまぶたには焼き付いている。村長の「天皇陛下万歳」の三唱を合図に、多くの家族が次々と手榴弾を爆発させた。約一週間前、日本軍が一人に二個ずつ配った。一つは敵に備えるため、もう一つは自決用だったという

 沖縄県に属する慶良間諸島最大の島、渡嘉敷島での出来事だ。当時16歳の金城さんには手榴弾が回ってこなかった。だから二つ年上の兄と一緒に泣き叫びながら、石を持った両手を母親の上に打ち下ろした。次に9歳の妹と6歳の弟の命も絶った。どうやったのか記憶はない

 米軍が3月下旬に慶良間諸島、4月1日に沖縄本島に上陸して始まった沖縄戦は「軍民一体」の戦争だった。渡嘉敷島では軍の指示を受けた村長のもと、住民は日本軍の陣地近くに移動させられ「ともに生き、ともに死ぬ」と教えられた。手榴弾の配布は「自決せよという言葉以上の圧力だった」という

 文部科学省による高校教科書の検定では、集団自決を日本軍が強制したという趣旨の記述が修正された。例えば「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった」と

 同省は「近年の状況を踏まえると、強制したかどうかは明らかではない」と説明している。自由意思とでも言いたいのだろうか。金城さんは「歴史の改ざん。軍の駐留先で集団自決が起きている。本質はそこにある」と訴えている

 金城さんにとって、語りたい過去ではないはずだ。過ちを繰り返さないため、歴史の証言者になっている。耳を傾けたい。

今日の話題

2007年3月28日(水)
黒を白と言いくるめることに腐心する権力の番犬たち

 憲法の番人であるはずの裁判官が、このところたて続けに権力の番犬ぶりを露わにしたトンデモ判決を出し続けている。

①ピアノ伴奏拒否事件最高裁判決
②沈タロウ暴言訴訟の東京地裁判決
③西山太吉さんの沖縄返還密約事件関連訴訟の東京地裁判決

 いずれも黒を白と言いくるめようと無理をするため、まるでメチャクチャな論理にならない論理を編み出して苦心惨憺の悪文をひねり出している。こんな連中が司法権力を担当しているとは、この国は本当に「美しい」。

 ①については、「澤藤統一郎の憲法日記」が詳しく論じている。

最高裁判決の出来の悪さ
最高裁判決批判・続き

 ②は今日の「きっこの日記」が取り上げている。

暴言都知事を擁護する呆れた裁判長 (追記 2016年12月27日:残念ながら「きっこの日記」は2011年にサービスを終了しています。)

 ここでは③を取り上げよう。
 事件のあらましと今回の訴訟にいたる経緯は今日の話題:『外務省機密漏洩事件』で紹介した。そのとき利用した『討論外伝』所収の「在日米軍再編で、日米両政府は国民を二度欺く」の中で、西山さんと岡留さんが次のような会話を交わしている。

岡留-西山さんの今後の裁判の行方が気になります。外務省がアメリカの手先のうえ、日本の裁判システムはかなり疲弊していて、真実の追求よりも国家の利益やメンツを重んじますから、いくら客観的には返還協定の虚偽が明らかだとはいえ、裁判の行方は決して楽観視できない。

西山-日米交渉真っただ中の今、裁判所が密約を肯定するような判決なんて書かないでしょうからね。政府は全部否定しているわけですし。

岡留-密約そのものの真偽に関しては司法判断を棚上げして、それ以外の部分で判決文を書くのだろうと僕は見ていますよ。

西山-本論には入らずにね。それでも、沖縄や日本の将来を考えれば、闘わざるを得ない。ただ、今度の裁判では、「当時の起訴自体が間違っている」と訴えているのと同時に、アメリカの公文書から明らかになった外交機密について、当局が否定していることに対しても、訴えているんですよ。だって、簡単に言えば、官房長官も外務大臣も、みんな嘘をついているわけですからね。当時の起訴はともかくとして、あれに関しても裁判所は判断回避できるかね? アメリカの公文書と、吉野証言とが出ているにもかかわらず。

岡留-おそらく、なんとかして逃げ道を考えるんでしょうね。いかに本筋を避けながら枝葉の部分で判決を書くかに腐心するでしょう。

西山-まあ、裁判所が密約を認めれば、小泉政権が「密約はなかったとの報告を受けている」と閣議決定したものまで全部覆さなきゃいけなくなるわけですからね。さて、裁判所が判決文をどう書くかね(笑)。

岡留-今や体制の忠実な番犬に成り下がった裁判官たちが、どんな悪知恵を絞るか、注目ですね。大いなる皮肉を込めて、楽しみにしておきましょう(笑)。

 日本の司法権力の腐蝕ぶりを既に十二分に見透かしている。では裁判官はどんな悪知恵を絞ったか。

 西山さんの「日米両政府は憲法違反の密約を結んでおり、そのことを明らかにしたため、国家組織に起訴された」という訴えに対しては、加藤番犬は密約の存否や起訴の当否の判断をせずにただひたすら逃げた。

「政府高官や歴代大臣らが密約の存在を否定し続けたため、名誉を傷つけられた」という訴えに対しては、「国務大臣らが『密約はなかった』と繰り返し発言したのは一般的な行政活動で、原告の社会的評価を低下させていない」だとよ。これはイシハラ暴言訴訟の判決の屁理屈、いやどきつくプンプン臭うからクソ理屈だな、そのクソ理屈と同じ論理だ。

 そして「仮に違法な起訴や誤った判決があったとしても、賠償請求権は民法の除斥期間(20年間)を過ぎて消滅している」と苦心惨憺の迷判決。恐れ入ったか一件落着と、裁判所にクソ吹雪が舞って「美しい国」に見事ないろどりを添えたという。そしてさらに、この判決を受けて外務省は、この期に及んでもなお「密約はなかった」と破廉恥なコメントでクソにクソを重ねている。お見事。
2007年3月27日(火)
狆ゾウの欺瞞と浅はかさ

 『週間金曜日』(3月23日号)の「吉田有里の政治時評」で、吉田さんは『朝日新聞』(2月26日)の豊秀一記者の「歴史と向き合う」という記事を紹介して、次のように書いている。

 安倍晋三首相は、著書『美しい国へ』の中で、「たしかに自分のいのちは大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ、ということを考えたことがあるだろうか」と問いかけ、それを体現した存在として、「如何にして死を飾らむか」「如何にして最も気高く最も美しく死せむか」と書き残した特攻隊員鷲尾克己少尉の日記を紹介している。

 ところが豊秀一記者が日記を読み進めると、安倍晋三首相が美化した部分を書いた約4ヶ月後に鷲尾少尉は、「気高く死ぬる必要なし」「美しく死ぬる必要なし」と、全く違った言葉を吐露していたのだ。

(中略)

 事実は違っていた。鷲尾少尉は、最後の最後まで命じる国を問い、もがき、苦悩した。そして最後に、明らかに狂った国家が求めてくる非情な命令を受け入れるしかなかったのだ。その姿にこそ、私のような者にも通じる何かを見出すことができる気がした。

 豊記者が明らかにした事実は、他人事のように、国家のための死を「美しいもの」にできる安倍首相の欺瞞と浅はかさを明らかにした。そして、事実を闘わせる政治に身をおく者として、私自身も「事実の前に謙虚にならなくては」と、改めて痛感した次第だ。

 自分の都合のよいところだけを引用する詐術までポチ・コイズミを継承している。まともな感性をもつものなら、たとえ六十数年も前のことであっても、死を強いられた特攻隊員に大いなる苦悩や怨念があっただろうことは容易に想像できる。「美しい」などという陳腐で浅薄な評言で言い済ますことなどは、とてもできない。

 六十数年前ではなく現時点でのことなら、ポチと狆ゾウの想像力はリアルに働くだろうか。イラク侵略の手伝いに駆り出された自衛隊員の死の危険を、ポチと狆ゾウはどのように考えているだろうか。

 特攻隊員に感動して見せるポチと狆ゾウの「欺瞞と浅はかさ」を見事に示している記事があった。東京新聞(3月25日)の「新防人考1」より。

 昨年九月、首相官邸。安倍普三官房長官(52)=当時=のもとへ空自幹部が報告に出向いた。

幹部「多国籍軍には月30件ぐらい航空機への攻撃が報告されています」
安倍「危ないですね」
幹部「だから自衛隊が行っているのです」
安倍「撃たれたら騒がれるでしょうね」
幹部「その時、怖いのは『なぜそんな危険なところに行っているんだ』という声が上がることです」

 政府決定通りの活動を続け、政治家に知らんぷりをされては、屋根に上ってはしごを外されるのに等しい。安倍氏は答えた。

「ああ、それなら大丈夫です。安全でないことは小泉首相(当時)も国会で答弁していますから」

 確かに小泉純一郎氏は国会で「危険だからといって人的貢献をしない、カネだけ出せばいいという状況にはない」と述べている。「危険」は首相のお墨付き、というのだ。

 なんと言う無責任な奴らだろう。自分たちは現実の戦闘から最も遠い安全なところでふんぞり返っていて、死に対する想像力を全く欠いた次元で自衛隊員の死をもてあそんでいる。そしてもし戦死者が出れば、「美しい!」「感動した!」と涙を流すのか。
2007年3月26日(月)
特攻隊員怨念の刀傷

 東京新聞(3月24日朝刊)のコラム「心のファイル」で瀬口晴義記者が『城山三郎さんと「伏龍」』という追悼文を書いている。その中の一節。

 経済小説で有名な城山さんの原点は、敗戦間際、海軍特別幹部練習生に志願した体験だ。戦争があと数カ月長引いていたら、伏龍特攻隊の要員になるはずだった。

 伏龍は、海底に潜む兵士が、竹ざおに装着した爆雷を敵の舟艇に突き上げて自爆する本土決戦用の部隊だ。

 漫画のような発想だが、三浦半島の久里浜や野比などで実際に訓練が実施され、装備が不十分なために殉職した兵隊が相次いだ。戦争指導者の愚劣さが凝縮されたこの特攻を発案したのは、山本五十六元帥の懐刀といわれた黒島亀人少将。予科練生たちの乗る飛行機がなくなり、余剰人員の〝有効活用″という背景があった。

 これが大日本帝国の戦争指導者の本性なのだ。もう狂っていとしか言いようがない。さらに瀬口さんは、城山さんから直接聞いたという次の話を伝えている。

 大分県中津市の料亭に、特攻隊員が出撃前夜の最後の一杯を飲んだ部屋が残っている。そこを訪ねた城山さんは次のように語ったという。

 柱や鴨居(かもい)が刀傷だらけ。明日、出撃するという悲しみとうっぷんを晴らそうと、狂ったように刀を振り回したんでしょうね。『特攻を考え、命じたやつは、修羅だ』という怨念の声が聞こえるような気がしました。

 続けて瀬口さんは言う。

 特攻は多くの場合、志願ではなかった。命じられた側は、絶望をのみ込んで出撃した。城山さんは特攻を命じた側には常に厳しかった。

 「日本が戦争で得たのは憲法だけだ」。それが城山さんの持論だ。

前回紹介した「軍神の母」は、知覧の特攻記念館を訪れて涙を流したというポチ・コイズミを叱咤して書かれた「泣くより怒れ」という小文の中のエピソードだった。その文を佐高さんは

 ただ、私はやはり、特攻記念館を訪れて涙する首相ではなく、怒りを新たにする首相であってほしいと思う。自らが同じ過ちを繰り返さないと誓うためにも、そこは感激して泣く場所ではないのである。

 さて、ポチの跡を継いだ狆ゾウはどうだろうか。(次回で)
(第一次安倍内閣の発足は2006年9月26日だった。勿論この頃から安倍は「無知にして無恥」だった。「美しい日本を取り返す」はこの時からの彼岸だった。では、この「無知にして無恥」な総理大臣の頭の中にある「美しい国」とはどんな国なのだろうか。「戦後レジームからの脱却」などと叫んでいるから戦前・戦中の日本国を指しているのだろう。10年ほど前、私はこうしたスローガンが「無知にして無恥」な結果の所産だと思っていたのだろう。2007年3月25日~27日の今日の話題はそれをテーマにしている。「無知にして無恥な歴史認識」というカテゴリをもういけて掲載し直すことにする。)

2007年3月25日(日)
軍神の母

 大日本帝国は敗戦が決定的となったにもかかわらず、国体護持の思惑ゆえに降伏を長引かせ、破れかぶれの無謀な作戦を立てては若者たちを死へと駆り立てていった。その無謀な作戦の典型が神風特別攻撃隊であり、人間魚雷回天であった。

 「天皇陛下バンザイ!」といって死んでいったものはいない、みな「おかあさん!」と言って死んでいったと、誰からか、少年の頃に聞かされたことがある。

 佐高信さんの『許されざる者、筆刀両断』で、『「軍神の母」と喧伝された』特攻隊員の母親・加藤まさ(仮名)さんの悲痛なエピソードに出合った。吉武輝子著『死と生を見すえて ー 娘あずさへの手紙』で知ったものだという。

 軍人一家の長男に嫁いだ彼女は、続けて三人、女の子を生み、男がほしかった加藤家の者たちに舌打ちされた。ようやく四番目に男子が生まれ、掌を返したように喜ばれたが、彼女はその息子を立派な軍人に育てるべく、厳しく教育した。

 中国とだけでなく、アメリカとも戦争することになった日本は、やがて、特攻という作戦とも言えない作戦を開始する。

 加藤まささんの息子もそれに出発する前、最後のあいさつに帰宅した。その息子に彼女は、先祖伝来の短刀を渡し、
「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」
と告げる。

 捕まるくらいなら自決せよということである。そんな〝護国の鬼″と化した母親に、息子はまるで上官に対するような敬礼をし、戦場に発って行った。22歳の誕生日を迎えたばかりだったという。

 そして一週間後、玉砕の知らせが届く。
「後に続く者を信ず」
これが遺書と伝えられた。

 しかし、敗戦後、息子の戦友だったという若者が訪ねて来て、母親は「もう一つの遺書」があったことを知る。

 仏壇に供えられたそれを開いて、彼女は慟哭した。そこには、震えるような文字で、
「僕はただ、母さんに抱いてほしいと願っていただけなのです」
と書いてあったからである。

 彼女はその後、88歳で亡くなるまで、「わが子の命を奪うことに手を貸してしまったという痛恨の思い」から逃れることができなかった。

 せめてもと、特攻の残骸を求めて南の島々を行脚し、それを見つけると、まるで、わが子を抱きしめるように、かき抱いたという。

 私が知っていた無謀な作戦は神風特攻隊と人間魚雷回天であったが、さらにむちゃくちゃな作戦があったことを知った。その名は人間潜水艦「伏龍」。次回で詳しく取り上げよう。
2007年3月15日(木)
右翼イデオローグの理論レヴェル(5)

(7)国家や国民、愛国心という観念を共有し、次世代に継承するには強制が不可欠です。例えば、歴史的名場面を子供たちに「読みなさい」 「考えなさい」と教える。観念は自然任せでは継承できないからです。

 たまたま今朝の東京新聞の「発言」(読者投稿欄)にヤギ先生と正反対の主張が掲載されていた。

 価値観の強制 教育に反する

 愛国心教育は不要という意見があります。私は愛国心の是非と、それを公教育で強制的に行うことの是非は別問題と思うのです。

 私は愛国心教育に反対ですが、愛国心は持っています。日本の文化伝統を愛しています。それは私が自由意思で持つ感情であって教え込まれたものではありません。何であれ、一つの価値観だけを子どもに強いることは、教育本来の目的に反します。

 強権的な愛国心教育は、軍国主義に向かう流れであることは歴史が証明しています。学校式典における君が代歌唱についても、歌そのものの良否よりも、それを権力によって強制されることが問題なのです。そのような観点で考えたいと思います。

ごく真っ当な歴史認識や感性の持ち主の平均的な意見だろう。ヤギ先生のご高説はこのような一市民(Aさんと呼びます。)の意見とどうして正反対なものになるのだろうか。いままでの検討でもう明らかでしょう。

 Aさんは愛「国」心を論じているのに対して、ヤギ先生は愛「国家」心を論じている。だからAさんの愛「国」心は「自由意思で持つ感情であって教え込まれたもの」ではない。ヤギ先生の愛「国家」心は、国家の本質を隠蔽して、国家の幻想的な<協同社会性>を共同観念として強制しなければ国民に共有化されない。

 ヤギ先生の教育とは「幻想的は共同観念」を強制的に植えつけることなのだ。近代日本の学校教育は強迫教育として始まった。ヤギ先生の教育論は100年前からよみがえってきたゾンビの教育論だ。

『我輩は素より強迫法を賛成する者にして、全国の男女生れて何歳に至れば必ず学に就く可し、学に就かざるを得ずと強ひて之に迫るは、今日の日本に於て甚だ緊要なりと信ず……強迫教育法の如き必ず政府の権威に由て始て行はる可きのみ』(福沢諭吉「学問之独立」)

 そしてさらにヤギ先生は強迫教育の要は偽装自慢歴史教育であると考え「新しい歴史教科書をつくる会」の会長として偽装自慢歴史教科書をでっち上げた。もちろんその教科書も100年前からよみがえったゾンビ教科書である。

『日本歴史ハ本邦国体ノ大要ヲ知ラシメテ国民タルノ志操ヲ養フヲ以テ要旨トス』(1891年「小学校教則大綱」)

 日本は天皇によって建国されたことを強調し、天皇に忠義を尽くした武将・軍人・政治家などのエピソード集のような教科書で愛「国家」心を植えつけようというわけだ。

(8)若者たちがネットで表現する排外的な激しいナショナリズムは、愛国心の美しい作法を知らないためです。

 「盗人猛々しい」とはこういうことを言う。自慢史観と排外的な他国蔑視は同じメダルのうらおもてだ。扇動しておいて知らぬ顔の半兵衛を決め込もうっていうわけだな。どたい愛「国家」心に「美しい作法」なんかあるものか。愛「国家」心を存分にふるってご活躍の政治家・官僚・財界人の醜悪ぶりは新聞紙上に絶え間がない。

(10)愛国心を否定し、同胞意識が希薄だったが故に横田めぐみさんは拉致され、帰ってこない。戦争を避けるためにも、法治国家としてきちんと守りきれる憲法に作り替えるべきです。

 この最後の段落は支離滅裂だ。牽強付会に過ぎるから支離滅裂になる。こんな愚論の補強のためにも拉致問題を利用しようとはあきれるぜ。拉致問題は、隣国を敵視するばかりで真っ当な外交努力を怠ってきた歴代政府の無能さのツケだ。

今日の話題2:『外交の本随』を参照してください。)

 最後に「法治国家としてきちんと守りきれる憲法」というのもワケの分からない文章だな。「守りきれる」の目的語は何だ? 文脈からは「横田めぐみさん」となるが? あるいは「戦争を避けるためにも」とあるから「自国」かな? どちらにしても変な文章だ。その理由は「法治国家」にある。「法治国家」とは<共同体-内-国家>に関する概念であり、拉致問題や戦争は<共同体-即-国家>に関わる事項である。その2種類の国家概念ゴッチャにして論じているから、意味の通らない文章となる。

 教訓。
 科学的国家論を欠いた国家論・政治論は支離滅裂となる。

(追記 2016年12月23日)  「右翼イデオローグの理論レヴェル」は今回の(5)が最終回だったがその八日後(2007年3月23日)に『今日の話題:学者先生の浅薄な国家意識』を書いていたことを思い出した。この記事での学者先生は小林節・慶応大学教授(憲法学)で、右翼イデオローグではなくリベラルな学者です。この記事を書いた当時は小林さんについて詳しいことは知らなかったが、つい最近、戦争法案に真っ向から反対して、著名になっている。安倍政権打倒を掲げて政治団体「国民怒りの声」を設立して、その団体から比例代表で参院選に出馬したが惜しくも落選した。尊敬すべき学者ですが、論理的におかしい発言があったので、批判したのが上記の記事でした。一応紹介しておきます。
2007年3月14日(水)
右翼イデオローグの理論レヴェル(4)

(6)本来、国家とは観念的なものです。多民族、多宗教、多言語の人たちは、国家という観念を常に意識して忠誠を誓う。それは国家を壊さないための努力です。北海道には北海道の、沖縄には沖縄の自分たちの具体的な経験から生じる愛郷心がある。それとは違い、日本人意識や愛国心は観念です。

 混迷ぶりはますます深い。「本来、国家とは観念的なものです。」だって?! 行政府も官僚機構も議会も観念的なの?!  おいおい、この人正気かい?! もちろん、「日本人意識や愛国心は観念です。」 でもさあ、「愛郷心」だって「観念」だぜ。

 まあいいや、ここもヤギ先生の言わんとするところを斟酌して、できるだけ土俵を近づけてみよう。

 ヤギ先生があげている「自然、歴史、伝統、文化、宗教」に産業・流通など経済的な社会基盤も付け加えて、「国柄」などという抽象的な概念ではなく、『国家の起源とその本質(3)』で取り上げた<協同社会性の最大かつ最高の範囲>という意味で、<共同体>と呼ぼう。もちろん、この共同体は国家ではない。ヤギ先生に限らず右翼イデオローグ(その典型は小林よしのり)は「国」と「国家」をゴッチャに恣意的に使っているが、「国家」とは峻別して、この共同体を「国」と呼ぶなら同意しよう。私が「国」というときはこの意味で用いている。

 ところで(6)ではヤギ先生はこの共同体の<協同社会性>=<国家>と考えているらしい。そう解釈すれば、確かに「国家とは観念的なもの」ということになる。最も耳目に入りやすい通俗的な国家「観」である。とても国家「論」とはいえない。

 次の「多民族、多宗教、多言語の人たちは、国家という観念を常に意識して忠誠を誓う。それは国家を壊さないための努力です。」は何を言いたいのだろうか。「多民族、多宗教、多言語の人たち」で構成されている「国」(その典型としてアメリカ)では、<国家>=<協同社会性>を常に意識的に保持しようとしなければ、<国家>=<協同社会性>は崩壊すると言っている。

 大方の右翼イデオローグは日本を「単一民族」国家だと言い、それが「自慢史観」の一つの重要な要素になっている。保守反動政治もよく単一民族を自慢する。しかし歴史をまともに見ることができる人には、この日本単一民族説を信じるものはいない。

 この点ではヤギ先生は他の右翼イデオローグとは違うようだ。北海道と沖縄を持ちだしているのはただ単に「北は北海道から南は沖縄まで」という意味合いだけではなく、アイヌ民族と琉球民族を暗に指し示していると読むのはうがちすぎだろうか。アメリカほどではないとしても、日本も「多民族、多宗教、多言語」の国と認識しているから、愛郷心と愛国心が違うことをことさら強調し、<国家>=<協同社会性>を常に意識的に保持していくためには共通の国家意識や愛国心を必要とする、と言っている。ただしここの文脈でもそうだが、右翼イデオロギーでの愛国心は正確には愛「国家」心というべきだ。

 愛郷心が愛「国家」心に発展するとか、愛郷心の総和が愛「国家」心であるとかいう論よりヤギ先生の方がいくらかましだ。ここで共同体の<協同社会性>は所与のままでは保持できないという点をもう少し掘り下げると、ヤギ先生の国家「観」は国家「論」に昇格するのになあ。そのためには、観念論的思考をやめて科学的思考を採用すればいいのですよ。つまり、「多民族、多宗教、多言語」共同体であろうとなかろうと、共同体の<協同社会性>はそのままで「なかよしこよし」というわけにはいかない。それはなぜかと問い、事実に即して考えを発展させればよい。(以下は滝村国家論の復習です。)

 その事実とは、完成的な近代国家を成り立たしめている共同体(近代的市民社会)は支配階級と被支配階級という二つの階級権力を軸として諸階級・階層間の対立・抗争・闘争をしているという一事である。この敵対的な協同社会性を非敵対的な協同社会的秩序のもとに束ねなければならない。それは<幻想上の協同社会性>というイデオロギーのもとに統御するほかない。それを可能にするのが、二大階級権力の上に立つ<第三権力>としての国家である。これが『国家の起源とその本質(2)』の主題である<共同体-内-国家>である。

 しかし国家という社会構成は内部だけで閉じることはできない。他の社会構成と直接切り結びせめぎ合う対外的諸関係を避けるわけにはいかない。内的な<政治的社会構成>は、擬制的な<幻想的共同体>として組織された<外的国家>として構成されざるをえない。これが『国家の起源とその本質(3)』の主題である<共同体-即-国家>である。
2007年3月13日(火)
右翼イデオローグの理論レヴェル(3)

 ヤギ理論の批判はサラッと1回で終えるつもりだったのが、次から次と言いたいことが出てきて思いがけず長くなってしまった。あとどのくらい続くか分からない。チョッとしんどいなあ、という気分もある。が、乗りかかった舟、最後まで行ってみよう。

(5)今の前文には「再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と「われらの安全と生存を保持しようと決意した」と「決意」という言葉が二回出てくる。過去を否定し、自分たちで国を守るという当事者意識が欠落していることの表れです。

 「過去を否定し、自分たちで国を守るという当事者意識が欠落している」の主語は誰でしょう。文脈から「われら」すなわち憲法前文全体の主体たる国民ということになる。これもヤギ先生の言わんとするところを斟酌申し上げると、「過去を否定し」という物言いから「自虐史観者」を指しているようだ。

 しかし、憲法の「われら」や「自虐史観者」は「過去を否定し」ているのではない。過去をしっかりと見据えているからこそ新憲法が制定され、それを保持しようとしている。(私個人としては天皇条項を除いてという条件付の支持だ。)過去をしっかりと見据えることはちっとも「自虐」ではない。

 歴史を直視することに堪えられず、「過去を否定し」隠蔽し捻じ曲げることこそ「自虐」というにふさわしい。そうした「自虐」者はその代償に自慢すべきことを欲する。どうしても「自慢史観」が欲しい。それで探し当てたのが「自然、歴史、伝統、文化、宗教といった国柄」というわけだ。

 それぞれの国にそれぞれの「国柄」がある。そこに生を営む者にとってそれは肯定的に護っていきたい部分もあるし、変えていきたいものと批判的なる部分もある。そして実際にそれらは不変ではなく時代とともに進歩あるいは退歩する。

 どこの「国柄」が優れているとか劣るとかの比較は無用だし、そんな比較になんの意味もない。それでもことさらに自慢したければ自慢してもいささかもかまわない。しかしあくまでも個人的な問題だ。その「自慢」を憲法の前文に掲げるというのはなんともトンチンカンな話だ。憲法というものを勘違いしている。憲法学者ヤギは、科学的な国家論を欠く上に、近代国民国家における憲法の意義をもまったく誤解している。ナカソネ私案も自滅党案も、保守反動派の改憲案は同じ誤解の上に成り立っている。憲法は国民が国家のあり方を規制・拘束するものではなく、国家が国民を規制・拘束してお説教を垂れるものだと思っている。そんな改憲は全面否定するほかない。

(追記 2016年12月21日)
 現憲法を「押しつけ憲法」と裁断することができない事実をもう一つ知った。

 『囚われたる民衆』で利用した「『天皇制』論集」に公法研究会による「憲法改正意見」という論文があった。この論文の前文には次のよう書かれている。
「(憲法は)施行二年目までに日本人民の手で再検討が加えらるべきものであることは、公布当時、極東委員会の見解として新聞紙上に伝えられたところである。ところが遺憾ながら、今までのところでは日本人民の間から改正意見が活発に表明されているとはいえない状態である。」

 ここに出ている「極東委員会の見解」を知りたいと思い検索をしたら『「押しつけ憲法論」は成り立ち難い』さんが取り上げていた。転載しておこう。

 現行憲法の公布は1946年11月3日のことでした。そして、その憲法が施行に移される年の1月3日に当時の総理大臣吉田茂はマッカーサーから次のような書簡を受け取りました。

親愛なる総理
 昨年一年間の日本における政治的発展を考慮に入れ、新憲法の現実の運用から得た経験に照らして、日本人民がそれに再検討を加え、審査し、必要と考えるならば改正する、全面的にしてかつ永続的な自由を保障するために、施行後の初年度と第二年度の間で、憲法は日本の人民ならびに国会の正式な審査に再度付されるべきであることを、連合国は決定した。もし、日本人民がその時点で憲法改正を必要と考えるならば、彼らはこの点に関する自らの意見を直接に確認するため、国民投票もしくはなんらかの適切な手段を更に必要とするであろう。換言すれば、将来における日本人民の自由の擁護者として、連合国は憲法が日本人民の自由にして熟慮された意思の表明であることに将来疑念が持たれてはならないと考えている。
 憲法に対する審査の権利はもちろん本来的に与えられているものであるが、私はやはり貴下がそのことを熟知されるよう、連合国のとった立場をお知らせするものである。
 新年への心からの祈りをこめて
                  敬具

ダグラス・マッカーサー
袖井林二郎「マッカーサー=吉田往復書簡(一)」『法学志林』77巻4号(古関彰一「新憲法の誕生」中央公論社から孫引き)

 マッカーサーは単に「連合国の決定」と書いていますが、これは実際にはこの前年1946年10月17日のFECの「憲法の再検討規定に関する極東委員会決定」のことです。

 古関の「新憲法の誕生」によれば、この決定の公表に対してはGHQのみならずアメリカ本国政府にも根強い反対があったということです。マッカーサー書簡の文面からは読み取れませんが、FECの決定だから不承不承通知をしたということかもしれません。

 憲法第14条の「法の下の平等」に関連して刑法から「大逆罪」や「不敬罪」といった皇室に対する罪が削除されることになったとき、これにもっとも強く抵抗した吉田茂ですから、マッカーサーのこの書簡は渡りに舟だったはずなのですが、なぜかこの書簡にはそっけない返事を返しただけでした。

親愛なる閣下
 一月三日付の書簡たしかに拝受致し、内容を仔細に心に留めました。
    敬具

  吉田 茂
 吉田茂は、2年目の期限間近の1949年4月末の国会答弁でも「極東委員会の決議は直接には私は存じません。承知しておりませんが、政府においては、憲法改正の意思は目下のところ持っておりません。」と答弁しています。(書簡、国会答弁、ともに、古関「新憲法の誕生」から)

 吉田は憲法に対しては、ついに「押しつけ憲法論」の立場をとらなかったといいます。1946年5月22日から翌年の5月24日まで総理の職にあり、憲法の国会審議・公布・施行に至る全過程を見てきた経験から見れば、「押しつけ憲法論」など、ばかばかしくて取り上げる気にもならなかったのかもしれません。

 「施行二年目までに日本人民の手で再検討が加えらるべきもの」とされといたのに、国会も学者たちも全くこれを無視していたのだ。つまり日本人民は新憲法をそのまま歓迎していたことを示している。公法研究会の論文が書かれた日付は1949年3月20となっている。憲法が施行されたのは1947年5月3日だから憲法の再検討をすべき期限が押し迫っていた。

 公法研究会の前文は次のように続いている。
「 われわれ公法研究会の会員は、昨年春以来、憲法の研究に従事して来たが、その際一番問題になったのは、現在広く行われている解釈の中に、ポツダム宣言の精神に違反すると思われるもの、従って現在の日本の政治的構造の基本規定と認め難いものか少なからず存在するということであった。われわれの研究の成果は何れ機をみて発表したいと考えるが、とりあえず、その一端として、われわれの問題にしたところを憲法改正意見として公にし、一方では右のように解釈上異論の起る余地をなからしめると共に、この二年間の日本人民の政治的成長に鑑みて、憲法を少しでもポッダム宣言の今日における意義に適するように改めたいと考えた。これが改正意見の極めて簡単な要旨を、しかも憲法第三章までの部分だけを、取急いでここに発表する理由である。これによって憲法を、自分自身の問題として絶えず真剣に考えてゆくというわれわれ日本人民の権利が、正しく行使されることになるであろう。各方面からの忌憚のない批判を期待したい。」

(機会があれば、公法研究会の「改正意見」を転載しようと考えています。)
2007年3月11日(日)
右翼イデオローグの理論レヴェル(2)

(1)現行憲法は、敗戦の産物として日本の歴史から切り離されて生まれたものです。

 大日本帝国の敗戦はまぎれもなく日本の歴史上の一大事件だ。その敗戦を契機に新しく制定された憲法を「日本の歴史から切り離されて生まれたもの」と断ずるとはなんともトンチンカンな論理だ。

 文脈に沿って好意的に解釈してみよう。

(2)前文では、米国の独立宣言とそのベースとなった(英国の哲学者)ジョン・ロックの「市民政府論」を借用し、個々人の生命、自由、財産を守るために国家をつくったという論理を展開している。

と言っているところから推測すると、欧米の国家理論を下敷きに創られたものだから「日本の歴史から切り離されて」いると言いたいらしい。本当はお得意の決まり文句「押しつけ憲法」と一刀両断に切り捨てたいところだろう。最近はこの決まり文句は威力がなくなってきている。憲法が制定されるまでの経緯がより正確に研究されてきて、単純に「押しつけ憲法」と裁断することができないことが明らかになってきた。(例えば《米国の属国・日本》(8)『囚われたる民衆』参照して下さい。また、単純に「押しつけ憲法」と裁断することができない証拠をもう一つ知りました。次回追記として紹介する予定です。)

 もしも、『欧米の国家理論を下敷きに創られたものだから「日本の歴史から切り離されて」いると言いたいらしい。』という私の読みが当たっているとすれば、これもおかしな論理だ。それじゃ、大日本帝国憲法も否定せずばなるまい。あれはドイツ帝国憲法を下敷きにしている。

 ヤギ先生のご専門は憲法学と思想史だそうだ。「米国の独立宣言」とかロックの「市民政府論」とかをもち出してその大いなる博学振りを披露しているが、「個々人の生命、自由、財産を守るために国家をつくった」とはあきれたね。憲法学者の言とはとても信じられない。せめて「個々人の生命、自由、財産を守るために」憲法を制定したというべきでしょう。しかし、日本憲法前文をどう読んでも「個々人の生命、自由、財産を守るために」憲法を制定したなどどいうハスッパな解釈は出てこない。それらしいくだりを引き出すと「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とか「われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とかだろうか。一部分だけを抜き出して恣意的に解釈するという詭弁はポチ・コイズミが自衛隊のイラク派遣時に使っていた。辺見庸著「抵抗論」から。

 首相は記者会見中に憲法前文を記したらしいメモをやおら取りだし

「憲法をよく読んでいただきたい。憲法の前文、全部の文章ではありません。最初に述べられた、前の文、前文の一部を再度読み上げます」

と前置きして

「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」

と、病んだ羊たちのように弱々しく、飼い主にどこまでも従順な記者団を前に、さも得意気に朗読したのである。この国最悪の憲法違反者が国民に憲法をよく読めと説諭する。靖国をこよなく愛する好戦的デマゴーグがわれわれに憲法をよく読めという。戦後史上もっとも屈辱的な時ではあった。

 ところで、首相が読み上げたのは、憲法前文中の第二段落の最後のセンテンスからであった。奇妙ではないか。憲法前文中、もっとも重要な前段の文章二十行四百数十字を故意に省いてしまったのだから。肯繁(こうけい)に中(あた)るのでなく、肯繁をわざと外したのだ。この点に関しては首相はじつに周到だったのである。小泉が作為的に省略した個所には

①政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する

②そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する

③日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した

といった文章がある。首相はすなわち、国民主権、人権尊重、平和主義という憲法の三大ポイントのすべてを捨象し、一部のみを牽強付会していわゆる、「国の理念」「国家としての意思」「日本国民の精神」を捏造し、これらを肯んじない人々を威嚇しつつ、自衛隊派兵を正当化したのである。首相およびそのグループによる、これはまことに計画的な犯行以外のなにものでもない。

 さて、ヤギ先生はどうしてこういう詭弁を羅列せざるを得なくなるのか。事実からものごとを考えるのではなく、はじめに所与の観念(しかも普遍性のない間違った観念)があり、事実をその観念に合わせようとするからだ。どんな観念論的学者にも学ぶべきものがあるものだが、このセンセイからは全く期待できないだろう。

 「個々人の生命、自由、財産を守るために国家をつくった」という浅薄な前文解釈は次の文章を引き出すためであった。

(3)しかし、それでは国防は説明できない。国防とは、国民が生命さえ犠牲にして国家の連続性を確保することだからです。

 つまり国防とは「個々人の生命、自由、財産を守る」ことではなく、「国家の連続性を確保すること」であり、そのために国民は命を投げ出せ、というわけだ。これも実に珍奇な国防論だ。国民が命をささげるべき「国家の連続性」って、一体なんだ。

(4)前文では自然、歴史、伝統、文化、宗教といった国柄を表現するべきです。連続する国の姿をうたう。そうでないと「守るべき国とは何か」が分からなくなります。

 「自然、歴史、伝統、文化、宗教といった国柄」が「連続する国」だと言う。今までにも何度か指摘してきたことだが、全ての御用学者・右翼イデオローグが国家を語るときに共通の詭弁・論理的詐術が行われている。いや、本人たちは詭弁だとは思っていないのかもしれない。真っ当な理論だと思っているのだろう。

 「国家の連続性」の「国家」が、「連続する国」と「国」にすりかわっている。意識的な詐術でないとしたら、科学的国家論を欠くための理論的混乱だ。このような通俗的な国家観でよくまあ憲法学者が務まるものだ。

 近代国家による戦争はあくまでも国家間の戦争だ。昭和の15年戦争は大日本帝国の戦争であり、大日本帝国という国家は敗北して消滅した。国家は決して連続などしていない。しかし、その敗北にもかかわらず、このヤポネシア列島の自然と、そこに生を営む人々の「歴史、伝統、文化、宗教」は滅ぶことなく伝えられ、発展し、生まれ変わっていく。国家が滅びても国は残る。「国破れて山河あり」とはそういうことだ。太古の昔からそうである。

 もちろん、大日本帝国のしでかした歴史は、生まれ変わった日本国が継承し、その責を担わなければならない。そういう意味でなら「国家」も連続している。

(5)今の前文には「再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と「われらの安全と生存を保持しようと決意した」と「決意」という言葉が二回出てくる。過去を否定し、自分たちで国を守るという当事者意識が欠落していることの表れです。

 珍奇な論理のオンパレードだな。「決意」という言葉が2回でてくることが「当事者意識が欠落している」証拠だそうだ。じゃ、1回なら「当事者意識が欠落して」いないの? 3回ならどうなの? というようなつまらぬ揚げ足取りをしたくなるようなもの言いだな。

 ヤギ先生の「国家の連続性」の継承には「決意」ではなく「強制が不可欠」だそうだ。なるほど、当事者意識に満ち溢れている。
(2007年3月8日からの「今日の話題」は5回に渡って「右翼イデオローグの理論レベル」を論じている。「右翼イデオローグの理論レベル」というカテゴリ名でまとめて掲載します。)

2007年3月8日(木)
右翼イデオローグの理論レヴェル(1)

 東京新聞が「試される憲法 60年」という連載を行っている。毎回いわゆる識者が一人ずつ登場してそれぞれの改憲についての意見を開陳している。

 昨日は八木秀次であった。この右翼イデオローグは「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務めていたことがあり、いまは「日本教育再生機構」理事長だそうだ。政府の諮問機関「教育再生会議」と紛らわしいが、「日本教育再生機構」は右翼巨大団体「日本会議」傘下の民間組織である。つまりヤギは「日本会議」の教育部門のトップ・イデオローグということになる。

 このセンセイが「試される憲法 60年」で書いている内容は右翼イデオローグたちの主張の最大公約数を極めてシンプルに分かりやすくまとめたものとみなすことができる。時間と金の無駄だから、私は右翼イデオローグたちの著作物を買ったり読んだりしたことはない。断片的に得た知識だけでの判断だけど、そう間違ってはいないと思う。

 まずヤギセンセイのご高説を読んでみよう。(文頭の番号は後ほど利用するために私が付けたものです。)

守る国柄前文で表現すべき

(1)現行憲法は、敗戦の産物として日本の歴史から切り離されて生まれたものです。

(2)前文では、米国の独立宣言とそのベースとなった(英国の哲学者)ジョン・ロックの「市民政府論」を借用し、個々人の生命、自由、財産を守るために国家をつくったという論理を展開している。

(3)しかし、それでは国防は説明できない。国防とは、国民が生命さえ犠牲にして国家の連続性を確保することだからです。

(4)前文では自然、歴史、伝統、文化、宗教といった国柄を表現するべきです。連続する国の姿をうたう。そうでないと「守るべき国とは何か」が分からなくなります。

(5)今の前文には「再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と「われらの安全と生存を保持しようと決意した」と「決意」という言葉が二回出てくる。過去を否定し、自分たちで国を守るという当事者意識が欠落していることの表れです。

(6)本来、国家とは観念的なものです。多民族、多宗教、多言語の人たちは、国家という観念を常に意識して忠誠を誓う。それは国家を壊さないための努力です。北海道には北海道の、沖縄には沖縄の自分たちの具体的な経験から生じる愛郷心がある。それとは違い、日本人意識や愛国心は観念です。

(7)国家や国民、愛国心という観念を共有し、次世代に継承するには強制が不可欠です。例えば、歴史的名場面を子供たちに「読みなさい」 「考えなさい」と教える。観念は自然任せでは継承できないからです。

(8)若者たちがネットで表現する排外的な激しいナショナリズムは、愛国心の美しい作法を知らないためです。

(9)護憲派は憲法九条が戦後の平和を守ってきたと言うが、現実は自衛隊と在日米軍によって保たれてきた。今では国民の大多数が、北朝鮮や中国という極東アジアの脅威に対する抑止力の必要性を理解し、九条と乖離(かいり)した現実を支持しています。

(10)愛国心を否定し、同胞意識が希薄だったが故に横田めぐみさんは拉致され、帰ってこない。戦争を避けるためにも、法治国家としてきちんと守りきれる憲法に作り替えるべきです。

今日の話題

2007年3月3日(土)
ありがたや、あなたもわたくしも「おほみたから」

 民衆のかまどに煙が立たないことを憂えた仁徳天皇を「国民の上に御仁慈をたれ給う」天皇の代表として取り上げる文章に今までに何度お目にかかっただろうか。耳にたこができそうだ。

 その仁徳天皇がメインテーマ『《吉本ファシズム論より》:庶民の戦争責任・第2部(3)』の中に登場していた。その部分を転載する。

叔父「英一や(息子の名前-註)、聞きなさい。わが国の御歴代の天皇は、国民の上に御仁慈をたれ給うて、われわれを赤子と仰せられる。恐れ多いことではないか。遠い話だが、神武天皇はひじような御苦労をなされて国内を御平定あそばされた。民のかまどの仁徳天皇のお話もよく習ったろう。明治の御代からこのかた、国運は隆々たるものだ。みな御稜威のいたすところだ。」

息子「おじさんは『日本書紀』もお読みになったでしょう。武烈天皇はどんなことをしましたか。人民の妊婦の腹をさいて胎児を引きずり出したり、人民を木に登らせて下から弓で射させたり、その他天皇たちの非行はたくさん挙げられているではありませんか。これが御仁慈というものですか。それで『大君の辺にこそ死なめ』か。」

 さて、ここで思い出したことがある。東京新聞(2007.02.24)「筆洗」の書き出しの文章だ。
『畏れ多いことながら、仁徳天皇の<高き屋に登りて見れば煙立つ…>の歌を見ると、いつも火の見やぐらを連想する』

 なぜ「畏れ多い」のか理解しがたく、しばし絶句してしまった。

 上記のメインテーマの中の陸軍中将閣下が「わが国の御歴代の天皇は、国民の上に御仁慈をたれ給うて、われわれを赤子と仰せられる。恐れ多いことではないか。」と恐れ入るのは、天皇教イデオロギーを身にまとうことで社会的地位を維持している人間の言として当然と納得できる。

 「筆洗」の「畏れ多いことながら」は、あるいは揶揄的に使っているのかなと、何度か読み直してみたがどう読んでも心から畏れ入っているようだ。「畏れ多いことながら」というマクラがなくとも文章全体に何の不都合もない。むしろそのマクラだけ浮いていて取って付けた感を否めない。このマクラを書き留めたとき、この筆者の心裏にどんな葛藤や屈折があったのかなかったのか知るよしもないが、もしかするとご本人も気づかずに巣食っている天皇に対するタブー意識がつい露呈してしまったというところだろうか。

 そういえば、私の高校時代の日本史の教師は授業で天皇の名を口にするとき、かかとをピッタリそろえて直立不動の姿勢をとっていた。わりと好きな先生の一人であったが、この奇異な行為には滑稽さと嫌悪感のまじったような感じをもった。

 ところで「御仁慈」とはなにか。
 古事記・日本書紀では「百姓」に「おほみたから」というルビを振っている。これを読んだとき、よくぞ振ったものだ、民衆=百姓があらゆる価値の源泉だということをキチンと認識していたのだなあと、へんに感心したものだった。かまどに煙が立たずに「おほみたから」が減少してはさぞ困ることだろう。

 庶民を「おほみたから」などといい紛らわすのではなく、はっきりと「機械」といってのける現在の支配層のリアリズムの方がましというべきか。
今日の話題

2007年3月2日(金)
ポチ・コイズミの悪政の傷跡

 今朝の東京新聞の「筆洗」を、いまメインテーマで取り上げている問題と重ねて読んだ。

 近ごろこんなに刺激的で、考えさせられた論争はない。『論座』四月号(朝日新聞社)の“「『丸山眞男』をひっぱたきたい 希望は、戦争。」への応答”だ

 最初に同誌一月号に「丸山眞男をひっぱたきたい」という挑発的なタイトルで論文を寄せたのは、三十一歳のフリーター、赤木智弘さんだった。結婚どころか、親元に寄生、月収十万円で自分一人も養えない“ポストバブル世代”の窮状を代弁

 その“右傾化”の背景には、「平和な社会の実現」の名の下に、経済成長の利益を享受してきた先行世代への不満があり、「左傾勢力が擁護する労働者の利権を奪い取っておれたちに分けてくれと期待」しているという。それには「極めて単純な話、日本が軍国化し、戦争が起き、たくさんの人が死ねば、日本は流動化する。若者は、それを望んでいる」と言い切る

 かつて三十歳で二等兵として召集された東大エリートの丸山眞男氏が、学歴もない一等兵にイジメられたことを例に、戦争とは現状をひっくり返して、イジメられてきた私たちが丸山眞男の横っ面をひっぱたけるかもしれない、逆転のチャンスだ、という論法になる

 これが多くの論者の心の琴線に触れたようだ。同誌四月号では評論家の佐高信さんや映画監督の若松孝二さん、森達也さんらが厳しい批判や助言を寄せる

 だが鶴見俊輔さんは、インタビューの中で「民衆の底に隠された問題を提起している」と受け止め、吉本隆明さんはかつての自分と重ねながら、不平不満にとどめず、自問自答を続けよとアドバイスする。

 鶴見俊輔さんの「民衆の底に隠された問題を提起している」という受け止めからは、「庶民社会の人間関係」での「いがみ合いを、支配体制にむけかえる」と問題に敷衍されると思った。また、吉本隆明さんの「不平不満にとどめず、自問自答を続けよ」というアドバイスは「日常的な精神体験の世界に、意味をあたえられるまで掘り下げる」という課題と別ごとではないと思った。

 ところで「結婚どころか、親元に寄生、月収十万円で自分一人も養えない」無数の「赤木智弘さん」に思いをめぐらし、改めてポチ・コイズミへの激しい怒りが湧き上がる。

 「晴天とら日和」さんのコイズミに思うから、ポチ・コイズミの悪政の傷跡を示す統計資料を記録しておこう。

★・生活保護受給世帯
 1992年・・・・・・・・・・・2005年2月(小泉内閣)
 58万5972世帯・・・・・101万6341世帯
 89万8499人・・・・・・・144万7807人

★・完全失業者・失業率
 1992年・・・・・・・・2004年(小泉内閣)
 142万人 ・・・・・・・313万人
  2.2% ・・・・・・・・4.7%

★・フリーター(35歳まで)
 1991年・・・・・・・・2001年(小泉内閣)
 182万人 ・・・・・・417万人

★・非正規雇用(パート・派遣等)
 1994年・・・・・・・・2003年(小泉内閣)
  22.8%・・・・・・・35.6%

★・自殺者
 1993年・・・・・・・・2003年(小泉内閣)
 2万1851人 ・・・・3万4427人

今日の話題

2007年2月28日(水)
醜い人権後進国・日本

 「ピアノ伴奏拒否事件」で最高裁(第3小法廷)がまた憲法を捻じ曲げた詭弁判決を出した。「思想・信条の自由」の解釈も「公共性」についての見解も通俗的で皮相なものである上に、何よりも木に竹を接ぐような不明瞭な苦しまぎれの論理展開にはただただ呆れる。これが最高裁判事の知能程度なのかと暗澹たる気持ちになる。ただ、論理明晰な藤田宙靖判事の少数意見にわずかに希望を見る思いだ。

判決文全文 を読めます。

 澤藤統一郎さんが精緻な分析をしています。

「日の丸・君が代」強制とたたかう教員の皆様に

 本日の[anti-hkm]MLに、卒業式を控えてある保護者が『保護者として市教委、息子(高校)娘(中学)の学校に』提出した『「日の丸」「君が代」の取り扱いに関する意見書』が配信されていました。その中で引用されているアムネスティ・インターナショナルの見解の部分を転載します。

 日本国憲法は、思想・良心の自由を保障し(第19条)、市民的及び政治的権利に関する国際規約は、これを具体的に「この権利には、自ら選択する信念を受け入れ又は保持する自由(第18条第2項)、単独で又は共同して、公に又は私的に、その信念を表明する自由を含む」(第18条第1項)
 第18条第1項は「何人も自ら選択する信念を受け入れ又は保持する自由を侵害する恐れのある強制を受けない」」と定めている。

 国家行政組織法は、「(各大臣が発する省令=命令)には、法律による委任がなければ、罰則を設け、義務を課し、国民の権利を制限する規定を設けることができない」(第12条)と定め、命令より下位の法形式である「告示」(第14条)によっては「義務を課し、権利を制限する」ことを認めていない。

 去る1999年に制定された国旗・国歌法は、義務づけ規定を置かず、また、これを省令に委任する規定もない。しかるに文部省、各地方自治体の教育委員会は、「告示」に過ぎない学習指導要領を根拠として、教職員に対し、日の丸・君が代に関する業務を義務づけ、これに従わない教職員を地方公務員法違反として、減給等の不利益処分を課し、また、子ども・生徒・保護者が、日の丸・君が代に関して自ら選択する信念を受け入れ・保持・表明することも困難にしている。これは、憲法・国際人権規約などの諸法規に明白に違反する行為である。

(追記 2016年12月16日)
 日本の裁判に付いては《『羽仁五郎の大予言』を読む》の(9)~(17)で「裁判は階級的である」と題してかなり詳しく取り上げている。参考にして下さい。

 追記の方が長くなってしまいますが、日本の裁判が政権・資本権力べったりの「憲法を捻じ曲げた詭弁判決」は今でも続いていて、今日そのいくつかの情報を得たのでそれ。まず、今日の東京新聞「本音のコラム」で佐藤優さんは最高裁を「最高政治裁判所」と呼んでいる。その記事を転載しよう。

 筆者は、鈴木宗男事件に連座して東京地検特捜部に逮捕、起訴され最高裁判所まで争った経験があるので、この国の司法については書物で知った知識とは別の体験知がある。高裁判所の本質は最高政治裁判所だ。時の国家権力にプラスになる状況を司法の仮面をつけて提示するにすぎない。

 十二月十二日、最高裁第二小法廷(鬼丸かおる裁判長)は、米海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野 湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、埋め立ての承認を取り消した沖縄県の翁長雄志知事を国が訴えた訴訟の上告審で、判決を二十日に言い渡すと指定した。高裁判決の結論を変更する際には弁論が必要とされる。弁論を開かないということは、翁長知事の敗訴とした福岡高裁那覇支部の結論を確定させるということだ。中央政府がこれで沖縄を押さえこむことができたと思うならば、大きな間違いだ。

 日本帰属によって、基地の過重負担という差別的な状況を押しつけられ続け、しかも沖縄県全体の民意、名護市の民意によって否定された辺野古新基地建設を、中央政府が強行を試みるならば、沖縄人の自己意識が変化する。中央政府が辺野古新基地の建設を強行する際に反対派と流血の衝突が発生し、沖縄人が死亡するような事件が起きれば、沖縄全体で日本からの分離を要求する動きが本格化する。(作家・元外務省主任分析官)

 また、昨日届いた『週間金曜日1117号』の「今週の巻頭トピック」には4件のトンデモ判決が取り上げられている。それらの判決の詭弁ぶりを知るため、それぞれの判決の主要部分を転載しておこう。

① 裁判長は検閲官気取りか
     (渋井哲也さん・ジャーナリスト)
 株式会社ナガセがフランチャイズ(FC)方式で運営する特定の「東進衛星予備校」の過酷な労働環境を「私は」という1人称を使って告発した体験ルポをめぐり、東京地裁(原克也裁判長)は11月28日、ナガセが直営・FC方式の両方によって全国で運営する「東進」予備校のすべてかその多くで同様のことが起きているような印象を与える―とする曖昧な理由で、記事を掲載した「マイニュースジャパン」(MNJ)に対して見出し削除と40万円の賠償を命じた。真実性は不問、「印象」で「クロ」と決めつけた。明治政府が政府批判を弾圧した讒謗律さながらの乱暴な判決だ。

(中略)

 記事を少し読めば特定の「衛星校」における特定の体験だとはっきりわかるではないか。MNJの反論に、ナガセは見出しだけの削除を求める内容に変更。その見出しも、会話の引用であることを明示しており、やはり、特定の体験だと誤解なく読めるではないかと主張したが、原裁判長らは「印象」を根拠として虚偽認定した。書かれた事実と読み手の内心の「印象」をごちゃまぜにして「適法」「違法」と分ける思想はまさに検閲だ。 MNJ側は控訴して争う方針。

② 第4次厚木基地爆音訴訟の最高裁判決
一、ニ審の飛行差し止め破棄
     (成澤宗男さん・編集部)
 判決では、自衛隊機飛行による「睡眠妨害の程度は深刻」としながら、「公益性や騒音被害の程度、防音対策などを総合的に考慮した結果」「自衛隊機の運航が、社会通念に照らし著しぐ妥当性を欠くとは言えない」と結論づけた。さらに自衛隊機運航は、「高度の公共性、公益性があり、防衛相には広い裁量がある」としている。

 しかも、東京高裁命じた2016年末までの被害賠償も認めず、過去の補償のみにとどめたが、国が賠償を命じるほどの爆音被害を出している自衛隊機の飛行が、なぜ違法でないのか。住民が安眠できないような人権侵害を放置して、何の「公益性」なのか。これでは今後、防衛相の「広い裁量権」を盾に、自衛隊がらみのあらゆる住民訴訟はたとえそれが違法でも、「公益性」や「総合的に考慮」という名目で退けられかねない。

③ 「ピースおおさか」展示撤去、府・市への賠償請求棄却
戦争の加害知る権利認めず
     (平野次郎さん・フリーフイター)
 大阪府・市が出資する資料館「ヒースおおさか」(大阪市中央区)が戦争の加害展示を撤去したリニューアルをめぐり、変更内容を記した文書が非公開になったため知る権利を侵害され精神的苦痛を受けたとして、市民団体『ピースおおさか』の危機を考える連絡会」の竹本昇さん(66歳)が府・市に損害賠償を求めた裁判の判決が12月8日、大阪地裁であった。山田明裁判長は「非公開決定は情報公開条例に基づき合理的」と、また決定の異議申し立てに対する審査会への諮問を怠った点については条例違反としたが、違法とまでは言えないとしていずれも請求を棄却した。

(中略)

 また、判決は[原告は自己の人生を通じて歴史的加害行為と向き合う生き方を送っており、非公開決定で強い精神的苦痛を受けた」として原告の主張に触れたものの「判断するまでもない」と退けた。

 判決後、竹本さんは「大阪府・市の情報公開条例違反を擁護する判決だ。戦争の加害と被害の悲惨さ残酷さを知る機会を奪われることは、またもや戦争に駆り出されることになる」と批判し、即日控訴した。

④ 結論ありきの司法判断に疑問
高江住民の訴え却下      (満田夏花さん・FOEJapan)
 沖縄本島北部の米軍北部訓練場のヘリパッド建設が進む中、東村高江の住民31入らが国を相手どり工事の差し止め仮処分の申し立てをしていたことに対し、那覇地裁は12月6日、住民の申し立てを却下した。理由は「航空機騒音、低周波音で重大な健康被害が及ぼされる恐れがあると十分に疎明されているとは言い難い」。住民側は決定を不服として福岡高裁那覇支部に即時抗告を行なう方針だ。

(中略)

原告の1人、伊佐育子さんは語る。「実際に、オスプレイの騒音で、子どもが眠れない。気分が悪くなった人が現にいる。一人ひとりの証言を提出したのに一顧だにされなかった。残念です」。

 「ヘリパッド工事を続けるという、結論ありきの判断。きわめて不規則に騒音が発生するという演習場の特性を老慮にいれていない」
と弁護団の1人、小口幸人弁護士は批判する。

 なお、『週間金曜日1117号』の記事にはもう一つ裁判関係の記事があるが表題だけの紹介をしておく。
東京地裁が食品衛生法にもとづく調査実施の請求退ける
「水俣病幕引き」へ動く行政を後押しの判決
     (岡田幹治さん・ジャーナリスト)
(2007年2月25日・27日・3月1日の「今日の話題」は共に石原沈タロウ批判ネタなので、まとめて掲載します。)

今日の話題

2007年2月25日(日)
「人間の尊厳」は自ら腐ることがある。

 「人間の尊厳」あるいは「人間の誇り」と言ってもよい。これは一部の限られた者だけにあるわけではないだろう。憲法ではこれを「基本的人権」と言っている。

 「人間の尊厳」あるいは「人間の誇り」を貶める行為とは具体的にどんな言動をさしているのだろうか。そうした言動の最も悪辣なものは他者の存在を抹殺することだろう。ここでは人間の存在そのものを否定している。戦争とか死刑とかの国家による殺人から個人的な犯罪による殺人、自死にいたるまで、人間の存在そのものを否定している点では同じだ。

 悪意に満ちた言葉が「人間の尊厳」あるいは「人間の誇り」を貶めることもある。そしていずれの場合も、それは同時に自らの「尊厳」や「誇り」をもそこなうことでもある。

 人はある社会状況や人間関係によっては、自死までいかなくとも、自らの言動で自らの「尊厳」や「誇り」をもそこなうことがある。つまり「自らを辱かしめる」あるいは「自らを貶める」言動をしてしまうことがある。『「凡庸な悪」について』で、自らを律するための一つの倫理として「自らを辱かしめざらんことを」という言葉を取り上げた。これはあるいは「自らを貶めざらんことを」と言い換えてもよい。

 1960年日本社会党委員長の浅沼稲次郎が17歳の右翼少年に暗殺された。沈タロウはこの少年による殺人を「天誅」と賞賛しているという。(「週間金曜日2・23日号」佐高信「石原慎太郎の老残」)他者の「人間の尊厳」自らの「人間の尊厳」をも貶めまくっているこの腐ったファシストが何を言おうといまさら驚くこともないが、このようなテロをうれしがっているヤツの本に解説を書いて、そのことを絶賛しているアホな作家がいるという。そのそのあきれ果てた作家は田辺聖子。

 沈タロウの『わが人生の時の人々』という駄本への感想を述べている佐高さんの文章「石原慎太郎の老残」から抜粋する。1960年のアンポ闘争で亡くなった大学生・樺美智子さんの「人間の尊厳」を貶めるような言説にも、全く腐りに腐った沈タロウの「人間の尊厳」が露出している。いまさら「自らを辱かしめざらんことを」とか「自らを貶めざらんことを」とか言っても、沈タロウには理解できまい。

 改めて〝発見″したことがいくつかある。

 その一つは、石原がレーガンやニクソンが好きで、ケネディが嫌いなこと。つまりは共和党寄りということだが、同じラインで岸信介への親近感を隠さない。それにしても、
「はね上がりの女子学生がデモの混乱の中で踏みつぶされてしまい」、
安保改定問題の主人公だった岸はイメイジの悪い男になってしまった、と書いているのはひどい。

(中略)

 浅沼について、石原はこう書く。

「私はもともとこの浅沼という政治家が浅はかなものにしか見えず、彼が中国を訪問して向こうでさんざおだてられ、帰りには贈りものとしてもらった人民服と人民帽を着こんで得意然と羽田に降り立ち、『アメリカ帝国主義は日中人民共通の敵だ』などとのたもうのをテレビで眺め、こんな軽率浅はかな政治家はその内天誅が下るのではないかと密かに思っていたら、果たせるかなああしたことにあいなった。」

 巻末の解説で田辺聖子がこれを絶讃している。


2007年2月27日(火)
どこまでもウスヨゴレタ奴だぜ沈タロウ

石原慎太郎のスバラシイ花粉症対策(笑)バナー 石原慎太郎のスバラシイ花粉症対策(笑)バナー

上のアニメバナーは雑談日記より拝借しました。

 めったに見ることのない町会の掲示板にいやでも目が引かれてしまった。それだけ目立つんですね。税金で選挙活動をやっている沈タロウのポスターが私の町会の掲示板にも掲示されているのに昨夜気づいた。

チンタロウポスター

 区役所に異議を申し立てようかと思ったが、選挙告示まで知らん振りをしている方がいいかなと思い直した。

 東京都選挙管理委員会の見解では、今の段階では選挙違反ではないらしい。

 公職選挙法第146条は、選挙運動期間中の候補者や政治団体による文書図画の頒布を禁じているが、このケースでは配布したのは行政であり、しかも選挙の告示はされていないから、という屁理屈だ。

 しかし告示1ヶ月前という時期にこのような意図丸見えのポスターを全都の自治体に配布する姑息な行為はおおいに非難されるべきだし、各自治体は掲示を自粛すべきだ。実際に掲示を拒否している良識的な自治体もあると聞く。それが当たり前な措置だ。

 選挙告示前が違反でないのなら、告示後まで掲示が続いていれば違反という理屈になろう。告示後にもなお掲示しっぱなしだったら選管や警察に告発してやろうじゃないか。

2007年3月1日(木)
沈タロウの悪事とイライラぶり

 沈タロウの醜悪な言葉は少しは影をひそめたようだが、今度は笑わせてくれる言葉を発するようになった。

 「浅野史郎さんのハートに火をつける会」の翌日に記者団に浅野氏さんと全国知事会で同席した際の印象を沈タロウは次のように語った。(27日付東京新聞)

「警察にはものすごいヒステリックだね、あの人。トラウマ(心的外傷)でもあるのかと思った。びっくりするくらい」

 警察となかよしこよしで、卒業式・入学式にまで警察を動員する沈タロウには警察の裏金問題を断固として追求した浅野さんを理解できないのは当然だ。それにしても、けなすべきことはけなしてもよいが、まるでトンチンカンなケチをつけたがる奴だ。品性のかけらもないな。

 そして黒川紀章の出馬表明に対しては「百花繚乱」だと。笑わせてくれるじゃないの。「腐花狂乱」の間違えでしょ。

 また今日の朝刊(東京新聞)によれば、沈タロウの周辺の者は
「県知事として何をやったのかを比べれば、石原都政の方が、はるかに実績が多い」
と語ったそうだ。そりゃそうだ、弱者切捨て支配層優遇の実績はばっちりだ。浅野さんの共生の県政とは比べようもない。手前味噌もいい加減にせい!

 沈タロウの悪事をまとめて復習しておこう。「晴天とら日和」さんがまとめてくれてます。

石原をお払い箱に!・(1)

 さらに第二弾、こちらには浅野さんについての情報と、都議会での沈タロウのイライラぶりがてんこ盛り。いよいよ沈タロウの化けの皮がはがれてきた。まさに末期症状だな。

石原をお払い箱に!(2)
今日の話題

2007年2月24日(土)
黒川紀章って、何者?

 沈タロウの友人を自認し、日本会議の会員らしいといういかがわしい人物・黒川紀章(建築家)が都知事候補としてしゃしゃり出てきた。黒川紀章は「日本会議の会員らしい」と書いたが、調べてみたら、なんと「代表委員」として沈タロウと名前を並べていた。

 今日の東京新聞「こちら特報部」が黒川の都知事選出馬表明を取り上げていた。その中に「ぼくが唱える反市場原理主義、共生の思想」という言葉があった。また昨日の「都知事選2007」という記事では「社会主義的な制度を育てなければ」と言っている。

 これらの「黒川の思想」は「日本会議の思想」とどう整合するのだろうか。この人は政治思想の面では、そのあたりの矛盾にも気がつかない程度のお人なのだろうか。専門分野で一流であっても、専門外では「未熟な状態」の人は多い。

 あるいはご本人の内部ではなんら矛盾なく整合しているのだろうか。だとすれば、その政治思想は「国家社会主義」の亜流以外のなにものにも成り得ないだろう。

 ところで、反戦な家づくりさんが黒川と知事選出馬表明を取り上げていました。本文中にリンクされている記事を追っていくと、いろいろな資料に出合えます。その中から、黒川について述べている文の抜粋と「日本会議中央役員名簿」を転載しておきました。

 典型的な例では,ジュゼッペ・テラーニという建築家がいた。ムッソリーニ時代の代表的な建築家で,なかなかに美しい建築を設計している。ほれぼれと眺めているうちに,ふと気がつくとそれは,ファシスト党の本部だったりするのだ。

 テラーニの先輩格である未来派の芸術運動などは,歴史的なムーブメントであったけれども,ムッソリーニの台頭とともにファシズムに傾倒していく。

 日本の例を挙げれば,たとえばファシスト石原の巣くう東京都庁。まあ,あれを美しいと評する人は,私の周りでは見かけないけれども,設計した丹下健三が,戦後の建築界のトップを走り続けたことには,誰も異論はないだろう。

 そして,その愛弟子が,黒川紀章だ。そう,右翼連合・日本会議の代表委員にして,現役社長が山口組系の組長と一緒に逮捕された菱和ライフクリエイトの役員。あちらこちらで,○○な噂の絶えない御仁だ。日本で一番もうけた建築家をもし調査するならば,たぶんトップを走っているのではないかと想像するのだが。

 ちなみに、建築家・黒川紀章は権力べったりで有名であるが、「日本会議」という超大型右翼連合会の代表委員を務めている。共生とかいろいろ格好のいいことを言っているが、私の反戦な家づくりという立場から言うと正反対の、いわば戦争な家づくりを進める人。

日本会議中央役員名簿(2002年5月)
<  > が宗教関係団体、通し番号は引用者による)
顧 問
1 石川 六郎 日本商工会議所名誉会頭
2 宇野 精一 東京大学名誉教授
3 加瀬 俊一 鹿島出版会相談役
4 北白川道久 
<神宮大宮司>
5 久邇 邦昭 
<神社本庁統理>
6 櫻井勝之進 
<皇学館大学常任顧問>
7 白井 永二 
<鶴岡八幡宮名誉宮司>
8 瀬島 龍三 伊藤忠商事㈱特別顧問
9 戸田 義雄 
<国学院大学日本文化
        研究所名誉所員>

10 服部 貞弘 
<岩津天満宮名誉宮司>
11 福島 信義 
<明治神宮名誉宮司>
12 渡辺 恵進 
<天台座主>

会 長
13 三好  達 前最高裁判所長官

副会長
14 安西 愛子 声楽家
15 石井公一郎 ブリジストンサイクル㈱元社長
16 小田村四郎 拓殖大学総長
17 工藤 伊豆 
<神社本庁総長>
18 小堀桂一郎 東京大学名誉教授
19 山本 卓眞 富士通㈱名誉会長

代表委員
20 石原慎太郎 作家
21 井尻 千男 拓殖大学日本文化
        研究所所長
22 出雲井 晶 作家・日本画家
23 板垣  正 元参議院議員
24 伊藤 憲一 青山学院大学教授
25 稲山 霊芳 
<念法眞教燈主>
26 井上 太郎 
<霊友会総務理事>
27 入江 隆則 明治大学教授
28 宇佐美忠信 (財)富士社会教育センター理事長
29 海老原義彦 軍恩連盟全国連合会会長
30 大石 泰彦 東京大学名誉教授
31 岡田 恵珠 
<崇教真光教え主>
32 岡野 聖法 
<解脱会法主>
33 小串 和夫 
<熱田神宮宮司>
34 尾辻 秀久 日本遺族会副会長
35 小野田寛郎 (財)小野田自然塾理事長
36 加瀬 英明 外交評論家
37 勝部 真長 お茶の水女子大学名誉教授

38 加藤 芳郎 漫画家
39 上村 和男 (社)国民文化研究会理事長
40 城内 康光 前ギリシャ大使
41 清原 恵光 
<比叡山延暦寺代表役員執行>
42 黒川 紀章 建築家
43 黒住 宗晴 
<黒住教教主>
44 慶野 義雄 日本教師会会長
45 佐伯 彰一 文芸評論家
46 境川  尚 日本相撲協会理事
47 佐藤 和男 青山学院大学名誉教授
48 志摩 淑子 ㈱朝日写真ニュース社社長
49 春風亭柳昇 落語家
50 鈴木 俊一 日本倶楽部会長
51 関口 徳高 
<仏所護念会教団会長>
52 千  宗室 茶道裏千家家元
53 副島 廣之 
<明治神宮常任顧問>
54 園田天光光 各種女性団体連合会長
55 瀧藤 尊教 
<総本山四天王寺元管長>
56 田久保忠衛 外交評論家
57 武原 誠郎 イムカ株式会社代表取締役
58 竹本 忠雄 筑波大学名誉教授
59 坪井 栄孝 日本医師会会長
60 寺島 泰三 (社)日本郷友連盟会長
61 外山 勝志 
<明治神宮宮司>
62 中野 良子 オイスカインターナショナル総裁
63 中村 清彦 富士産業㈱代表取締役
64 能村龍太郎 太陽工業㈱代表取締役会長
65 長谷川三千子 埼玉大学教授
66 廣池 幹堂 
<(財)モラロジー研究所理事長>
67 藤岡 重孝 
<神宮少宮司>
68 古谷幸三郎 ㈱茨城木工所代表取締役社長
69 堀江 正夫 英霊にこたえる会会長
70 丸山 敏秋 
<(社)倫理研究所理事長>
71 宮崎 義敬 
<神道政治連盟会長>
72 宮西 惟道 
<東京都神社庁庁長・
        日枝神社宮司>

73 村尾 次郎 全国地名保存連盟会長
74 村松 英子 女優
75 湯澤  貞 
<靖国神社宮司>

理 事 長
76 田中安比呂 
<明治神宮権宮司>

事務総長
77 椛島 有三 日本会議理事
2007年2月19日(月)
高野岩三郎著「囚われたる民衆」(3)


 論じてここに至り、私は憲法改正問題に関し、なお進んで言を費やすの必要を感ずる、

けだし現今憲法改正に関する論点は天皇制を中心とする政治的変革体制事項であるが範囲は単にそれに限るべきでなく、それ以上経済的社会的体制の事項にもまた思い及ばなければならない。

多言するまでもなく、わが国における資本主義は、明治の初期以来駸々(しんしん)としてとどまるところを知らず、ついに事変前に至っては、かなり高度に達し、幾多の大小財閥の興隆を見たのであるが、新時代の現出に伴なって政治的にわが民衆を解放せんとするのみならず、財閥を征伐して公正なる経済的正義の実現に向わしめんとするの方向に向いつつある。換言すれば社会主義の実行に向わしめんとしている。政治上の民主主義に加えて社会主義による民衆の解放がまさに同時に採用されんとする趨勢にあるといえる。

 終りに新時代における民衆の解放その民主主義化は政治および経済の方面以外さらに文化方面においてもまた行なわれなければならない。それはすなわちわれわれの各種生活方面における合理主義、科学主義の徹底的実行である。これより派生するところの要求は科学の尊重その振興を始めとし、教育の平等男女の機会均等化、文化的享楽の権利、休養の権利、文化的生活水準の享受、信教の自由等々となって現われるのである。

 これを要するに現代の憲法なるものは広く民衆の政治・経済・文化の三方面にわたりその生活の基準となるべき根本原則を規定すべきものであって、しかもそれは現在および将来におけるわが民主政治の円満かつ円滑なる進展に資するものであらねほならぬ。

 ここにおいてかわれわれ同志数人は事の重要性に鑑みて、さきに憲法研究会を作り、数回会合を催おし意見を交換し機やや熟するを待ちこれを鈴木安蔵君の手を煩わして一の成案に纏め、去る一月中旬政府に提出して参考に供すると同時に、世に公けにしたる次第である。しかしながらこれよりさき私は別に一の私案を作製して会員に示した。以下に掲ぐるところのものはすなわちそれである。

畢境私自身多年憲法に関して抱懐せる所見を箇条書的に列挙しいささかこれに体系を与えたるにとどまる、すこぶる蕪雑なる構想の羅列に過ぎずして不備欠点に充つるは私自身のひそかに自覚するところである。研究会案は多くの智能の集積に成りかつ巧みに鈴木君によって編整されたるが故に、終始一貫してその整然たる体制を備えたるに反し、私案はすこぶる雑駁なるの譏(そしり)を免かる能わずと思惟すれども、会員の中にはかくのごとき試案を案じたるものもありしかと考え、多少の参考に供せらるる人士あらば、至幸とするところである。

改正憲法私案要綱

根本原則
天皇制ニ代エテ大統領ヲ元首トスル共和制ノ採用

第一 主権オヨビ元首
 日本国ノ主権ハ日本国民ニ属スル
 日本国ノ元首ハ国民ノ選挙スル大統領トス
 大統領ノ任期ハ四年トシ再選ヲ妨ゲザルモ三選スルヲ得ズ
 大統領ハ国ノ内外ニ対シ国民ヲ代表ス
 立法権ハ議会ニ属ス
 議会ノ召集開会オヨビ閉会ハ議会ノ決議ニヨリ大統領コレニ当タル、大統領ハ議会ヲ解散スルヲ得ズ
 議会閉会中公益上緊急ノ必要アリト認ムルトキハ大統領ハ臨時議会ヲ召集ス
 大統領ハ行政権ヲ執行シ国務大臣ヲ任免ス
 条約ノ締結ハ議会ノ議決ヲ経テ大統領コレニ当タル
 爵位勲章ソノ他ノ栄典ハ一切廃止ス、ソノ効力ハ過去与エラレタルモノニ及ブ

第二 国民の権利義務
 国民ハ居住オヨビ移転ノ自由ヲ有ス
 国民ハ通信ノ自由ヲ有ス
 国民ハ公益ノ必要アル場合ノホカソノ所有権ヲ侵サルルコトナシ
 国民ハ言論著作出版集会オヨビ結社ノ自由ヲ有ス
 国民ハ憲法ヲ遵守シ社会的協同生活ノ法則ヲ遵奉スルノ義務ヲ有ス
 国民ハ納税ノ義務ヲ有ス
 国民ハ労働ノ義務ヲ有ス
 国民ハ生存ノ権利ヲ有ス
 国民ハ教育ヲ受クルノ権利ヲ有ス
 国民ハ休養ノ権利ヲ有ス
 国民ハ文化的享楽ノ権利ヲ有ス

第三 議 会
 議会ハ第一院オヨビ第二院ヲモッテ成立ス
 第一院ハ選挙法ノ定ムルトコロニヨリ国民ノ直接選挙シタル議員ヲモッテ組織ス
 第二院ハ各種職業等ニソノ中ニオケル階層ヨリ選挙セラレタル議員ヲモッテ組織ス、議員ノ任期ハ三年トシ毎年三分ノ一ズツヲ改選ス
 何人モ同時ニ両院ノ議員タルコトヲ得ズ
 二タビ第一院ヲ通過シタル法律案ハ第二院ニオイテ否決スルヲ得ズ
 両院ハ各々ソノ総議員三分ノ一以上出席スルニアラザレバ議決ヲナ スコトヲ得ズ
 両院ノ議事ハ一切公開トシコレヲ速記シテ公表ス
 両院ハ各々ソノ議決ニヨリ特殊問題ニツキ委員会ヲ設ケコレニ人民ヲ召喚シ意見ヲ聴聞スルコトヲ得
 両院ノ議員ハ院内ニオイテナシタル発言オヨビ表決ニツキ院外ニオイテ責ヲ負ウコトナシ
 両院ノ議員ハ現行犯罪ヲ除クホカ会期中マタハ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルルコトナシ
 両院ハ各々政府マタハ大臣二対シ不信任ノ表決ヲナスコトヲ得。コノ場合政府マタハ大臣ハ直チニソノ職ヲ去ルベシ

第四 政府オヨビ大臣
 政府ハ各省大臣オヨビ無任所大臣ヲモッテ組織ス

第五 経済オヨビ労働
 土地ハ国有トス
 公益上必要ナル生産手段ト議会ノ議決ニヨリ漸次国有ニ移スベシ
 労働ハイカナル場合ニモ一日八時間ヲ超ユルヲ待ズ
 労働ノ報酬ハ労働者ノ文化生活水準ニ下ガルコトヲ得ズ

第六 文化オヨビ科学
 スベテ教育ソノ他文化ノ享受ハ男女ノ間ニ差異ヲ設クべカラズ
 一切ノ教育ハ真理ノ追究真実ノ闡明(せんめい)ヲ目標トスル科学性ニソノ根拠ヲ置クべシ

第七 司 法
 司法権ハ裁判所構成法オヨビ陪審法ノ規定ニ従イ裁判所コレヲ行ナウ
 司法権ハ行政権ニヨリ侵サルルコトナシ
 行政官庁ノ処分ニヨリ権利ヲ傷害セラレ、マタハ正当ノ利益ヲ損害セラレタリトスル場合ニ対シ別ニ行政裁判所ヲ設ク

第八 財 政
 国ノ歳出歳入ハ詳密明確ニ予算ニ規定シ毎年議会ニ提出シテソノ承認ヲ経べシ
 予算ハマズ第一院ニ提出スべシソノ承認ヲ経タル項目オヨビ金額ニツイテハ第二院コレヲ否決スルヲ得ズ
 租税ノ賦課ハ公正ニ行ナワレイヤシクモ消費税ヲ偏重シテ民衆ノ負担ノ過重ヲキタサザルヨウ注意スルヲ要ス
 歳入歳出ノ決算ハ速カニ会計検査院ニ提出シソノ検査確定ヲ経タル後政府ハコレヲ次ノ会計年度ニ議会ニ提出シテ承認ヲ得ベシ

第九 憲法ノ改正オヨビ国民投票
 将来コノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アリト認メタルトキハ大統領マタハ第一院モシクハ第二院ハ議案ヲ作成シコレヲ議会ノ議ニ附スべシ
 コノ場合ニオイテ両院ハ各々ソノ議員三分ノ二以上出席スルニアラザレバ議事ヲ開クコトヲ得ズ。出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニアラザレバ改正ノ議決ヲナスコトヲ得ズ
 国民全般ノ利害ニ関係アル問題ニシテ国民投票ニ付スル必要アリト認ムル事項アルトキハ前掲憲法改正ノ規定ニ準ジテソノ可否ヲ決スベシ

(付 枢密院ハコレヲ廃止ス)

 しかしながら憲法はいかに精巧に成案されても、要するにわが国民の生活の大本、支柱的骨組を示すにとどまる。さらにこれに明確なる肉づけを施こさなければならない。かつて英国においてウェッブ夫妻は「大英社会主義国の構成」(Sydny and Beatrice Webb-A Constitution for the Socialist Commonwealth of Great Britain. -1920.)(丸岡重尭訳、大原社会問題研究所出版、大正14年)を著わして、この種の構想を公けにしたのであるが、私もまたいささかこれに倣ってわが国について同種の企図を考量している。考想その緒についたならば、公けにして世間の批判を仰ぎたいと希望している次第である。

管理人のつぶやき「なんとすごい憲法草案だね。天皇制の廃止関係の項目と土地の国有化以外はほとんど全部現行の憲法に盛り込まれている。」
2007年2月17(土)
高野岩三郎著「囚われたる民衆」(2)


 再言する、亡兄の労働組合運動は自然発生的であると。ちょうどこれと同様にまた私の民主主義観は自然発生的である。けだし兄は、すでに述べたように、明治19年日本を去り、爾来十余年間故国の実際より遠ざかっていたが故に、同期間、すなわち明治27、8年の日清戦役前後におけるわが社会的変革、殊に状勢ないしその雰囲気にはほとんど触れ得なかったのである。

 しかるにこれに反して私は生立ち境遇教育幼少時代をまったく兄と同じうしたる私は、わが国に在りて時代の雰囲気を満喫し、そのうちに青年時代を経過したのである。すなわち明治27、8年前後の私の青少年時代にはわが国にはフランス流の自由民権論旺盛を極わめ、国会開設要望の声は天下を風靡した。貴族もなく、財閥もなく、しきりに打倒を叫ばれたのは、薩長藩閥打破、すなわち近来の用語をもってすれば軍閥打破の声であった。

 この時代にはまた一方に帝王神権説を唱うるものあれば、他方には主権在民・共和政体論を主張するものありというありさまであった。当時集会も言論も始めは自由であって、政談演説余は盛んに催おされて民心を鼓舞したのである。

 かくのごとき社会状勢のうちに立って、天領すなわち藩主という頭の押え手なき土地、しかもまた国際的都市の比較的自由開放の天地に生まれ、やや長ずるや東京の真中に来て、下町気分町奴気風を吸収した私のごときものが、青年の血を沸き立たせ、民主主義を謳歌し、その実現の促進に熱情を注いだのもまた当然であろう。

 当時君臨せる明治大帝に対してはすこぶる親しみを覚え、敬愛の情切なるものありしが、それ以上何ら神懸り的威厳を感じなかったというのが私ども平民の率直なる感情であったのである。しかるにその後に至りようやく窮屈な形式的神懸り的・国家主義的風潮浸潤し始め、ついには最近時代に至り軍閥の跋扈となり、われわれの手も足も、口も筆もいっさい縛り上げらるるに至れる時勢の推移に対して、日夜悶悶たる不満不快の念を抱きたるも、また怪しむに足らないであろう。ただ近年マルキシズムの勃興左翼運動の旺盛によりて、わずかに慰めらるるところありしも、これまたいくばくもなく弾圧せられてほとんど形をひそめたるがため、再び悶々の情を新たにし、わが国にはとうてい自主自由の風は頭上を空過し、国民は未来永劫奴隷的境遇に呻吟するのやむなきかを憂わしめたのであったが、今や時世は急転し、旧時代は忽然として消失し、デモクラシーの新時代はわが全土を蔽うに至ったのである。

 われわれの満足何者かこれに如かんと言わざるを得ない。しかるにもかかわらずわが国民の大多数はなおデモクラシーの真義に徹せず、依然として一種の迷信偶像的崇拝の念に固執するは、私のごとき自然発生的なる民主政治観を抱懐する者に取りては、むしろ奇怪にして諒解に苦しまざるを得ざるところである。すなわち囚われたる民衆と 叫ばざるを得ざる所以である。


 近時世間論議の中心たる天皇の地位ないしは天皇制の問題に関連して、デモクラシーの意義を論ずるもの少なからず。しかしながらその中においてきわめて明快にその意義を解明して最もわが意を得たるものは、東大法学部横田(喜三郎)教授の説明である。

 横田教授はまずその第一段において喝破していわく、
「主権の所在の問題はこれからかなり紛糾した議論を惹起すると思う、これはこの間題に感情的な要素が強く入り込んできて、冷静な判断を害することが少なくないからだと思う。それに政治的な要素も入って来て、例えば選挙に有利だとか不利だとかいうことから故意にぼかしたり、中途半端なところで打ち切って仕舞うというようなこともある、こういう雑音を取り除き、純粋に徹底的に理論を押しつめて見ると、どうも主権が天皇にあるという議論は民主主義の根本義と調和しないように思われる。ひとり天皇に限らず一般にすべての君主についても同様である。民主主義の根本観念として人民の政治ということ、人民が政治の主体だということがある。これは結局において主権が人民にあるということにほかならない、そうすれば主権が君主にあるという議論は民主主義とどうしても調和しないことになる。」

 まことに横田教授の指摘したように、この問題の重要性はきわめて冷静なる考察とわが国の将来に対する洞察とによって慎重に決定すべきであるが、デモクラシーは民衆の民衆による政治であって、君主政治は君主の君主による政治であって見れば、両者は正に対蹠的のものであり、とうてい調和すべくもない。このことはすこぶる簡単明瞭であって、しかもこの簡明なることその者がまさによく多数民衆の心を捉え、魅力もあり、実行力も生ずる所以である。

 教授は論歩を進め、主権在君説と民主主義との調和を計らんとして古来行なわれたいろいろの議論を挙げてこれを批判する。その一はイギリス流の国王と議会とが主権を共有するという議論であって、これに対する教授の批評は下のごとくである。
「一見して巧妙な説明のようだが、実はごまかしの議論に過ぎない、王と議会の議論が異なったら一体どちらが勝つのであるか、この点で王の拒否権が問題になる、この権利も長い間の不行使によってすでに消滅したと一般に言われているが、もし消滅しているのなら、最後の決定権が議会にある訳で、主権は議会に存し、もはや王には存しない、これに反してまだ拒否権が王にあるならば、主権は王にあると言わなくてはならぬ、王と議会の共有にあるという議論などは、実際の事態をはっきりさせないごまかしの議論にほかならないと思う」と。

 私も教授の説明には双手を挙げて賛成する。教授またいわく
「国家法人説を採り、主権は国家そのものにあるという議論などはなおさらごまかしの説である。それは国家法人説の意味をまったく理解せず、ただ言葉だけを悪用したものに過ぎない、国家を全体として考え、例えば国際関係で対外的な法律関係を問題にするようなときには、まだいくらか意味をなすことがあるけれども、国内関係で主権の所在を問題にする場合などにはまったくナンセンスである。主権とは国家の最高の権力のことで、結局は最高の決定権にほかならないから、主権の所在の問題は何人が最後の決定権を有するかという問題であり、それが国家であるというなどはまったく意味をなさないことである」と。

 かく論じ来たって教授は直裁に要約していわく
「要するに主権の所在の問題はいろいろと論議されているが、民主主義の根本観念から言うと、人民にあると言わなければならないと思う、理論的に徹底すればどうしてもそうなるのである。日本でも本当に民主主義を確立しようとすれば、それを淡泊に承認し、そこから出発しなければならぬと思う」と

 断定明確千鈞の重味ありといいたい。

 しかしながら教授は終りに民主主義の確立と天皇制維持との妥協案を示して、いわく
「天皇制を廃止しなければ、民主主義は確立されないというのではない、民主主義のもとでも天皇制を維持することは可能である。ただその時には、天皇はもとより主権を有するものではなく、単に儀礼的機関としての地位を有することになる。この点で先日発表された民間の憲法草案なるものは民主主義のもとに天皇制を維持する立場を理論的に徹底していると思う」
と説く。

 私は遺憾ながらこの点において横田教授の論にもまた憲法研究会同人の多数とも所見を異にする。

 この天皇制維持説についてまず第一に疑問とする点は天皇をもってもっぱら国民的儀礼機関とするということは、天皇制はあたかも家の中に設けられた神棚のごとき意義以上には余り多く出でないようであるが、これをもってはたしてしきりに皇室の尊厳を主張する多数の人々を満足せしめるに足るか否か、天皇の地位をあまりに軽侮するものであると、非難の囂々(ごうごう)として、発生して侮るべからざる勢力となることなきやを惧れる。

 さらに私の疑問とするところは、現下の状勢においてすでに憲法の改正により主権在民の根本原則を容認せしむることができると考うるならば、何が故に単に儀礼的機関に過ぎざる天皇制を存置するの要ありや、むしろただ一歩を進めて紙一重の障害を撤去し、天皇制の維持を放棄するに躊躇せずして可なりとせずやとの点である。

 しかるにもかかわらずなおかつ天皇制に未練を残して純然たる民主主義の採用に猛進せざるは、依然として天皇制に対する若干の信頼と民主制に対する自信の念の薄弱とによるものではあるまいか。もしはたしてしかりとするならば、このことはわが国における民主制の将来に対してすこぶる憂うべきことといわざるを得ない。

 今やわが国における新時代の発足にあたってはわれわれはいかなる困難もこれを突破し、幾多の荊棘(けいきょく)もこれを排除して真に新しい途を開拓するに鋭意努力しなければならない、いやしくも過去の残存勢力に恋々とし、一種の仮空的迷信や、頼むべからざる偶像に依頼するの痕跡を留むべからずと信ずる。いわんや軍閥財閥の過去の勢力はすでに芟除(せんじょ)せられたるも、残存の余燃はなお潜在し、再起の機会を狙いつつあるものと覚悟しなければなるまい。殊にわが国民は由来自主独立の気象欠如し、とかく既存勢力に依頼する傾顕著なるをもって、五年十年の後連合軍の威圧力緩減したる暁において、反動的分子が天皇を担ぎ上げて、再挙を計ることもけっしで絶無なりとは断じ難い。

 したがって私はこの際あっさりと天皇制を廃止して、主権在民の民主制を確立し、人心の一新帰一に向って勇往邁進、国民の啓蒙に大々的努力を払うをもって得策とすと信ずる。

 天皇制の廃止論は現下わが国においては共産党の独占に限らるる観あるも、社会党の内部にも、また冷静に民主政治の理念を考察する有識者の間にありても、たとい私のごとき生立ち境遇よりして自由にこの問題を考え得べきものでなくとも、またたとい天皇の個人に対しては愛敬の念禁じ難き場合にも、同様の思想を抱くもの世間その人に乏しからずと認められる。これ私があえて私見を開陳して世人の参考に資せんと欲する所以である。

(管理人追記 2016年12月11日)
 この高野岩三郎の天皇制に対する危惧は現在あからさまに表面化してきた。アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権を牛耳っている「日本会議」というカルト組織が「天皇を国民統合の中心と仰ぐ国柄」を目指して暗躍している。
 アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権と日本会議の強い結びつきについては『沖縄に学ぶ(41)』の最終節をご覧下さい。
2007年2月16日(金)
高野岩三郎著「囚われたる民衆」(1)

(読みやすいように新たに段落を設けたり、段落間を行空けしました。)

囚われたる民衆
            高野岩三郎


 アメリカ連合軍司令部の眼には、わが国民はほとんど済度し難い囚われた民衆であるように映ずると想像されるのであるが、私自身の眼にもはなはだしく鳴滸がましい言い分であるが、また同様に写るのである。それは何故!? この点に関してまずしばらく私ども一家の経歴について言説するを許されたい。

 ここで私どもというのは亡き兄高野房太郎と私との両人を指すのである。約十年前私は、当時大阪市天王寺畔に在った大原社会問題研究所内の講堂において「本邦最初の労働組合運動」と題して亡兄の労働組合運動について一場の講演を試みたことがあったが、昨昭和20年12月、また大阪に毎日社の主催にかかる「毎日文化講座」において私の少年時代の回顧を談じ、始めにおいて同様の話をした。その速記はおそらく近日同社より公けにされるはずであるから、詳細はそれについて承知されたい。

 講演の趣旨は高野房太郎の組合運動たるや、労働組合の理論および意義に共鳴しつつも、単に時世の波に便乗しいわば興味本位に努力したものにあらずして、同人の社会的および個人的境遇よりして、自然発生的に没頭するに至ったものであるという点を解明するにあったのである。

 そもそも私ども両人は共に明治の初年長崎市に生まれた。兄は明治元年、私は明治4年、市の中心銀星町の一町家に生を享けた。

 元来長崎はいわゆる天領すなわち旧徳川幕府の直轄地である。したがって大村藩・佐賀藩というがごとき旧藩主その下に立つ藩士の階級存在せず、いわば束縛なき一自由都市たる観があった。しかもまた開港市であり、支那人、オランダ人、ポルトガル人、ロシア人等の多数外人との交流繁き国際都市であった。それにまた私どもの生まれ落ちた家族は職人階級に属していた。父は和服裁縫師、母は米小売商人の娘であった。すなわち私どもは国際的自由都市の職人仲間の町家の家庭に生まれたわけである。

 しかるに父の長兄高野弥三郎なる者は、明治の初年郷里を出でて横浜におもむき、当時岩崎弥太郎の創立した三菱汽船会社の傘下における一回漕店を始めたのであるが、事実隆盛にして協力者を必要とするに至りしかば、私ども家族を長崎より呼び寄せることとなった。そこで私どもの両親は私ども両人に長姉を加わえ家族合わせて五人にて父祖以来長く住み馴れた郷里を後にして東京に上り、神田区浅草橋畔、神田久右衛門町に落ち着き、万事叔父の世話を受けて回漕店兼旅人宿の営業を営なむこととなった。私どもの小学校教育は共に近くの千代田小学校に受けたのである。

 かくて国際的自由都市の中心において町人の家に生まれた私どもは、さらに東京の真中で下町ッ子として不規則極わまるしかも奔放闊達なる教育のうちに育て上げられた次第であって、私どもの独立自由・負けず嫌いの強きを挫き弱きを助けるという幡随院長兵衛的気象はこの境遇環境の中よりおのずから養成されたものであろうと、自認せざるを得ないわけである。

 かくて私どもは比較的順境のうちに小児時代を経過したのであるが、好事魔多し、明治12年虚弱なりし父は齢39歳をもって死亡した。しかし37歳の若さで未亡人となった母は健康無比かつ男勝りの婦人であったので、叔父の援助の下に姉と二人して家業を継続せしが、明治14年神田松枝町の大火災 - 一万二千軒を一嘗めした大火災 - のために家は焼け蔵は落ち私ども親子四人は素裸の姿となって街頭に放り出されたのである。

 しかるに叔父はあくまで私ども一家の面倒を見、類焼後間もなく日本橋浪花町に家屋を建築して従来の旅人宿営業を継続せしめた。兄は小学校八年の課程を修了して卒業後叔父の横浜の店におもむき店員として従事したるが、明治18年この大黒柱たる叔父は急死した。かつその前年長姉は良縁を得て遠く九州唐津在に嫁したれば、無資産同様のわが家計を支え母と私の二人を扶養するの責は兄の肩上に懸かることとなったので、兄は奮然志を立てて明治十九年北米サンフラソシスコに渡り、微々たる日本品商店を開きしが、いくばくもなく失敗に終わり、明治20年一旦帰朝しおもむろに再挙の策を講じようとした。

 しかるにその間私は僥倖にも第一高等中学校の試験に及第して同年9月予科三級に入学するを得た。しかしこれは母の扶養に加えて私の学資を支弁するの責を兄に負わしめることとなったのである。ここにおいて兄は同年末再び米国に渡ったが、爾来十年間苦心惨憺、米国の各地に転々してあらゆる労働に従事し、その得たる収入の一部を割きて毎月私ども親子の家計費と私の学資とを貢いだのである。これによって、私はその後一高五年の課程を終え、直ちに進んで東京帝国大学法科大学政治科に入り、明治28年7月大学を卒業し得たのであった。

 これに反して兄は小学八年の科程を修めたるにすぎないのであるが、サンフランシスコにおいては商業学校に通学し、また経済学関係の図書を少なからず購入して自修独学に怠らなかった。

 かくて、私の大学卒業により兄の負担の一半は軽きを得るに至ったので、兄は米国の一小砲艦の乗組員として艦内の労務に従事しつつ欧米の各港を視察して、明治30年、十一年の遍歴の後帰朝したるが、いくばくもなく片山潜君と共に労働組合運動に身を投じ、後さらに消費組合の運動にも従事した。しかし前者は治安警察法の発布によりその発展を阻まれ、後者は資金の欠乏により成績不振に陥り、ついに兄は両運動より退ぞき、明治33年北清事件を機として支那に渡航し、各地を転転し、ついには山東省青島に落ち延び、明治37年同地において病死したのである。

 以上高野房太郎の経歴の大要を語ったのであるが、その滞米の十年間にわたる諸種の労働の体験と、当時米国における労働組合運動- サミュエル・ゴムパースのひきゆるアメリカ労働総同盟(Samuel Gompers American Federation of Labor) - の興隆に興味を感じかつゴムパース氏自身とも相知るに至り、帰朝の年明治30年の夏(1897年7月)同氏より日本における組合総組織者(authorizedand legally commissioned to act as General Organizer for Japan)たるの委嘱を受け、帰朝後いくばくもなく組合運動に従事したることは前述のごとくである。

 上来述べたるところによってもって、読者諸君は高野房太郎なる人物が出来合の労働組合主義者にあらずして、反対にその生立ち境遇等より自然発生的にこの運動におもむきたるものであることを容易に了解されるであろう。かくして高野房太郎は熱烈なる組合主義者であったけれども、彼は協同者片山潜君と異なり、社会主義者ではない。単純なるゴムパース流の組合主義者であった。

管理人のつぶやき「高野岩三郎に興味があって読み始めましたが、兄上の岩崎房太郎も興味深い人ですね。」
(追記 2016年12月10日)
 (2007年2月15日~19日の「今日の話題」は、「囚われたる民衆」というカテゴリ名で掲載することにします。)

2007年2月15日(木)
焼け跡で生まれた憲法草案

 ビデオに撮っておいたETV特集「焼け跡で生まれた憲法草案」(NHK教育テレビ 10日放送)を観た。

 鈴木安蔵、岩淵辰雄、室伏高信、馬場恒吾、高野岩三郎、杉森孝次郎、森戸辰雄という7人の学者・ジャーナリストが「憲法研究会」を立ち上げた。第一回会合は敗戦約3ヶ月後の1945年11月8日にもたれている。7人はそれぞれ思想信条を異にしているが、戦中に厳しい言論弾圧を受けていたことで共通している。

 その番組は、彼らがまとめた憲法草案がGHQの草案に大きく影響していたという主旨の内容であったが、私は「高野岩三郎」という名に注意を引かれた。

 7人の討論の過程で一番問題になったことはやはり天皇の扱いだった。主権在民をはっきりと打ち出すことには異論なく一致したが、それと天皇制とは相容れない。結局は「象徴天皇制」に落ち着くが、実は天皇制廃止を主張した人がいる。高野岩三郎である。

『デモクラシーと君主政治は到底調和すべくもない。反動的分子が天皇を担ぎ上げて再挙を計ることも決して絶無なりとは断じがたい』
と言い、大統領制の草案を会に提出している。『国民感情を配慮する』と国民の支持は得られまいという理由で、これは他のメンバーの入れるところとはならなかった。

 「象徴天皇制」では天皇に政治的権力はないが、それが主権在民、特に「思想・良心の自由」と相容れない矛盾を露呈して、高野の杞憂が現在、杞憂に終わらない状況になりつつある。憲法に天皇条項を残した瑕疵が今大きくなろうとしている。

 さて、「高野岩三郎」という名が私の記憶の片隅にあった。資料として度々利用している『「天皇制」論集』に高野岩三郎による「囚われたる民衆」という論文がある。そこに大統領制の憲法草案が記録されている。初出は「新生」(1946年2月号)となっている。これもその番組で知ったのだが、「新生」は「憲法研究会」のメンバーの一人・室伏高信(政治評論家)が発刊した雑誌だった。

 次回から何回かに分けて、高野の論文「囚われたる民衆」を全文紹介しようと思う。(実は私はその論文をまだ読んでないので、何よりも自分のためであります。)
(「凡庸な悪」をテーマにした記事は3件続きます。少し長くなりますが、まとめて掲載します。)

今日の話題

2007年2月7日(水)
「凡庸な悪」について(1)

 大澤真幸(社会学者)さんの論壇時評(1月31日付東京新聞夕刊)に、日ごろ考えていたことと共鳴する一節があった。まず、書き出しの一文。

 現在の国際政治における困難を、あえて宗教的な語を用いて要約するならば、「最後の審判の視点の不在」となろう。「私の今の言動が正しいかどうかはわからない。しかし、歴史の最後の日の神の裁きが、それが正義にかなっていたか否かを教えてくれるに違いない」。これが、最後の審判という想定である。

 だが、われわれが今日失っているのは、この感覚つまり仮に目下のところははっきりしていなくても、われわれの行為の規範的な価値を正しく評価してくれる公正な視点がどこかにあるはずだという感覚である。「正義」を呼ぶ声が論壇の世界に響くのは、「最後の審判」を失ったことへの不安の表現にも思える。

 この問いかけは、もちろん、「現在の国際政治における困難」にとどまらない。一般的な倫理の問題として今日的問題であり、私はそのように読んだ。そのように読んできて、次の最後の結語に強く共鳴した。

 しかし、これは、倫理にとってほんとうに不利な状況なのだろうか。神の不在や正義の内容の不確定は倫理の崩壊を意味していると、普通は考えられている。ドストエフスキーが述べたように(「もし神がいないのであれば、すべてが許されてしまう」)。しかし、精神分析学者ラカンは、この同じ条件が究極の倫理的な価値をももちうると示唆している。このことは、義務の履行が「言い訳」として機能する場合があることを考えると理解できる。

 普通、人は、義務を遂行できないときに言い訳をするが、逆に、義務の遂行そのものが言い訳になる場合もある。アレントが「凡庸な悪」と呼んだアイヒマンのケースがそうだ。アイヒマンは、職位上の義務だったから、つまり命令があったからユダヤ人虐殺を指揮しただけだ、と主張した。多くの日本兵も、同じ理由で虐殺を行ったことだろう。

 このように、「正義」や「義務」を与える超越的な他者(神、指導者等)がいるとき、人は、責任をその他者に転嫁できる。

 だが、もしそのような他者がいなければ、人は、自らの行為の責任を自らで全面的に引き受けなくてはならない。そうだとすれば、「最後の審判の視点」を失ったわれわれの時代は、倫理を根底から復活させるためのチャンスを有するのではないか。

 「凡庸な悪」は戦時のような極限でだけ生まれるわけではない。

 私はここで、学校現場で「日の丸・君が代の強制」を直接指揮している学校長(特に都立高校の)に思いを馳せる。彼らが上意下達をしているのは「日の丸・君が代の強制」だけではない。教育の自由を圧殺し学校教育の全てを支配しようとして都教委が次々と押し付けてくるあらゆる施策を、彼等はそのまま上意下達している。あるいはもしかして、都教委からの命令にいくらかは抵抗したり、それの骨抜きを試みたりしている校長もいるのかもしれないが、私の耳目には入ってこない。少なくとも降格を賭けるほどの校長は皆無だろう。もっとも現在ではその程度の権力迎合教員しか校長になろうとはしない。
 当然といおうか、気の毒といおうか、ときに彼らはアイヒマンとかロボットとか罵倒されている。

 「凡庸な悪」は都教委と一般教員との板ばさみになっている校長にだけにあるわけでもない。校長が下達する不条理に抵抗できない教員もそれを共有している。

 「凡庸な悪」には、悪辣な都の教育行政に圧迫されている教員だけが直面しているわけでもない。

 「職位上の義務」だけでなく「一般的な義務」にまで「義務」を敷衍したとき、義務の履行を「言い訳」とする「凡庸な悪」は私(たち)も日常的に共有している「悪」ではないか。私は自らの人生を省みて内心忸怩たる思いを禁じえない。

2007年2月8日(木)
「凡庸な悪」について(2)

 『澤藤統一郎の憲法日記』から二つの記事を記録しておきます。

 一つは1月31日に行われた「君が代不起立ゆえに嘱託再雇用を不合格となった原告の損害賠償請求事件」の証人尋問の報告記事「課長も校長もロボットだ。」です。証人は都教育庁の人事部選考課長と都立高校の校長。

 この中で澤藤さんは次のように感想を述べておられます。

 課長も校長も実に情けない。信念に基づいてやっているわけはないのだから。上に迎合する証言を、あたかも自分の意思のごとくにしゃべらせられる気の毒な人たち。

 とは言え、教職員や生徒の犠牲で保身をはかる人々でもある。遠慮してはおられない。

 そして、それに先立って、1月7日の記事「都教委幹部の個人責任追及を」 で、『まだ個人的な見解』と断っていますが、次のような提言をしています。

 都教委は、「控訴によって9・21判決は確定を阻まれている。だから、これまでの方針を変更する必要はない。「10・23通達」は変更しないし、校長の職務命令もこれまでと同様に出してもらう」と言っている。

 しかし、そんな形式論で片づく事態ではない。

 行政裁量を幅広く認めて、望ましからぬ行政行為にも目をつぶっているのが今の裁判所である。その裁判所が、「10・23通達」とその指導には憲法上到底看過できないとした。起立・斉唱を命じる校長の職務命令に対しては、「重大かつ明白な瑕疵あり」と断じた。この重みを受けとめていただきたい。

 上級審の判断を仰ぎたいということでの控訴あっても、少なくとも、「重大かつ明白な瑕疵あり」とされた職務命令を強要したり、違憲違法とされた処分を強行するような乱暴なことは控えなければならない。それが行政のあるべき姿勢だし、道義であり社会常識でもある。

 9・21判決が上級審でも支持される確率は限りなく高い。控訴棄却となり、あるいは上告棄却となって確定したとき、誰がどう責任をとるのか。

 9・21判決の前後で決定的に異なるのは、担当者の個人責任である。この判決の以前には、客観的なには違憲・違法な公権力行使であっても、「主観的には違憲違法とは考えなかった」という弁解が通る余地はありえた。「教職員側の弁護団の指摘はあったが、横山教育長や都教委の法務関係者の意見を信用した。違憲違法なことをしているとの認識はなかった」と言って通るかも知れない。

 しかし、9・21判決が、あれだけ明確に違憲違法を言ったあとには、その弁明はもはや通らない。国賠法上、公務員は故意または重過失ない限り、個人としての責任は問われないが、逆に故意または重過失あれば個人として責任を問われることになる。東京地裁が判決という形で明確にした警告を無視して、敢えて処分を重ねた者の個人責任は、厳重に問われなければならない。

 石原慎太郎知事・木村孟教育委員長・中島正彦教育長・米長邦雄等教育委員、人事局長・職員課長までの個人責任は当然である。この点は、校長も同じことである。東京都教育委員会・東京都教育庁は、「個人責任を覚悟のうえで職務命令を出せ」と校長に言えるのか。

 権力を持つ者が、違法に権力を行使すれば影響は大きい。当然に責任も大きいのだ。自己保身のためにも、判決を尊重して、上級審判決あるまでは、乱暴なことは差し控えるべきだという警告に耳を傾けなければならない。

 われわれは、「10・23通達」とその強制によって生じた被害についての公務員の個人責任を徹底して追及する。そのことが無責任な知事や都教委幹部・校長らの行為によって違憲違法な教育行政がまかり通ることを予防する監督機能を果たすであろうから。具体的には、国家賠償請求に公務員個人も被告として加えることを検討する。確定判決後には東京都が支払った損害賠償ならびに、「10・23通達」関連で支出された諸経費について、東京都が知事・教育委員会委員長・教育長外の責任ある公務員個人への求償をなすべく、監査請求をし、住民訴訟を提起することを検討する。

 このことを事前に警告し、本気で追求しようではないか。

 9・21難波判決は都職員や校長にとって、その「凡庸の罪」を反省し、その罪過を重ねぬために自立した言動をなすための格好の根拠であり機会だと思うのですが、彼らにはそのような発想はないようです。「凡庸」の「凡庸」たる所以です。

 かれらの「個人責任をも追及する」という澤藤さんの提言に賛成します。これは法的措置としてばかりではなく、教育現場で苦闘している教員にとって、さまざまな不条理な攻撃をはねかえすための理論的根拠としても有効ではないでしょうか。

(追記 2016年12月9日)
 この画期的な難波判決は都教委が控訴し、東京高裁ではオソマツ判決で原告側敗訴。原告側が控訴し、最高裁でも原告側敗訴となる。『予防訴訟の記録』から「最高裁判決のまとめ」を転載しておこう。
 最高裁は、訴え自体を門前払いにした高裁の判断は間違っているとして、差止訴訟及び当事者訴訟としての義務不存在確認訴訟を適法としました。しかし、違憲・違法の主張は認められず、懲戒処分の差止や義務不存在の確認を求める訴えは認められませんでした。


2007年2月14日(水)
「凡庸な悪」について(3)

 いま東京都の教員たちが直面させられている問題にしぼって、「凡庸な悪」ということを考えてみようと思います。私は一部外者にすぎませんが、わが身に引き寄せて考えて見ます。

 瀬古浩爾著『生きていくのに大切な言葉-吉本隆明74語』(二見書房)の次のくだりに、私のような凡庸な者が「凡庸な悪」をまぬがれるための必要不可欠な倫理を見い出します。



組合は今回の要求を克ちとる為、いよいよ困難な交渉段階に入って参ります。我々は各位の代弁者としての責任に於いて、堂々たる態度を持してゆきます。各位も又、自らを辱かしめざらんことを。                東洋インキ青戸労働組合組合長 吉本隆明
 「堂々」とした声明である。

 吉本は昭和27年に東洋インキ製造株式会社に入社し、青戸工場に配属された。翌28年、28歳の若さで青戸労働組合の組合長に就任する。思考の強靭さや徹底した闘争意志が秀でていたと推測されるが、それもさることながら、仲間たちのあいだで余程人間的信頼を得たのだろうとおもわれる。

 掲載文に「各位も又、自らを辱かしめざらんことを」とある。われわれは絶対に「自らを辱かしめ」るような交渉はしない、「堂々たる態度」で交渉に臨む、という決意に自信があるからいえる言葉だ。じつに頼もしい。

 だが、会社側の「悪質な切くずし」によって脱落する組合員がでてくる。脱落の理由は大きく三つある。
(1)「この際忠勤ぶりを示して自分だけはよくなろうという乞食根性」
(2)「本当に生活が苦しくて、自分や家族のことを考えて(会社側の……引用者注)脅迫に心ならずも動かされた者」
(3)「組合幹部の運動方針に反感をもっていて、一石二鳥をねらった者」。

 これについて吉本はこのように書いている。「第一の連中とだけは、今後とも激しい闘いをつづけなければならない」が、「第二、第三の人たちは、今後とも組合員全部で守ってやらなければならない」。

 吉本の組織論の要諦だ。組織への入り口はだれにも開かれている。そして、組織からの出口もまた薄汚い利己主義者を例外として、だれにもきちんと開かれている。その出口を開いているのはなにか。自分の体質にまでなった、吉本の人間観である。卑怯者は許されてはならないが、人間の弱さや自分と異なる思考は最大限に理解され尊重されなければならない、というような。そして、自分の思考に絶対的な正当性はない、というような。無類の優しさであり、無比の柔軟さである。

 部外者には決して見えないことがあり、ことはそう単純ではないことを承知の上で、「日の丸・君が代の強制」が都立高校の教員集団にもたらした分断状況を推測してみます。

(1)もともと都教委・校長と同じ考えをもっていたような顔をして都教委・校長に擦り寄っていく奴隷根性の者たち。
(2)自分や家族の生活や将来を案じて心ならずも日の丸に向かい君が代を歌っている振りをしているが、日常の教育実践では決して都教委・校長に迎合はしていない人たち。
(3)「思想・良心の自由」を蹂躪するような教育行政にはどうしても膝を屈するわけにはいかず最前線に立たざるを得なかった人たち。

 冒頭の吉本組合長の闘争宣言を、いま私は(3)の人たちからのメッセージとして読んでいます。私が当事者だったとして、(1)のような者には決してならないことははっきりと断言できます。そして、それ以外のどのような生き方を選ぶとしても、「自らを辱かしめざらんこと」を常に反芻しながら一つ一つの行動を選択していこうと思います。「自らを辱かしめざらんこと」の核心は、私(たち)が生徒に対して「凡庸な悪」を行使してはならないということです。これが(1)のような者たちとのぎりぎりの境界線です。

 さて、組合は何をやっているのでしょうか。もしも都高教執行部にまだ強靭な思考力や徹底した闘争意志が残っているのなら、(2)の人たちをも守りつつ、(3)の人たちとともに闘いの最前線に立つ以外に、「凡庸な悪」におちいらない道があるのでしょうか。

 しかし翌年、吉本は、かれじしんの言葉によると「壊滅的な徹底闘争」に敗れ組合長を辞任する。組織に楯突いた者にたいする仕打ちのつねとして、吉本は職場をたらい回しにされる。かつての同士たちは吉本にどのように対応したのだろうか。よそよそしい者がいたとしても、吉本はかれらをけっして恨まなかったはずである。その二年後、吉本は飼い殺し的な本社職務への転勤を不服として退職をする。31歳だった。

 このような矜持と覚悟がないのなら、組合の執行委員になるべきではない。
今日の話題

2007年2月6日(火)
柳沢厚労相の失言「女性は生む機械」について

 柳沢の失言が問題になってからもう十日を過ぎるが、まだ収まりそうもない。私の感想も述べておきたくなった。

 其の失言の報道に接したとき、私の脳裏にまず浮かんだのは「生めよ、増やせと」という戦前の国策スローガン(?)だった。当時女性は兵士という機械を生む機械だった。もちろん男はそのための一部品に過ぎない。それと同じだなと思った。つまり、あれは失言などではなく、本音なのだ。支配者にとって被支配者は何時だって「手段」でしかない。昨日取り上げたビルダーバーグ・クラブの被支配層の人間家畜化計画でも明らかなように、被支配者への蔑視は奴等の習い性だ。

 『人間を手段としてのみならず同時に目的として扱え』というカントの格律の「他者を目的として扱う」とは「他者を自由な主体」と考えよ、ということだ。柳沢の失言が責められるとすれば、そのような倫理観の欠如という点においてだ。しかし、そのような倫理観は、柳沢に限らず、権力の中枢に巣食う守銭奴たちには求めようがないのが現実だろう。連日報道される政治家や官僚や資本家の不祥事のほとんどは不正なあるいは法の網の目をくぐった狡猾な蓄財問題だ。「きっこの日記」によると、柳沢も妻とグルで不当な蓄財に励んでいるそうだ。

 柳沢の失言が、「少子化」を憂慮し、この国の行く末を案じての発言だと好意的に解釈しても、其の矛先の向けどころが全くトンチンカンなのだ。安心してこどもを生めない、生んでもその子供の将来に希望が持てない。日本をそのような国にしてしまったのは独裁をし続けてきた自民党ではないのか。「醜い国」とか「絶望の国」とかふざけたスローガンを掲げて、相変わらず一般民衆を愚弄するようなが政治が進められている。安心して子を生み育てていけるような美しく希望の満ちた国にするための政治に転換することこそ、いまお前らに求められている第一義的な問題だろう。

 2月3日の東京新聞「こちら特報部」がこの問題を取り上げて、田村隆一さんの詩を紹介していた。感想は一言、わが意を得たり!




「恋歌」 田村隆一

男奴隷の歌  恋をしようと思ったって  ひまがない  手紙を書くにも字を知らない  愛をささやく電話もない  それでも赤ん坊が生れるから  不思議な話  男の子は奴隷の奴隷  女の子は奴隷を産む機械  それでも  恋がしてみたい  それでも愛をささやきたい  言葉なんか無用のもの  目と目で  生命が誕生するだけさ 女奴隷の歌  わたしは機械を産めばいい  いつのまにか  お腹が大きくなって  満月の夜に  わたしは機械を産むの  男の子だったら機械の機械  女の子だったら機械を産む小さな機械  仔馬の赤ちゃんだったら  生れたとたんにトコトコ走って行くけれど  人の子って  ほんとに世話がかかる  ヨチヨチ歩きまで三百日  機械になってくれるのが三千日  奴隷になるのに六千日  愛って  ほんとに時間がかかるもの  それでも  お腹だけはアッというまに大きくなるわ コーラス  奴隷には  涙も笑いもいらない  働いて働いて  ただ眠るだけ  鳥や獣や虫がうらやましい  遊んでばかりいて  たっぷり眠り  たっぷり恋をして  そのくせ  機械を産まないんだもの  そのくせ  機械を産まないんだから



今日の話題

「陰謀史観」Ⅱ

2007年2月1日(木)
「陰謀史観」はどこまで真実か(4)

 ビルダーバーグ・クラブの輪郭が見えてきた。

 前回の引用文で私は次の部分(赤字で強調した部分)に特に注意を引かれた。

『実質的な役割と権限を有するのは、ロスチャイルドとロックフェラー……非公式の場で提言(命令)するわけです。公の団体アメリカのCFR(外交問題法議会)やTC(日米欧三極委員会)、……に代弁させるわけです。』

 古くからある陰謀史観で有名なのは「フリーメーソン」だが、今日では「闇の権力」とか「闇の帝王」とか呼ばれていて、その親玉はロスチャイルドかロックフェラー(あるいは二人が共犯)というのがほとんどだ。それらの説には、いままではマユに丹念にツバをつけ接してきたが、それらの説にもなんだかにわかに信憑性が出てきた感じがする。もちろん個々の事例については、「ウラ」 が取れない限り全面的に信用する訳にはいかない。一般論としても、「真理」の中にも「誤謬」が紛れ込むし、「誤謬」の中にもいく分かの「真理」が含まれているものだと言える訳で、そうしたスタンスは常に外さないように心しなければいけないことだ。

 ビルダバーグ・クラブはその計画(陰謀)を浸透・実行させるために暴力的な手段は用いずに、マスコミなどを利用した情報操作をもっぱらにしていると言われている。そして、上記引用文によれば、公にはCFRとかTCとかの団体を使って代弁させている。しかし、「闇の権力」には専属の謀略組織があり、暗殺なども行われていると説く陰謀史観者もいる。

2007年2月4日(日)
「陰謀史観」はどこまで真実か(5)

 ロスチャイルド家の「闇の権力」ぶりの話に私が始めて接したのは田中宇国際ニュース解説の2005年6月22日配信記事のイスラエルとロスチャイルドの百年戦争であった。田中さんは毎日多種多様な情報を検討した上で、国際情勢を分析していらっしゃる。情報の出典も明らかにしているので、私はそのニュースをとても信頼して読んでいるが、このときは半信半疑だった。後に検討する機会が出てくるかもしれないと思い全文を記録しておいた。いまフト思いついて、田中宇さんのサイト内検索をしてみたら19件もヒットした。ロックフェラー家が絡んだ記事もある。チョッと時間が掛かりそうだが、これから一通り読んでみようと思う。

 ロックフェラー家を「闇の権力」とする説に初めて接したのは、統一教会や創価学会のことを調べているときだった。リチャード・コシミズさんのホームページに出合った。そのときのホームページとはかなり違う看板になっているが、 世界の闇を語る父と子の普通の会話集 で読むことができる。なんでもかんでもロックフェラーに結び付けているが、いわゆる「ウラ」が取れてないので鵜呑みにするわけにはいかない。ほとんどが推測の域をでないし、モノによっては妄想に近いものもある。しかし、ビルダーバーグ・クラブの存在と考え合わせると、一概に全てを否定し去ることはできないだろう。たとえば一番最近の記事で植草さんの冤罪を取り上げているが、できるだけ「闇の権力」の部分を削って転載すると次のような主張になる。全て推測の域をでないとしても、核心を掴んでいると思える。

---------------------------------------------
 教授の拘留が130日に及んだこと、極めて異常な事態なんだよ。女子高生のお尻触ってもいないのに、130日。よしんば触ったとしても、130日はどう考えても異常だ。しかも、東京地検が教授の保釈にキチガイのように抵抗した。保釈して外に出れば、第三者と接触できる。このインチキ事件の背後関係を第三者に喋られるのを恐れたんだろう。

 東京地検は、教授を130日間拘留し、家宅捜索してパソコンを押収したんだ。教授が誰と情報を共有しているのか、血眼になって調べまくったんだ。教授の口をどうしても封じたかった。

 教授が逮捕される前になにを言っていたか。
 小泉政権時代、りそなが倒産しそうになったよな。あの時、小泉・竹中はりそなを冷たく突き放して、「倒産容認」みたいな発言をした。おかげでりそなはマジに倒産しそうになって、株価は思いっきり下落した。その株を底値で買い漁った連中がいる。ウォール街のコーエンさんやら、なんとかバーグさんとか、なんとかシュタインさんたちだ。ユダヤ金融資本ってやつだ。親分はロックフェラーだ。

 で、小泉たちは最後の最後になって、りそなを公的に救済することを発表した。これで、りそなの株価は大反騰した。底値で買ったなんとかバーグさんたちは、ぼろぼろに儲けまくった。最初から公的救済が入ると判っていれば、底値で買い漁る。確実に儲かる。ユダヤさんたちの取引に便乗して儲けた勝共議員や政権関係者もたくさんいたはずだ。発覚すれば、大スキャンダルになるし、日本の支配構造も露呈してしまう。教授は、この巨大なインサイダー取引疑惑を追及しようとした。証券取引等監視委員会が調査に動くべきだとテレビ番組でも指摘した。

 だから、痴漢をしたことにされて、口封じされちゃったわけか。でも、警察や検察が、裏権力の利益のために動員されてるって、にわかには信じがたいよ。そこまで司法が腐ってるなんて。

 腐ってるよ。腐臭プンプンだよ。警視庁や神奈川県警は創価警官の巣窟だ。警察内部の創価組織が教授を嵌めるチームを組織し、シナリオどおり、教授を陥れた。教授は逮捕時、酩酊状態だったという。そういう状態には、酒を飲んでもなるが、酒に薬物がはいっていてもなる。ワインにハルシオンでも入れられたら、もう、意識がなくなってしまう。気がついたら痴漢に仕立て上げられているというわけだ。

 でもさあ、もし、インサイダー隠しが目的なら、教授はなんでそれを声高に主張しないの?

 あのさ、それを主張されたら金融悪魔さんたちや自民党の森派の利権議員さんたちが困るだろ?だから、口に出さないように、教授を言いふくめてるんじゃないかな。

 あー父さんが黒幕だったらの話だが.............。まず、弁護団に、息のかかったのを送り込む。で、
「裁判に関する話を外ですると保釈が取り消しになって、保釈金が没収される。」
「第三者と接触するのもまずい。」
と、教授を脅す。経済しかわからない教授は、恐れをなして口をつぐむ。この程度の話かもな。

うー、とことん腐ってるなー、この世の中。じゃ、この後、教授は痴漢冤罪で実刑判決が出て............その次は、拘置所や刑務所内部の「創価組織」の出番かもな。麻原が東京拘置所で薬物漬けで廃人にされたようなことが、また、起きるかもな。周囲の刑務職員、全員創価とかでね。

ひでー、そこまでこの国は腐ってるんですか?

 はい、腐ってます。これで、日本の構造がよく判ったろ。あの、竹中とか言うヤツが議員辞職したろ。あれも、実は、この疑惑の発覚を恐れて逃亡したってことさ。
------------------------------------------

2007年2月5日(月)
「陰謀史観」はどこまで真実か(6)

 「陰謀史観」を取り上げたきっかけはある書評だった。そこにはビルダーバーグ・クラブの「世界統一国家」の構想が紹介されていた。あらまし次のようだった。

 地球資源の枯渇が迫り、資源の効率的管理が急務となっている。資源の国際管理を軸として、世界政府、国際法廷、国際軍その他が不可欠となる。それには個々の国家や国軍の解体が前提となる。

 ビルダーバーグ・クラブの「世界統一国家」は柄谷さんの「世界共和国」とは全く似て非なるものであることは明らかだろう。柄谷さんは「世界共和国」の必要性を次のように述べていた。

 人類はいま、緊急に解決せねばならない課題に直面しています。それは次の三つに集約できます。
  1 戦争
  2 環境破壊
  3 経済的格差
 これらは切り離せない問題です。ここに、人間と自然との関係、人間と人間の関係が集約されているからです。そして、これらは国家と資本の問題に帰着します。国家と資本を統御しないならば、われわれはこのまま、破局への道をたどるほかありません。

 柄谷さんが「国家と資本を統御」のために「世界共和国」を構想しているのに対して、ビルダーバーグ・クラブの「世界統一国家」は「資源の効率的管理」のためと言う。つまり富豪(資本)と前世紀の遺物の貴族という特権階級による資源の独占を企んでいる。従って、ビルダーバーグ・クラブが他の人間たちを「手段」あり、管理の対象としか看做していないことは明らかだ。書評文は次のことも伝えていた。

 この組織は、世界の人々の体にマイクロチップを埋め込み、それがないと生活が成り立たない状況に追い込み、民衆の国際管理を容易にしようとする。

 人間の奴隷化なんてものではない。人間の家畜化を企んでいる。しかし、テレビなどを通して洗脳しておけば、人々は嬉々としてこれを受け入れるかもしれない。嬉々としてポチ・コイズミや狆ゾウや沈タロウを受け入れているように。

(追記 2016年12月7日)
 ちなみに、2016年度のビルダーバーグ会議はドイツのドレスデンで、6月9日~12日の日程で開催された。

 また、前回の『「陰謀史観」はどこまで真実か(3)』で「ビルダーバーガーの利害に反するスタンス」を維持してきたチャベス大統領のことが取り上げられていたが、チャベス大統領は2013年3月5日にガンの合併症で亡くなられた。しかし、チャベス大統領は実は暗殺されたのだと言われている。「チャベス大統領暗殺」で検索すると実に多くの記事がヒットします。その中から、チャベス大統領以外にも
アルゼンチンのキューチネル大統領
ブラジルのルセフ大統領
ルラ前大統領
パラグアイのルモ大統領
が癌になっているという不可解なことを取り上げている『チャベス大統領のガン死亡は 米国による「テクノロジー兵器によるもの」か?』を紹介しておこう。

 ここで思い出したことがある。『「羽仁五郎の大予言」(78)』で羽仁さんが「最近CIAの謀略が大部暴露されているよね。石橋湛山なんかも毒薬飲まされたんじゃないかと思うんだ。」と発言していた。
(2007年1月28日からの「今日の話題」は「陰謀史観」の記事が6回続いています。3回ずつまとめて2回に分けて掲載することにします。)

今日の話題

「陰謀史観」Ⅰ

2007年1月28日(日)
「陰謀史観」はどこまで真実か(1)

 状況証拠や自供だけでは犯罪は立証できない。「ウラ」が取れていなければならない。

 陰謀説の場合の「ウラ」は何だろう。そもそも「ウラ」を残さないように行われるから陰謀と呼ばれる。

 9・11連続テロを真相を究明する映画『LOOSE CHANGE』をダウンロードして見た。あれがヤラセであったことは、私にはもう疑いようがない。

 いま係争中だが、植草さんの痴漢容疑も冤罪に間違いない。たかが痴漢容疑での異例の長期拘留、パソコンデータまで押収した自宅調査。これをおかしいと思わない方がおかしい。

 耐震偽装事件やライブドア事件などに関係していた人たちの相次ぐ不可解な「自殺」はどうか。

 今日の東京新聞の書評欄にびっくりした。「民衆と資源の管理策を暴く」と題して、『ビルダーバーグ倶楽部 世界を支配する陰のグローバル政府』(ダニエル・エスチューリン著)という本を取り上げていた。評者は越智道雄氏(明治大教授)。

 本書は「世界政府」の設立を策定する秘密組織、ビルダーバーグに迫ったものである。各国首相、多国籍企業のトップ、世界銀行や国際通貨基金(IMF)の幹部らが参加するこの組織は、欧米中心の大西洋同盟である。組織名は1954年に第一回会合が行われたホテル名からとった。

 地球資源の枯渇が迫り(石油資源はあと二十年分しかない)、資源の効率的管理が急務となると、グローバリズム経済が活性化、民族国家が衰退する。民族国家の屋台骨は中流層が担ってきたが、産業の空洞化で失業した彼らは失権しつつある。

 資源の国際管理を軸として、世界政府、国際法廷、国際軍その他が不可欠となる。それには個々の国家や国軍の解体が前提となる。今日はその過渡期で、ブッシュ政権の「米一国主義」はその潮流への抵抗の典型だ。この政権を支えてきたキリスト教右翼は、世界政府設立をエリート層の国際的大陰謀と主張してきた。非エリート層の「陰謀史観」には、リバタリアン(自由意思論者)のような、キリスト教右翼よりは知的レベルの高い人々もいる。本書はこのレベルに相当するだろう。

 著者はビルダーバーグ暴露に人生を賭けたわけだが、スターリニズムの恐怖をこの秘密組織に重ね合わせることが生理になっている。しかしビルダーバーグは暗殺などの強硬措置よりもメディアその他を使った洗脳によって目的を遂げようとする(昨今の禁煙運動の進め方はその典型)。

 この組織は、世界の人々の体にマイクロチップを埋め込み、それがないと生活が成り立たない状況に追い込み、民衆の国際管理を容易にしようとする。

 すでに国連、欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)、北米自由貿易協定(NAFTA)その他、ジグソーパズルのように世界政府の輪郭が浮かび出てきた。これらが一つに繋がるのはいつの日だろうか?

 グローバリズム、反グローバリズム、私たちはどちらを選べばよいのか?

 評者は『非エリート層の「陰謀史観」』と位置づけているが、その文脈からは「ビルダーバーグ倶楽部」の存在やその活動内容は否定していない。皆さんはどう受け止めますか。(続く)

2007年1月30日(火)
「陰謀史観」はどこまで真実か(2)



 昨日、書店による機会があったのでくだんの本を探したが見つからなかった。代わりにインターネットで検索してみた。一万件以上もヒットした。ビルダーバーグ倶楽部(「ビルダーバーグ・グループ」とか「ビルダーバーグ会議」とも呼ばれているようだ。)の存在を知らなかったのは私だけみたいな感じだ。

 いろんなサイトを拾い読みしていると「三極会議」とか「外交問題評議会」とかも頻出する。とりあえず、これらのグループを合わせて概説している「阿修羅」さんの記事を転載しておこう。

英国王立国際問題研究所(RIIA)

「英国王立国際問題研究所」(RIIA)は、ビルダーバーグ・グループ、外交問題評議会、日米欧三極委員会の上位に位置しています。
 例えば、ビルダーバーグ・グループは、王立国際問題研究所の指示に基づいて、MI6(British Military Intelligence Division 6=英国軍事情報部第6課)が作成した機関です。
 その起源は1890年代に遡り、当時の覇者である英国は東インド会社を経営していますが、それを牛耳る英国貴族は、植民地政策を進めるための頭脳集団、つまりラウンドテーブル(円卓会議)という組織を形成します。この英国の秘密結社であるラウンドテーブルを前進として王立国際問題研究所が開設され、そこから派生したものが、超極秘のビルダーバーグ・グループ、及び米国のデービッド・ロックフェラーが主宰する外交問題評議会(CFR=Council on Foreign Relations)です。
 英国が18世紀後半まで植民地として支配したアメリカを、独立に伴い、英国貴族たちもこの植民地支配をあきらめた、等と思ったら何も理解できなくなります。
 英国貴族の目からすると、米国民などは愚民愚衆の集まりに過ぎず、簡単に洗脳できると読み、その方策として英国王立国際問題研究所という司令塔を作り、ビルダーバーグ・グループ、外交問題評議会、日米欧三極委員会を通じて米国民を操り、今日見られる姿の通り米国を完全に弱体化しました。

ビルダーバーグ・グループ

 国際的な政治や経済の舞台で変化が起こった第二次世界大戦時、西側諸国は「モラルや道徳価値、民主制度を守り、増大する共産勢力からの自立を確保する」との名目で、協力体制を密にする必要があり、その西側諸国の経済・軍事提携の具体的な対応策として、マーシャル・プラン、NATO(北大西洋条約機構)などが考案されます。
 一方水面下では、1950年代初頭に誤解による各国間の弱体化を一掃することを目指し、西側諸国が直面する問題を非公式に討論する円卓会議の構想が出ます。
 1954年、最初の極秘会議はオランダのオーステルベックにあるビルダーバーグ・ホテルで開催され、以降毎年1回、機密保持と安全のため毎回場所を変え、会場の従業員たちにも緘口令が敷かれます。会議の参加メンバーと内容が極秘にされる、この「陰のサミット」は、実際のサミットよりも権威があり、ビルダーバーグに招待を受けるのは、ヨーロッパの国王、総理大臣、大統領、大臣、大使、大企業家、国際金融財閥、そして米国の民主・共和党議員です。
 2003年5月仏ベルサイユで開催された際は、デービッド・ロックフェラー、キッシンジャー米元国務長官、ウォルフォウィッツ米国防副長官、ジスカールデスタン仏元大統領、パール米国防政策委員会委員、世界銀行総裁、ゴールドマン・サックス・グループ最高経営責任者など、約100名が参加したとの事です。

外交問題評議会(CFR=Council on Foreign Relations)

 第一次世界大戦後の1921年に創設された「外交問題評議会」が発行する機関紙『Foreign Affairs』は、邦訳ダイジェスト版が中央公論社から出ています。
 会員数は約2900人。米国人男性であることがメンバーの条件で、その顔ぶれは、米国行政の要人のみならず、教育界、マスコミ、工業界といった、米国を動かす全分野を網羅し、その中にはキッシンジャー、シュレジンジャー、ブレジンスキーがいます。
 アイゼンハワー大統領以降、米国歴代の大統領、国務長官など各長官クラスはここから送り込まれ、5000人にものぼるメンバーを政権の座に着かせ、陰からアメリカの政策を操っており、英国の秘密結社ラウンドテーブル(円卓会議)の実質的な米国支部となっています。
 アンスロップ・ロックフェラーの隠し子であり人口250万人足らずの州知事であったビル・クリントンは、このビルダーバーグ・グループの承認を受けたことで大統領となれましたが、国防省の予算削減、軍事基地縮小など軍産複合体に直結する<闇の政府>に有利な方向ばかりには動かなかったという、彼の政治生命を脅かす地雷を踏んだため、マスコミに次々とスキャンダルを暴露されました。

日米欧三極委員会(TC=Trilateral Commission)

 「日米欧三極委員会」は、1973年に、影響力の衰えた外交問題評議会の役割を継承し、精神面での自由や協調は謳わず、物質面での協力体制に主眼を置いて発足します。
 彼ら本来の目的は、世界的な経済協力体制を強化し、各国政府に圧力をかけ、グローバリズムを推進し、国際金融財閥が支配する多国籍企業が自由に動き回るための地ならしを行う事で、日本に対しても、規制緩和、市場開放などの圧力をかけています。その媒体として巧みに利用されるのが輸出入銀行、国際通貨基金(IMF)、信託銀行ですが、世界一の援助額と言われる日本のODA(政府開発援助)も、実は「彼ら」闇の権力が狙う<世界の安定>に使われているのが実情です。
 日米欧三極委員会の本部所在地がニューヨークのカーネギー財団、ビルダーバーグ・グループと同一の住所にあるのは、偶然のことではありません。
 デービッド・ロックフェラーは、外交問題評議会(CFR)議長および名誉会長を歴任、日米欧三極委員会、ビルダーバーグ・グループでも要職を務めあげ、日本においては、旧日本長期信用銀行を二束三文で譲り受けた新生銀行の取締役に85歳という高齢で就任し、現在も「新世界秩序」実現の司令塔の一人として君臨しています。


2007年1月31日(水)
「陰謀史観」はどこまで真実か(3)



 ビルダーバーグ会議は何重もの漏洩防止対策によって守られている秘密会議だそうだが、秘密は何処からか漏れるものですね。もう少しビルダーバーグ会議についての情報を拾ってみます。

 ビルダーバーグ会議ではどのような事項が議題になっているのか。一番新しいものということで、昨年の会議の情報を探しました。
「リオのオランダ日記」さんから転載します。

 国際政治経済の超権力者達による極秘会議、その名もビルダーバーグ会議の季節が今年もやってきた。今年は本日6月8日から11日までの期間、カナダはオタワのブルックストリートホテルにて開催されている。

 今年の議題のひとつは原油価格と言われる。昨年から原油価格が史上最高値を更新してきているが、昨年のミュンヘンでの会議で原油価格の上昇が合意されたとも言われる。今年のビルダーバーグ会議において更なる値上げが合意に至るかどうかは不明。しかし昨年の原油高は実態として世界経済を押上げた効果がある。更なる微増は当然あり得るシナリオではある。

 原油価格問題に関連して世界第五位の産油国ベネズエラの処置。ベネズエラではチャベス大統領がNAFTA拡大反対や石油メジャーへの採掘税吊り上げなどビルダーバーガーの利害に反するスタンス。今年2006年国際政治の中でベネズエラがどのような立場に追い込まれるか要注目。

 その他イラン問題。アメリカがイランを攻撃すべきかどうかも議論の対象。

 これらの情報は「リオのオランダ日記」さんがAmerican Free Press掲載ジムタッカーのコラム(ジムタッカーは長年のビルダーバーグおっかけとして有名。著書Bilderberg Diaryは有名)から抄訳したものだそうです。

 さて、この会議で話し合われた事項で結論が得られた場合、それはどのようにして実行されるのでしょうか。
 アサヒネット・919.ビルダーバーグ会議の動向から転載します。


 秘密会議は年に一回、三日間続けられます。検討課題は常に、リアルタイムの外交問題、国際経済です。実質的な役割と権限を有するのは、ロスチャイルドとロックフェラーであり、政策の基本路線は統制委員会(欧州24名、米国15名で構成)によって決定されます。曾母語税院(?何のことだか不明、そのまま転記しました)で協議して問題ごとにシンクタンクを作り、欧米の政府に提言する。もちろん日本政府も含まれます。ビルダーバーグに資金援助しているのは、ヨーロッパ側はロスチャイルドの傘下にある大富豪のウオーレンバーグ家、米国側はIBM、エクソンなどのロックフェラー系の企業です。そして非公式の場で提言(命令)するわけです。公の団体アメリカの CFR(外交問題法議会)や TC(日米欧三極委員会)、・・・に代弁させるわけです。

今日の話題

2007年1月26日(金)
阪神淡路島大震災:さまざまなボランティア

 だいぶ間が開いてしまったが、阪神淡路大震災に関して、もう一つ取り上げたいことがあった。無数の無名の人たちのボランティアが、どれほど罹災者たちを助け励ましたことだろうか。諸企業も手を差し伸べている。山口組も救援活動をしたらしい。

 わたしの注意をひいたのは、企業体が救援の課題に取組んでいるという記事(「読売新聞」95・1・19) だ。

(1)トヨタ自動車は日赤に一億円の義捐金。
(2)同じく日産自動車は車両など五千万円分。
(3)本田技研は発電機五十台を兵庫県警へ。
(4)NECは自治体に義捐金と物資一億円分。そのほか業務用移動無線百五十台を兵庫県へ。
(5)日立製作所は一億円の義捐金。
(6)東芝は関西システムセンターの一、二階を診療所や避難施設として開放。
(7)三井物産は十トンのタンクローリー三台に水を積んで被災地へ。関西支社は毛布三千枚を神戸市へ。

 その他、食品などを含めて大手商社は救援の物資を送りこんでいると報道されている。もちろん記事にならなくてもスーパーや労働組合は企業外にボランティア活動をやっていることは間違いないとおもう。

 こんどの阪神大震災で、この企業体と労働組合や市民ボランティアの活動を興味深いとおもっている。またスーパーや百貨店が食糧、生活必需品、水などについて安価に提供していることも大きな印象を与える。この体験が企業体やコンビニ、スーパーや労働組合に新しい体験知を加えるにちがいないとおもえるからだ。それはおおざっぱにいえば、じぶんたちの雇用と被雇用の主戦場が、企業体の内部の職場から大きくはみだしているという現状の認識を身をもって体験することに帰するような気がする。

 この大手企業体と百貨店やスーパーやコンビニの振舞いと、労働組合や市民ボランティアの対応の有様がどう映っているか、海外の新聞の見方がダイジェストされている(「毎日新聞」95・1・21)ので、個条書きに要約してみる。

(アメリカ)
(1)行政当局の救援活動は立ち遅れている。被災者は一日一回の食事で欠乏している。神戸市は緊急食糧の備蓄がなかったことがわかった。救急医療のための医薬品の不足が現場で目立っている。
(2)水、食料、毛布など遅れて不自由しても商店の襲撃や略奪などおこさないで、スーパーの開店を行列して待っている光景は落ち着きと行儀のよさできわだっている。
(3)日本人は「GAMAN」という社会的な気質と美徳をもっていて、政府、行政への非難をあまりしようとしない。

(フランス)
(1)大戦中のドイツ・ドレスデンのような廃墟のなかで、ランドセル姿の小学生がにこにこ話し合いながら学校に通っていたり、マスクをしたサラリーマンがいつも通りに会社に出勤する姿をみると驚きを感じる。消防士も、タクシーの運転手も落ち着いて仕事をつづけている。これは東洋風のあきらめのあらわれなのか。それとも家屋、ビルディング、人の群れの過密な都会で危険をすり抜け、かわしながらロシア・ルーレットさながらに生活してきた慣れとあきらめとが一体になった姿なのか。

(イタリア)
(1)おおきな災害にあっているのに、概して落ちつき淡々として悲しみの表情は人々にそれほどあらわれていない。この落ちつきは不思議だ。
(2)日本のマフィアともいうべき人たち(山口組)が被災者の救援に活動している姿も不思議な感じだ。
(3)日本の地震学者はサンフランシスコ地震の高速道路の崩壊を視察した折に、日本の高速道路は耐震構造が確かだから、こんな災害はありえないと自慢していたが、見事にその見解は裏切られている。

(韓国)
(1)阪神大震災の破壊と復旧の課題が韓国経済に及ぼす影響に注意し、警戒し、分析されなくてはならない。
(2)被災者たちは沈着、冷静に行動していて、大惨事なのに秩序が保たれていることに感銘をうける。

 海外の反響の要旨の紹介記事はざっとこんなところに帰着する。政府、行政のせいでもなく、敵対し、いがみ合っている勢力や党派のせいでもなく、天から降ってきたような災害の場面になると(例外もあるにちがいないが)、相互扶助の美徳(!?)に転じてしまう気質も、政府、行政などは遠くの存在だという認識も、破壊や復旧にたいする最小限の自恃も、そして経済生活における自信とゆとりの意識も、日本の民衆の特質なのかもしれない気がする。

 これから後、復旧の過程で阪神地方の自治体も個人個人も切実な困難に直面することになるだろうが、ひとまず今の段階で、こんな日本人の民衆のもっている不思議な魅力に敬意をあらわしている海外の反響は、そのまま受けとっていいような気がする。東京に住んでいてこんどの阪神大震災を新聞やテレビを介してみているわたし自身の実感もこれに近い。もちろんその奥のほうに向う岸の火事をみながら、なあにあの人たちは速やかにじぶんたちだけでも復活するさと高をくくつている気持も、たしかに自分のなかにあることは認めなくてはならない。わたしは敗戦直後の体験がすぐに二重うつしになって、無言の声援を送っているのを感じる。

今日の話題

2007年1月25日(木)
春疾風なお白頭に叛意あり

 次の文は1月23日付東京新聞「本音のコラム」に掲載された鎌田慧さんの記事です。大道寺将司(まさし)さんの句集『鴉の目』を取り上げている。胸にキュンときました。

春疾風なお白頭に叛意あり

 団塊の世代の去就が話題になっている。わたしの友人にも、ことし定年をむかえるひとが多い。が、頭が白くなってなお反逆の意志激しいひとは、どれほどのものか。

 戦時中、編集者や学者をデツチあげの事件で投獄し、獄死させた「横浜事件」について、東京高裁は、1月19日、やり直し裁判には、原告の利益はない、と断じて真実の解明に蓋をした。

 その日、安倍首相はおなじ過ちを犯す恐れの強い、「共謀罪」の通常国会での成立を、法務大臣に指示した。

 この国は、またもや無反省な国にもどっていこうとしている。かつて社会にノーをつきつけた団塊のひとたちは、この現状をどう考えているのか。

 冒頭の旬の作者は、1970年代前半、爆弾闘争に参加したひとり、大道寺将司(59歳)である。

赤蜻蛉残るいのちの軽さかな

 彼は死刑確定囚。いつか処刑される身である。

人知れず落花となりし闇の夜

 この第二句集『鴉の目』も、前著とおなじ、突然やってくる死とギリギリのところでむかい合っている。観照の境地ではない、痛恨も悔悟も自省もなお生々しい。

瘡蓋(かさぶた)()けばおぼろの国家かな

 自分の行為が、多くの人々を死傷させた。その罪に(おのの)きながらも、政府への批判は、なお衰えていない。

 「大道寺将司」という名からすぐに「東アジア反日武装戦線“狼”」とか「三菱重工爆破事件」とかを思い出せる人は、いま一体どのくらいいるでしょうか。

春疾風なお白頭に叛意あり

 「罪に戦きながらもなお衰えない」国家への「叛意」に、あるかないかのかぼそいものにもかかわらず、私の叛意が共振したのでした。

(追記 2016年12月4日)
 「東アジア反日武装戦線“狼”」に触れた過去記事を紹介しておこう。

『非暴力直接行動(5) :「非暴力直接行動」と「テロ」』

『昭和の抵抗権行使運動(2):「昭和維新」年表』

『《『羽仁五郎の大予言』を読む》:終末論の時代(8):戦後の言論弾圧(2)』
今日の話題

2007年1月23日(火)
本当のホコリはホコリの中から生まれる。

 久しぶりに見事なエッセイに出会った。自立の地点から思考をめぐらし、しかも平易な言葉で本質をグイッと掴んでいる。読んで心地よい。ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思った。特に偏頗なナショナリズムに取り込まれている人に読んでもらいたいのだが、このホームページには決してやってこないよな。

 昨日の東京新聞夕刊に掲載されたエッセイで、筆者は作家・詩人の多和田葉子さん。現在ベルリン在住とのこと。

 わたしが子供だった頃は学校で「日本人としての誇りを持て」などと言われたことは一度もなかった。国家主義的なものの再来を許さない先生が多かったせいもあるが、1970年代には保守的な教師でさえ、「日本人としての誇り」などというものを生徒に押しつける必要はなかったのかもしれない。


 海外にどんどん輸出されていく工業製品に刻み込まれた「メイド・イン・ジャパン」の「ジャパン」が国をまとめていた。どんどん物を作って売れば、みんなある程度平等に富を得られると信じることのできた間は、それがまるで一種の宗 教のようにみんなを慰め、不満をなだめていた。授業中、先生の言うことをちゃんと聞いて、家でもよく勉強すれば、一流会社に入って豊かな生活を送り、シアワセになれる。そう思い込ませれば、中学生もまとめやすかったのだろう。

 今の子供たちを「まじめにやっていれば誰でも幸せになれる」と言ってだますことはもう不可能だ。大学を出ても職はないかもしれないし、就職しても会社が倒産するかもしれない。それでも自分の夢や生き甲斐があればそのために勉強するだろうが、お金だけで子供たちを釣ってきた社会は、自分のところにはお金は決してまわってこないのだということを嗅ぎ付けてしまった青少年を今度はどんな神話を使ってだまそうとしているのか。

 ドイツでは、失業率の高い地区ほどネオナチになってしまう青少年が多い。職が見つかる見込みがないために自分に自信をなくしている青少年に、「ドイツ人であることに誇りを持て」と吹き込めば、「そうか自分はドイツ人だというだけで価値があるのか」と生まれて初めて褒められたような気持ちになる。しかし、ドイツ人であるということそのものに価値があるはずがない。根拠のない自信を保つには、ドイツ人ではない人たちを憎み、暴力をふるうしかない。また、高揚感を感じさせてくれる旗や儀式や歌などを使った演出も必要になってくる。

 失業者が多いのは政治が悪いのであって、仕事の見つからない人が仕事のある人より価値が低いわけではない。そのことを教えてあげる代わりに、「(たとえ職がなくても)日本人なんだから誇りを持て」などと若い人に吹き込むのは、悪趣味なだけでなく大変危険である。根拠のない誇りを成り立たせるためには、必ず生け贄が必要となるからだ。

 もしもドイツの学校で国旗を揚げて国歌を歌うことが義務づけられたら、大きな反対運動が起こるだろう。それは、ドイツが第二次世界大戦で日本と似た過ちを犯し、たくさんの人たちを殺してしまったので、それ以来、国家を讃えることに大変批判的であるためである。

 それに比べると、アメリカなどは、レストランでもスーパーでも国旗を見かける。小学校の教室にも国旗が立てかけてあって、子供に国家に忠実であることを教えている。しかしそれは、アメリカが移民の国であることを自らうたい、国家は個人の自由を保障するものだという前提とセットで星条旗を子供に押しつけているのだから、日本がその国旗の部分だけ真似したら大変なことになる。

 ヨーロッパと比べると、アメリカでは、朝から晩まで働いても充分な教育も医療も受けられない人でさえ、あまり政府を批判しないようだ。それがうらやましくて、日本も小さい時から国旗を揚げて、君が代を歌わせたらあんな風になるんじゃないかと期待している政治家が日本にはいるのかもしれない。

 子供たちが日本人としての誇りを持てるようにすることが大切だというが、知らないものを誇れるはずはない。日本を知るためには、日本の歴史をハタキで叩かなければいけない。叩けばホコリが出る。ホコリに涙を流し、咳き込みながら、これからどうすればいいのか、新しいコンセプトを考える。それが本当にホコリを持つことの第-歩なのではないかと思う。

今日の話題

2007年1月22日(月)
大日本帝国皇軍の体質を継ぐ自衛隊

 前にも書いたことですが、私は新聞の良い読者ではありません。ほとんどの記事は見出しだけで済ましてしまう。見出しだけということでは、新聞紙上の週刊誌など雑誌の広告も私にとっては新聞記事の一部です。よく目を通します。

 今日の「週間ポスト」の広告の『「イラク帰還」自衛隊員に自殺連鎖の「異常事態」』という見出しに注意をひかれました。原因は戦場での極度の緊張から受けたトラウマでしょうか。あるいは別の事情があるのでしょうか。

 買って読もうという気にはなりませんが、この見出しから1年ほど前の新聞の切抜きを思い出したのでした。

 以下は、朝日新聞の丸谷才一さんのコラム『袖のボタン』からです。


 日本海軍は奇妙な記録の保持者である。みずから爆沈した軍艦が五隻もあって、これは世界有数なのだ。

 自慢できることではないので、あまり知られていないと思うから、艦、事故の年月日、場所を書きつけて置こう。

戦艦三笠 1905(明治38)年9月11日 佐世保軍港
海防艦松島 1908(明治40年4日30日 澎湖島馬公
巡洋艦筑波 1917(大正6)年1月14日 横須賀軍港
戦艦河内 1918(大正7)年7月12日 徳山湾
戦艦陸奥 1943(昭和18)年6月8日 瀬戸内海柱島
 このリストは半藤一利さんからもらったのだが、半藤さんの話によると、三笠は日本海海戦の勝利に浮かれた水兵たちが火薬庫のなかで宴会をしたせいでの事故だという。これは翌年に引揚げてからの調査でわかった。

 陸奥の査問委員会は「火薬、砲弾の自然発火を否定し、人為的放火による疑い濃厚と判定」した(『相模湾海軍工廠』)。この資料は鳥居民さんの提供による。

 そして三笠を除く四艦の爆沈の原因は明らかでない。このへんのことは吉村昭さんの本にも書いてある。そしてこれについては、「日本の艦はよく爆沈するが、少なくとも半数は制裁のひどさに対する水兵の道連れ自殺という噂が絶えない」という中井久夫さんの記述がある(『関与と観察』みすず書房)。中井さんは精神科医だが、父方の一族に軍人が多いせいで、この種の情報に詳しいのだ。

 こんな話をはじめたのは、「『関与と観察』中の一文に触発され、一昨年暮れから昨年半ばにかけての一連の報道を思い浮べたからである。

 すなわち海上自衛隊の護衛艦「たちかぜ」の二等海曹某(34)の犯行と裁判。彼は艦内で後輩隊員(20と25)に、パンチパーマにせよと言いつけたのに従わなかったという理由でエアガンを発射し、暴行した。別の後輩隊員(19)を脅してCD-ROMを17万円で買わせた。また同艦内で後輩隊員6人に強制し、エアガンとガス銃を用いてサバイバル・ゲームをおこなった。同艦勤務だった隊員(当時21)が、彼のいじめをぜったい許さないと遺書に記して自殺したことも判明した。元二等海曹は懲役、2年6月、執行猶予4年の判決を受けた。防衛庁は終始、この事件の解明に消極的だったが、朝日、毎日、読売の三紙を検索する限り、社民党の国会義員たちはその隠蔽体質をかなりよく批判して、党の存在を明らかにした。自民、民主、共産ななぜか関心を示していない。

 旧日本軍は私的制裁がひどかったし上官への絶対服従が掟とされていた。リンチは教育の手段として黙認されていたが、実は徴兵制度によって強制的に自由を剥奪されている者が、鬱憤を晴らすためのサディズムであった(陸軍の場合は、文学では野間宏の長篇小説『真空地帯』、美術では浜田知明の連作版画『初年兵哀歌』がその実態を描いたものとして有名)。

 このいじめが極点に達したとき、被害者は脱営逃亡ないし自殺を選ぶしかなかった。実を言うとわたしは、そのことはよく知りながら、そして多少は実際に体験していながら、自衛隊については楽観視していた。徴兵制ではなくなって自分の意志で入隊しているわけだし、アメリカ軍の風俗が取入れられているだろうし、戦後の人権思想が浸透しているはずと考えていたらしい。

 野呂邦暢の『草のつるぎ』という自衛隊に材を取った小説に、そんな気配がなかったことも響いているかもしれない。いずれにしても、まことにおめでたい話だった。自衛隊は旧日本軍と同じくリンチが盛んだし、さらに上層部はそういう事態を、容認したり、糊塗しようとしたりしている。今度の事件に対する防衛庁の反応を見れば、そう推定するしかない。

 陰湿ないじめの体質、それを傍観して平気でいる気風は、われわれの社会から除きがたい。戦前も戦後も日本は変らないのである。そのことを端的に示すものは自衛官の自殺者数である。陸上、海上、航空の総計を年度別に記す。

00年度73人
01年度59人
02年度78人
03年度75人
04年度94人

で、ゆるやかな増加の傾向にある(毎日新聞 05年5月19日)。

 脱営逃亡者の統計は発表されていないのだろうか。それもかなりの数にちがいないし、この種の破局に至らないリンチは数え切れないほどだろう。

 われわれの文明のこういう局面はまことに不快なもので、心を暗くするに充分である。どうやら近代日本人は軍隊という厄介な組織を持つのに向いていないらしい。近頃は改憲とか再軍備とかを主張する論者が多いけれど、その種の議論をする際、このような国民全体の幼さを考慮に入れる視点も必要だろう。